あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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【映画感想】バスキアがわからない人こそ見てほしい傑作!「バスキア、10代最後のとき」

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かるび(@karub_imalive)です。

ジャン=ミシェル・バスキアが亡くなってから30年が経過しました。ユニクロのコラボ商品やZOZOタウンの前澤社長のコレクションのおかげで、今やアートファン以外の一般層にも知名度を広げつつあります。まさにレジェンド級の現代アーティストですよね。

当初ストリートのアンダーグラウンドシーンで活動していたバスキアが、アーティストとして認められてから、亡くなるまでに活動した期間はわずか7年間。その間に制作した作品は実に1500点以上とも言われていますが、彼の情熱やインスピレーションの源泉、活動のルーツはいったいどこにあったのでしょうか?

本作「バスキア、10代最後のとき」はまさにそんな疑問に真正面から実直に答えてくれる良質なアートドキュメンタリーです。映画では、10代最後の3年間に焦点を当て、若き日のバスキアがどのようにしてアーティストとして活動の幅を広げ、チャンスを掴んだのかを徹底的に掘り下げています。

作品は12月22日からYEBISU GARDEN CINEMAを皮切りに全国20館以上で順次公開予定ですが、幸運にも直前の試写会に参加することができました。早速ですがその見どころや魅力について、簡単に触れてみたいと思います。

※なお、本エントリで使用した画像は、予め主催者の許可を得て使用させていただいたものとなります。何卒ご了承下さい。

1.映画「バスキア、10代最後のとき」の内容について

映画基本情報

本作でメガホンを取ったのは、本作が4作目となる、サラ・ドライバー監督。

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サラ・ドライバー監督
引用:https://www.imdb.com/name/nm0238138/mediaviewer/rm737187840

70年代~80年代のニューヨークのインディーズシーンに詳しく、過去作は3作品いずれもニューヨークを舞台とした作品を手がけています。

ちなみに、夫は、カンヌ国際映画祭ノミネートの常連でもあるベテラン、ジム・ジャームッシュ監督(『パターソン』『 ブロークン・フラワーズ』他)です。熱心な映画ファンなら旦那さんの方は知っている方も多いでしょうか。本作にも登場します。

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ジム・ジャームッシュ監督
引用:Wikipedia

夫婦ともに当時から非常にバスキアと近いところで活動を続けており、バスキアの熱心なファンでもあるそうです。

本作の原題は『BOOM FOR REAL』。直訳すると「本物へのとどろき」。やや間の抜けた響きがありますが、「BOOM」という単語には、「(人気の)急成長、急上昇」という意味もあり、本物のアーティストになるために、短い激動の10代をあっという間に駆け抜けたバスキアをよく表した原題だと思います。

映画の概要

本作では、バスキアがアート界のスターダムへと駆け上がる直前にニューヨークで過ごした雌伏の3年間(1978年~81年)を、バスキア本人の映像や、彼が当時交流した友人やアートシーンの関係者の証言を元に掘り下げ、バスキアの人物像やアーティストとしての源流を丁寧にたどっていきます。

映像は、バスキアが17歳の時、故郷・プエルトリコから荒れ果てたニューヨークのイースト・ヴィレッジに飛び出してきた1978年からスタートします。家出少年だったバスキアは、ホームレス同然で友人宅を転々としながらアーティストとしての表現活動の幅を広げていきました。

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©2017 Hells Kitten Productions, LLC. All rights reserved.
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Licensed to TAMT Co., Ltd. for Japan
Photo by Bobby Grossman

やがて、謎につつまれたグラフィティ・アーティストユニット「SAMO(セイモ)」のメンバーとして有名になったバスキアは、ニューヨークのアンダーグラウンドなクラブで知り合ったアーティスト達と交流しつつ、活動範囲をファッション(「MANMADE」ブランドでの洋服のプロデュース)や音楽(バンド活動)など多角的に広げていきました。

仲間たちがストリートでの活動に一区切りつける中、バスキアもまた、主戦場をストリートからアトリエへと移します。音楽、文学、図柄、グラフィティ、ファッションなどそれまでの活動全てが融合した集大成的なアウトプットとして、コピー機を活用したコラージュ作品制作を試した後、満を持してドローイング(絵画)へと移行。最後にたどりついたドローイングがアート界の目利きたちに注目され、バスキアはいよいよスターダムに駆け上がっていくことになるのです。

まるでゴミ溜めのようなニューヨークの猥雑なストリートから、一躍天才アーティストへと羽ばたいていったバスキアにとって、10代最後の3年間はどのような意味があったのでしょうか?彼はこの3年間で残したものは一体何だったのでしょうか?

