あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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【ネタバレ有】映画「火花」感想・考察と疑問点の解説!/スターを夢見る芸人達への愛に溢れた青春活劇!

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かるび(@karub_imalive)です。

11月23日に公開された映画「火花」を見てきました。ずっと前に小説を一読しただけだったのですが、今回、映画が公開となったことをきっかけに、Netflix、映画を一気通貫で見てきました。このエントリでは、「映画版」火花に焦点を当てて、感想や考察を織り交ぜた映画レビューを書いてみたいと思います。
※本エントリは、後半部分でストーリー核心部分にかかわるネタバレ記述が一部含まれますので、何卒ご了承ください。できれば、映画鑑賞後にご覧頂ければ幸いです。

1.映画「火花」の予告動画・基本情報

▶映画「火花」公式予告動画
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【監督】板尾創路(「板尾創路の脱獄王」他)
【配給】東宝
【時間】121分
【原作】又吉直樹「火花」

本作で監督に抜擢されたのは、板尾創路。1990年代頃までは、自身も「130R」という漫才コンビで、ダウンタウンや今田耕司・東野幸治ら吉本の有力芸人たちと共に東京進出を果たし、芸人として盛んに活動してきた経歴を持つ映画監督です。

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引用:板尾創路 - 映画.com

それにしても芸人出身の映画監督、本当に増えましたね。北野武は別格としても、松本人志(「大日本人」他)、品川祐(「サンブンノイチ」他)、市井昌秀(「箱入り息子の恋」他)など珍しくなくなってきています。

そんな板尾創路監督ですが、手がけた作品は今回の「火花」が3作目となります。1作目「板尾創路の脱獄王」(2010)で、第19回日本映画批評家大賞・新人監督賞をいきなり受賞するなど、映画業界ではその才能を高く評価されています。

本作は、関西弁にフィットしたテンポの良い会話芸や、芸人のあり方や漫才論を語るシーンが原作小説から重点的に引用されるなど、板尾監督自身の経験や思いが乗った、強い漫才愛に溢れた作品となっています。

2.映画「火花」人物相関図・主要登場人物・キャスト

原作小説の世界を膨らませ、オリジナルのキャラクターやエピソードを含んでいたNetflix版に比べて、映画版での登場人物は、シンプルに削ぎ落とされて最小限に絞り込まれました。映画を見ていて、誰が誰だかわからない?ということは、まずないと思います。

主要登場人物

徳永(菅田将輝)
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引用:映画『火花』予告2 - YouTube
スイーツからコメディまでなんでもありだった前年までとは違い、2017年度は出演作を絞り込んでいる印象。小規模公開作品を除き、「帝一の國」「キセキ」など、その出演作はほぼ興収10億円以上となっているヒットメーカーでもあります。関西出身らしく関西弁は完璧だし、相変わらず演技力は抜群でした。

神谷(桐谷健太)
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引用:映画『火花』予告2 - YouTube
2017年度は、「彼らが本気で編むときは、」に続いて2作目の主演作。前作でのマキオ役から振り幅は180度と言っていいほど別キャラクターとなった神谷。派手さはないけど歌って踊れる数少ない俳優の一人ですね。

真樹(木村文乃
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引用:映画『火花』予告2 - YouTube
昨年秋、突然結婚発表があったときは驚きましたが、その後も映画「追憶」への出演や、「羊の木」「伊藤くんAtoE」など、2018年前半に待機作が2作控えており、30歳の大台となった今年も人気を堅持しています。本作では変顔を連発するなど、ある意味新境地を開拓しているのかも。

山下(川谷修士)
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引用:映画『火花』予告2 - YouTube
過去にも一度、吉本芸人の群像劇コメディ映画「日常 恋の声」で出演していますが、本格的な銀幕デビューは今作となります。漫才シーンだけでなく、その他の登場シーンでも演技力に違和感はありません。本作をきっかけに、今後俳優としてもどうステップアップしていくのか楽しみです。

大林(三浦誠巳)
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引用:映画『火花』予告2 - YouTube
本年度は、脇役レベルではありますが、劇場版「昼顔」「関ヶ原」などメジャー公開作での出演も相次ぎました。本作では元芸人というキャリアを活かして、桐谷健太の相手役に抜擢。尺の都合上、映画内での存在感は低めでしたが、じっと相方を支えるツッコミ役として堅実な好演。

