あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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【読書感想】「いちばんやさしい美術鑑賞」はアート鑑賞入門書のおすすめ決定版!(ちくま新書)

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かるび(@karub_imalive)です。

ここ数年、アート鑑賞ブームですよね。大型展覧会には長蛇の列ができますし、文化系総合雑誌では、春・秋のトップシーズン前は必ず「アート特集」が組まれるようになりました。また、ビジネス系の文脈でも「西洋美術史」(木村泰示)「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 」(山口周)など、アート関連書籍が平積みでベストセラーになる時代です。

僕もそんなブームにあやかって、2015年頃から本格的にアート鑑賞を趣味として始めた初心者のうちの一人です。フリーになり、わりと時間的に自由がきくようになったことをきっかけに、思い切り美術館巡りをするようになりました。2018年現在では年間100件程度展覧会を回りながら、色々と試行錯誤しつつ自分なりのアート鑑賞法を探しているところです。

ただ、実際に100%展覧会を楽しむには、ブルース・リーの名言のように、ただ「考えるな、感じろ」とはいかないものです。現代アートの展覧会では意味不明なオブジェに泣かされ、茶碗の展覧会ではくすんだ色をした井戸茶碗の良さがどうしてもわからなかったり。鑑賞のための知識やノウハウがないと、どう観ていいのかわからないんですよね。

書店や図書館に行くたびに、いろいろ美術の専門家が書いた「美術の見方」指南した書籍を漁ること2年。なかなか「これだ!」という決定版に出会えていませんでした。

そんな時、アートブロガーの大先輩であるTakさん(@Taktwi)が、ちくま新書から『いちばんやさしい美術鑑賞』という、【アート鑑賞】に特化した美術入門書を出版されると聞きました。

そこで、普段から割りと身近なところで交流させていただいている特権(?)を利用して、出版前に少しゲラを読ませて頂いたり、出版を記念してロングインタビューもさせて頂きました。 

そして、実際に発売された『いちばんやさしい美術鑑賞』を読んでみたら、大当たり!

西洋美術、日本美術、現代アートから工芸まで、幅広いジャンルを網羅しながら、各ジャンルから代表的な作品を題材として15点取り上げ、作品解説と並行して美術鑑賞のポイントを初心者でもわかるよう、わかりやすく語りおろしてくれていました。

本エントリでは、このアート鑑賞入門書『いちばんやさしい美術鑑賞』なぜ初心者にオススメなのか、従来の入門書とは何が決定的に違っているのか、僕の感想を交えながら書いてみたいと思います。

「いちばんやさしい美術鑑賞」とはどんな本なのか

本書『いちばんやさしい美術鑑賞』では、その題名の通り、アートブロガーの第一人者たる著者・Takさんが、徹底的にアートファン目線で「美術鑑賞のいろは」を【一番優しく】徹底的に語り尽くします。

本書で取り上げられた作品は、フェルメールやモネ、セザンヌといった、誰もが知っている西洋美術の巨匠たちから、伊藤若冲、尾形光琳ら日本美術、そして工芸や現代アートまで、非常に多彩。それぞれの作品を徹底的にわかりやすく掘り下げて説明しながら、合わせて鑑賞のポイントが解説されていきます。

全15章で取り上げられた作品は、以下の通りです。

・グエルチーノ《ゴリアテの首を持つダヴィデ》
・フェルメール《聖プラクセディス》
・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》
・ガレ《蜻蛉文脚付杯》
・モネ《睡蓮》
・ピカソ《花売り》
・デュシャン《彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも》
・雪舟《秋冬山水図》
・狩野永徳《檜図屏風》
・尾形光琳《燕子花図屏風》
・伊藤若冲《動植綵絵》
・曜変天目(稲葉天目)
・並河靖之《藤花菊唐草文飾壺》
・上村松園《新蛍》
・池永康晟《糖菓子店の娘・愛美》

いかがでしょうか?アート初心者の方でも、知っている名前が何人かあったのではないでしょうか?

