あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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【試写会感想】アート映画「謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス」/ボスの不思議な魅力を徹底解剖する上質なドキュメンタリーでした!

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かるび(@karub_imalive)です。
西洋絵画の美術史において、死後500年を迎える今日でも、なお謎多き奇想の巨匠、ヒエロニムス・ボス。2017年は、「ブリューゲル展」「ベルギー奇想の系譜展」といった力の入った西洋美術展において、日本でも大きくボスの絵画が取り上げられ、ファンの間で話題になった年でした。

そんな折、ちょうど12月16日から、今度はアート・ドキュメンタリー映画「謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス」が公開されることになりました。公開に先立って開催された試写会に運良く参加することができたので、早速行ってきました。

ボス没後500年を締めくくる本作。ドキュメンタリー映画としては、非常に硬派で中身の濃い一作でした。早速ですが、簡単な感想と見どころを中心に、試写会レビューを書いてみたいと思います。
※本エントリは、作品の性質上「ネタバレ」という概念は存在しませんが、公開前につき、踏み込んだ考察等は極力割愛し、見どころ中心に記載しております。

1.映画「謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス」の予告動画・基本情報

【監督】ホセ・ルイス・ロペス=リナレス
【配給】アルバトロス・フィルム
【時間】90分
【公開】12月16日~順次公開

配給は、今年の春にもアート映画「エゴン・シーレ」を公開したアルバトロス・フィルム。本作は、12月16日に東京・イメージフォーラムシアターでの封切りをきっかけに、全国18館にて順次公開される予定です。上映館の詳細と、公開スケジュールについては以下を参照して下さい。

上映館・公開スケジュール
公式サイトで上映館と公開スケジュールを調べる

 

予告編の雰囲気を見ていただければわかりますが、本作はいわゆるストーリー仕立ての伝記映画ではなく、プラド美術館が所蔵する彼の代表作「快楽の園」を徹底的に解き明かすことで、ヒエロニムス・ボスがこの絵に込めた意味や、制作意図を読み解いていく硬派なドキュメンタリー映画です。

いわば、通常NHKスペシャルでやるようなアート特集を、更に予算をかけて綿密な取材とゴージャスな映像・音響でまとめ上げたコンテンツであります。

2.ところでヒエロニムス・ボスって誰なの

映画の感想に入る前に、簡単に本作でフィーチャーされている謎の画家「ヒエロニムス・ボス」についておさらいをしておきたいと思います。

ヒエロニムス・ボスは、1450年頃に生まれ、1516年に亡くなるまで故郷・オランダ最南端、スヘルトーヘンボスを動くことなく活躍した画家です。

美術史上の位置づけとしては、初期フランドル派または北方ルネサンス系の画家として一般的には分類されます。ざっくり言うとヤン・ファン・エイク、ルカス・クラーナハ(父)やピーテル・ブリューゲル(父)あたりと同じ世代でしょうか?(ちょうど、2017年「ブリューゲル展」では、ブリューゲルの作品にはボスの影響が色濃く出ているとされていましたね)

▼ヒエロニムス・ボスの肖像(とされるもの)
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引用:Wikipediaより

ボスは、極めて謎の多い人物で、現存する作品はわずかに25点のみ。自画像等の肖像画もなく、わずかに彼の素顔を描いたとされるラフスケッチが残るのみです。しかし、彼の残した宗教画は、一度見たら忘れられない、非常にユニークで奇抜な作品揃い。作品が放つその強烈な個性は、本格的にルネサンスの波がフランドル地方へ波及した16世紀後半まで、たくさんのフォロワーとファンを産んだとされます。

ちょうど、2016年が彼の没後500年にあたることから、ヨーロッパ各地では大規模回顧展が開催されました。地元オランダで開催された企画展では記録的な人出となったそうです。本作も、プラド美術館で企画展が開催された折にカメラが入り、同館所蔵の大傑作、三連祭壇画「快楽の園」を徹底的に細部に至るまで高性能カメラで映し出しながら特集しています。

3.映画の感想・見どころ

詳細までガッツリ見れるボスの代表作「快楽の園」

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引用:『謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス』予告編 - YouTube

2017年に東京・大阪の両都市で開催された「ブリューゲル展」にてブリューゲルの代表作「バベルの塔」を見た人ならわかるかと思いますが、ブリューゲル同様、ボスの作品もまた、どれも非常に情報量が多く、細密に描かれた作品ばかりです。

本作でフィーチャーされるプラド美術館秘蔵の「快楽の園」も、三連祭壇画らしく3枚の絵にぎっしりと人物や異形のモンスターたちが所狭しと描かれています。映画内では、映画館ならではの大スクリーンで、この「快楽の園」で描かれた人物や動物たちを丁寧にひとつひとつ根気よく取り上げ、様々な角度から注釈を加えていきます。

▼接写した美麗映像は見ごたえあり!f:id:hisatsugu79:20171212153449j:plain
引用:『謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス』予告編 - YouTube

混み合う美術館で、離れたところで立って見ていると普通は気づかないようなところまでしっかりカメラが入りこんで拾ってくれるので、肉眼で見るときとはまた違った面白さがあるのです。

また、X線を使った特殊な科学的分析により、ボスが下絵段階で何を描いていたのか、最終的に消されたモチーフや修正された箇所も明らかにしていきます。「なぜこの下絵部分は消されなければならなかったのか」等、専門家の深い分析を聞けたのも興味深いものがありました。

▼X線での調査を行うスタッフ達f:id:hisatsugu79:20171212153637j:plain
引用:『謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス』予告編 - YouTube

ハイレベルで徹底的に解剖される「快楽の園」とボスの生き様

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食い入るように絵に向かう鑑賞者が印象的
引用:『謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス』予告編 - YouTube

映画が始まると、すぐにカメラはプラド美術館の中に入っていき、門外不出のボスの代表作「快楽の園」を美術館に来た人々が鑑賞するシーンからはじまります。ついで、様々な職業・バックグラウンドを持つ、スペインを代表する知識人・文化人20名が入れ替わり立ち替わり「快楽の園」についての独自解釈を語るのです。

ここで最終的に解き明かそうとするのは、以下の2点です。

・ボスはなぜ「快楽の園」を描こうとしたのか?
・彼は「快楽の園」にどんなメッセージを込めたのか?