3.途中までの簡単なあらすじ

若手お笑いコンビ「スパークス」のボケ担当・徳永と、中堅お笑いコンビ「あほんだら」のボケ担当・神谷が初めて出会ったのは、10年前の初夏、熱海での花火イベントだった。ひたすら自由で、エネルギーに溢れた天才肌な神谷のパフォーマンスを間近で見た徳永は、ひと目見て神谷に弟子入りを志願した。神谷は、徳永に神谷の「伝記」を書くことを条件に、弟子入りを認めた。

それ以来、徳永は東京で、神谷は大阪で活動していたが、2002年、「あほんだら」の東京進出に伴い、神谷が吉祥寺に引っ越してきた。以後、二人は頻繁に連絡を取り合い、安い居酒屋や、神谷の同棲中の彼女、真樹の家で飲み明かしては理想の漫才について語り合うのだった。

やがて、月日が経過し、下積みを重ねる中で、「スパークス」は徐々にチャンスを掴んでいく。お笑いTV番組や、学園祭イベント等で声がかかるようになってきていた。一方、「あほんだら」は神谷の枠に収まらないパフォーマンスが評価されず、くすぶったままだった。真樹と別れた神谷は、いよいよ生活が苦しくなり、借金が少しずつ増えていった。

旬の時期をすぎると、「スパークス」の人気も少しずつ下降線をたどっていった。ある日、久々に再会した神谷と徳永は、神谷の新しい彼女・由貴の家で飲むことになった。何気なく点けたTV画面で出演中だったスパークスのネタを見て、冷淡な反応を取る神谷。焦燥感と神谷への反発から、徳永は思わず食って掛かるのだったー。(以下続く)

4.映画「火花」の感想・評価

芸人出身監督ならではの、芸人に対するリアルな視点

本作は、さすが芸人出身の映画監督が手がけただけあって、芸人の世界の厳しさや内部事情が、物語の中でしっかりと描きこまれていました。

「意図的に観客よりも芸人の行動や表情にカメラを合わせた」と板尾監督がパンフレット掲載のインタビューで語っていた通り、劇場での実際の漫才シーンでも、映し出されるのはあくまで芸人たちなのです

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華やかな舞台の裏側を積極的に映し出す演出
引用:映画『火花』予告2 - YouTube

例えば、建物外の寒そうな螺旋階段で、順番待ちをしながら最後のネタ合わせをする漫才師や、出番が終わって、袖口や舞台裏のモニターから他の芸人たちのパフォーマンスに見入る漫才師たちの姿、打ち上げの場で番組ディレクターへの営業活動に精を出す抜け目のない芸人たち。彼らの姿をカメラがスッと追いかける様子は、密着ドキュメンタリーを見ているようでもありました。

また、芸人たちの日常風景についても、徳永やその相方の日常もを中心に、丁寧に追いかけていきます。風呂なし共同トイレの汚いアパートに住み、夜間アルバイトに行く前に、まだ子どもたちが遊んでいる日中の公園で二人してネタ合わせ。そして、夜は気に入った芸人同士で安酒を飲みながら理想と夢を語り明かす毎日・・・。

昔から絵に描いたような下積み芸人の生活スタイルですが、きっと若いからこそ、こういうのも耐えられるんでしょうねぇ・・・。今の僕にはたぶん耐えられません(笑)

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引用:映画『火花』予告2 - YouTube

一方、小説版から抜き出されて強調されたのが、「先輩が後輩に必ず奢らなければならない芸人世界の不文律」でした。劇中、かなりの頻度で神谷と徳永は(安い居酒屋とはいえ)飲みに行っているはずですが、必ず神谷が全額出しているはずです。後半、特に真樹と別れてからは借金漬けとなり、神谷が苦しんだ原因の一つにもなったこの慣習。売れていなくてカネがない先輩芸人にとっては非常に厳しいルールです。

こうした一連の芸人達の生き様に対する描写は非常にリアルであり、本作の大きな見どころの一つになっています。特筆すべきは、こうした一つ一つのシーンが、決して殊更に惨めに、苦しそうに描かれてはいないことです。オレンジ色がかったエフェクトで光あふれる温かみのある画面からは、ともすればちょっとした高揚感まで感じられます。