嬉しいのは、取り上げられた作品がすべて日本国内に存在するため、本を読み終わったあとに実地で鑑賞可能であること。この本を読み終わってから、長くても2~3年以内に、日本中どこかの展覧会で、実物と対面する機会があるのです。作品選びにこういう配慮が行き届いているのも嬉しいポイントですね。

著者は、アートブロガーの草分け的存在「青い日記帳」Takさん

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著者Takさん・近影

さて、本書を書いたのは、アートブロガーの第一人者とも言える、Takさんです(※たっくさんではなくタケさんと呼びます)学生時代から東京を中心とした美術館・博物館に通いつめ、アート系のあらゆる展覧会を楽しみ尽くしてきた、アート鑑賞の達人なのです。

「年間300以上展覧会に通う」というキャッチコピーは嘘でも誇張でもありません。ブログ「青い日記帳」やTwitterでは本当に毎日のようにその日に行った展覧会の様子がレポートされています。

青い日記帳(ブログ)
Tak(たけ) @『カフェのある美術館』 (@taktwi) | Twitter

ブログでは、その日行った展覧会の「良かったところ」を鑑賞ポイントとしてピックアップして紹介してくれているので、「次の休み、どの展覧会行こうかな?」と迷ったら、Takさんのブログ「青い日記帳」を毎日読んでおけば間違いありません。僕も、毎日のようにTakさんのブログからアート鑑賞のヒントを頂いています。 

一番のポイントは、「素人」が書いていること

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Takさんの生原稿!

さて、本書には、他のアート鑑賞の類書と決定的に違うユニークな点があります。それが、専門家ではない「素人」によって書かれた本であることです。

職業は公開されていませんが、Takさんの本業は美術の専門家ではありません。あくまで、コツコツと学生時代から約30年間、5000以上の展覧会を観続けてきた「アートファン」代表という立ち位置で、いろいろな活動をしています。だから、本書執筆においても、その目線はあくまで一人の美術好きとして、どうやったらもっとアート鑑賞を楽しくできるだろうか?というところに固定されているのです。

これは筑摩書房の担当編集者・大山悦子さんも仰っていたのですが、アートファンの代表が、西洋美術、日本美術から工芸、現代アートまで網羅して、本音でわかりやすく語り尽くした書籍は、過去にはほとんど類例がないというのです。

なぜなら、過去にも多数出版されてきた美術鑑賞の手引き的な書籍は、そのほとんどが大学の先生方や評論家など、いわゆる「美術の専門家」の手によるものだからです。

彼らはどんなにわかりやすく本を書いたとしても、自分の専門分野を大きく逸脱した分野への言及や、美術史の流れを気にしないぶっちゃけトークはできません。ゆえに、ファン目線での大胆な鑑賞法を、自らのキャリアに直結する「公」の出版物の上で語ることは難しいのです。

その点、Takさんの場合は自由なのです。西洋美術だろうが工芸だろうがなんだって好きなものを取り上げて、業界に遠慮なくものを書けるのですね。実際、第1章のタイトルからして「聞いたこともない画家の作品を鑑賞する時は」です。専門家だったら怖くてそんなタイトルつけられないですよね(笑)

徹底した「ファン目線」でアート鑑賞のポイントを掘り下げている

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では、『いちばんやさしい美術鑑賞』のどのあたりが、他の類書との決定的な違いなのでしょうか?それは、本書が徹底的にアートファンの立場に立って、美術鑑賞をどう進めていけばよいのかアドバイスしてくれている点です。

少し、具体的な箇所をピックアップしてみたいと思います。

まず、バロック時代のイタリア人画家・グエルチーノを取り上げた第1章では、

[・・・]スマホを取り出して「ゴリアテの首を持つダヴィデ」と検索すれば、そこに描かれている物語の一節を容易に調べることができます。そういうものを積極的に使って鑑賞をするのも一つの手です。[・・・]絵画鑑賞の手助けとしてストーリーを完全にインプットしておく必要はありません。出会った作品ごとにその場面だけつまみ読みしたり、調べたりすればよいのです。

