かるび(@karub_imalive)です。
4月15日から渋谷Bunkamura等で公開されている、ニューヨークメトロポリタン美術館でのファッションの祭典「メットガラ」に密着したアートドキュメンタリーをようやく見ることができました。これが、凄く面白かった!
映画「プラダを着た悪魔」でメリル・ストリープが演じたアナ・ウィンターの実物版が動き回っている!というミーハーな見方でも良いし、アートとファッションの最新の関係性について真面目に深く考えるきっかけにしても良いし、あらゆるレベルで楽しめる作品でした。
早速ですが、映画を見てきた感想やレビュー、考察・解説を書いてみたいと思います。
※本エントリは、ドキュメンタリー内容の核心部分にかかわるネタバレ記述が多少含まれますので、何卒ご了承下さい。
※本エントリで使用した画像は、Youtube上の映画公式予告動画から抜粋したものか、筆者が実際に撮影したものとなります。
映画「メットガラ」の基本情報
【監督】アンドリュー・ロッシ
【配給】アルバトロス
【時間】91分
【原題】「The First Monday in May」
原題タイトルの通り、本作品は、毎年5月の第1月曜日にニューヨークのメトロポリタン美術館で実施されるファッションの祭典「メットガラ」に密着取材したファッション/アートドキュメンタリー映画です。
上映時間は91分と、一般的に短めなアートドキュメンタリー作品の中では普通くらいの長さです。主演のアナ・ウィンターは、「ビル・カニンガム&ニューヨーク」「ファッションが教えてくれたこと」についで、長編ドキュメンタリー映画への出演は実に3回目になります。
また、彼女がモデルとなって世界的に大ヒットしたハリウッド映画「プラダを着た悪魔」も有名ですよね。でも、あれから10年以上経って丸くなったのか、あるいは映画の脚色がやりすぎだったのか、映画ほど「悪魔」ではありませんでした(笑)
映画「メットガラ」の 感想・考察
フィーチャーされる二人の主人公
さて、今回紹介する映画「メットガラ」では、2015年のメットガラのイベント当日の華やかなパーティを徹底取材するとともに、そこまでに至る何ヶ月ものイベント関係者・美術館スタッフ達の準備のプロセスを丹念に描き出しています。
今回のドキュメンタリーでの主人公は2人います。
アナ・ウィンター
まず、その一人目としては、冒頭でも紹介したアナ・ウィンター。ファッション業界を代表するレジェンド的存在であり、雑誌「VOGUE」や「RUNWAY」の編集長を務めます。さらに、現在メトロポリタン美術館の理事に就任しており、VOGUEの編集メンバーも総動員して「メットガラ」を取り仕切っています。
一方、もうひとりの主人公は、メトロポリタン美術館服飾部門のエースキュレーター、アンドリュー・ボルトンです。
アンドリュー・ボルトン
同美術館では、毎年この「メットガラ」にあわせて、その日からスタートするファッション関連の大型企画展をスタートさせています。2015年の展覧会は「鏡の中の中国」(原題:「China:Through The looking Glass」)と銘打った、80万人を動員した超大型の企画展でした。
本作品では、「メットガラ」祭典の表の顔としてアナ・ウィンターと、裏の顔として「鏡の中の中国展」を取り仕切るアンドリュー・ボルトンの2人と、その周辺のスタッフ達の動きについて、時系列に沿って交互に取り上げられます。
好対照な二人のマネジメントスタイル
面白いのは、この二人のリーダーシップのあり方がまさに対照的だったこと。