没後30年を記念して制作された本作の中に、その全ての答えがありました。

2.映画の3つの注目ポイント

バスキアをテーマとした映画は、すでに「バスキア」(1997)、「DOWNTOWN81」(2001)、「バスキアのすべて」(2010)と数年おきに複数リリースされていますが、本作ではそのいずれの過去作にもなかった、新しい視点や切り口が満載。バスキアの過ごした10代最後の3年間がスタイリッシュかつ斬新なかたちで描き出されていました。

そこで、映画の中で特に見どころとして注目しておきたいポイントを、感想とともに3つピックアップしてみました。

注目ポイント1:「桐島、部活やめるってよ」方式で浮かび上がるバスキアの素顔

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過去にもバスキアのドキュメンリー映画と違い、本作で非常に斬新だったアプローチは、作品内でバスキア本人の肉声を敢えて使わず、登場シーンを最低限に抑えたことでした。

その代わり、サラ・ドライバー監督は、当時バスキアと交流のあった20人の関係者や友人たちにバスキアについて徹底的に丁寧に語らせます。バスキアのアーティストとしての活動のあり方や人間性の輪郭が、上映が進むにつれて少しずつ浮かび上がってくるように計算された巧みな演出が光りました。

主役なのに本人の登場シーンが一番少ないのは、邦画の名作「桐島、部活やめるってよ」を彷彿とさせますが、「早逝した伝説のアーティスト」バスキアの神秘的な一面と非常に上手くマッチした、考え抜かれた編集手法だと感じました。

また、「バスキアはこんな人だった!」とナレーターがガッツリ語らないため、鑑賞者はその分必然的に考えさせられるわけです。上映後、関係者の語ったインタビューでの証言を元に、自分なりの「バスキア像」について色々想像を膨らまることができるのも本作の醍醐味。友人と語り尽くすのも面白そうです。

注目ポイント2:ニューヨークの荒廃したアンダーグラウンドシーン

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ここだけの話、僕はアートファンでありながら、ストーリー要素の薄いアートドキュメンタリーには少し苦手意識があります。なぜなら、寝てしまうから(T_T)。家でリラックスしてDVDをゆったり観る分には良いのですが、暗い映画館ではつい眠くなってしまうのですよね。

この日も試写会が始まるまでは「今日はドキュンメンタリー映画だから寝ないようにしなきゃ・・・」と身構えていたのですが、フタを空けてみると全くの杞憂でした。寝ている暇なんか全くありません。

とにかく、映像のクオリティがリアルで素晴らしいのです。開始早々から、当時のニクソン大統領の悲壮なスピーチ音源とともに映し出されたのは、今では考えられないほど荒れ果てていた、スラム街のようなニューヨークのイースト・ヴィレッジ。

治安の悪い廃墟だらけの街中を走る落書きだらけの地下鉄や、マフィアも絡みドラッグまみれで猥雑な雰囲気たっぷりのアンダーグラウンドなクラブ、けばけばしいグラフィティアートにあふれる街角など、衝撃的な映像が満載でした。

また、スピーディなカット割りで配置された刺激的な映像に合わせて、バックで流れるヒップホップやパンクロックなどの音楽も秀逸。1980年代初頭のNYインディーズシーンを強く感じさせる選曲が素晴らしく、バスキアの同時代から一貫してニューヨークのカルチャーを見つめ続けてきたサラ・ドライバー監督のセンスが存分に発揮されていました。

注目ポイント3:浮き彫りになるバスキアの意外にクレバーな一面

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当時を振り返る友人たちの証言の中で浮き彫りになったことで一番意外だったのが、バスキアはただ単に、ドラッグに溺れながら幼稚なスタイルの絵画を感覚だけで書き殴る、センスだけの天然キャラでは全くなかったということ。

実際はむしろその真逆でした。彼は自分の才能や価値に確固たる自信を持ち、ニューヨークのアンダーグラウンドなアートシーンから抜け出してメジャーになろうと強い野心もありました。また、それを周りからもきっちり見抜かれていたのも凄い。

