【2018年2月9日最終更新】
かるび(@karub_imalive)です。
2月3日に公開された映画「羊の木」を見てきました。映画作りに確かな力量のある吉田大八監督の最新作ということで、個人的に密かに期待していた作品です。早速ですが、感想・考察等を織り交ぜた映画レビューを書いてみたいと思います。
※本エントリは、後半部分でストーリー核心部分にかかわるネタバレ記述が一部含まれますので、何卒ご了承ください。できれば、映画鑑賞後にご覧頂ければ幸いです。
- 1.映画「羊の木」の予告動画・基本情報
- 2.映画「羊の木」主要登場人物・キャスト
- 3.途中までの簡単なあらすじ
- 4.映画本編のレビュー(感想・評価)
- 5.映画「羊の木」に関する8つの疑問点~伏線・設定を徹底考察!(※強くネタバレが入ります)~
- 6.映画「羊の木」は映画パンフレットがおすすめ!
- 7.まとめ
- 8.映画をより楽しむためのおすすめ関連映画・書籍など
1.映画「羊の木」の予告動画・基本情報
【監督】吉田大八(「美しい星」「紙の月」他)
【配給】アスミック・エース
【時間】126分
【原作】山上たつひこ・いがらしみきお「羊の木」
引用:http://eiga.com/person/84330/gallery/0482323/
本作でメガホンを取ったのは、今作がキャリア8作目となる吉田大八監督。コンセプチュアルなテーマや実在感のある人間描写、意外性あふれる結末など、44歳で映画監督デビューと遅咲きのキャリアながら、その独特の作家性が高く評価されている気鋭の監督です。
最新作「羊の木」は、ベテランの漫画家、山上たつひこ、いがらしみきおによる同名のマンガ原作をベースとして映像化されました。しかし、これまでの過去作「美しい星」「パーマネント野ばら」同様、原作からの引用はコンセプトや基本設定にとどまり、吉田監督が考案した、ほぼオリジナルに近い脚本・ストーリーが展開されています。
各種国際映画祭へと出品された実績もあり、昨年秋に開催された「釜山国際映画祭」では、アジアで今後期待される監督作品へと贈られる「キム・ジソク賞」を受賞するなど、海外でも一定の評価を受けた作品といえそうです。
2.映画「羊の木」主要登場人物・キャスト
月末一(錦戸亮)
引用:映画『羊の木』 予告編 - YouTube
本作ではストーリーの「ナビゲーター役」として、抑制的な「受け」の演技に徹していた錦戸亮ですが、画面内ではアイドル的な華やかさを見事に消しています!どう観ても「普通」の若手公務員にしか見えない好演でした。ジェイク・ギレンホールの演技を見て研究したのだそうです。確かにそれっぽい感じもちょっとあった(笑)
石田文(木村文乃)
引用:映画『羊の木』 予告編 - YouTube
都会で人間関係や不倫恋愛などに疲れ、田舎へと出戻ってきた月末の幼馴染という設定。物語途中、月末に誘われて再度始めるグランジ系のバンドでは頑張ってギターを担当していましたが、一生懸命練習したのだとか。(運指がなってないという指摘もかなりあった^_^;)
宮越一郎(松田龍平)
引用:映画『羊の木』 予告編 - YouTube
どの映画に出ても、大抵無表情で淡々と演じるため、素の「松田龍平」にしか見えない事が多いのですが、本作では凶暴性と純真さの2面性を持つ殺人犯を味わい深く演じてくれました。大抵この人が出演する映画では、「会話シーンはアドリブで決めました」とパンフレットに書いてあるものですが、やはり今作も錦戸亮扮する月末との会話シーンではアドリブ満載だったようです(笑)
杉山勝志(北村一輝)
引用:映画『羊の木』 予告編 - YouTube
すっかり悪役キャラが板についた北村一輝ですが、本作もやはり元受刑者6名の中で、あからさまに「悪役」であります(笑)でも、何となく楽しんでやっているのかな、という感じもあって、一種安心して見ていられるようなところもあり・・・(笑)
太田理江子(優香)
引用:映画『羊の木』 予告編 - YouTube
