あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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書評 『 魂の退社-会社を辞めるということ。』 50歳、元朝日新聞記者の退職についてのストーリー

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かるび(@karub_imalive)です。

いろいろなエントリで書いていますが、僕は今年の5月末から「1年間は人生の夏休みを取る」と称して、無職生活に突入しています。

サラリーマン時代末期は、時間だけが無為に過ぎていく灰色な感じがあって、退職が待ち遠しかったものです。でも、いざ退職したら、気持ちは落ち着いたものの、やはり新たな心配も出てきました。1年も休んで再就職できるのかな?、とか、昼間に町中でサラリーマンを見かけるたびに、僕だけ勝手に休んでて、これでいいのかな、と日々不安になるわけです。

すると、小心者な自分は、ついつい無意識に自分自身と同じような境遇、つまり中高年で早期退職した人たちが何故辞めたのか、またその後どうなったのかを見てみたくて、調べたくなっちゃうんですよね。それで、ネットや図書館で関連するリソースをついつい探してしまう。

そんな中、何気なく立ち寄った駅の小さな本屋の店頭で、ベストセラーとして、このよくわからないけどアフロのおばちゃんの顔がドーンと出た本が目に入ってきました。これです。

ぱらぱらっと見てみると、50歳で朝日新聞社を早期退職したという。しかも、夫なし、子なし。その状態で、特に大きな目的もなく、惜しげも無く優良企業を退職。その退職にまつわる顛末を書いた本のようです。さらにその場でネットで検索したら、50歳で一人暮らし無職。アフロヘアー。節電生活の達人・・・。

なんだか変わり者だな、と思いつつも、思わずタイトルとアフロヘアーの迫力に負けて購入してしまいました。

退職エントリを1冊の本に拡大したような本

ここ数年、ブログで退職エントリを書く人が増えていますよね。またそれがよくバズります。退職エントリというのは、いわばその人の人生の節目であり、ストーリー的にも一番面白く読める、皆が気になるジャンルだと思います。

この本は、一言で言うと、いわばこの稲垣えみ子さんの壮大な退職エントリです。文面は、非常にやわらか。新聞の報道論調のような硬い文章とは違い、どちらかというと女性的で非常に柔らかい文面。人気ブログが書籍化されたような、そんな読み口で出来の良いなが~いブログを一気に読まされているような感覚。疲れている時でもスイスイ読めます。

でも、読み物として一気に読めてしまったのは、この人がやはり朝日新聞社の記者として長年第一線で文章を人に読ませる仕事をしてきたところが非常に大きいのかな、と思いました。

30代中盤まではバリキャリ系女子だった

朝日新聞社と言えば、マスコミという特殊な業界ではありますが、社会的なステータスや給与水準は一流企業そのものです。そして日本の大企業特有の出世競争や社内政治などもしっかりあるようです。

彼女も、若い時はバリキャリ系でどっぷりと会社生活にはまっていたといいます。なんといってもバブル世代。いい学校、いい会社、いい人生、という昭和的成功イメージそのままに、「お金=幸せ」と捉え、もらった分は全部使うくらいのゴージャスな生活にどっぷりと浸かりきっていました。

そんな彼女も、30代後半になってくると、同期の男子たちは次々と要職へと昇進していきます。彼女は、男性社会の中で出世レースでは遅れを取りはじめ、次第に不安になっていきます。「会社の役に立つ人間」か「そうでない人間」かの選別対象年齢になって、憂鬱だったといいます。

人事異動・昇格発表があるたびに、なぜ自分が選ばれないのか不安になり、ネガティブな気持ちに心が染まっていかないように必死にその都度自分をコントロールし続ける・・・。いや、わかるなぁ。

きっかけは38歳の時、香川県への転勤だった

そんな彼女が、38歳の時に、大阪本社勤めから香川県の「総局デスク」への人事異動を命じられます。出世レースの先頭からは、明確に外れたのですね。暗にわからせる、という大企業らしい措置であります。

ただ、そこで腐って終わらなかったのが彼女のその後の運命を大きく替えました。香川県の総局デスク時代に、香川県人の「お金を使わない豊かな生き方」と、ハイキングやお遍路で出会った老人たちの笑顔などから気づきをもらい、人生に対する考え方が徐々に変わっていきました。

実は、うどん消費量日本一で知られる香川県ですが、もう一つの知られざる「日本一」があるそうです。それは、香川県は一世帯あたりの平均貯蓄高が日本一であるということ。

とにかく香川県人は手堅くて、お金を使わないのだそうです。香川県のうどんは本当に安く、地元の人達が日常的に使う「セルフ」系のお店での素うどんは1杯100円台。あれこれ乗せても500円もせずにお腹いっぱいうどんが食べられるそうです。

堅実に日々の出費を抑え、現実を見据えて貯蓄に励む香川県人達に感化され、こびりついたバブル女子体質が少しずつ抜け、「お金を使わなくてもハッピーなライフスタイル」を身に着けていきました。

ポイントは、彼女を縛り付けていた「お金」=「幸せ」という構図が少しずつ解体されていったことです。「お金」への執着と「お金」を失う不安がなくなるとともに、会社内外で次第に自由に、自分らしく振る舞えるようになっていきました。

やりだしたらとことんやってしまう人

じゃあ、お金から解放されたらどうなったのか?行動が自由奔放になっていきました。

恐らく、もともと若い時から個性的で扱いづらい(?)系の人材だったと思われますが、模範的なサラリーマン的な振る舞いから大きく逸脱する歯止めとなっていたのが、彼女の出世や収入への執着だったと思うんですよね。