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そして、わずか18歳かそこらで、周囲の若手アーティストたちと少しずつ違う行動を取ることで差別化を図ろうとする冷静な戦略すら持ちあわせていたという事実に、非常に驚かされました。

そういえば別の映画「バスキア」(1997)では、バスキアがアンディ・ウォーホールとレストランで初めて出会う有名なシーンが収録されていますが、バスキアがウォーホールの前で非常にクレバーに振る舞っていたのが印象的でした。当初観た時は、「クサい演技だな」と感じていましたが、本作を観た後では、実際にこんな感じの立ち回りをしたのではないかと思えます。

自分自身をよく理解し、自己演出に長けていたからこそ、数少ないチャンスが回ってきた時、それをしっかりものにすることができたのでしょうね。彼が通称「黒いピカソ」と言われてきた理由も、なんとなく理解できました。

3.裏話も出た!試写会後のトークセッション

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この日の試写会では、上映終了後、ミズマアートギャラリーの三潴社長と、アートブログ・青い日記帳管理人Takさんのトークセッションが行われました。Takさんの巧みな質問に、上機嫌で飛ばしまくる三潴社長。その掛け合いが絶妙で、非常に聴きごたえのあるトークセッションになりました。

予定時間の30分を大幅オーバーしての凄い盛り上がり。当日取ったメモそのまんまに書きなぐる形で恐縮ですが、せっかくなので簡単に紹介しておきたいと思います。

映画内での最注目人物は、ディエゴ・コルテス?

映画内では、バスキアの当時を知る20人の友人や関係者達のインタビューを収録していますが、三潴社長が最注目した登場人物は、キュレーターのディエゴ・コルテス。

彼はバスキアも参加してブレイクするきっかけをつかんだ「ニューヨーク/ニューウェイヴ」展のキュレーターであり、バスキアをアートシーンにおける有力者たちに引き合わせたキーパーソンなのですが、三潴社長とは今でも定期的に顔を合わせるなど長年の付き合いがあるとのこと。(地味に凄い!)

そして、バスキアを発掘した凄腕キュレーターであるディエゴが日本人アーティストの中で高く評価しているのが、なんと会田誠なのだそうです。コンセプチュアルな作品を創れると同時に、絵もしっかり描ける点が凄いのだとか。(大抵、コンセプチュアルアートに走る作家は絵が下手だからという切実な理由もあるらしいです)

そんなディエゴが会田誠の凄さを見抜いたのが、大きくスポーツ新聞のようなフォントで「桑田」というロゴをパネルに描いた作品。(※Webで調べてみて下さい。検索結果に出てきます)日本語も読めないのに、ディエゴは「桑田」を観た瞬間、ロバート・インディアナの有名な「LOVE」モニュメントと同じ類のセンスの鋭さを会田誠の中に感じ取ったのだそうです。うーん。天才作家も天才キュレーターも考えていることはわからん(笑)

ニューヨークの街並みはアートで変わってきた

20年以上前からニューヨークを観てきた三潴社長の話によると、バスキアが拠点としていたSOHOは、映画冒頭のように、以前は荒れ果てた倉庫街でした。しかしバスキアらのブレイクによって、アートシーンが育ってくると、ギャラリーが建ちはじめます。すると次にレストラン、ブティックが順番にできていく中で、次第に街がきれいになり、最後には地価が上昇するというサイクルをたどったのだとか。現代アートは街をも作り変えるパワーを秘めているのですね。

日本でも金沢市や、東京の江東区清澄白河あたりでも同様の傾向がありますよね。僕もちょうど清澄白河の近くに住んで15年になりますが、東京都現代美術館がもたらした現代アートのパワーが、人の流れを変え、街をおしゃれに作り変えていくプロセスを今まさに現在進行形で体感しているところです・・・。

欧米のアートシーンはユダヤ人でないとメジャーになれない?!