最初に結論を書いてしまうと、映画本編ではこの謎の答えがわかりやすく、鑑賞者に提示されるわけではありません。専門家たちの鋭い分析、解釈は、ボスを巡る謎の解明にあと少しのところまで近づいている感じなのですが、本質までビシっと言い当てていない感じがすると言うか・・・いかんせん、彼らの言っていることはバラバラなんですよね(笑)

登場人物の一人、作家のネリダ・ピニョンが劇中で

この意味を説明するためには、言葉を発明しなければならない。

と苦し紛れに言いますが、まさにこれなんですよね。

映画を通して、丹念に細部まで映し出される絵画内の異形の怪物たちを見ていると、まさに「混沌」そのもの。絵画の中に、あらゆる感情や概念が複雑に絡まり合って存在しているような印象を受けるんです。

批評家たちも、自分の解釈・感情をなんとか断片的にでも伝えようとしているのですが、既存の言葉では言い尽くせないモヤッとしたもどかしさが、ボスの絵の中にはあるのだと思います。まるで「自分とは何か?」と問われて、私達がすぐには真理を指し示す言葉でビシっと答えられないように。

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聖母マリア兄弟会の神父さんに聞く
引用:『謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス』予告編 - YouTube

また、この映画では、上記のように専門家の解釈だけでなく、当時の時代背景、宗教思想的な背景も説明されます。祭壇画の中で、キリストを模した人物が描かれていることや、当時ボスが「聖母マリア兄弟会」で熱心に活動していたことから、ボスもまた、中世に生きる人々同様、キリスト教がもたらした強烈な原罪意識に支配され毎日の生活を送っていたであろうことが示唆されます。その他、当時の教会彫刻・写本挿絵などの歴史資料、西洋美術史の中での位置づけなど、彼が異形の怪物たちを生み出すに至った、あらゆる手がかりが鑑賞者に与えられます。

しかし、上記の謎・命題に対しては、明確な結論を出すことは意図的に避けられています。謎は謎のままにしておかれるのです。

つまり、この映画は、90分間、ひたすらヒントをこれでもかと与えられて、「じゃあ、あなたならどう考える?」と映画から問いかけられているってことなんです。

映画を見終わったあなたが、映画内で与えられた専門家の解釈、ヒントやインスピレーションを手がかりとして、あくまで自分の力で、ボスの描こうとした世界を読み解かなければいけないのです。

これは、結構苦しいです。・・・と同時に、凄く楽しい遊びでもありますよね。

だから、映画を120%楽しむのであれば、予習は必須!

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引用:『謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス』予告編 - YouTube

映画自体の全体的なテイストとしては、NHKスペシャル的な感じなのですが、上記に書いた通り、その分析や解説はテレビの無料放送レベルを越えて、かなり深いところまで突っ込んでいきます。

映画が終わってから、容赦なく考えるための材料が続々と鑑賞者の元に届けられます。そして最後には映画を見た人一人一人がボスの絵画と向き合って、「結論を自分で出さなければならない」ので、本作とはかなりの真剣勝負になりそうです。

少なくとも、以下の2点はサラッとでも良いので、映画を見る前に予習しておくことを強くおすすめします。

★映画を見る前に予習しておくべき点とは?
▶事前にボスについてしっかり調べておく
▶代表作「快楽の園」をチェックしておく

これをやっておけば、映画の内容を格段に面白いと思えるはず!「快楽の園」については、例えば、以下のWikipediaで気軽にチェックできますよ。

「快楽の園」をチェックする
Wikipediaでヒエロニムス・ボス「快楽の園」を見てみる

 

4.まとめ

本作は、受動的な姿勢で、ゆったり見れる部類のドキュメンタリーではありません。率直に言うと、やや難解な部類の映画であり、作品内で提供される情報量もかなりの高密度です。しかし、事前にしっかりと予習をして、「ボスの謎を解き明かしてやる!」と目的意識を強く持って臨めば、これほど面白いアート映画はないかもしれません。

映画内でも、「ボスの絵画と対峙する者は、詰まるところ自分自身と対峙しているんだ」という趣旨の発言がありましたが、まさにこの映画と向き合うということは、自分自身の深いところと向き合う作業なのかもしれません。

何度見ても、おそらく新しい発見がある映画だと思います。是非、映画館の大スクリーンでチェックしてみてくださいね。
それではまた。
かるび

参考:映画を読み解くための参考書籍

「快楽の園」を読む

直接映画とはタイアップしているわけではありませんが、限りなくネタバレ本です(笑)「快楽の園」に描かれたモチーフを一つずつ丹念に分析し、ボスの人物像や主張に迫っています。気合の入った良書!

図解「ヒエロニムス・ボス」

こちらは、「快楽の園」だけでなく、ヒエロニムス・ボスの描いた作品をざーっと俯瞰しつつ、ボス作品の魅力に迫っています。初心者から安心して読めるわかりやすさが特徴です!

おまけ:「快楽の園」レギンス

ネタです(笑)昨日まで、Amazonサイバーマンデーで25%引きになってました(笑)これを履いて厳冬を乗り切ろう!残り1点なので早い者勝ち?!