あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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ムンク展の裏話や鑑賞のポイントが満載だった!銀座蔦屋のトークイベント「銀座美術夜話会」参加レポート

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かるび(@karub_imalive)です。

蔦屋銀座のアート書籍コーナーの一角で行われているトークイベント【銀座美術夜話会―第14話「ムンク展ー共鳴する魂の叫び」開催×『いちばんやさしい美術鑑賞』刊行記念 ムンク展でひらく美術館のとびら! -美術館で絵画と共鳴する。】に行ってきました。

いよいよ1月20日に終了となるムンク展ですが、もっともっとムンクのことを深く知りたい!というアートファンのために、1月9日夜、アート鑑賞の達人・Takさん(アートブロガー)と、「ムンク展」を担当した東京都美術館の学芸員・小林明子さんの対談イベントが開催されました。

今回、主催者の許可を得て特別にイベントの写真を撮らせて頂くことができましたので、イベントでの写真を交えつつトーク内容をまとめてみたいと思います。

トークイベント「銀座美術夜話会」とは?

僕がこの銀座蔦屋のトークショーに参加したのは今回が2回目。前回参加したのは、サントリー美術館のコレクション図録発売を記念したトークイベントでした。

銀座蔦屋は日本屈指のアート系書籍が充実した書店。トークイベントも、アート書籍コーナーの空間を活用して、半透明のネットを張って仮設のトーク会場が設置されるのがなんとも味わい深いのです。

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アットホームなトークイベントコーナー

「蔦屋銀座夜話会」登壇者のお二人を紹介! 

東京都美術館学芸員・小林明子さん

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前任者とあわせて、足掛け6年かけて今回の「ムンク展」を主担当として準備してきた東京都美術館・学芸員の小林明子さん。今回のムンク展では、12月に放映されたBS日テレのアート番組「ぶらぶら美術・博物館」にも山田五郎さんなどと一緒に案内役として出演されていました。

たまたま僕は「ぶら美」をテレビで見ていたのですが、その時のお話の印象から、「この方はきっとトークショーで面白い話をしてくれるに違いない!」と確信。実際、整然と理知的な話の中にも適宜ユーモアを交えた語り口は抜群に聞きやすく、素晴らしいトークを聞かせていただきました。

青い日記帳・Takさん

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アートブロガーならもうご存知のブログ「青い日記帳」管理人のTakさん。昨年、ちくま書房から本格的な単著となる「いちばんやさしい美術鑑賞」を出版されるなど、ますます活躍に磨きがかかっています。

僕のブログでも、もう何回登場されているのかわからないくらいです(笑)昨年夏は、出版記念で2時間30分の長大インタビューもさせていただきました。 

今回のトークイベントでは、このお二人が登壇。「ムンク展」運営についての裏話や、「ムンク展」の見どころ、そして小林学芸員が担当する次の注目展覧会「クリムト展」(2019年4月23日~7月10日)についてたっぷりとお話を聞くことができました。

トークは、Takさんが進行役を担当しつつ、小林学芸員が展覧会の見どころや「裏話」を順番に説明する展開に。それに対してまたTakさんが感想やツッコミを入れる・・・といった展開で進んでいきました。休み明けで若干お客さんの入りはいつもより少なかったのですが、その分緊張感から解き放たれたTakさんのトークがノリノリ&キレキレでした。 

ムンク展をより楽しく鑑賞する7つのポイントとは?

トークでのメインコンテンツはムンク展の鑑賞ポイントについて。

ムンク展で展示されている主要な作品などがスライドで順番に投影され、登壇者の二人がそれを見ながらムンク展の「見どころ」や「魅力」を順番に解説してくれました。

興味深いトピックを色々聞けたのですが、その中でも僕の印象に残ったポイントを7つに絞ってまとめてみます。 

鑑賞ポイント1:オリジナリティあふれる「版画」制作

ムンクがまだ画家を志して自らの作風を模索していた時、キャリア飛躍のきっかけをつかむ突破口となったのが「版画制作」でした。

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たとえば、初期の代表作《病める子》は、よく見ると顔は丁寧に描かれているのに、周りには乱れを感じさせるような線があふれていて、モヤモヤと霞がかかったような感じで表現されています。意味不明なキズや、引っ掻き傷などもついていて、そういった「線」や「キズ」など、ムンク独自の表現が鑑賞者に「不安」を感じさせる要素になっているそうです。