実際、原作者の又吉直樹も、新書「夜を乗り越える」で、芸人たちの売れない雌伏期間をむしろ肯定するかのように、こんなことを言っています。

売れていないということ、そしてかつて売れなかった時間を持っていたことは、僕は重要だと思っています。[・・・]社会の底辺から世界を見た時の目線には強い説得力があります。

この又吉の見方に同調するかのように、芸人になるためのモラトリアム的な修行に明け暮れる若者たちに対して、彼らへのエールも込められたような、板尾監督の暖かい視線を感じることができたのが印象的でした。

成功することの難しさや、芸人たちの焦燥感・恐怖感

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ローカルイベントでさえ厳しい選抜がある
引用:映画『火花』予告2 - YouTube

とはいえ、ものすごい数のワナビーたちの中から、テレビやイベントで全国区のスター芸人になれるのは、ほんの一握り。映画前半で、まだ駆け出しだったスパークスも、その厳しさを身をもって実感していきます。彼らが当面の営業目標とした地元のマイナーイベントでさえ、何組ものオーディション希望者の中から勝ち抜かないと出演できない有様でした。

それでいて、売れるためには何が正解なのか、何をすればいいのか明確な基準や規範が一切ないのが、お笑いの厳しいところです小説版「火花」を読んでも、どこにもその答えは書いてありません。

たとえば、劇中では、徳永・神谷・鹿谷と3パターンの芸人が対照的に描かれています。ザックリ言うと、

・徳永=「努力の人」
・神谷=「才能の人」
・鹿谷=「キャラ芸人、強運の持ち主」

といった分類ができると思いますが、劇中で一番売れた人は、徳永でも神谷でもなく、この鹿谷でした。

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キャラクターと強運でスター芸人になった鹿谷
引用:映画パンフレットより

鹿谷は、ライブ中、フリップがめくれずに失敗したネタを、天然のキレ芸で乗り切ろうとしましたが、その雑なパフォーマンスがなぜか審査員のツボに入り、偶然にチャンスを掴むことになります。そして、これがきっかけでプロデューサーに気に入られ、鹿谷の快進撃が始まります。時代性にマッチした濃い顔のお姉キャラで、あっという間にCMにバンバン出るような全国区のスター芸能人へ出世していくんですよね。

才能だけでもダメ、努力だけでもダメ。鹿谷に置いて行かれた徳永や売れない芸人たちは、どうすれば結果が出るのかわからないまま、時間だけが刻々と経過していく恐怖感や、世間に取り残されて、自分だけ時が止まったかのように足踏みし続ける焦燥感を感じていたのではないかと思います。

劇中、神谷が「きっとお前だけの笑いがあるんやで」としみじみ語るセリフがありますが、それを見つけ出して、大衆にわかってもらうことは途轍もなく難しいことなのかもしれませんね。劇中、口を開けば「売れたいなぁ」とつぶやく芸人達のセリフが非常に寂しげで印象的でした。

ノーカット完全収録での迫真の漫才が素晴らしい!

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引用:映画『火花』予告2 - YouTube

本作の一番の見どころは、クライマックスで菅田将輝と川谷修士がまるまる1本、超長回しのノーカットでやり切った渾身の漫才シーンです。芸人として活動してきた10年間の全ての喜怒哀楽の感情が大爆発したような、鬼気迫る演技が本当に素晴らしかった。

ネットの一部で批評されているように、菅田将暉の演技は、枯れて夢破れたアラサーの大人というよりは、若さの抑えきれない発露のように見えなくはないけど、それでもこのシーンを最後に見れただけでも、元は取れたと思います。映画冒頭での神谷の「地獄!地獄!地獄!」に呼応するように、徳永が「死ね!死ね!死ね!!」と観客に向かって泣き叫ぶシーンには、もう泣くしかありません・・・。

Netflix版の林遣都も素晴らしかったですが、菅田将輝も全くヒケを取らない会心の熱演だったと思います。

「火花」から「花火」になりたかった二人の美しい散り際

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引用:映画『火花』予告2 - YouTube

また、作品全体を通して、タイトルの「火花」を効果的に映像として使っていたのも非常に味わい深かったです。

冒頭、どこまでも上がっていく二つの打ち上げ花火は、言うまでもなく徳永と山下のメタファーです。まさに、今ここからプロの芸人という大目標へと向かって第一歩を踏み出した=「火花」が点火した見立てになっていて、面白い趣向でした。