本作で最大の衝撃だったのがこの太田理江子役の優香。「スキのある看護士」というコンセプトでしたが、メイクと髪型でにじみ出るような大人の色気を出しつつ、ジイさんを手玉に取る「スキだらけの」演技。しかしずっとバラエティ系の人だと思っていたのですが、近年は「人生の約束」(2016)、「オーバーフェンス」(2017)など、コンスタントにヒューマンドラマ系の映画出演が続いているのですね・・・演技も上手でした。
栗本清美(市川実日子)
引用:映画『羊の木』 予告編 - YouTube
「めがね」「レンタネコ」といったゆるふわ系コメディから、「シンゴジラ」「三度目の殺人」など緊迫したシリアスなドラマまで、幅広いキャラを演じ分ける実力派女優ですが、本作では一転してシャーマン的な不思議な行動を取る女性を好演。「現場ではずっと水面を漂っているような感覚でした」とのこと。うーん、よくわからん^_^;
福元宏喜(水澤紳吾)
引用:映画『羊の木』 予告編 - YouTube
入江悠監督作品の常連として、どの作品でも個性的で徹底した役作りで見せてくれる名脇役。本作でもハサミが持つ手が震えるわ、ご飯はむちゃ食いするわ、飲むと暴れるわで、出番は少なめですが画面上でのインパクトは絶妙。非常に印象に残るキャラクターを好演してくれました。
大野克美(田中泯)
引用:映画『羊の木』 予告編 - YouTube
つい先日「DESTINY鎌倉ものがたり」でコミカルな貧乏神役を好演したと思ったら、今作では元ヤクザの無口な受刑囚。貴重なお爺さん系のキャラクターとして引っ張りだこですが、本業は俳優ではなくダンサーだというのが、また驚きです。クリーニング屋での安藤玉恵とのかけあいは、見ごたえがありました。
3.途中までの簡単なあらすじ
日本海に面した富山県の寂れた港町、魚深市。ここで、政府の極秘プロジェクトが実行されようとしていた。人口減少が著しい地方都市へ、仮釈放された受刑囚を仕事・住居付きで移住させることで、刑務所のコスト削減と過疎対策を実施しようという政策だ。
市役所に務める月末一は、そんな元受刑囚の新規転入者達の受け入れ担当係を命じられた。個性的でどことなく危険な香りのする6人の元受刑囚の転入と定住手続きを進める月末だったが、あとで調べてみると、6人ともが元殺人犯だったことを知り、愕然とするのだった。
ある日、月末は、市役所内でかつてのバンド仲間で、同級生だった石田文に出会う。都会の生活に疲れて田舎へと出戻ってくるため、転入手続きをしていたところだった。昔から文に片思い中だった月末は、同級生の須藤も誘い、文と再びバンド活動を始めることにした。
6人の元受刑囚のうち、月末と年が近く、一番気が合いそうだったのが、魚深市で宅配業者として働き始めた宮越一郎だった。宮腰は、勤務中、月末や文のバンド練習中に偶然通りかかったことで、彼らのバンド練習に加わることになった。しかし新たに加わった宮越と急速に仲良くなっていく文を横目に、月末は複雑な心境だった。
受刑者達が、魚深市でそれぞれの生活に馴染んで来た頃、町では「のろろ祭」という、地元に伝わる半魚人の神様をお祭りする奇祭の準備が始まっていた。その祭りのクライマックスは、白装束に篝火を持った男たちが、のろろ様を先頭に練り歩く行事だが、そこへの参加者として、元受刑者が選ばれたのだった。元受刑者同士、一触即発の場面もあったが、無事に祭りはスタートするのだった。
しかし、翌日の全国紙の紙面にて、宮腰一郎が映った写真が掲載されたことをきっかけに、過去に宮腰と因縁があった男性が魚深市で宮腰の動向を探り始めた。一方、宮腰は、月末の知らない間に文と恋仲になっていた。動揺した月末は、ついうっかり文に、宮腰が過去に殺人事件を起こした重罪犯であることを告げてしまう。一方、のろろ祭りで宮腰のことを知った別の元受刑者、杉山勝志は、宮腰に犯罪計画をもちかけるのだった。こうして、宮腰や月末の周辺は、一気に不穏な空気に包まれていくのだったーーー。
スポンサーリンク
4.映画本編のレビュー(感想・評価)
重層的にテーマが絡み合った、ジャンル横断的な意欲作
吉田大八監督といえば、これまでも一つの映画の中で多面的・重層的に複数のテーマを同時に取り扱い、約2時間という枠の中にきっちり収めてみせる演出や脚本の上手さに定評がありました。
過疎化問題・移住者募集は大切な市役所の仕事
引用:映画『羊の木』 予告編 - YouTube
