あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して3ヶ月。無職または専業主夫で、ブログ書いてます。美術展と人事労務系の記事が多め。

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橋本崇載「棋士の一分」は内部から将棋界を痛烈批判した衝撃の問題作だった!

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かるび(@karub_imalive)です。

ここ最近、アニメ「3月のライオン」映画「聖の青春」公開、そして三浦弘行9段の「ソフト指し不正事件」と、話題に事欠かない将棋界。

そんな中、現役バリバリの上位棋士、橋本崇載八段による将棋界を痛烈に批判した衝撃の問題作「棋士の一分 将棋界が変わるには」が12月10日に発売されました。

橋本崇載八段といえば、三浦弘行九段の「ソフト指し不正事件」が発覚し、将棋連盟から実質ペナルティとされる裁定が下った時、他の棋士が腰が引ける中、真っ先に「1億パーセントクロだな」というストレートな感想をTwitterに投下して、話題になりました。(その後、当該ツイートはすぐに削除されました)

<橋本八段とはこんな人>

動画がスタートしない方はこちらをクリック

上記動画は、2016年8月に発売された型破りな将将棋バラエティDVD「橋本道場 負けて勝つ!」の公式紹介動画です。このように、昔から棋士活動だけでなく、派手な服装、面白いコメントでテレビ対局を盛り上げたり、普及活動に力を入れるなど、将棋界に対して個性的な貢献をしてきた橋本八段。前々から温めていた内容だったそうですが、ベストなタイミングでの発売となりました。将棋ファンなら必見の内容がつまった本作について、以下、感想を書いてみたいと思います。

将棋ソフト問題に揺れる将棋界

コンピュータや人工知能の目覚ましい発達により、2016年現在、将棋ソフトは事実上プロ棋士よりも強くなってしまいました。特に、中・終盤の複雑な読み合いにおいては、ハッキリと将棋ソフトに分があるとされています。

また、冒頭で書いたように、2016年10月には、プロ棋士が公式棋戦の対戦中、こっそりとスマホ上にインストールした将棋ソフトを使って指し手を検討していた疑惑が持ち上がりました。

将棋ソフトに歯が立たず、プロ棋士同士の対戦でもソフト指しで勝負するような状況では、もはやそれはプロ棋士ではありません。今や、将棋ソフトの問題は、プロ棋士のアイデンティティの根本に根ざす大きな懸念点になっていますし、それは現場にいる棋士たちもひしひしと感じているはずです。

将棋ライター、大川慎太郎氏がトッププロからインタビューで本音を引き出した良書「不屈の棋士」でも、羽生、渡辺以下、ハッキリとプロ棋士達のこれまでにない焦燥感と問題意識が感じられました。

「棋士の一分」は将棋界について正面から批判した本

とはいえ、将棋や将棋界への人工知能やソフトウェアの関与・浸透については、棋士によって温度差があるのも確かです。多くはないですが、むしろソフトウェア全盛時代を積極的に受け入れよう、という若手棋士も散見されます。

そんな中、著者の橋本八段は、「将棋ソフト」にあからさまに嫌悪感を抱く、ソフト否定派の急先鋒の一人です。本書の中では、「将棋ソフト」の公式棋戦への導入を将棋連盟の明らかな失策とし、人間同士の個性がぶつかりあう戦いの中にこそ、将棋の面白さがあると繰り返し強調しています。

その批判のトーンは、最初から最後までキレキレでした。冒頭で、三浦弘行9段のソフト不正事件について、将棋連盟の公式見解より踏み込んだ意見と判断を提示すると、中盤以降は将棋界の旧態依然としたぬるま湯体質と改革の遅れに鋭く切り込んでいきます。そして、時折著者自身のバラエティに富んだ幼少時代やプライベートにも言及されています。

「棋士の一分」の何が衝撃的だったのか?

