あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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若冲展はなぜ大ブームとなったのか~混乱と狂騒を振り返る~ 

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【6月1日更新】

かるび(@karub_imalive)です。

伊藤若冲の生誕300年を記念して東京都美術館で開催された「若冲展」ですが、惜しまれつつも5月24日に閉幕しましたね。

もともと、今年大注目の美術展として前評判も高かったのですが、終わってみれば会期わずか1か月余りの間に、来場者44万6千人の超大入り。1日あたり15,000人弱と驚異的な入場者数に、最高待ち時間は320分を記録するなど、首都圏を中心に大ブームを巻き起こしました。

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(引用:若冲展に長蛇の列、4時間待ち「なんで...」給水スポットも出現(動画)

僕は、会期スタート3日後の4月26日に行ってきたのですが、本当に楽しかった。日本美術の最高傑作をこの目で間近に見れて、感激しました。 

僕が上記エントリをアップした時の待ち時間は、わずか20分。「あぁ、やっぱり注目の美術展は混雑するんだな」位にしか思っていませんでしたが、4日目の4月27日から、徐々に列が伸びていき、最後にはブームのような騒ぎになっていきましたね。

今回と次回と、2回に分けて総括的なエントリを書いていきます。その前半となる本エントリでは、「なぜ社会現象となるほど混雑したのか」若冲展について振り返ってみたいと思います。

1.混雑状況を分析する

今回の展示会は、その激烈な混雑ぶりが話題になりましたが、公式Twitterアカウントでリアルタイムで「現在の待ち時間」について細かくアナウンスされていました。これ自体は非常に素晴らしいと思いましたが、つぶやかれていた待ち時間の数値が絶望的なのでした。

せっかくなので、公式Twitterから数値を拾い出して、下記で開催日別の混雑状況として、一覧表にまとめてみました。

★ 開催日別混雑状況
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すごいですね。会期後半は4時間、5時間待ちは当たり前といった状況でした。午前中から張り切って行った人が多く、混雑のピークは午前中です。しかも休日、平日お構い無く混んでいました。

驚いたのは、会期初日から3日程度のマイルドな混雑を経て、GWが開けてからが、混雑の本番だったということ。GW中、一気に行列が2時間待ちに伸びたので、「まぁGWが明けたら空いてくるので、そこを狙い撃ちしてもう一度動植綵絵を見に行こう」なんて甘く考えていたのですが、大間違いでした。

見ての通り、展示替えの休館日を挟んだ5月10日(火)以降は地獄の混雑ぶりで、特に65歳以上を対象に入場無料となる5月18日には、とうとう待ち時間は5時間以上となります。終わってみれば、GW中に行った人はまだマシだったという・・・。

では、どうしてこんなことになってしまったのか、少し考えてみたいと思います。

2.「動植綵絵」「プライス・コレクション」が並べられると大混雑となる若冲展

若冲展といっても、全ての展示会で大混雑するわけではありません。特に去年あたりから生誕300周年を記念して、いくつか中規模程度までの若冲展は開催されていましたが、人気を博したものの、それほど混雑していません。

伊藤若冲 生誕300年記念 ゆかいな若冲・めでたい大観 ―HAPPYな日本美術―  山種美術館(2016年1月-3月)
生誕三百年 同い年の天才絵師 若冲と蕪村 サントリー美術館(2015年3月-5月、動員15万人)

本格的に混雑が激しくなるのは、「動植綵絵」「鳥獣花木図屏風」を初めとするプライス・コレクション一式のどちらかが出展された時です。このいずれかが出展されると、以下の通り物凄い人出になってくるわけです。

★混雑した若冲関連の過去美術展一覧*1f:id:hisatsugu79:20160528105100p:plain

若冲ブームの始まりは、2000年の京都国立博物館で開催された「没後200年 若冲展」。それまでは、若冲は忘れ去られた江戸中期の異端の絵師に過ぎませんでしたが、動植綵絵を始めとした140点程が揃ったこの大回顧展で、熱心な美術ファンやマニアに発見されていきます。*2

とは言え、この時は、動植綵絵も30幅完全には揃っておらず、動員は会期1か月でたった9万人。1日平均だと3,000人ちょっとの入場者数。今から思うとかわいいものです。

以降は、見ての通り。約3年に1回ほど、動植綵絵かプライスコレクションが交互に来日し、日本画家としては驚異的な動員数を重ねていきます。

2012年には、動植綵絵が初めて海外へと渡りました。アメリカのワシントン・ナショナル・ギャラリーで「Colorful Realm」というタイトルで、お花見の季節にちなんで公開された時です。

海外では無名であり、かつそれほど熱心にプロモーションがかからなかったにも関わらず、口コミと評判で大量に人が押し寄せました。ワシントンでも、見つかってしまうのです。この展示会での1日あたりの動員数は、同美術館歴代3位であり、かつ2012年の美術展世界ランキング第2位となるほどの熱狂ぶりでした。

そして今回。今回は、「動植綵絵」「プライス・コレクション」が同時に揃い、若冲のほぼ全作品が一同に会する史上最大の回顧展となりました。

動員数こそ、過去の若冲展や、かつ2008年に94万人を記録した「阿修羅展」にはかなわないものの、1日あたりの動員数では15,000人弱と、途轍もない大記録を樹立しました。図録も5月11日には早々に売り切れ、15日に再度売り切れ、そして最終日にも売り切れ、10万部を超える発行数となったようです。

3.主な混雑の原因はなんだったのか

いくつか考えられますが、概ね以下のとおりかと思います。

3-1:何度もテレビで特集が組まれ、新聞、雑誌でも取り上げられた

会期中、特にゴールデンウィーク直前にNHKを中心として、異例なほど何度も集中的に特集が組まれました。主な番組でも、これだけ特集が組まれています。これ以外に、朝のニュースやワイドショー等でスポット的に特集が組まれたのもあったと思います。