これに対して、ラストシーンで徳永と神谷が熱海の海岸で見上げた満開の打ち上げ花火にはなんとも言えない寂寥感がありました。ポイントは、花火を下から見上げているのが、あくまで徳永と神谷であったことです。彼ら自身が「花火」となったわけじゃないのです。自分達ではない誰かが、芸人として成功して世の中に華々しく出ていく様を見送っているのです。とうとう二人は、「火花」のまま消えてしまい、大きな「花火」になることができなかったのです。

また、花火を見た後、10年ぶりに入った熱海の居酒屋で、神谷がマッチでタバコに火をつけるシーンがあります。この時、勢いよく燃え上がったマッチの火が、まさに「最後の灯火」のように見えて、最高に切ない演出でした。

最初に師弟関係を結んだ、「火花」という物語の始まりの場所に戻ってきた徳永と神谷が、芸人として生きてきた10年間を総括しつつ、彼らのキャリアに静かに終わりが訪れたことを象徴するような演出にしびれました。

本作は、テーマである「火花」をモチーフに、物語の要所要所で主人公達の行く末を暗示するようなメタファーが映像的に美しく散りばめられていました。これを読み解く楽しさ、面白さがきちんと用意されていた点が素晴らしかったと思います。

5.映画「火花」に関するその他4つの考察

本作をより深く理解するため、ストーリーや設定について、その要点となりそうなポイントを考察してみました。内容上、映画を1度見終わった人向けのコンテンツとなりますので、ここからはネタバレ要素が強めに入ります。予めご了承下さい。

考察1:映画タイトル「火花」の由来や意味するものとは?「スパークス」「あほんだら」というコンビ名の由来は?

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引用:映画『火花』予告2 - YouTube

タイトルの「火花」の由来は、新書「夜を乗り越える」の中で、又吉直樹自身が語っています。又吉が現在の相方・綾部祐二と「ピース」を結成する前、2002年に組んでいたコンビ名は「線香花火」と言いました。

線香花火」の初単独ライブの中で、又吉が絶叫したのが、彼が近代文学の巨匠の中で、最も敬愛する芥川龍之介「或阿呆の一生」から抜粋した一節でした。その「或阿呆の一生」には、別に「火花」という一節があります。

彼は人生を見渡しても、何も特に欲しいものはなかった。が、この紫色の火花だけは、ーーー凄まじい空中の火花だけは命と取り換えてもつかまえたかった。

原稿を書き上げて、小説のタイトルをどうしようかと編集担当と打ち合わせしていた時に、ふとこの一節が思い浮かび、正式に「火花」と決定されたそうです。

ちなみに、神谷たちのコンビ名「あほんだら」は、両親からよく「あほんだら」と呼ばれていたため命名した、と劇中で神谷がその由来を語りますが、もう一つの由来は、この芥川の遺作「或阿呆の一生」から来ているのです。

さらに、徳永の「スパークス」というコンビ名は、言うまでもなくタイトル「火花」や、又吉が最初に組んだコンビ「線香花火」から着想されていますね。

考察2:芸人を主演級キャストで起用した是非を考える

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引用:映画『火花』予告2 - YouTube

ネット上での本作への評価を見ていると、菅田将輝演じる徳永の相棒役に、現役の人気漫才コンビ「二丁拳銃」のツッコミ役、川谷修士を起用したことが、批判の的になっています。その多くは、

・年齢が離れすぎていて、コンビに見えない
・実写映画に素人である芸人を使うな

というところでしょうか?

確かに、川谷=42歳、菅田=23歳とほぼ倍近く違うため、さすがに一緒に立った時の見た目のいびつさはありました。ですが、川谷修士演じる相棒・山下の出演時間が少なかったことや、川谷の演技が(意外に?)上手だったことから、個人的にはそこまで気になりませんでした。

ただ、忘れてはならないのは、菅田将輝の漫才での熱演を引き出したのは、間違いなく川谷であることです。これはNetflix版ドラマ、林遣都も同様だったのですが、結局1ヶ月やそこらの準備期間では、いかに優れた俳優といっても、独学でプロの漫才師並みのスキルをつけるのは無理があるのです。

実際、林遣都は、インタビューで「最初はビデオ等で学んでいたが、結局わからなくて、山下役の好井まさお(井下好井)につきっきりでレクチャーしてもらって乗り切った」と答えていますし、菅田将輝も川谷と何度も何度も漫才の稽古に付き合わせて、漫才の勘所をつかんだと話していました。