要は「今はスマホかなんかで調べれば、ある程度知識はその場で得られるんだから、肩肘張らずに見たらいいよ」ってことなんですが、「その場でケータイで調べればOK」とか、そんなことは間違っても専門家では書けないことですよね(笑)

展覧会に行くときは、「アートファン」として作品を楽しむスタンスを忘れないTakさんだからこそ書ける、『本音の提案』が詰まっているのです。

また、曜変天目を取り上げた第12章の締めもいい感じです。

そしてこれを至上の国宝としてただ観るだけではもったいないので、脳内で様々なものを盛りつけてみてはどうでしょう。自分は炊き立ての白米が曜変天目にとても似合うような気がしてなりません。願いがひとつだけ叶うなら静嘉堂文庫美術館の曜変天目でお腹いっぱいご飯を食べてみたいです。もちろん、おかずなんて必要ありません!

これも面白い!西洋絵画などに比べて、難易度が高いとされる茶道具やうつわの鑑賞法。肩肘張らない、意外性あふれる面白い見方だと思いました。これまた、真面目な先生方の専門書でこんなことを書こうものなら、権威が失墜しかねません(笑)

解説での「たとえ」が非常にわかりやすい

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そして、解説のたとえが非常にわかりやすいのも本書の特徴。Twitterのタイムラインを見ているとわかりますが、Takさんはかなりのグルメ好きです。しょっちゅうその日に食べた夕食がアップされてきますが、どれも美味そうなんですよね。

そのせいか、作品解説でも食べ物と関連付けた解説が非常にわかりやすいのです。例えば、第1章グエルチーノ編から、早速食べ物の例えが炸裂します。

誰しもが知る名店ではなく、ふと入った名も知らぬ店でびっくりするほど美味しい料理にありつけたときの新鮮な感動を想像して下さい。これと同じなのがグエルチーノ作品です。「食べログ」の点数やランキングだけで店を選ばないのと同様に、美術の世界でも知名度だけでその作品を評価しないのが美術鑑賞の心得と言えます。

非常にわかりやすい(笑)

また、続く第2章でフェルメールの絵画を論じている時、

日常の台所風景のひとコマが描かれているだけの《牛乳を注ぐ女》を前に、この絵のどこがそんなにすごいのか?[・・・]引き算の美学、最小限度の事柄で最大限の美しさを発揮するーこれってどこかで聞いたことがありませんか?そう、これは素材を生かしたシンプルな和食の美学です。

フェルメール和食論。非常にわかりやすい例えで、すんなり頭に入ってきました(笑)

さらに、伊藤若冲が好んで使った「裏彩色」という技法を説明する時も、

しかし裏から色をぬることで、どうして表面の色に違いをもたらすのでしょうか?それは《動植綵絵》が、和紙ではなく絹に描かれていることに大きなポイントがあります。例えばパスタのトマトソースを白いTシャツにつけてしまうと、当然裏までその色が染みてしまいますよね。Tシャツは綿ですが、絹でも同じことが言えます。

読者にイメージさせるのが難しい日本画の「裏彩色」という技法も、パスタソースの例えで難なく処理してしまうこのカジュアルさ。ブログ歴15年の中で培ってきた文章術を遺憾なく発揮されております(笑)

次に行くべき美術館・読むべき本なども惜しむことなく紹介

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本書を読んでいて、非常に嬉しいのが、本書で紹介された各作品について、関連する書籍や、関連する美術館が各章で豊富に示されていること。アートファンは割りと読書好きの人が多いようですが、中でもTakさんはかなりの読書家。アート関連で、話題の新著が出ると大体購入して読んでいらっしゃいます。

また、それと同時に関連作品が所蔵されている美術館の情報やそれにまつわる思い出のエピソードなども、読み応えがありました。

たとえば、尾形光琳を取り上げた第10章では、尾形光琳が江戸で暮らした家を再現した「光琳屋敷」(MOA美術館)や、代表作《燕子花図屏風》でモチーフにされた「燕子花」の群生がリアルに楽しめる美術館内の庭園(根津美術館)が紹介されています。また、日本でもモネが生涯をかけて取り組んだ連作群《睡蓮》を所蔵している美術館はたくさんありますが、特にオススメの《睡蓮》が楽しめる美術館をしっかりピックアップしてくれています。