また、キャリア中期では一つの作品を様々な媒体、表現方法で試す中で、積極的にリトグラフや木版画、銅版画など、版画によるバージョン違いを制作しているのもムンクの画業における特徴です。

多色刷りを効率よくこなすため、バラバラの版木をジグソーパズルのように組み合わせた独自の多色刷り木版画手法を自ら開発し、さらにはその「版木」をも個展で展示してしまうこだわりぶり。展覧会でも、実際の「版木」が作品と一緒に展示されているので是非注目して欲しいとのことでした。

鑑賞ポイント2:繰り返し好んで描いた「浜辺の女性」

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ムンクは、特に「海の風景」「森の風景」を好んで描いていますが、中でも生涯に渡って繰り返し描いたモチーフが、「浜辺に佇む女性」のいる風景。特にTakさんは晩年に描いた作品を見てグッときたそうです。

小林さんの解説によると、ムンクが付き合い、ファーストキスを経験した女性=人妻との甘美な逢瀬を重ねたのが浜辺の村だったため、その時の強烈な原体験が忘れられず、ムンクは何度も「浜辺の女性」を描くようになったのだそうです。

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浜辺の女性の絵には特徴的な「月光」が・・・

ちなみに、浜辺の女性と一緒によく描かれるのが、柱状にくっきりと描かれた、海面に反射する「月光」です。イメージとして単純化されていますが、これは「男性器」の象徴なのではないかという小林さんの鋭い解説。ムンクの作品に全体的に「性的」なイメージが漂うのも、この柱状の月光が大きく寄与しているのだそうです。いつも「柱状」でしっかり描かれるので、ムンクなりの重要な意味があったのは間違いないとのことです。

鑑賞ポイント3:定番の「叫び」について

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今回のムンク展に来日した「叫び」は、4つあるバージョンのうちの1つ。よく見ると、描かれた人物は耳を塞いでいます。決して叫んでいるわけではないのですね。(これは僕も当初見事に勘違いしてました・・・)

これはムンクが作品とともに残した言葉を読むとわかるのですが、絵の中に描かれている人物=ムンクは、自然を貫く叫びに不安や恐れを感じ取り、これに耐えきれず耳を塞いでいるのですね。

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「叫び」と同じような構図の作品が並んでいる

小林さんによると、この「叫び」の構図はムンクの中で完成されたものとなっているとのことでした。実際に《叫び》の横に展示された《絶望》を見てみると、《叫び》が恐怖や不安を外に発散しているのに対して、《絶望》は背景に背を向けていて、内向きに閉じたような構図で描かれています。対照的な2つの作品ですが、構図や背景がほぼ同一で、造形的に呼応しているのがよくわかります。

一方、Takさんは橋の欄干がきつい斜めのラインで表現され、極端な遠近法を使うことで不安を倍増させる効果を生み出しているとの指摘。また、画面に置かれた色彩の綺麗さも見どころの一つ。混ざっていない冴えた色をきれいに「面」で併置しているので、近くで見るとさえた色彩が感じられたのが大きな発見だったとのことでした。

鑑賞ポイント4:ムンクはゴッホに作風が似ている?

ムンクは修行時代に印象派的な作風を得意とした先輩画家から指導を受け、イタリア、ローマ、フィレンツェなどに渡って古典絵画を学んだとされます。「ラファエロから影響を受けた」との言葉も残っていますが、「どこが??」って感じですよね。

実際、イタリア・ルネサンス時代の美術を専門とする小林学芸員がプロの目から見ても、全く影響が感じられず、ムンクは自らの作風にゆるぎない確信があったのだろうとのことでした。むしろ、肖像画でニーチェなど同時代の文学者を好んで描いたように、ムンクはどちらかというと画家仲間よりも、思想学者や文学者から精神的な影響を受けていたそうです。

その中で、例外的に画家からの影響を指摘されているのが、「ムンクはゴッホの作風を真似している?」との指摘です。(※これは「ぶら美」でも山田五郎さん指摘されていましたね)当然Takさんはここに切り込んでいきます。

小林さんの解説によると、断定することはできないけれど、ヨーロッパ各地を渡り歩いて活動していたムンクは、同時代に少し先輩格として活動し、没後国民的画家として一気に評価が高まっていったゴッホを知っていて、その生き様や作風を意識して自らの作品に取り込んだのかもしれないとのこと。

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ゴッホの代表作《星月夜》と同名のタイトル

実際、ムンクの代表作の一つに、ゴッホと同じく《星月夜》というタイトルで描いた作品もありますし、オスロ大学の食堂のために描いた障壁画もゴッホに非常に作風が似ていますよね。

鑑賞ポイント5:肖像画にも見どころが一杯!

