かるび(@karub_imalive)です。
【2016年9月29日更新】
さて、芸術の秋が本格的に到来し、展覧会が目白押しです。昨日、9月22日から東京都庭園美術館でスタートした現代アートの巨匠、クリスチャン・ボルタンスキーの東京での初の個展となる「クリスチャン・ボルタンスキー アニミタス-さざめく亡霊たち」に行ってきました。
元々現代アートは初心者なので、深い分析は出来ませんが、そんな初心者の僕が行っても、それなりに楽しめた展覧会でした。以下、感想を少し書いてみたいと思います。
1.混雑状況と所要時間目安
僕が行ったのは9月26日(月)15時頃。お客さんの数はパラパラという感じ。快適に見て回れました。ボルタンスキー展と同時開催の庭園美術館の建物や内装自体を楽しむ「アール・デコの花弁 旧朝香宮邸の室内空間」展を楽しむため、庭園美術館の建物自体をガッツリ見て回るなら2時間、ボルタンスキーの展示だけを集中的に回るのであれば1時間で足りると思います。
2.音声ガイドや写真撮影について
ボルタンスキー展については、音声ガイドはありません。その代わり、映像ルームで27分間のインタビュー動画解説が連続放映されています。ほぼ、これが事実上のガイドとなって作品の理解を助けてくれるはずです。インスタレーションを見て意味不明だったら、こちらに戻ってきてじっくりチェックしてみて下さい!必見です!
写真撮影に関しては、平日(月~金)は撮り放題、土日祝日はNGとなっています。サラリーマンには厳しいですね・・・。作品や庭園美術館の建物自体を撮影したい人は、なんとか都合をつけて平日に来館することをオススメします!
3.クリスチャン・ボルタンスキーって誰?
(瀬戸内国際芸術祭HPより)
クリスチャン・ボルタンスキーはユダヤ系の血筋を引く両親を持つ、フランス人の現代アートの巨匠です。戦後すぐに、ナチスドイツの迫害からの避難生活を余儀なくされ、ホロコーストの影に怯えながら厳しい少年時代を過ごしました。この時の少年時代の原体験が、彼のアート制作におけるコンセプトに深く関わっています。
独学でアートを学び、10代で現代アート作家としてデビューすると、一躍売れっ子に。以来、40年以上、絵画、彫刻、写真、映像などを組み合わせた総合的なインスタレーションを手がけ、コンセプト性の強い作品を多数残しています。
作品の特徴は、一貫して「名も無き匿名の人々」についての生死の記憶の儚さをテーマとしていること。やがて風化し、忘れ去られる無数の人たちの記憶の切実さやはかなさと、それらをどう保持し、後世に残していくかを、作品を通して我々に訴えかけます。
4.展覧会のコンセプトについて
2019年、複数の美術館(国立新美術館他?)で、彼の大回顧展が日本を巡回開催される予定です。今回は、ボルタンスキーが「オードブルみたいなもの」と言うように、その前哨戦として、東京で企画された初めての個展となります。「オードブル」ですので、出展数も全部で7点と、庭園美術館の館内を部分的に活用した小さなプチ回顧展といった趣きです。
全出展7点のうち、本当の意味での新作は、庭園美術館の特性を活用した音声インスタレーション「さざめく亡霊たち」1点のみです。残りの6点は過去作品のアレンジでした。
クリスチャン・ボルタンスキーは、結構日本が好きみたいで、アーティストとしてのキャリアの中盤以降では、定期的に日本の芸術祭やグループ展に出展しています。
来館する前に、YoutubeやInstagram、twitterなどで、越後妻有大地の芸術祭の「No Man's Land」や瀬戸内国際芸術祭2016での、「豊島ささやきの森」あたりの作品のコンセプトを予習しておくと、より当日楽しめると思います。
越後妻有「No Man's Land」
4.作品全点紹介
さて、館内に入って順路に従って進む順番に、作品を一つずつ見ていきたいと思います。今回は少ないので、全点紹介しますね。
4-1.さざめく亡霊たち(本館1F)
入館すると、まず出迎えてくれるのは、至る所で指向性スピーカーから語りかけてくる謎のささやき。
こういうのが無数に設置されている