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クライマックスでの2人のケミストリーは抜群
引用:映画『火花』TVCM 感動篇 - YouTube

クライマックスシーン他、実際の漫才シーンを長回しで収録するパートがある本作では、少なくとも相方役に演技の上手な現役の漫才師を配置したのは、必然的な措置だったのではないかと考えられます。

改めて吉本の公式サイト等にアップされている二丁拳銃のライブ映像を見返してみました。奇をてらいすぎない、オーソドックスな笑いを追求する王道型漫才で、川谷の卓越したツッコミはまさにプロの芸だと感じました。試しに短めのサンプルを一つ置いておきますね。

▶吉本公式:二丁拳銃の漫才傑作選
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考察3:なぜ神谷は豊胸手術に走ったのか?

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神谷のFカップの胸に言葉を失う徳永
引用:映画パンフレットより

ある意味、本作での最大のサプライズであり、ハイライトでもある、豊胸手術を済ませた神谷が、居酒屋で1年ぶりに徳永と再会するシーン。下ネタに強い嫌悪感がある徳永は1年ぶりの再会にもかかわらず、神谷に容赦なく厳しい批判を浴びせます。

それでは、なぜあれほど才能があった神谷は、豊胸手術をしたのでしょうか?

神谷は、本当に面白い笑いを追求し、安易なキャラクター売りを否定していました。それこそが、徳永が神谷に弟子入りを志願するほど魅力を感じた点だったわけです。しかし、何年も徳永以外に自分のことを理解してくれる人間が出てこない一方で、鹿谷のようにキャラ売りで大ブレイクした芸人を横目で見て、神谷は焦ったのでしょう。経済的にも年齢的にも追い込まれ、インパクトで勝負する「キャラクター」で徳永以外の人間を振り向かせ、そこまでしてもテレビに出たいと考えたのです。

元々、神谷は思い立ったら気まぐれにその場でやりたいことをすぐにやってしまう性格です。井の頭公園で太鼓のお兄さんに突然に絡んだり、ただそこにケツがあったからという理由で、路地の真ん中で徳永に回し蹴りをする気まぐれな行動そのままに、きっと思いついたすぐその場で、短絡的に後先考えずに手術してしまったのでしょうね。神谷らしい特大のエピソードが最後に待っていました。

考察4:結末・ラストシーン~エンドロールの意味するものとは?

映画版のラストシーンは、原作小説版、Netflix版とほぼ同じながらも、若干ニュアンスが違っていたように感じます。原作、Netflixでは、徳永と神谷は熱海の個室露天付き客室に宿泊して、神谷は満月の夜、露天風呂に浸かりながら「とんでもないネタ思いついてもうた!」とおっぱいをゆらしながら小躍りします。シュールなラストシーンではありますが、神谷の永遠の少年性というか、無邪気さを余韻として残しながら終わっていきます。

これに対して、今回の映画版では、居酒屋で飲んでいる時、壁に貼ってあった、翌日開催される漫才大会出場者募集のチラシを見た神谷が、徳永を執拗に誘い、その場で思いついたネタを徳永に話します。徳永は、「もう芸人は引退した」とぼやきつつも、強く否定する感じでもありません。ここでエンドロールへと突入するわけですが、ひょっとしたら翌日、神谷・徳永の急造ペアが熱海の漫才大会に出ている可能性もあるのでは?と思わせる余地も残す終わり方でした。

また、エンドロール終了後、無人の客席に向かって、舞台に置かれたマイクが置かれているショットがありました。通常の解釈だと、このマイクは、キャリア半ばで敗れ去って行った有象無象の元芸人たちへの板尾監督からの一種のエールのようなものだと考えられますが、ひょっとしたら、この熱海漫才大会をきっかけに、芸人へと復帰した徳永・神谷が漫才の表舞台に復帰したのでは?という解釈も成り立つのかな?と考えてしまいました。

もちろん、どこにもラストシーン以降の二人について、どうなったのか公式にアナウンスされているわけではないので、あくまでも一つの個人的な解釈であります。

6.Netflix版との相違点をまとめてみた

本作は、1年以上前に先行して世界リリースされたNetflix版もあります。本作は、このNefflix版と全くロケ地が同一だったり、相当参考にしたであろう演出もありましたが、やはり収録時間の違いから、細部については相違点がかなりあります。

