かるび(@karub_imalive)です。
5月19日からいよいよ沖田修一監督の最新作、映画「モリのいる場所」が公開されます。画業に打ち込む真摯な姿勢と、そのユニークな立ち振舞いや生活スタイルから「仙人」と呼ばれて愛された、昭和の洋画家の巨匠・熊谷守一(くまがいもりかず)の最晩年期における、ある1日を追ったファンタジー伝記フィクションです。
ちょうど、この3月まで東京国立近代美術館で開催された大型の総合回顧展「熊谷守一展」で、改めて熊谷守一の生涯や画業に興味を持った人も多かったでしょう。映画ファンからアートファンまで、幅広いお客さんが楽しめる、非常にほのぼのとした作品にしあがりました。
ところで、先日、池袋においてちょうど映画「モリのいる場所」にちなんで、沖田修一監督がトークショーに登壇されました。本稿では、トークショーで披露された制作秘話なども含め、本作の簡単な内容やみどころ、作品の魅力を紹介してみたいと思います。
※なお、本エントリで使用した一部の写真・画像は、予め主催者の許可を得て撮影・使用させていただいたものとなります。何卒ご了承下さい。
- 映画「モリのいる場所」とはどんな作品なの?
- 本作で取り上げられる「熊谷守一」とはどんな画家なの?
- 映画「モリのいる場所」3つのみどころ
- 上映記念トークショーにも行ってきました
- トークショーで披露された、制作の苦労話・裏話とは?
- 映画の予習・復習にぴったりな関連書籍や場所を一挙紹介!
- 映画情報
映画「モリのいる場所」とはどんな作品なの?
映画「モリのいる場所」は、「横道世之介」「南極料理人」等で知られる若手映画監督・沖田修一監督が監督・脚本を手がけた最新作です。
沖田修一監督。トークイベントにて。
本作は、昭和の洋画家の巨匠「熊谷守一」(くまがいもりかず)の最晩年における、ある1日を象徴的に切り取った伝記映画です。といっても、いわゆる硬派な「アート・ドキュメンタリー」ではなく、SF的な味付けも施されたフィクションとして、コミカルかつユーモラスに登場人物たちが描かれていきます。
予告編や特別映像を見るとわかりますが、映画内で起こる全てのイベントは、熊谷守一の自宅内で起きる出来事を扱っているのです。1日の中で、写真家や画商など、次から次へと熊谷守一邸へと人々が出入りして、いろんなことが起きるのですが、その中でもモリはあくまでマイペース。94歳の「仙人」・モリを巡って、人々が織りなす人間関係や、モリの風変わりで「かわいい」生き様が活写されています。
そして、自宅内の庭には、草木が鬱蒼と生い茂り、アリや金魚、猫といった、生前熊谷守一が好んで絵画のモチーフとして描いた昆虫や動物たちが自由に飛び回る様子が、気鋭の音楽アーティスト・牛尾憲輔の個性的な音楽をバックに描かれています。
僕が感じたこの作品の一番の魅力とは、山﨑努さんが扮する「モリ」と樹木希林さん扮するその妻「秀子」の愛情あふれる味わい深いかけあいや、熊谷守一邸に出入りする様々な人物たちをユーモアたっぷりに温かく描いた、ほのぼのとした人間関係の描写です。
映画で取り上げられた熊谷守一の年齢は、すでに94歳。1日の中で何かドラマティックな出来事が起こって、それをきっかけに自分と向き合って葛藤し、カベを乗り越えて成長していく主人公・・・というのは、年齢的にもうありえないわけです(笑)
だから、映画で描かれるある1日は、モリにとってはいつものルーティーンが始まり、終わっていくだけの1日にすぎません。それでも、見終わった後、モリと、モリの仲間たちが織りなす人間模様を見て、なんともいえない朗らかな気持ちになれる、一服の清涼剤的な映画でした。
生前よく熊谷守一が描いた、庭の猫
引用:映画『モリのいる場所』予告編 - YouTube
また、映画内で再現される様々なエピソードや構図は、実際の熊谷守一の晩年期を巡る逸話が相当数引用されています。絵画のモチーフをそのまま写し取ったシーンなどもあり、アートファンにとっても非常に楽しめる作品となりました。
本作で取り上げられる「熊谷守一」とはどんな画家なの?