ボルタンスキーは、古い建物のカベや部屋には、長年の間にそこで暮らし、過ごした無数の人々の言霊が宿ると考えました。特にこの庭園美術館の元となった旧朝香宮邸では、外交官たちの声が聴こえる気がしたとのこと。
建物自体が重要文化財でもあり、インスタレーションに合わせた部屋の改造が難しい中、ボルタンスキーが思いついたのは、『声』の展示でした。フランス在住の翻訳家、関口涼子氏に依頼し、人々の集合的意識に届くようなあいまいな日本語のフレーズを用意し、ランダムに指向性スピーカーからささやくように声を流しました。
長い間佇んでいると、たしかに何となく亡霊の声にも聞こえてきます。ボルタンスキーによると、「離脱する魂へのはなむけ」なんだそうです。部屋のあちこちをおもむろに歩き回りつつ、耳をすませてみたい作品です。
4-2.心臓音(本館2F、書庫)
ボルタンスキーは、世界中から無数の匿名個人の心臓音を収集し、それを録音してアーカイブするプロジェクトを2010年から開始しています。日本の豊島(瀬戸内海)に「心臓音のアーカイブ」というタイトルで恒久的に展示しています。
参考:豊島「心臓音のアーカイブ」
今回の「心臓音」は、この庭園美術館バージョンです。
暗い書庫の中で、大音量で心臓の拍動する音が流れる中、部屋の中心にセットされた
真紅の電球が合わせて明滅する仕組みになっており、豊島のインスタレーションとはまた少し違った仕掛けでした。
その中で5分くらいいたのですが、1分おきくらいに心臓の拍動音が変わっていきます。気付かされたのは、一人一人の心拍音やリズムの明確な「違い」。実に個性的で、規則正しいものから不整脈みたいなリズムのものまで、拍動パターンはどれ一つとして同じものがなくバラエティに富んでいました。
また、部屋の中心に設置された白熱電球は、「血」の色を想起させ、拍動する度にポンプのように血を全身に送り出すという意味で、不気味なまでにリアルに「命の源」を想起させてよかったです。
4-3.影の劇場(本館、若宮3室)
海外展覧会で度々披露してきた影絵作品の庭園美術館バージョン。2部屋に2つずつのぞき穴が開いており、そこから影絵が覗けるようになっている仕掛け。
おとぎ話の中の「死者の国」を連想させるような、不気味だけど少しコミカルな影絵がゆらゆらと風にゆられる様子は、味がある演出。また、覗き穴に向かって冷たい風が断続的に吹いてくるような仕組みになっていたのは、洞穴や風穴の入り口(=死者の国の入り口)に立たされているような錯覚にもなり、臨場感満点でした。(どういう仕組みなのか気になって、係員に「なぜ風が吹いてくるのですか」と聞いたら、部屋の構造上、風が流れてくるのだと思いますとのこと)
庭園美術館の構造を上手く活かしきった展示でした。
4-4.帰郷/眼差し
続いて、新館展示室へ移動し、ギャラリー1に入ります。ここでは、やはりボルタンスキーの過去作品が2in1になって展示されていました。
まず、部屋中に大きな目のついた薄手のカーテンが垂れ下がっているインスタレーション。これが「眼差し」。パッと見たら、フリーメイソンの目みたいで、ユダヤ人だからその手の演出なの?と思ったのですが、そうではありませんでした。
ボルタンスキーによると、これらの目は、名もないギリシャ人のIDカードに印刷された身分証明写真を拡大コピーして抽出したそうです。カーテンをめくりながら自由に室中を移動すると、どこかやはりこの世のものではなく、どちらかという死者の世界を想起させるような感覚に。どのカーテンをめくっても、これら「匿名」の目が追いかけてくる、不気味さも面白かったです。なんでしょう、この感覚。彼らの目に心の中を見透かされるような居心地の悪さがなんともいえませんでした。
そして、抱き合わせ展示として部屋の真ん中に置かれた金色のカバーで覆われた四角錐の山が「帰郷」。はっと見、「う◯こ」を想起させます。あるいは、昔小学生の時によくやったファミコンゲームのロードランナーの金塊のようなイメージ。しばらく見ていましたが、なんだこりゃ?!とさすがにお手上げ。