本作でも、原作に沿って、まず閉塞感のある田舎での過疎化問題や、受刑囚の社会復帰など、社会性あるテーマが複数設定されました。ただでさえ、よそ者に対する警戒心の強い田舎のムラ社会にとって、通常の人間ではなく受刑者を受け入れるというチャレンジ。あまりにもハードルが高いように思えますが、しかし、近未来の人口減少下での日本において、大きくクローズアップされそうな外国人の移民受け入れ問題にも似た、非常にリアルでタイムリーな思考実験だったと思います。
自分とは違う「異質な人」をコミュニティに受け入れることができるのか?それがもし殺人犯だったとしたら?自分ならどう接するのだろう?と、映画内の登場人物たちを自分に置き換えながら味わい深く見ることができました。
これに加え、月末と宮腰の間で発生した(かに見えた)「友情」や、そこから派生した月末・宮腰・文の三角関係における人間模様も、見応え十分でした。クラスに転校生を受け入れて仲良くなる・・・といった単純なレベルではなく、自分とは根本的に「異質な」人々と、友だちになれるのか?恋人関係になれるのか?という、非常に緊迫感の漂うシーンが用意されています。
ストーリー全体に漂う空気感も、リアルで実在感を突き詰めたシリアス一辺倒な作りというよりも、宮腰や栗本の持つ常人離れした感覚や、天候をも変えてしまう「のろろ様」の神秘的な力が描かれたりと、所々で寓話的・SF的な展開もあります。
黒沢清的なホラーテイストなカットが満載!
引用:映画『羊の木』 予告編 - YouTube
特に、今回目立ったのは「ホラー」的な要素でしょうか。新たにスタッフに加えられた「黒沢組」のメンバー達(撮影、美術、照明、装飾)が、黒沢清作品の持つホラータッチを作品に色濃く持ち込んでいます。不穏な雰囲気を醸し出すため、急に降り出す「雨」、開け放しになった窓から吹き込む「風」、闇落ちした宮腰と対面する時、ほとんど顔から上が真っ暗闇の中で見えなかったりと、「次に何が起こるのかわからない」意外性ある脚本に非常にマッチした「怖さ」の演出が光りました。
元受刑者6人の描き分けや主演・錦戸亮の徹底した「普通」ぶりも良かった!
次に、非常に感心したのが元受刑者6人のしっかりした描き分けです。本作の主人公は月末、宮腰の二人ですが、その他の元受刑者達に関しても、細かくスピーディなカット割りで、全体のストーリー進行に沿って、ちゃんとそれぞれのストーリーが細かく進んでいくのですよね。
例えば、映画冒頭で、ナビゲーター役の錦戸亮扮する月末が、人物紹介を兼ねて一人ずつ受け入れに出向くシーンなど、スマートな描き分けが見事でした。
新幹線・在来線・車・刑務所での受け入れ・・・など、6人とも違う受け入れ方法でお出迎えした後、月末に「いいところですよ。人もいいし、魚もうまい。」と敢えて同じセリフを語らせ、その反応が見事に6人とも違うのですよね。
元ヤクザの鉄砲玉、スキがありすぎる看護師、飲むとキレる理容師、不思議キャラな清掃員、全く更生していないチンピラ釣り船屋など、若干類型的でオーバーな設定もありますが、一人ひとり非常に印象的なキャラに見えるよう、計算しつくされた演出が見ていて非常に心地よい感じなのです。
これに対照的なのが、本当に「普通」の田舎の平凡な青年そのものである月末。(確かにこれじゃ文になかなか振り向いてもらえないわけですよね)そして、これら6人が映画内のどこかで一度はきちんと月末に絡んでくる展開も、よく整理されているなーと唸らされます。
2年間、脚本担当の香川まさひと氏と練りに練った脚本はダテではありませんでした。ちゃんと6人が6人とも生き生きとしたキャラとして立っているのはお見事でした。1度目ではなく、2度目、3度目と見返したくなりますし、見れば見るほど静かな感動も広がっていく作品だと思います。
スポンサーリンク
5.映画「羊の木」に関する8つの疑問点~伏線・設定を徹底考察!(※強くネタバレが入ります)~
ストーリーや設定について、本作をより深く理解するために要点となりそうなポイントについて、考察や情報をまとめています。内容上、映画を1度見終わった人向けのコンテンツとなりますので、ここからはネタバレ要素が強めに入ります。予めご了承下さい。
疑問点1:魚深市のモデルとなった街はどこなのか?