自画像だけでなく、ムンクは肖像画にも優れた作品が多数あります。小林学芸員の話によると、ムンクは普段お世話になった人を描いたり、普通に仕事として受注した肖像画の仕事をこなしていたとのこと

注目したい作品として小林学芸員とTakさんが挙げたのが、「マラーの死」。当時ムンクが深い仲になったトゥララーセンという女性から結婚を迫られ、それを断ったムンクと彼女の間でトラブルになった時、銃が暴発してムンクは左手の中指の第1関節から先を失う羽目になります。

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しかしムンクは、身の回りの出来事をなんでも絵画へと落とし込んでしまう人なのです。まさに炎上上等。ダヴィッドが描いた有名な「マラーの死」というタイトルの作品をモチーフにして、自分をそれになぞらえて、個人的な痴話喧嘩をヒロイックに描いてしまった作品が本作なのです。

「もし現代にムンクが生きていたらSNSなどで炎上するこじらせ系だったに違いない!」とのTakさんの鋭い指摘が印象的でした。

鑑賞ポイント6:「連作」を意識した作品制作・展示

ムンクは、生前自らの個展を開催した際に、「生命のフリーズ」など、意味的にも造形的にもつながりのある複数の作品を「連作」としてセットで一つの作品として展示することを好みました。

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また、様々なバージョン違いの作品を横に並べることで、作品が一緒に並んだときに縦の線や水平線を活かすような効果的な展示も試みています。

小林学芸員のお気に入りは、少しずつ背景や技法、色彩などを変えて制作した「吸血鬼」や「接吻」「マドンナ」シリーズが並んだ1Fの展示スペース。まとめて同じようなコンセプトの作品を観た時のリズム感や全体的な雰囲気なども楽しんで欲しいとのこと。

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また、Takさんが注目したのは地下1Fの「浜辺の女」だけがまとまって展示されたスペース。お客さんが素通りして見過ごしがちな展示ですが、「連作」的な作品のつながりを意識してみてみると違う鑑賞体験ができるので面白いとのことでした。

鑑賞ポイント7:こじらせた自画像も面白い!

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Takさんが再三「ムンクは相当なこじらせ系の人物だろう」と指摘する通り、その面倒な(?)性格は、生前いくつも手がけた「自画像」から隠しきれずにじみ出ていたりするのです。

たとえば、スペイン風邪にかかり、病み上がりの自分をわざわざ描いた自画像や、まだ写真フィルムが貴重だった当時に「自撮り」写真を残していたり。一連の「自画像」や「セルフィー」から、ムンク独特の「自意識」を感じてみるのも面白いかもしれませんね。

ムンク展についての裏話も?

また、トークイベントではムンク展の見どころだけでなく、企画段階での苦労話や裏話も合わせて披露されました。こちらも、いくつか紹介してみたいと思います。 

なぜこんなに予想外にお客さんが入ったのか?

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2018年秋~冬にかけて「フェルメール展」「ルーベンス展」「ムンク展」と上野公園の各美術館で同時期に開催されている巨匠たちの3つの展覧会。どれも好評ですが、フタを明けたら事前予想に反して、ムンク展がダントツで人気化。1月9日現在、すでに入場者は50万人を突破するなど、2015年のモネ展以来の超大入りとなっています。

この最大の原因としてTakさん、小林学芸員のお二人は、手数を尽くした入念なプロモーション活動をが奏功したのではないかと指摘。普段美術館のメイン客層である中高年だけでなく、若い人も多数来場してくれていることが、大成功につながったとのことです。