そこで、ここでは、代表的な相違点を列挙しておきますね。

Netflix版では、「スパークス」の所属事務所「日向企画」メンバーが出演する。社長に田口トモロヲ、マネージャーに染谷将太、看板俳優に西岡徳馬(実名で登場、ただし名前だけ)など、それなりの有名どころが出演していた。
・Netflix版では、相方・山下の彼女が出演。二人の子供ができた際、山下は、彼女と一緒に徳永に解散を申し出て、徳永は彼らの婚姻届の証人となった。
・Netflix版では、徳永のコンビニでのバイトシーンがある。一度クビになり、二店舗で働いている。
・Netflix版では、徳永の行きつけのコーヒー屋「武蔵野珈琲」についての具体的な描写がある。寡黙な店長の小林薫には、年に一度だけ娘が会いに来る。
・Netflix版では、渡辺哲演じるロクさんという、徳永と同じアパートに住む変わった住人が登場する。古い電化製品を持ち帰っては修理するのが趣味で、度々大家に叱られている。
・Netflix版は、より小説に近いエンディング。豊胸した旨を揺らしながら、露天風呂で新ネタを考えついて小躍りするシュールな図で終了する。これに対して、映画版では、居酒屋でのシーンで終わっていく。

7.まとめ

本作は、映画には映画の、ドラマにはドラマの、そして小説には小説のそれぞれの媒体を活かした面白さがありました。その中で、特に本作は芸人たちのリアルな空気感や、真剣勝負での漫才演技が楽しめる作品になっています。是非劇場でどうぞ!
それではまた。
かるび

8.映画をより楽しむためのおすすめ関連映画・書籍など

Netflix版「火花」が物凄くオススメ

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映画化より1年以上前に先に映像化されたのが、このNetflix版「火花」です。4ヶ月以上にまたがるロケで、全10話500分超のドラマ作品として製作されました。日本だけでなく、世界190カ国で同時一斉配信公開され、半分以上の視聴者は海外からのアクセスだというのも驚きです。

本作の凄いところは、一見してわかるのが、中途半端な邦画よりもよほど「映画」らしい作法で製作された作品であるということです。総監督に「引き」のロングショットを多用する廣木隆一を迎え、白石和彌、沖田修一、久万信路、毛利安孝ら、映画界で実績ある監督陣が各回の監督を務めました。

説明的セリフを極力排し、漫才シーンを始めとする漫才師たちの会話芸を長回しでたっぷり追った映画的なテイストに加え、映画で付け加えられたオリジナルキャラなども、原作の世界観にぴったりハマっています。Netflixならではの、一気に500分超楽しめる、リッチな作品でした。

▶Netflix版「火花」公式予告
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一時期、NHKでも深夜枠で放送されましたが、現在はNetflixでノーカット完全版として継続して配信されています。Netflixに加入していない人や、オフラインで楽しみたい人のために、円盤も発売されています。

映画版でやや不満があった人にも、絶対見てほしい傑作ドラマでした。新宿、吉祥寺、高円寺、下北沢など、中央線沿線の普段の街並みの中で、芸人たちが青春時代を送る群像劇となっており、実に映画版の4倍以上の長さでじっくりと「花火」の世界観を掘り下げています。

原作小説版「火花」

300万部以上を売り上げ、ご存知「芥川賞」に輝いた又吉直樹の半自伝的原作小説。テイストは純文学風ですが、決して読みにくくなく、平易な単語の組み合わせで、情感豊かに登場人物たちの心情を描いています。何度も読むうちに、じわじわと染み渡るように本作の良さがわかってくる傑作でした。

コミカライズ版「火花」

純文学で重めの小説はちょっと苦手・・・という人には、上下巻2巻でのコミカライズ版もおすすめです。原作小説のエッセンスをしっかり抜き出して、丁寧に再現してくれています!

新書「夜を乗り越える」

又吉直樹が書いた読書論を中心とした「本」全般についてのエッセイなのですが、小説「火花」をなぜ書こうと思ったのか?タイトル「火花」はどうやってつけたのか?どのようにして小説を普段執筆しているのか?等々「火花」という作品を立体的に理解するために非常に役に立った本でした。さらに「火花」の世界を極めたい人にはオススメの副読本です。