あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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書評:「兆し」をとらえる~報道プロデューサーの先読み力~

かるび(@karub_imalive)です。

ビジネスの企画やクリエイティブなプロジェクトにおいて成功するには、「世の中に半歩だけ先取りした」アイデアや着想が必要だと言われます。

10年も20年も先取りしなくてい、たった半歩だけでいいんだ、と言われますが、それができれば誰も苦労しません。新規性のあるアイデアや、斬新な切り口の着想をタイミングよく形にするのは、実際には非常に難しい

しかし、それを「当たり前の努力」を積み重ねることで、実現し続けてきた人物がいるといったら、気になりませんか?

本書『「兆し」をとらえる』は、テレビ東京の看板番組「ガイアの夜明け」の看板プロデューサーとして、常に世の中の流れの先を読み、視聴者のニーズと共感を勝ち取ってきた野口雄史氏が、「時代の先読み力」について自らの体験や知見を余すことなく語り下ろした新書です。

これから火がつきそうなサービスや商品について、その着想のヒントをどこから得ればいいのか。あるいはそれを見つけ出したとして、得られたアイデアをどのようにサービスや商品に落とし込み、顧客にどう提案していったらいいのか。 

本書が扱うジャンルは「報道番組」と特殊な世界ですが、だからこそ本書を通して浮き彫りになる数々の知見は、幅広い読者の取り組むビジネスやプロジェクトに応用できるはずです。ぜひ手にとって見てほしいので、今日は本書についてのレビューを書いてみたいと思います。

0.報道プロデューサー、野口氏の仕事について

本書の著者、野口雄史氏は、テレビ東京で入社以来営業職を経て、2002年から2015年までの13年間、「ガイアの夜明け」のチーフ・プロデューサーを務めた、いわば同局のエースプロデューサーです。

現在も、やはりテレビ東京の看板報道番組「ワールドビジネスサテライト」のプロデューサーを務めています。

1.「兆し」を捉えるためのヒント

本書は、

・第1章「まだ見ぬ”現実”を撮りにいく」
・第2章「まだ見ぬ"シーン”を描いていく」
・第3章「まだ見ぬ”関わり”をつくっていく」

と、シンプルな3章での構成です。主に、同社のビジネス・ドキュメンタリー「ガイアの夜明け」を制作していく中で、制作プロセスや、取材や人間関係構築の工夫、そして企画着想のアイデアなど、野口氏が番組を制作する一連の流れの中で会得してきた経験や知見が本にまとめられています。

本書の核心部分であり、僕が一番推したいのは、この第2章「まだ見ぬ”シーン”を描いていく」です。本章で示された、野口氏自身が日常的に取り組んでいる「兆し」のつかみ方の部分、つまり「どうやってネタを探しているのか」というところ。

いくつか、ハッとした部分を取り上げてみると・・・

1-1.まだ表に出ていない情報は口コミでもたらされる

有用な情報は、まず「表に出ていない情報」です。これを普段からメンテナンスし、培ってきた取材先や人脈から「口コミ」として、こっそり教えてもらうことが一番の情報源だといいます。新聞などのマスコミに出ていない情報は、当たり前ですが、誰かから聞くしかありません。

時には、取材先企業と「機密保持契約」を締結してまでも貪欲に水面下の情報を取りに行く貪欲な姿勢が素晴らしい。また、どうやって聞き出すのかについては、野口氏の「営業」時代を振り返る第3章に余すことなく書かれていました。

1-2.取材コンセプトをぶらさず、視聴者へ届ける情報価値を最優先する

事前に企画会議やブレインストーミングの場で、「こういう切り口で番組をつくろう」とコンセプトや仮説を決めたら、まずはそのコンセプトに忠実に取材を進めます。企業の取組をテーマとして取材する「ガイアの夜明け」では、会社側から「これも撮影して欲しい」「こんなメッセージも流して欲しい」と広報目的で宣伝も兼ねた依頼も多いそうなのですが、それはハッキリ断るようにしていたそうです。

あくまで「他では見られない企業の裏側、開発の裏側」についての情報や映像を視聴者へと届けることを最優先し、立てた仮説にこだわって情報を取りに行く姿勢が、結果的に制作されるコンテンツの質を高めているということですね。