将棋界についての批判や提言は、ネット上の専門ブログや2ちゃんねるの「将棋」板をザザーッと見ていけば、ある程度質の高いものを拾い出すことは可能です。

ただし、将棋のような徒弟制の残る伝統芸能の世界では、業界内部での発言権は「実力」に正比例するものです。得てして将棋の実力がない素人が、外野でいくら本質に踏み込んだ正論を語っても、その中枢に意見が届くことは少ないのです。あくまで、将棋界の中で才能・実績があるプロ棋士の実力者が問題を認識し、意見を出さないことには改革は始まらないのです。

そういう意味で、業界でも一度は順位戦で「Aクラス」棋士の仲間入りをしたエリート棋士でもある橋本八段が、これだけ歯に衣着せぬ過激なオピニオンを放ったことは、非常に画期的だったと思います。

この本の凄さ①故・米長邦雄永世棋聖を名指しで批判!

まず、驚いたのは、前将棋連盟会長だった故・米長邦雄氏を2012年に将棋ソフトと公式戦で対局して負けた一戦を、「連盟会長という地位を利用して私欲のためにソフト棋戦で棋士の価値を下げた」と名指しで批判していることです。少し長いですが、引用してみます。

将棋連盟が、俗にいう対局禁止令を出したのは〇五年十月のことだ。[・・・]もしプロ棋士がコンピュータに敗れるようなことがあれば、大きなイメージダウンになるので、それを避けたい、というのが表面的な理由だった。そうであれば、その感覚は真っ当なものだといえるが、ならば、なぜその後に対局禁止令は米長会長の独断で解除されたのか?この後の経過を見ればわかるように、コンピュータ将棋との無断対局を禁じることによって、「棋士対コンピュータ将棋」を自分の意のままに扱えるようにしたいというところに米長会長の真意があったのだろう。[・・・]米長会長は、棋士とコンピュータ将棋の対局を禁じておいたうえで、自分が出ていく舞台をこしらえ、とても「格安」などとはいえない対局料を得た。

ちなみに、この時の対局料は1000万円だったそうです。確かに、引退棋士がほんの数時間指して1000万円もらえるのなら、こういう図式もありえなくはないと思わされます。

しかし、いくら鬼籍に入ってしまい、(言い方は悪いですが)”死人に口なし”とは言え、将棋界だけでなく政財界、文化界で幅広い人脈を持っていた昭和の元勲みたいな巨匠を、「私利私欲のために将棋界をダメにした」とバッサリ斬るのは凄い!

僕も、もし会社で部長が米長氏みたいな人だったらハッキリ嫌ですが(笑)、それにしても凄い切り方でした。もちろん、米長氏を一方的に批判するだけでなく、別の箇所には氏の残した功績もきちんと評価されています。単に感情的に「嫌だ」というだけでなく、冷静に分析されていることがわかります。

さらに、現将棋連盟会長の谷川9段や、名指しではないですが「チャイルド・ブランド」と言われた羽生世代の40~50代を「何も声を上げてくれない」と恐れずにビシビシ批判していること。そんなに言って大丈夫?というほど、将棋界内部への鋭い批判が非常に印象的でした。

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この本の凄さ②将棋界の内情をより克明に知ることができる

橋本八段は、10歳の時に奨励会(=プロになる前の研修段階)から含めると、将棋界の中枢で20年以上どっぷりと過ごしてきた人です。

しかも、我々外部からは全く知り得ない将棋プロの中の出来事や内情もリアルに描き出されており、将棋ファンとしては非常に興味深く読むことができました。

たとえば、こんな感じ。ゆるく緊張感のない棋士生活があぶり出されます。

そこで私は多くの若い棋士と同じように練習対局や研究をしようと考え、将棋会館に行く日を増やした。そうすると、控室で昼寝をしていたり、碁を打っていたりする年配の棋士の姿が必ずある。もちろん、練習対局をしている人たちもいたが、暇つぶしのように将棋会館に来ている棋士も少なくないのを知った。

まぁ、会社に来てもやることがなくて暇でネットばかり見ている窓際のサラリーマンとあまり変わらないゆるい棋士もいるということですね・・・。

この本の凄さ③内部も外部もよく知っている著者のバランス感覚

得てして将棋村の内部で「俺は将棋だけやっていればいい」と自己完結する棋士が多い中、バイトや将棋バーの経営、普及活動、マスコミへのサービスなど、積極的に外の世界も見てきた人でもあります。

アルバイトや将棋バーの運営では、マネジメントや経済活動の仕組みを独力で学び、普及活動やマスコミへの積極的な露出で、「外側」から見た将棋界についてのリアルな感触を掴んでいった橋本八段。