引用:Wikipediaより
魚深市のモデルとなったのは、富山県「魚津市」です。偶然にも、たった1字違いとなったので、映画内での看板等の架替は最小限で済んだのだとか。ちなみに、魚津市は下記に見たとおり、海に面した港町なのです。
▼富山県魚津市の位置(赤い部分)
引用:Wikipediaより
ちなみに、その人口推移を見てみると、人口4万人強の小さな漁港の町であることがわかります。世帯数は増えているものの、20年前から人口が減り続けており、最新統計数値を見るとピーク時の15~20%くらい減少しており、小さな地方の自治体にとって、過疎化問題はかなり深刻なレベルであることがデータからもよくわかります。
▼魚津市の人口推移引用:平成28年度刊行 魚津市の統計|魚津市
過疎化はかなり切実な状況であり「そうだ!魚津市に住もう|魚津市定住促進サイト」という移住促進のためのHPも立ち上げられるなど、対策も取られていますね。まさに、映画内の魚深市と非常に状況が似ていると言えるでしょう。
疑問点2:魚深市が6人の元殺人犯を受け入れた国家の「極秘プロジェクト」とは?
財源不足による経費削減と、地方の人口減少・過疎化問題を一挙に解決するため、秘密裏に立ち上げられた国家プロジェクトのモデル地域として指定された魚深市。
仮釈放された元受刑者が、最低10年間魚深市に定住することを条件に、魚深市が身元を引き受け、刑期を大幅短縮させた上でやってくることになりました。
しかし、年間約30,000人以上出所する全国の元受刑者の中から、よりによって、そのパイロットプログラムとして、敢えて「殺人犯」ばかり6人を選んで、実験的にプロジェクトをスタートさせるとは、野心的なプロジェクトではあります・・・。
疑問点3:元受刑者6人は、それぞれどんな殺人犯だったのか?
本作で出てくる元受刑者のプロフィールを、以下のように整理してみました。6人が6人とも、「殺人罪」で収監されていたのは同じですが、殺人の理由や背景は、各自で全く異なっています。
1:杉山勝志(傷害致死罪/懲役8年)
「池袋ゴールデンチャイナ事件」にて傷害致死罪で逮捕。元貸金業。獄中でカメラを習得し、写真部に所属していた。仮釈放後も全く更生しておらず、同じ元受刑者に声をかけ、新たな犯罪を企てようとする。
2:宮腰一郎(傷害致死罪/懲役1年6ヶ月)
いざこざから過剰防衛で相手を暴行致死させるも、少年院時代から再犯を繰り返しているため、執行猶予付きではなく、実刑が確定。少年のような純粋性と目的の為なら冷徹に人殺しもできる2面性を持つ、本作のもう一人の主人公。
3:大野克美(殺人罪/懲役18年)
ヤクザ同士の抗争において、ワイヤーで敵組の親分を絞め殺したことにより、実刑判決を食らう。長期間の服役中に堅気へと戻る決意を固め、出所後迎えに来た組員を力づくで追い返す。
4:栗本清美(殺人罪/懲役6年)
エスカレートする夫のDVに耐えかねて、夫を撲殺。その死体は、骨までグチャグチャに砕け、原型をとどめていなかった。極端に人見知りで几帳面な性格。生きもの死骸を、慈しむように埋葬する変わった一面も。
5:太田理江子(殺人罪/懲役7年)
夫との情交中、夫の首を締めて腹上死させる。貪欲なまでに愛情を求めての末に起こった「事故」ではあったが、裁判では誰にも理解されず。見事なまでにスキだらけの、大人の色気たっぷりの天然系看護師。
6:福元宏喜(殺人罪/懲役7年)
電気製造会社に勤務していた時、度重なるパワハラに耐えかねて上司を惨殺。普段は真面目で小心だが、一度酒を飲むと、性格が一変、暴力的で危険な性格に。刑務所入所時に、理容師の資格を取得した。
疑問点4:のろろ様とは何なのか?そのお祭りの内容とは?