1-3.たくさんの1次情報に目を通し、考え抜く

口コミ以外での野口氏の最大の情報源は、「新聞」でした。目を通している新聞は、日経をはじめ、朝日、読売、日経MJ、日経産業新聞、競合他局のドキュメンタリー番組やニュース番組、新商品のPR記事など。

そして、このような色のついていない「1次情報」源を元に、徹底的に考えながら読むのです。熟考するポイントを本書から列挙すると、

「このニュースの背景にある日本の課題・問題は何か?」
「その新しい商品は、何か問題の解決に役立つのか?」
「これを番組で取り上げると、他でも参考になる、良い取り組みなのかどうか、普遍性があるのかどうか?」
「どのようなメッセージが込められるのだろうか?」

野口氏は、「漫然と読むだけでは、”兆し”をとらえることはできない」と言い切ります。必死で考えながら読み解くことで、記事の背景から浮かび上がるアイデアのエッセンスや切り口といった、”兆し”がつかめる確率がアップするのです。

普段、なんとなくYahooニュースのトップページや、はてなブックマークなどでキュレーションされたオピニオン記事を漫然と読んでいるだけではダメだな、と痛感させられました・・・。

1-4.ひっかかる情報は寝かして熟成させ、あとで見返す

とは言え、いくら熟考してもアイデアへと昇華できない1次情報も数多くあります。でも、なんか心のなかでひっかかる。こういうニュースや新聞記事は、そのページごとファイリングし、分野別に付箋をつけて大雑把に分類して寝かせておくそうです。

このファイル群を、2ヶ月毎に再び読み込むようにすることで、切り抜いた記事が時とともに「発酵」し、別の情報と組み合わせてアイデアへとつながったりすることがよくあるとのこと。

僕も、普段から気になった記事は、はてなブックマークやPocket、Evernote等に保存していますが、定期的に見返していませんでした。インプットした情報を一度保留し、改めて「あとで見返す」重要性や、その効能・効果について、再認識させられました。

2.野口氏は、現場で創意工夫を重ねて実績を積み重ねてきた人

この本では、野口氏がテレビ東京へ入社以来関わってきた番組作りの一部始終のプロセスについて、その経験や知見がかなり赤裸々に語り尽くされています。全編を読んでいて気づいたのは、「現場での気付き」を大切にしていることでした。

取材を進める中、予期せぬ出会いやアクシデントから、その場その場でのリアルタイムな判断が必要とされたり、当初想定になかった取材成果がもたらされたりします。その際、プロデューサーとして、必ずその現場で得られた気づきや着想をどんどん行動に移して、成果につなげたり危機を乗り切ってきていることが非常に印象的でした。

わたしたちが日常で仕事に取り組むときも、漫然と取り組むのではなく、ビジネスの現場で浮かんできたアイデアをためらわず、まず行動に移していくことが大事なのだなと改めて実感させられました。

3.まとめ

本書の帯に、序章から抜粋した印象的な一文があります。

なぜ先が見えない話なのに、重要だと思うのか?」という問いに、「勘です」としか答えられないのなら、仕事ではありません。[・・・]世の中にとって重要なテーマになるという”兆し”をとらえて取材に動かなければいけません。そうやって意識的に取捨選択したものを、私は「兆しをとらえる」と表現したいと思います。

普段から質の良い情報を集め、それを自分なりに徹底的に考え抜き、仮説やコンセプトを立てる。その仮説に基づき、取材企画を立て、コンテンツを作り上げていく。時には、現場での気づきも臨機応変に取り入れ、内容をブラッシュアップしていく。

なんだか、こうやって野口氏の仕事の進め方についてエッセンスを抜いてみると、当たり前のプロセスが浮かび上がってきますよね。一流の仕事人は、どんな業界・業種であっても、クリエイティブな仕事をするには、共通したプロセスがあるのだと気付かされます。

「兆し」を捉える技術、頑張れば我々にもできるかもしれません。ヒント満載の強く推したい良書でした。、ぜひ機会があれば読んでみて下さい。

それではまた。
かるび