プエルトリコ出身の黒人だったバスキアが、今よりも遥かに人種の壁が厚かった80年代初頭においてアート界の頂点に上り詰めたのは、非常に画期的だったとのこと。なぜなら、今も昔も欧米のアートシーンでブレイクしやすいのはユダヤ系の白人だからです。

今のアートマーケットを支配している2大勢力は、ユダヤ人がトップに立つ金融系とイスラム系のオイルマネー。偶像崇拝を禁止するイスラム教やユダヤ教を信奉する彼らに対して一番心に響く作品を作ることができるのは、やはり伝統的に抽象画などの制作ノウハウに優れたユダヤ系の作家になるのが自然な帰結なのだそうです。

欧米のアートシーンでは、売れっ子になりたいなら、ユダヤ人になるのが早いかゲイになるかどちらかだ、という自虐的なジョークもあるほどで、そんな不利をものともせず大ブレイクしたバスキアは「別格」の存在だったということなのでしょうか。

ZOZOタウンの前澤社長について

話がヒートアップして佳境にさしかかると、2017年、バスキアの作品を史上最高の123億円で落札し、一躍世界のセレブ入りを果たした前澤社長についても話が及びました。(鑑賞者の皆さんも、いつこの話題に触れてくれるのだろうと待っていた感じ^_^)

三潴社長は、実際に何度か前澤氏に会ったことがあるそうで、曰く、自分より背の高い女性(剛力彩芽)と付き合う男性=前澤氏は、相当な「野心家」なのではないかと。鋭い分析!

100億円以上の買い物となった前回の落札劇については、正直なところ「良いお客さん」として欧米の業者にうまく買わされた感があるけれど、今後バスキアはさらに高騰する可能性もあるし、社業の宣伝効果を考えると必ずしも高い買い物ではなかったのではとの見立ても。

その一方で、世界のアートシーンの中で日本人が注目されるコレクターとして名乗りを上げたのは、日本のアートシーンをより活性化する意味でも非常に意義深いと評価されていました。

若いアーティストが作ったものは捨てずに何でも取っておけ!

バスキアの作品は現在1700点ほどあるとされていますが、これはきちんとしたペインティングだけでなく、家具やレストランのナプキンに書いたような紙切れまで含めての数字。今や、バスキアの痕跡が残るものは全て高値が付く状態なので、紙切れ1枚といえども、オークションで高額売買の対象となるのです。

そこで三潴社長ならではのアドバイスが凄かった!

曰く、若い現代アーティストが作ったものは、ゴミのようなものでも捨てずに取っておけ」と。なぜなら、将来バスキアのようにブレイクした時、ものすごく値段が釣り上がるかもしれないから。

実際、三潴社長は、まだバラック小屋のような汚いアトリエで制作していた駆け出しの頃の会田誠が失敗して捨てたドローイングを落ち穂拾いのように拾って自宅に持ち帰っていた(!)のだそうです。(その後三潴社長の読みは大当たりし、会田誠はブレイク。今なら何を作っても値段が付く状態に!)

4.まとめと感想

ということで、上映後のトークセッションも含め、あっという間の2時間30分だった映画「バスキア、10代最後のとき」試写会。

文学・ファッション・音楽・グラフィティアートなど、当時のストリート文化を貪欲に吸収し続け、アートシーンにおいて時代の寵児に上り詰めたバスキアの実像について、斬新な手法で丁寧に描き出した良質のアートドキュメンタリーでした。

この映画を観て一番勉強になったのは、一見意味不明なバスキアの風変わりな絵画作品が、なぜこれだけ評価されているのか、かなりクリアに理解できたこと。彼がドローイング作品の中で確立した圧倒的な個性は、本作で徹底的に掘り下げられたニューヨークでの10代最後の3年間に凝縮されていたのです。

ぜひ、「バスキアの作品がいまいち何が良いのかわからない」という方こそ、じっくり腰を落ち着けて観ていただきたい作品です。

なお、2019年9月21日(土)~11月17日まで、六本木・森アーツセンターギャラリーにて、日本初の大回顧展となる「バスキア展」の開催が決定。世界各地から集められた公開予定のバスキア作品約70点の中には、ZOZO前澤社長が落札した123億円の例の作品も含まれているようです。秋に控える「バスキア展」のためにも、バスキアのルーツを掘り下げた本作をしっかり観ておきたいですね。

それではまた。
かるび 

映画公開情報

◯映画タイトル
「バスキア、10代最後のとき」
◯会期・開館時間
12月22日(土)YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
◯公式HP
http://www.cetera.co.jp/basquiat/