それがタガが外れると、一気に個性爆発します。

倹約節電生活

たとえば、究極の倹約節電生活です。これは今も継続中だそうですが、2011年の東日本大震災をきっかけに、電気なしで生活したらどうなんだろう?と思い立ち、究極の節電生活に入っていきます。

「もの」がないことで感じられる幸せを追求し、身の回りの生活必需品をミニマリストばりに徹底的に捨てまくりました。最終的に冷蔵庫も処分し、夜は明かりさえ付けないところまで行き着きます。

今では家の電気契約は5アンペア。月々の電気代は200円程度だそうです。テレビでも変わった取り組みをしている人、今年4月に情熱来陸で取り上げられました。

思いつきで突然アフロに

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(引用:http://www.asahi.com/articles/ASH975CJLH97ULZU00B.html

また、40代半ばでほぼ思いつきで、まんまるアフロヘアーにしてしまいます。本書冒頭の前書きにこうあります。

「そうだ、アフロ、しよう」目論見や戦略があったわけではない。とにかくなんでもいいから変化がほしかっただけである。 

美容師からも「社会人としてどうなのか」と突っ込まれるも、これを強行。これを普通に許す朝日新聞社って実は凄い自由でホワイトな会社なんじゃないかとも思ったのですが、このアフロヘアーにしてからは、いい意味でも悪い意味でも注目されてモテ期が来たとのこと。

アフロにした時点で、恐らくもう会社の中で出世しようという気持ちはなくなっていたでしょうが、このアフロ化が彼女の中の「会社」への執着を最終的に溶かしていく大きなきっかけになりました。こう書いています。

私たちは自分の人生について、いつも何かを恐れている。負けてはいけないと自分を追い詰め、頑張らねばと真面目に深刻に考えてしまう。しかしまじめに頑張ったからその分何かが返ってくるかというと、そんなことはないのである。そしてそのことに私たちは傷つき、不安になり、また頑張らねばと思い返す。そして、その繰り返しのうちに人生は終わっていくのではないかと思うと、そのこともまた恐ろしいのである。しかし、もしや幸せとは努力したその先にあるのではなくて、意外とそのへんにただ転がっているものなんじゃないか?そう思ったら、会社を辞めるって、意外にそれほど怖いことじゃないんじゃないかと思えてきたのである。

彼女が退職して実感した「無職」の厳しさと日本企業の余裕の無さ

本書終盤にかけては、自らが会社を退職した際に受けた「会社」中心の社会システムからの疎外感や、自営業者など、会社の組織外で行きている人たちに不利な仕組みとなっている社会制度から、日本が如何に「会社」中心で回っている「会社社会」であるかを実感した、というエピソードが、ユーモアたっぷりに描かれていきます。

例えば、さらに生活をダウンサイズするために引っ越ししようとするも、保証人が立てられずハマり、カードを作ろうと思ったら「継続的な収入」がないため作れず、またパソコンを買うのにも苦労し、、、といった感じ。

おおよそ教養あふれる記者とは思えない抜けたところもあって、そういう定番の問題は、辞める前に下調べしとけよ!なんて突っ込みながら読んでました。

さて、退職して自由にものが書けるようになって彼女が指摘するのは、ゼロ成長時代における会社社会が含む構造的な欠陥です。

会社で働くということは、極論すれば、お金に人生を支配されるということ。また、会社というシステムも、経済成長がゼロになった現代ではゼロサムゲームのなか、殺伐としてくる。すると、一番肝心な「自分の仕事が人の役に立っている」という感覚が失われ、社員を動かす動機がカネと人事だけになってしまう。

生き残るために大企業でさえも法律・倫理を破って自分たちさえ良ければという論理で行動してしまう危うさの根本は、会社への依存心にある。

このように、社畜化のプロセスについて小気味良く切っていくあたりは、さすが新聞記者であります。

会社依存度を下げる

最終章では、会社に人生を預けてしまうのではなく、少しでも自分の中の「会社依存度」を下げ、「カネ」と「人事」に振り回されない体質になろう、と提言されています。

生活を点検し、支出を抑える工夫をするとか、会社の外で趣味をみつけるとか。こういったものの見方や考え方が複眼的になるような取り組みをすることで、心の自由度が担保されるのですよね。

そして、会社に依存しない自分を作ることができれば、皮肉にもそれが会社生活の中で本来の仕事の喜びを取り戻すきっかけになるのです。会社の中で「守り」に入る必要がなくなり、自由に振る舞えるからです。

本書でも、朝日新聞社という巨大な組織にいながら、ある意味無敵モードに入った彼女が、会社で遊撃的・派閥横断的なアプローチをいくつも仕掛けてきた、そんなエピソードも紹介されていました。

まとめ:会社生活に行き詰まった人には是非おすすめ

「魂の退社」とは、決して『会社をやめよ』ということではありません。籍は置いたままでいいので、会社に心まで預けるな、会社を乗り越えろ、という彼女なりの思いです。大事なのは、会社を辞める辞めないではなく、自分の心が自由であること。

僕の場合は、もう会社をやめてしまいましたが、サラリーマン時代の思考習慣などが残っていて、「魂」は逆にまだ会社に置いてきちゃったかな、、、という気もしています。「会社を乗り越えろ」すごく身にしみました。もっと自分も魂を解放しないとなぁと思った次第です。

この本は、彼女が一度は昭和的な旧来の幸せの価値観にがんじがらめになりながらも、50歳で早期退職に至るまで、ゆっくりと本来の自分を取り戻していくプロセスを丁寧に描いた良書でした。読みやすい本ですし、自分の会社観や価値観を見直したい人は、参考になるわかりやすい本だと思います。おすすめ。

それではまた。
かるび 

また、朝日新聞社時代の彼女のショートコラム集も緊急出版中。こちらもさらっと読めるけど、心に刺さる名文集だと思います。