引用:2.3公開『羊の木』Web用予告編 - YouTube
のろろは、昔から魚深に祀られている半魚人の神で、決してその姿を見てはならないと言い伝えられています。魚深市では、港から上がってきた「のろろ」を迎え、夜の街を練り歩く「のろろ祭り」が年に1回開催されています。祭りの最中、人々は、自宅の窓や戸を閉めて、通りかかる「のろろ」と目を合わさずに息を潜め、最後に「のろろ」を崖から海へと戻します。
映画内では、「のろろ」の行列に付き従う白装束を着た男たちに、元受刑囚が複数選ばれ、元受刑囚同士が一触即発の事態となっていましたね。
余談ですが、日本の「奇祭」を取り扱った映画としては、近年では、2014年「WOOD JOB!~神去なあなあ日常~」があります。男性器を模した巨大な杉の丸太が、ジェットコースターのように女性器を模した敷き藁へと突っ込んでいく「神去村大山祇祭り」のシーンは迫力満点でした。
▼映画の中の奇祭!「神去村大山祇祭り」
引用:映画「WOOD JOB!~神去なあなあ日常~」より
疑問点5:なぜ、最後に二人はガケから飛んだのか?
ロケ地では有名な「ヤセの断崖」が使われた
引用:映画『羊の木』 予告編 - YouTube
これは、特に映画内では具体的な説明がありませんので、僕の見立てを書いてみたいと思います。
宮腰は、友人や恋人もできた新天地、魚深での暮らしを壊されたくなかったのでしょう。魚深での新生活を守ろうとして、それを邪魔しようとしたメンツを次々と殺して行った結果、またも取り返しのつかない失敗をしてしまいます。
警察に追われ、後戻りできないことに気づいた宮腰は、目の前にいる、愛憎入り交じる月末を巻き添えにして、最後にこの魚深の「2人の生贄が崖から飛び降りると、一人は助かり、一人は死体さえ上がらない」という言い伝えを、「運試し」として衝動的に試してみたくなったのでしょう。半分は「ここで死んでもいいや」という気持ちと、もう半分は「何か奇跡的なことが起きないか?」という気持ちが入り乱れての行動だったのでしょう。
疑問点6:タイトル「羊の木」とはどういう意味があったのか?
