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あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して3ヶ月。無職または専業主夫で、ブログ書いてます。美術展と人事労務系の記事が多め。

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戦火をくぐり抜けた秘宝が大集結!黄金のアフガニスタン展(国立東京博物館)に行ってきた!

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かるび(@karub_imalive)です。

皆さんは、アフガニスタン、って言うとまずどんなイメージを思い浮かべますか?僕は、「戦争」「内戦」「テロ」といったようなネガティブなイメージと、荒廃して乾いた砂の大地しか思い浮かばないです。実際、今でもほぼ準戦時状態のようなものですよね。首都カブールを中心に米軍が10,000人以上駐留する中、この2月にもタリバンによるとされる自爆テロが起こるなど、政情不安が続いている状況のようです。

そんな中、先日黒田清輝展を国立東京博物館で見た際に、「黄金のアフガニスタン展」まもなく開催、と言う看板が出ていたのを見かけました。よくこんな危ない中、企画展ができたものだな、と思い、気軽な気持ちで覗いてきたら、そこには予想外に壮絶なストーリーと、そして文字通り黄金だらけの秘宝が待っていました。

今日は、その展示会、「黄金のアフガニスタン展」の感想を少し書いてみたいと思います。

混雑状況と所要時間について

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土曜日の夕方に行ってきたのですが、人の姿はまばらでした。まだ始まったばかりということもあり、快適に見て回ることができます。展示品は、全246点と展示点数はそれなりですが、細かいものが多いのでそれほど出展量が多いイメージはありません。さらさらっと見て回ると1時間ちょっと、音声ガイドもつけてまじめに見ると1時間30分位といったところでしょうか。

音声ガイドは鈴木亮平

僕は、可能な限りどの展示会に行っても音声ガイドをつけながら見て回るようにしていますが、今回は、若手俳優の鈴木亮平。

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つーか、ドラマあんまり見ないから、若手俳優といってもあまりピンと来ないのですが、人気あるんですよね?(汗)まぁ頑張って語ってくれていたとは思います・・・。

なぜ、今、アフガニスタン展を日本でやっているのか

実はここが少し気になっていたのですが、その理由は、展示会の冒頭のパートでビデオ映像やフリップなどで、詳細に説明されていました。

アフガニスタンの歴史

まず、入り口手前にあるフリップと、入場直後の映像資料の2点は必見です!各遺跡の発掘品を見る前に、是非アフガニスタンの簡単な歴史と、地政学的背景、それと展示に至るまでのストーリーを少しでも頭に入れておくことで、今回の展示会をより興味深く見ることができます。

アフガニスタンは、西はイラン、東はパキスタンと接する内陸国で、西側のヨーロッパ世界、東側の中国、南側のインドの結節点となるシルクロードの要衝にあたる位置にあります。よって、古来から、アレクサンドロス大王の東征があったり、インド系王朝がやってきたり、あるいは遠く東からモンゴル帝国が長駆して攻めこんで来たりと、まぁ騒がしい国なんですね。アフガニスタンの歴史は、異民族の度重なる侵入の繰り返しによって形作られてきているのです。そのため、多様な文明や人種が流入し、そして融合する中で、その魅力的な独特の文化遺産や遺跡が各地に残されてきました。

その、歴史的な工芸品や文化財30,000点あまりをコレクションし、収蔵展示してきたのが、アフガニスタン国立博物館でした。

アフガニスタン国立博物館が1922年に開設される

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20世紀初頭に入り、弱体化したイギリスの支配下から独立すると、国王、アマーヌッラー・ハーン国王は、首都カブールにアフガニスタン国立博物館を開館させます。1920年代、旧宗主国のイギリスに代わり、フランスと組んで国家建設と国力増強を進めていきますが、そのフランスとの共同作業を中心として、以来50年、ソ連によるアフガニスタン侵攻が始まるまで、遺跡の発掘作業は順調に進みました。

ソ連のアフガニスタン侵攻~タリバンによる破壊まで

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しかし、1979年、ソ連のアフガニスタン侵攻により戦争が始まると、それ以来発掘作業は完全にストップします。やがてソ連が撤退した後は、その空白を埋めるかのように国内有力部族同士で今度は内戦が始まり、博物館も戦火に見舞われることになります。

また、90年代後半に入り、イスラム原理主義過激派グループ、タリバンが国内のイスラム教以外の偶像や美術品をかたっぱしから破壊して回り、博物館は壊滅的なダメージを受けました。最大で100,000点程あった文化財のうち、実に7割以上が戦火で失われたといわれます。

ニュースにもなりましたが、バーミヤンの大仏が爆破されたのもこの時期のタリバンの所業であります。(リンク貼らないけど、Youtubeに爆破動画も上がっています)

しかし、被害を見越して秘宝は隠されていた

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相次ぐ内戦やタリバンによる破壊活動・略奪により、その大半の展示物が失われたり壊されたりしたのですが、いくつかの展示物は、戦火や略奪を免れていたのです。1989年、戦火を避けるため当時のナジブラ政権が博物館を閉館した際に、収蔵品のうち約30%の特に大切なものだけが選定され、心ある博物館スタッフの手によって密かに中央銀行の金庫と情報文化省に持ち込まれて隠されていたのです。

タリバンも資金源確保のため必死で文化財の行方を探しました。その過程で博物館員もその中で厳しい尋問・拷問等が展開されましたが、彼らはプライドをかけて秘匿先について口を割らなかったといいます。

タリバン政権崩壊後、約15年ぶりのご開帳となる

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やがて、アメリカ軍が駐留を開始し、タリバンが政権を追われると、ようやく内戦が終結して、国内政情も小康状態を迎えます。そこで、2004年、15年ぶりに中央銀行の金庫が開けられ、激烈な内戦や戦火をくぐり抜けた秘宝が陽の目を見ることになりました。