将棋界の中枢に長年籍を置きながら、外部の視点も持ち合わせたそんな橋本八段の指摘は、痛烈ではありますが、非常に的を射た正論でもありました。

スマホ不正疑惑についての見解

そして、本書を手に取った将棋ファンの大半は、三浦弘行九段の対局中でのスマホを使ったソフトでのカンニング行為に対する橋本八段の一歩踏み込んだ見解を聞きたいと考えているはずです。

橋本八段も、執筆中に起きたこのタイムリーな事件について、きちんと言及しています。本書の中でも、削除したツイートのように「1億パーセントクロである」とまでは書かれていませんが、

ひと言でいえば、クロ判定である。(連盟が)このような発表をした以上は、確たる証拠をつかんでいるに違いないと考え、私はそう認識したのである。 

また、

一流棋士は対戦相手のちょっとした動揺も見逃さない。おそらく当事者からすれば「疑惑」ではなく「確信」に近いものがあったのだろう。

このあたりから、やはり三浦9段の対局中のソフトウェアでのカンニングについては「クロ」なのではないかと強く示唆されています。

印象深かった将棋界への鋭い提言

センセーショナルに批判をするだけでなく、現状への改革案として、非常にユニークで独創的なアイデアがいくつも提示されているのも、本書の見どころです。幾つかピックアップしてみましょう。たとえば・・・

・ファン選抜によるオールスター棋戦をクラウドファンディングで立ち上げる。
・棋戦で勝てなくなった棋士には、普及を担うレッスンプロとして連盟が支援する。
・HP運営や公式アプリなど、IT分野では外部からスペシャリストを起用する。
といったところ。

これだけのアイデアがあるのであれば、前回次点だった理事選を一度であきらめるのではなく、もう一度チャレンジしてもいいんじゃないかとは思います。

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惜しかった点

ただ、この本で1点だけ惜しいなと思ったことがあります。それは、橋本八段の「将棋ソフト」への一貫した否定的なスタンスです。「将棋ソフト」は、プロ棋士にとって不要なものであり、その影響力を極力排除するためにどうすればいいのか?という観点のみで改革案がまとめられていたことは、やや残念な気がします。

すでに叡王戦というソフト対人間の公式戦が継続していますし、今後もコンピュータや人工知能の発達はさらに加速するならば、将棋ソフトの存在は今更無視できるものではありません。本当の意味での改革案を検討するなら、「将棋ソフト」の存在を無理やり「悪」と決めつけず、受け入れるべき所与の物と考えた方が建設的です。その上でプロ棋士は今後どのようにあるべきか、そしてどう将棋界が変わっていくべきかを考えたほうが、より生産的なのではないかなとは思います。

まとめ

今の将棋界は、僕のような部外者から見ても、なんとなくヤバさがすぐにわかります。ホームページは相変わらずショボいし、東京・大阪ともに将棋会館のボロさを見ると、斜陽産業であることは一目瞭然です。

2012年以降、たまたまマンガ・アニメ・映画など、将棋好きのクリエイターに支えられ、表面的には何となく盛り上がっているような感じですが、その中枢部では、プロ棋士のアイデンティティが根底から揺らぎつつあり、プロ棋士の生活を支えるプロ棋戦の消滅リスクが高まっています。

ソフト全盛時代が迫り、将棋がこのまま世界のガラパゴス的パズルゲームとしてひっそり衰退していくのか、日本の独自文化としてファンを増やし、世界にアピールしていけるかは、橋本八段が言うとおり、いま改革するしかないのでしょう。

サービス精神旺盛ですが、棋士としてのこだわりやプライドも高く、自分にも他人にも厳しい橋本8段。色々心労をためてうつ症状にもなったと本書内にも書かれていました。そんな橋本8段が身を削って書いた、半分暴露本的な要素も含んだ内部からのストレートな批判が、ファンを巻き込んで将棋界の改革機運を高めてくれることに是非期待したいところです。

将棋ファン、ウォッチャーなら、必読の問題書でした。おすすめです。

それではまた。
かるび

そして、将棋ソフトとプロ棋士の関係や、現状の将棋界の問題点を、11人のプロ棋士にインタビュー形式で切り込んだ本がこちら。これも非常に読み応えのある衝撃の問題作でした。未読なら、面白いので是非おすすめします。