引用:2.3公開『羊の木』Web用予告編 - YouTube
FilmarksやYahoo映画など、各種レビューサイトを見てみると、本作を観た人の感想で、一番多かったのは【「羊の木」が何を意味するのかわからない】という感想でした。確かに、映画内で明確に説明されているシーンは一つもありません。
映画パンフレットを見ると、脚本家の香川まさひと氏も、このように言っています。
[・・・]観た人によっていろんな解釈ができるのが、「羊の木」という話の面白さだとも思うんですね。この映画は一体何を伝えようとしているのか。タイトルの意味合いも含めて、ご覧になった方々が自由に話し合ってくださったら、こんな嬉しいことはないですね。
ということで、「羊の木」の解釈は、完全に鑑賞者に任されているようです。したがって、ここでは、僕自身の考えた解釈を書いてみますね。(※間違っている可能性大いにありです^_^;)
解釈①:羊の木とは理想化されすぎた「ユートピア」の象徴である
引用:マンガ「羊の木」第1巻P175より
中世の時代、東西交易が始まったばかりの頃、ヨーロッパでは、「東方には羊のなる”バロメッツ”という木がある」と信じられていました。当時ヨーロッパでは「木綿」の存在が知られておらず、交易でもたらされる「綿花」を見て、「だったら羊が収穫できる理想的な植物があるのだろう・・・」と無邪気に信じ込んでしまったのでしょう。ポルトガルの交易船が、黄金の国「ジパング」を探したのと同じノリですね。
経費削減と地方の過疎化解消の一挙解決を狙って実行された政府の「元受刑者受け入れプロジェクト」も、一見良いことづくめのように見えます。しかし、映画で描かれたように、いざ受け入れてみると、受け入れ現場では様々な問題が発生して、多大な苦労と犠牲を払うことになるわけですよね。
「羊の木」とは、こうした、一種、政府高官や官僚が、机上の計算だけで立案したような、地に足のついていない理想主義的・机上空論的な政策のメタファーとして、一種の風刺・皮肉だったと考えられないでしょうか。
解釈②:羊の木とは「再生」の象徴である
よく見ると庭のお墓から、植物が芽吹いている
引用:映画『羊の木』 予告編 - YouTube
その一方、本作で清美が海岸から拾ってきた「羊の木」の描かれた皿は、明らかに中世ルネサンス期前後の西洋絵画的なデザインでした。西洋絵画において、「羊」とは、キリストそのものやキリストの弟子たち=無垢で高潔な人物達を表します。一方で、羊がぶら下がっている「木」は、いわば「生命の樹」=生命力、再生の象徴とも見ることができます。
つまり、「羊の木」とは、禊が終わり、法的にはキレイな状態になって社会復帰を目指した元受刑者達が集う、魚深市という新しい「居場所」のことを指しているのではないでしょうか?それは、元受刑者達にとっては、希望や再生の象徴に他なりません。
実際、海岸でこれを拾った清美は、大切そうに玄関に飾っていますし、ラストシーン近くで、玄関にかけられている「羊の木」が2秒くらい意味ありげに映ったあと、次のカットで、玄関脇の庭に清美が埋葬した魚や小動物の墓から、植物の芽が芽吹いているシーンへと移ります。二つのシーンを連続してワンセットで捉えるならば、やっぱり将来への希望・再生を表していると見るのが自然だと思われます。
たとえ一度大きな過ちを犯して失敗してしまっても、受け入れてくれる「居場所」さえあれば、人間はもう一度やり直すことができる・・・そんなメッセージを読み取ることができました。
疑問点7:ラストシーン・結末の考察~エンドロールではなぜのろろの頭部が引き上げられたのか?
結果的に、魚深市へ定住した6名のうち、きちんと居場所を見つけて、第二の人生に踏み出せたのは、太田、栗本、大野、福元の4名でした。宮腰は、言い伝え通り「死体さえ上がらず」死んでしまい、宮腰の平穏な生活を乱そうとした杉山は、宮腰に殺害されたのでした。(※もっとも、オカルト的に言うと、杉山は、のろろ祭りを途中で離脱するという物凄いタブーを犯したため、のろろの祟りによって殺されたのだと見ることもできるのかも)
「人は居場所さえ見つければ、生きていける」と映画内で印象的だったセリフがありましたが、結果として6人中、4人が魚深市でそれぞれの「居場所」を見つけました。プロジェクトとしてはかなり危うい感はありますが、元殺人犯の出所後の再犯率を考えると、実は現実味のある、妥当な結末なのではないでしょうか?