アナ・ウィンターは、映画「プラダを着た悪魔」で描かれたように、いつもスタバのコーヒーを片手にせかせか現場を動き回りながら、自身のインスピレーションの趣くまま、トップダウンで矢継ぎ早に指示をバシバシ出していきます。
会議打ち合わせ中の緊迫した様子
画面越しでさえ、独特のカリスマチックな迫力が伝わってくるほどなので、目の前でビシビシ指摘を受けるプロの服飾デザイナーや関係者はたまらんだろうなぁと(笑)
面白かったのは、映画「プラダを着た悪魔」で描かれたセットとVOGUE本社のオフィスの中の雰囲気や、打ち合わせの進行状況、そしてアナ・ウィンターの自宅の様子まで、かなり似ていたこと。このドキュメンタリーを見て、逆に「プラダを着た悪魔」が綿密な取材や考証に裏打ちされた作品だったのだな、と納得させられました。
一方、もう一人の主役、アンドリュー・ボルトンは、アナとは真逆で、叩き上げの調整型マネージャータイプです。メットガラ当日でさえ、皆がパーティ会場で酔いしれている中、一人で黙々と展示の最終点検を行うなど、まさに縁の下の力持ちで、「ザ・裏方」といったキャラクター。
パーティの最中も展示内容を念入りに最終チェック
発言権が決して強いとは言えない服飾部門のキュレーターとして、他部門のキュレーターや上司などと粘り強く折衝を重ね、自分自身が「理想」とした展示に一歩一歩近づいていく真摯な姿には、非常に心打たれるものがあります。
リーダーシップやマネジメントにおいて、正反対の二人が協力しあって「メットガラ」当日まで企画を進めていくコラボレーションは、非常に見応えがありました。
セレブが集結した華やかなイベントや世界最高レベルの展覧会
もう一つの見どころは、何と言っても「メットガラ」の華やかなパーティ風景や、息を飲むような世界最高峰のクオリティで展示された展覧会の様子。
ハリウッドスターやトップシンガー、有名デザイナーら数々のセレブ達が、アナ・ウィンターが監修した至高のドレスに身を包みパーティで盛り上がるシーンや、まず日本では考えられないほどゴージャスなセットや仕掛けを使って彩られた展覧会会場は、映像越しでもため息が出るようです。
例えば、出席したセレブ達の一部を見てみると・・・
アン・ハサウェイ
ブラッドリー・クーパー
サラ・ジェシカ・パーカー
ジョージ・クルーニー
一見、美術館にセレブな有名人のパーティがどう関係あるのか?と訝しく思っていましたが、この「メットガラ」というイベントこそが、ニューヨークメトロポリタン美術館での年間運営費を集金するための欠かせない年間行事となっているのだそうです。
伝統的な世界最高レベルのファインアートの殿堂が、一見対局にあるような華やかで商業的な臭いのする資金集めイベントをがっつり活用して運営されているのは、いかにもアメリカらしい柔軟な発想で素晴らしいなと感心しました。
美術館スタッフたちの悩ましい日々
衣装貸出を渋る中国の美術館スタッフとのタフな交渉
この映画は、単に「メットガラ」というハリウッドスターがどんちゃん騒ぎするうわべだけを切り取ったドキュメンタリーではありません。「メットガラ」当日に向けて、美術館スタッフや関係者たちが取り組む、地道でめんどくさい下準備のプロセスが、メインテーマとしてしっかり取り上げられているのです。
わずか1日だけのために、何ヶ月、場合によっては数年がかりで企画を準備し、それを様々な障害や問題、課題を乗り越えて作り上げていく美術館スタッフたちの奮闘や人間模様が非常にリアルで興味深く面白い!