また、曜変天目茶碗を取り上げた第12章では、現存する3つの「曜変天目茶碗」のうちの1点を所蔵する藤田美術館が、かつて、希望者には茶碗を観るための懐中電灯(!)を貸してくれたという変わったエピソードなんかも披露されていて、非常に興味深く読むことができました。

初心者だけではなく、中級レベルまでカバーされた知識量

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本書は、アート鑑賞の初心者・初級者を想定して書かれていますが、そこはちくま新書。コンビニムック本レベルで終わるはずがありません。中級者クラスでも読み応えのある、骨太な内容となっていました。

取り上げられた15点の作品について、それぞれの作品について鑑賞法を説明するだけでなく、作品が制作された背景や経緯や、作品をめぐる最新のトピックなどが、美術史の流れの中できちんと解説されているのです。

特に、前半7章でのセザンヌ・ピカソ・デュシャンといった、西洋美術史において特に重要ではあるけれど作品の鑑賞・解釈が難解な3名についての解説が絶妙!

初心者にとって、かなりとっつきにくい彼ら3名については、まずちゃんと、「全部デュシャンのせいだ!」と初心者の気持ちに寄り添ってくれます。ここで読者の警戒心を解き、最終的には好き嫌いで決めて良い、としながらも、直感で観るだけでなく、きちんと美術史の流れを踏まえて「考えること」「解釈すること」の楽しさや重要性を説いています。

アート鑑賞を趣味にしている人は多いとは思います。ただ、誰でもすべての分野にまんべんなく精通し、作品鑑賞のコツや美術史の流れなどを総合的に理解している人は少ないはず。僕の周りの中級以上のベテランアートブロガー数名からも感想を聞いてみましたが、「中級以上でも十分読んで役立つ内容が網羅されている」と好評でした。 

まとめ

いろんな鑑賞法や解説を交えながら楽しく読める本作ですが、作者のTakさんが繰り返し説くのは、「アート鑑賞の楽しさ」。そして、できるだけ気楽にリラックスして展覧会へ足を運ぶことの大切さです。

あとがきの最後の一文で「さぁ、ご一緒に展覧会へでかけましょう!」と締めくくられていますが、本書を読めば、ぐっとアート鑑賞が身近なものに感じられることは間違いありません。「これからアート鑑賞に出かけてみようかな」という初心者の方から、「もう少し違う視点で美術を楽しみたい」という中級者まで、幅広く役立てることができる実践的な著作でした。

僕も結構読書好きなので、アートの入門書籍はこれまでいくつも購入して読んできましたが、今回購入した『いちばんやさしい美術鑑賞』は間違いなく今後何度も読み返してみたい大事な本となりました。

アートファンの代表であるTakさんが、全アートファンのために2年間を書けてじっくり書き下ろした力作。美術館に行くのが楽しくなる1冊です。文句なくおすすめ!

関連イベント・関連エントリなど

本書が出版される直前に、他の2人のアートブロガーさん達と共同でTakさん、編集者の大山さんにインタビューさせて頂きました。そのインタビュー内容(前後編)はこちらでアップしています。

また、共同でインタビューにあたったアートブロガーのはろるどさん@harold_1234)、KINさん@kin69kumi)が書いた記事は、それぞれこちらとなります。 

また、Takさんが昨年出版した書籍「カフェのある美術館」についても、レビューしています。合わせてお読み頂ければ幸いです。 

また、8月29日には、Webメディア「楽活」「丸善雄松堂」が主催する無料トークイベント『美術館に出かけてみよう!~いちばんやさしい美術鑑賞~』が開催されます。メインゲストとしてTakさんが登壇し、書籍についてたっぷり語り尽くす予定。僕も参加しますが、こちらも楽しみですね。定員100名のところ、座席がかなり埋まってきているようなので、申込はお早めに!