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個性的なグッズがSNSで話題を呼んだ

確かに、芸能人、文化人を多数起用した宣伝告知だけでなく、上野駅周辺にピカチュウとコラボしたバナーを置いたり、限定グッズを制作したりと、「ポケットモンスター」との大型コラボが大成功しています。また、カラムーチョとのタイアップなど、独創的なグッズ制作はSNS経由で口コミを呼んでいる印象があります。

自由なグッズ制作に寛容なムンク美術館

小林学芸員は、今回これだけ自由にグッズ制作やプロモーションが柔軟に打てた原因の一つとして、ムンク作品を所蔵するムンク美術館側が、企画にほとんどNGを出さなかったことが大きいと分析していました。

通常は作家のイメージ保護のため、斬新すぎるタイアップ企画は通りにくいはずなのですが、ムンクに関してはムンク美術館側がむしろ自由にタイアップ商品を作りまくっているのだそうです。

確かに、ネットで少しリサーチしてみると、ムンク美術館はわりと独創的なグッズが多そうな感じではありますね。小林さんの見方では、ムンクの作品のパワーに自信があるからこそできるのではないかとのことでした。

6年も前からスタートしていた展覧会企画

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ムンクの大回顧展の様子

展覧会の企画がスタートしたのは、小林学芸員が担当を引き継ぐ前の前任者が、6年前の2013年、生誕150年を記念してノルウェーの国立美術館で開催されたムンクの大規模回顧展を視察した時でした。実に6年前から展覧会の準備がスタートしていたのですね。

今回の東京都美術館での展示に派手な北欧風の壁紙が使われていたり、「浜辺の女」が一箇所に集められてランダムな感じで連作風に並べて展示されているのも、ノルウェーの国立美術館やムンク美術館での展示方法を参考にしているそうです。作品だけでなく、パーテーションや壁紙など、展示方法にも注目してみたいですね。

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意外にも80歳まで長生きし、大活躍したムンク

また、ムンクといえばとにかく「暗い」「気が滅入りそう」な鬱な感じの作家だと思われています。しかし実際はそうではなく、人間の内面を描きつつも、明るい作品から暗い作品までバラエティに富んだタイプの作品群を残し、80歳までしっかり大活躍した作家でした。

今回の展覧会では、人々が「叫び」を通してムンクに抱いていた先入観を解きほぐすためにも、できるだけニュートラルな感じで展示構成を考えたのだとか。このエントリでもたくさん紹介してきましたが、ぜひ、ムンクの「叫び」以外の作品もじっくり味わってみてくださいね。 

小林学芸員が担当する次の展覧会「クリムト展」は必見!

小林学芸員が次に担当する美術展が、2019年4月23日から東京都美術館で開催されるクリムト展。トークショーのラストでは、「クリムト展」の見どころについても紹介されました。Takさん曰く、世界中の美術館から24点もクリムトの作品を集めた本展は、間違いなく2019年最注目の展覧会の一つであろうとのこと。

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その目玉となるのが、チラシ画像にも選ばれたクリムトの代表作の一つである《ユディトⅠ》。以前1度だけ来日したことがあるそうですが、奇跡の再来日。

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小林学芸員が推すのは、《女の三世代》それぞれ世代の違う女性がキャンバスに3人描かれていますが、妊婦をしっかり描いた作品は珍しく、クリムトならではの斬新な試みといえそうです。

まとめと感想

あらためてトークイベントに参加して感じたのは、小林学芸員が強調するように、ムンクは感情の赴くまま、破滅的な人生観を持って刹那的に作品を作っていたわけではないということ。こじらせ型のややこしい性格であったことは確かですが、その一方で自分や状況を客観的に分析できる冷静さも持ち合わせていたのですね。

自分だけの画風を揺るぎなく確立する一方で、版画や写真など様々なメディアや表現手法を貪欲に探求し、どうすれば「売れる」のか考えて制作を続けていた戦略家でもあったのでした。トークイベントでは、展覧会での見どころや様々な作品の見方と同時に、こうしたムンクの人物像や制作スタイルについても深く学ぶことができたのが、非常に大きな収穫でした。

次にクリムト展でもひょっとしたら、このTakさん×小林学芸員の組み合わせでトークショーが実現するかもしれませんね。もし開催されたら絶対面白くなると思うので、ぜひ参加してみたいと思います!

それではまた。