当日の席次表を製作中、「来てほしくない人」についても話し合うスタッフ達(笑)
また、かなり生々しいやりとりもあって、決してきれいなところだけではなく裏の裏まできちんと作り込んで見せていこう、という映画スタッフの意気込みも感じられる映画でした。
ファッションとアートの関係性についても深く考えるきっかけになる映画
これら美術館スタッフの努力を通して、視聴者に課題として見えてくるのは、ファッションとアートの関係性や、現在の美術界におけるファッションの位置づけです。
たとえば、映画本編で紹介される各種展示物や、セレブが着こなしているドレスなどを少し見ただけでも、一流のメゾンやブランドが生み出してきた最先端のファッションは、きらびやかで、アートそのものだと言っても過言ではありません。
取扱や保管で必要とされる繊細さ、熟練した技術力、「美」への審美眼など、非常に高レベルの能力が必要とされる分野であるにもかかわらず、こうしたファッション部門は、絵画や工芸、彫刻と比較すると、まだまだきちんと評価されていない状況なのです。
最新の注意を払って取り扱われる繊細な超高級ドレス
それは、同美術館の服飾部門の処遇にも明確に反映されています。彼らは地下の、窓もない閉鎖された空間に追いやられてひっそりと展覧会の準備をしていますし、工芸や絵画など他部門のアイテムと一緒に抱き合わせ展示を行う際も、他部門のキュレーターや上位レベルのマネージャーから、「ファッションと一緒に展示することで、観客が真面目に見てくれないんじゃないか」と言い掛かりに近いようなダメ出しをされる始末。アンドリュー、さすがに頭抱えてました(笑)
ファッション業界の大物からも疑問を呈する声が・・・
映画内では、「ファッションは映画など他のと比べても女性的とみなされてアートの世界から排除されてしまったのでは?」とナレーションが入ります。(実際、ドレスや服飾のバリエーションは圧倒的に成人女性のまとうドレスやマント、ケープといった服飾がメインなのです)
この「ファッション軽視」の流れは、2010年に急逝した世界的な服飾デザイナー、アレキサンダー・マックイーンの大回顧展「Savage Beauty」展(2011)の大成功で、多少潮流が変わってきたと言われています。(ちなみに担当のメインキュレーターはアンドリュー・ボルトンだった)
日本でも、ここ1~2年で急にファッション系の展覧会が活発に企画されるようになってきましたが、まだまだきちんと「ファインアート」としてきちんと認識されていないのが現実だろうと思います。このあたりは、非常に考えさせられるものがありました。
まとめ
個人的には、全くファッションセンスゼロなのは痛いほど自覚しているのですが、でもやっぱり美しいものを見れば、普通に感動しますし、映画「メットガラ」で紹介されたドレスは、どれもずっと見ていたいなぁと思わされる素晴らしいものでした。
日本でも、急速に認知・受容されつつあるファッション系の展覧会ですが、この映画「メットガラ」は、現在の世界的なファッションとアートの関係性や捉え方についてじっくり考えることができる良いドキュメンタリーでした。おすすめです。
それではまた。
かるび
映画をより楽しむためのおすすめ関連映画・書籍など
映画「プラダを着た悪魔」ブルーレイ/配信
メリル・ストリープ演じるアナ・ウィンターが新入社員のアン・ハサウェイを徹底的に「かわいがる」、ファッション業界の内部が良く分かるヒューマン・コメディ。オフィス内でのやり取りも多く、英語学習者のリスニング対策でも使える作品なんですよね。
映画「ファッションが教えてくれること」
2010年にファッション界のカリスマ、アナ・ウィンターを徹底的に追いかけて密着取材したドキュメンタリー映画。VOGUEディレクターのグレイスと編集長アナ・ウィンターが、より良いものを作り出そうと信念を持って社内で真剣勝負するシーンは見ものです。「メットガラ」の次に見るアナ・ウィンターもののドキュメンタリーとしては最適かと思います。
新書「美術館の舞台裏」
中規模の美術館ながら、独自の企画力と運営で存在感を見せる三菱一号館美術館の館長、高橋氏が美術館運営の舞台裏までじっくり語り下ろした新書。この本を読むと、展覧会企画の大変さや苦労がよくわかります。
書籍「ファッションの世紀」
20世紀のファッションの潮流と、現代アートの深い関連性についてわかりやすく論じた1冊。2005年に出版された本ですが、全く古さはありません。アートとファッションについて体系的な知識が欲しい人におすすめ!
映画「メットガラ」と関連した展覧会情報
現在、横浜美術館で開催されている「ファッションとアート」展や、京都国立近代美術館にて、フランスのジュエリーメゾン「ヴァン・クリーフ&アーペル」を特集した「技を極める」展など、ファッション関連の大型展が東西で開催中です。
横浜美術館「ファッションとアート」展
京都国立近代美術館「技を極める」展
特に、「ファッションとアート」展は、以下で展覧会レビューを書きましたので、もしよければ覗いてみてくださいね。