アフガニスタンの文化遺産の復興支援のため企画される

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これら秘宝の再公開をきっかけに、アフガニスタンの文化財・名宝を国際的にアピールし、その保全への啓蒙等を目的として、アフガニスタン政府は世界各国で巡回展を開催することを決めました。巡回展は2006年のフランス・ギメ国立東洋美術館での開催を皮切りに、名だたる美術館・博物館で展示され、世界中ですでに10カ国以上、延べ170万人が本展示会に足を運んだと言います。そしてこの2016年、ようやく日本にも回ってきて、九州国立博物館、東京国立博物館と順に展示されることとなりました。

展示会で記憶に残ったもの

今回の展示会では、様々な古代の遺跡のうち、特に有名な4つの遺跡「テペ・フロール」「アイ・ハヌム」「ティリヤ・テペ」「べグラム」から出土した美術品・工芸品の 展示と、戦乱時に非合法に日本に持ち込まれた流出文化財をあわせ、5つのセクションに分けて展示されています。

個人的に特に印象的だったのは、そのうち「ティリヤ・テペ」という、1世紀頃に栄えた遊牧民の王の墓から出土された様々な黄金の装飾品・工芸品です。

「牡羊像」
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「冠」
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「襟飾」
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(3枚とも引用:特集:アフガニスタン 輝ける至宝 2008年6月号 ナショナルジオグラフィック NATIONAL GEOGRAPHIC.JP

「アフロディーテ」
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(引用:九州国立博物館 | 特別展『黄金のアフガニスタン 守りぬかれたシルクロードの秘宝』

そして、どの時代の出土品も異国文化の融合する「文明の十字路」と言われる地だけあり、無節操なほどに(笑)、各種東西文化が融合、折衷された出土品が非常に興味深かったです。あからさまにアレクサンドロス大王が東征時に持ち込んだギリシャ・ヘレニズム文化から影響を受けたものもあれば、同じ遺跡から南方インドの仏教文化から伝来したインドっぽい装飾版が出土されたりです。 

「青年上半身メダイヨン」f:id:hisatsugu79:20160419072010p:plain

「エロスとプシュケーのメダイヨン」f:id:hisatsugu79:20160419071950p:plain

(引用:九州国立博物館 | 『黄金のアフガニスタン 守りぬかれたシルクロードの秘宝』

「マカラの上に立つ女性像」
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(引用:九州国立博物館 | 『黄金のアフガニスタン 守りぬかれたシルクロードの秘宝』

盗掘、流出との戦い

2002年にタリバン政権が去った後も、内乱で国力が疲弊したままであり、首都カブールの街中には貧しい失業者が溢れています。彼らを日雇いで報酬を払い、遺跡で発掘させて盗掘品を買い上げる外国人や、そういった盗掘品を白昼堂々と販売する土産物屋など、日々アフガニスタンの文化財は国外へと流出されていると言います。東京にも、パキスタン~ドバイの闇マーケットを経てかなりの点数がコレクターへと流れている様子です。このあたりの状況は、この展示会を機に復刊されたこの本に詳しく描かれています。

日本では、シルクロードを中心としたオリエンタルな情景を描いた日本画家の故・平山郁夫が、ユネスコと連携して、「流出文化財保護日本委員会」を立ち上げ、日本におけるアフガニスタンの流出文化財を保護する運動を行っていました。今回の展示会では、日本で保護され、「黄金のアフガニスタン展」を機にアフガニスタンに返還される102点の流出文化財のうち、15点が最終セクションで展示されています。

「カーシャパ兄弟の仏礼拝」f:id:hisatsugu79:20160419080512p:plain
(引用:九州国立博物館 | 『黄金のアフガニスタン 守りぬかれたシルクロードの秘宝』

しかし考えてみると、日本でも諸外国に遅れて平成14年にようやく発効した「文化財等不法輸出入等禁止条約」により、不法持ち込みは禁じられているものの、アフガニスタンのケースでは、こうして流出したことによってタリバンに破壊されることを免れた点は不幸中の幸いというか歴史上の皮肉としか思えません・・・。

ちなみに、流出保護された文化財102点中、残りの87点は、同時期に東京芸術大学美術館陳列館にて、「素心 バーミヤン大仏天井壁画 ~流出文化財とともに~」と題して、特別展示されています。

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また、山梨県の八ヶ岳山麓ですが、平山郁夫シルクロード美術館でも、「アフガニスタンと平山郁夫」と題して、流出文化財の返還と連動した特別展を実施しています。ちょうど夏前に涼しい時に八ヶ岳方面に旅行に行く人は、是非覗いてみるといいですね。

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まとめ

アフガニスタンは、歴史的に大国になった時期がなく、どの時代でも中国やイラン、インドといった大国に挟まれた周縁国として、文化や歴史を独特な形で積み重ねてきました。おかげで、各文化圏からもたらされた様々な複数のカルチャーがどんどん時代を重ねるに連れて上塗りされていき、多様で多元的な歴史・文化遺産を国内各地に残してきました。

そして、近代を終えて現代になってもずっと戦乱が続くため、その保護や発見は大幅に遅れています。相当量の文化財が非正規ルートで世界中に流出していった一方で、まだまだ沢山の文化財が地下に眠っているところでもあると思うんです。前回タリバンに爆破された東西のバーミヤンの大仏の間に、超巨大な大仏がもう1体未発掘で残っているという話など、夢がある話も沢山あります。

美術品や文化財は、単に見て楽しむだけじゃなくて、人類共通の歴史遺産として、後世に残していくための努力もしていかなきゃいけないんだなぁとしみじみ感じた、そんな考えさせられる展示会でした。

それではまた。
かるび