▼「犯罪白書」刑事犯の釈放後の再犯率まとめ
引用:「犯罪白書」平成29年度版
毎年法務省がまとめている「犯罪白書」には刑事犯の再犯率がまとめられているページがあります。これを見ると、傷害致死罪に問われた元受刑者は、それぞれ出所後17.2%、32.9%が再び犯罪に手を染めているのです。映画内での再犯率とほぼ一致しますよね。
ちなみに、エンドロールの最終シーンでは宮腰と月末がガケからダイブした日に、海に落ちて行方不明となっていた「のろろ像」の頭部が、陸へと水揚げされていましたが、これには、2つの意味があるかと思われます。
一つは、これで魚深の町がまた平常通りの生活に戻った・・・というメタファーとして。のろろ祭りの後、相次いで殺人事件が起きて、いわば「非日常」厳戒態勢となっていた魚深に、再び守り神が戻ってきたという意味で「希望」を象徴するラストシーンに見えました。
もう一つは、ガケから飛び降りて、死体も上がらなかった宮腰が、のろろと共に魚深を守る神となったことを象徴的に表したシーンだったのかなと・・・。
元受刑者(=招かれざる外部の者)として魚深へやってきて、神託通りガケから飛び降りて死んだ宮腰の境遇は、違う土地からやってきて、村人と敵対した結果、村人に殺されることによって守り神へと昇格したという「のろろ」の言い伝えと完全にシンクロしているのですよね。人身御供としてのろろの生贄となった宮腰が、新たに「のろろ」の一部として町の守り神になった、そんな解釈も成り立つのではないのかな、と感じました。
疑問点8:原作との主な違いは?
本作は、原案レベルでの参照にはなりますが、全5巻として完結済みの同名タイトルのマンガ「羊の木」を原作としています。もちろん、映画化するにあたっては、登場人物やエピソードを2時間の枠に収まるよう、相当情報量が集約されているため、かなりの部分で相違点があります。
これから原作を楽しみたい人向けに、主な相違点のポイントを挙げておきますね。
・映画版と違い、元受刑者だけでなく、受け入れる住民側にも重大な事件・犯罪が発生する。
・太田理江子は、同じ元受刑者と結婚する。(月末一の父ではなく)
・元受刑者達は、映画と違い、お互い頻繁にやり取りし、濃密な人間関係を築くようになっていく。
・原作では月末一は準主役である。(地元の仏壇屋の店主)主人公は月末一ではなく、魚深市の島原市長。
6.映画「羊の木」は映画パンフレットがおすすめ!
非常にコンセプチュアルで、テーマや人間関係が入り組んでわりと難解なイメージがあった本作。家に帰ってから、ゆっくり感想を整理した人も多かったのではないかと思います。そこで、今回、復習用にぴったりなのが、映画パンフレットでした。
ロケ地マップやキャスト紹介はもちろん、嬉しかったのが、ネットでは読めないさまざまなコラムや制作陣へのインタビューです。映画の内容に様々な視点から解説してくれているので、理解が深まる良いパンフレットでした!おすすめです。
▼重要なキーワード解説ページ
▼吉田大八vsモーリー・ロバートソンの対談
▼脚本家:香川まさひこ氏インタビュー
Amazonで調べてみたら、ネットでも買えるようになっているみたいなので、一応リンクを張っておきますね。
7.まとめ
原作の持つ設定やコンセプトを受け継ぎつつ、今作も吉田大八監督のほぼオリジナルに近い、味わい深い作品に仕上がった本作。演技力抜群の俳優陣とよく練り込まれた脚本は、見ごたえ抜群です。何度でも見返したい作品になりました。オススメ!
それではまた。
かるび
8.映画をより楽しむためのおすすめ関連映画・書籍など
マンガ原作「羊の木」
マンガの絵柄やコマ割が昭和風で、若干面食らうところもあるかもしれません、しかし、読み始めるとホラー要素・謎解きサスペンス要素・ファンタジー的な味付けもあり、一気に引き込まれます。映画版とは雰囲気もストーリーも全然違っていますが、芯の部分で共通点もあり、両方を合わせて楽しむことで作品世界を深く知ることができると思います!
吉田大八監督の代表的な過去作は、まとめてHuluでCheck!
人の内面に見え隠れする狂気や、実在感のある人間やコミュニティの描写が非常に上手い吉田大八監督。その代表作「霧島、部活やめるってよ」「紙の月」などが、Huluで見放題となっています。
本作を見て、吉田監督の過去作を見てみたいなと思った人は、1つずつDVDを買うよりも、まずはビデオ・オンデマンドで時間とお金を節約してみてはいかがでしょうか。
吉田監督作品では、Huluが一番おすすめ。過去作は全部で3作品、全て「見放題」でチェックすることが出来ます。