★4月以降の若冲特集テレビ番組f:id:hisatsugu79:20160527130220p:plain

しかも、NHKの場合は、こういった文化系の番組は、一度放送したら近日中に必ず再放送がかかりますので、視聴者は、実際にはもっと若冲の特集番組を目にする可能性はあったと思います。

特にゴールデンウィーク中に集中的に放送された結果、行楽から戻ってきた人達が一気に5月10日以降の展示会に押し寄せたのでしょう。

また、2016年に入ってから、若冲展を当て込んで出版された雑誌や書籍も数十点ありました。書店でも特集コーナーや平積みになっていたのをよく見かけましたから。ちょっとAmazonで検索しても、この通りです。

2016年3月以降に発売された若冲本や雑誌だけで、数十点!!

3-2:東京開催だった

首都圏での開催だったことが、やはり一番大きかったかと思います。もちろん、こういった大回顧展で1回きりのものは、東京か京都でしか近年は行われないのですが、例えば、Art Annual onlineにてまとめられている昨年度の美術展入場者数ランキングを見ても、ベスト20のうち、12展は東京で開催されており、中でもベスト5のうち4つは東京開催のもので占められています。

3-3:希少性の高さをみんな理解していた

上記にもまとめましtが、「動植綵絵」全幅と「プライスコレクション」が同時に揃ったのは、すくなくとも2000年以降では初めてなのではないでしょうか?プライスさんもだいぶ高齢のようですし(笑)、今後近日中にこれほどの大規模回顧展が行われる可能性は低いわけで、これは見に行くしかないですよね。

3-4:会期が短かった

そして、最後にこれ。希少性が高く、みんなが注目していた展示会であったにもかかわらず、展示会の会期はわずか1ヶ月間。実質31日間の展示と、大規模展示会の割には、異例に短い会期でした。

これだけ人出が予想される大規模な展示会であれば、商業的にも最低でも2か月、通常なら3か月は開催期間が置かれることが多いです。にもかかわらず、約1ヶ月間と異例の短期間開催となった背景としては、法律的な制約があったのでした。 

4.大混雑必至なのに、なぜ短期間しか展示することができなかったのか

これは下記でうまくまとめられているので、時間がある人は是非チェックしてみて欲しいですが、一言で言うと、重要文化財や国宝は、文化財保護の観点から、「原則として公開回数は年間2回以内とし、公開日数は延べ60日以内とする。」という文科省の通達に従って、貸出期間の制限がかかるからなのです。

数ある出展物のうち、この「動植綵絵」といくつかの作品がこれに該当したため、会期をこれ以上伸ばせなかったのでしょう。

厳密に言うと、「動植綵絵」は重要文化財でも国宝でもないのですが、国宝同様の取り扱いを受けているのです。

19世紀後半に相国寺から天皇家に寄進され、一旦は重要文化財・国宝を上回るステータスである、皇室「御物」とされていた時期がありました。その後、宮内庁の「三の丸尚蔵館」に国有財産として移管されていますが、その価値は、間違いなく超「国宝級」なのです。

さすがに制作後約250年が経過して、傷みが目立つようになってきていたため、2006年までには修復作業が行われましたし、貸出期間に厳しい制限があるのは、末永く国民の共有財産として管理していく以上は、致し方無い措置かと思います。

5.今後の若冲展で混雑を避けて快適に見るためには?

全ての若冲展で同じように混雑するわけではないでしょう。恐らく、若冲展で今後も混雑するとしたら、以下の条件が満たされた時だと思います。

  • 東京か京都(あるいは関西圏)で開催される
  • 出展期間に縛りがある「動植綵絵」が出展されている

今回の若冲展の傾向を踏まえ、打てる対策としては、以下の戦略が良いと思います。

会期中、極力早めに見に行く(会期当初3日以内目標)
今回の展示会も、最初の会期中最初の3日間は明らかに混雑がマシでした。並びはしたけれど、食事時に人気レストランに入るのを待つくらいの常識的なレベルでした。

午前中を避け、閉館直前1時間前に入る
データでは、待ち行列のピークは朝一開館時~11時頃に固まっています。昼を過ぎると、15時くらいまではずっと混雑していますが、閉館1時間前くらいには、一気に行列がハケていきます。ここを狙うのが良さそう。

最終日は結構空いていた
みんな諦めてしまったのか、今回はGW後では、会期終了日の5月24日が一番行列が空いていました。僕の知り合いも、最終日の閉館1時間前に覚悟を決めて行ったら、40分待ちで済んだ、と喜んでいました。残り物には福、ということでしょうか。

6.まとめ

いずれにしても、今回の若冲展は1日平均来場者数が15,000人弱と、恐らく過去の統計から見ていても、2016年度では、世界一混雑した美術展になるのは間違いなさそうです。

過去の記録から見ても、今回は、想定外・規格外の来場者でした。その割には東京都美術館の人も、給水所の設置やこまめなアナウンス、深夜までの入館延長、図録発送無料など、やれるだけのことはやってくれたのではないでしょうか。

また、今回、社会現象となった若冲展ですが、これをきっかけに日本美術に目を向ける人も多かったのではないかなと思います。テレビやマスコミでは、早速「次に見るべき若冲展」などの紹介もされていましたが、これは次のエントリで少し僕も書いてみたいと思います。

長くなりましたので、いったん今日はこのあたりで。それではまた。
かるび

*1:id:zaikabouさんから相国寺の動植綵絵展の開催年度と2009年の「皇室の名宝展」が抜けている旨ご指摘頂きましたので修正・追記しました。感謝!

*2:この時の図録は、現在ヤフオクで高値でやり取りされています。