ボルタンスキーによると、彼にとってこの「金色」は、ストレートにお金や富の象徴である一方、「死」の象徴でもあるのだそうです。
このみたいな金色の布カバーは、有名な金山があるメキシコのモンテレイで制作されました。モンテレイはメキシコの中でも、特に治安が悪く、殺人事件が日常茶飯事。まさにお金と死が隣り合わせになる街で制作されたインスタレーションということですね。
カバーの下には、使い古された工員の作業着が山となって積まれているそうです。これは、越後妻有大地の芸術祭での「No Man’s Land」のコンセプトを継承していますね。
4-5「アニミタス/ささやきの森」
そして、最後の部屋。入室しようとすると、係員から麦わらアレルギーの有無を確認され、「大丈夫です」と答え、部屋の中へ。麦わらが敷き詰められた室内の真ん中に大きなスクリーンが置いてあって、両側からそのスクリーンの映像を見るような形です。
上から見た図
表側の映像作品が「アニミタス」。荒涼とした高原のようなところで風に揺れる風鈴が延々と映像で流れます。裏側は「ささやきの森」。森の中で木にくくられた風鈴がゆれています。
表側の荒涼としたような高原は、日本の恐山を彷彿とさせ強く死者の世界を連想させる荒涼とした光景。一方で、裏側の森の中は、日本で良く見る裏山の雑木林。
「アニミタス」
「ささやきの森」
それぞれの作品について、乾いた風鈴の音は心地よいのだけど、初見では何がいいたいのかサッパリわかりません。ラチが開かなかったので、本館1F映像ルームへ戻り、ボルタンスキーの解説インタビューを聴きに戻ります。
表側「アニミタス」は、過去にチリの4000mを超える高原で制作した風鈴のインスタレーション。タイトルの「アニミタス」とは、スペイン語で「小さな魂」を表す言葉です。なるほど、風鈴一つ一つが名もない死者の魂ということか。天空に一番近いと言われる荒涼とした大地で、いわば死者を送り出す賽の河原のようなものを造りたかったのですね。ボルタンスキーは、このインスタレーションを現地に設置してから、メンテせず放置し、自然に朽ちていくに任せたとのことです。
一方、裏側の「まなざしの森」とは、豊島(瀬戸内海)に昨年ボルタンスキーが新たに設置した参加型インスタレーションでした。鑑賞者は、それぞれの願いを短冊に書いて、それを風鈴に結びつけ、この「まなざしの森」まで30分ほどかけて歩いていって、木の枝に吊るしてきます。こうすることで、名も無き人々が祈りを捧げる神社のような一種の「聖地」ができあがり、人々が死んでいなくなっても、祈りだけが残り続ける意識場みたいなものを残したかったのだと。
この2つの遠隔地に設けられたインスタレーションを、映像で一つの部屋にまとめた意義について、ボルタンスキーは映像の中で「その場所に行かなくても、その場所を知っているということがより大事なのです」と語っていました。「記憶の継承」を何より重視するボルタンスキーならではの考えだなぁと納得しました。
7.まとめ
過去作品なども丹念に見ていくと、ボルタンスキーの作品は、ホワイトキューブと言われるような、いわゆる美術館的なハコの中で鑑賞されるタイプより、与えられたその場その場の展示場所にフィットしたサイトスペシフィックな総合展示が多いのですよね。(カネにならんだろうなぁとは思いましたが・・・若干嫌儲な人なのだとか)
点数が少ない分、映像(ビデオ、影絵)、音(風鈴、心臓音、言霊)、そして匂い(麦わら)など、五感すべてをフル活用して、1点ずつじっくり味わうことが出来たので、個人的には大満足です。
初心者にとって簡単ではない展示でしたが、ボルタンスキー本人が丁寧にインタビュー映像で説明してくれますし、彼自身の主張や作風は昔から安定して一貫しているので、ネットに点在する資料も大いに理解の助けになると思います。
面白い展示なので、ぜひ!
それではまた。
かるび
展覧会情報
展覧会名:「クリスチャン・ボルタンスキー アニミタス-さざめく亡霊たち」
会場:東京都庭園美術館
会期:2016年9月22日~12月25日
公式HP:http://www.teien-art-museum.ne.jp/