ところで、「モリのいる場所」の主人公「モリ」とは、先述した通り昭和の洋画家の巨匠・熊谷守一のことを指しています。
熊谷守一は、非常に長命な画家でした。明治時代から昭和中期まで、画家としてのキャリアは実に70年以上に及びます。生涯の間、作風を少しずつ変えながらも、その間ずーっと日本における西洋画壇の最前線で活躍し続けました。
没後も、故郷である岐阜県周辺の中部地方を中心として、定期的に各地で回顧展が開催されてきました。そして折しも、今年は熊谷守一の没後40年にあたる記念イヤーでもあるのです。
そこで、ちょうど映画が公開される数ヶ月前、2018年1月から3月にかけて、東京国立近代美術館で、約250点あまりの作品を集めて大規模な展覧会が開催されました。この展覧会は、アートファンを中心に非常に話題になりました。
僕も、開催期間中、初日と最終日の2回、展覧会に足を運びましたが、その画業の変遷ぶりや、晩年に到達したオリジナルの極み、シンプルで味わい深い作風に大いに魅せられました。下記の通り、ブログで展覧会の感想を書いていますので、もし良ければみてやってください!
映画「モリのいる場所」3つのみどころ
さて、そんな映画「モリのいる場所」ですが、いち早く試写会でチェックしてまいりました!色々「ここはこういうことで・・・」とか語りたいのですが、まだ上映開始前なので、極力ネタバレにならないように、本稿では映画の見どころを3つに絞ってお伝えします!
伝説の「熊谷守一邸」を”ほぼ”完全再現したセット
熊谷守一の自宅は、東京の都心・池袋からほど近い要町という静かな住宅地にあります。現在は、残念ながら(?)森林のように鬱蒼と茂った熊谷守一邸は取り壊され、その跡地には熊谷守一美術館が建っています。
実はこちらの熊谷守一美術館の3Fで、写真家・藤森武が撮り下ろした晩年期の「モリ」と、自宅や庭の様子の写真が展示されているのですが、驚いたことにその写真は、映画で観た熊谷守一亭にそっくり!・・・ということは、映画での再現が完璧だってことですよね。
ジャングルのように鬱蒼と木が生い茂った庭の草木や、絵画のモチーフとして取り上げるため、よく熊谷守一が庭で観察していたというアリやトカゲ、30年かけて熊谷守一が自宅の庭に掘った池の鯉など、本当によくここまで再現したな・・・と感服いたしました。
晩年期のエピソードを1日の出来事に詰め込んだストーリー
生前の熊谷守一は、その偉大な画業とは別に、その存在や生き方自体が非常に人々から愛されました。例えば、展覧会で守一の絵を観た昭和天皇から「子供の絵みたいですね」と言われたエピソードから、文化勲章の打診を2度も断ったエピソードなど(あまり書くと本筋に関わるネタバレになるので控えますが)、晩年期の逸話がぎゅっとストーリーへと凝縮されているのです。
だから、熊谷守一とはどんな人だったのか?と知りたいなら、まずはこの映画を見るのが一番なのです。
後半の一部SF的展開を除くほぼ全ての出来事は、熊谷守一の生涯で実際にあったエピソードから多かれ少なかれ引用されていると言っても良いと思います。熊谷守一について知りたい人にとって、最強の入門資料となったのは間違いありません。
絵を描くシーンは一切なし!熊谷守一の人としての魅力を描く
とはいえ、本作はいわゆるアート・ドキュメンタリーとは違い、あくまで映画監督・沖田修一の作家性が色濃く出たフィクション作品なのです。過去作「キツツキと雨」「滝を見に行く」「南極料理人」同様、豊かな個性を持つ各キャラクター同士のぶつかり合いや、どのシーンからも漂う、ゆるくほのぼのとした雰囲気などは今回も健在。さらに、僕が沖田監督作品で一番好きな、全員でご飯を食べる和気あいあいとした「大家族」的なシーンもちゃんと入っていました。
そして、この映画では、画家の1日を取り扱っていながら、絵を描くシーンは一切ありません(笑)どんな絵を描いたのか?ということよりも、熊谷守一がどんな人だったのか?彼が自宅にこもって過ごす1日はどんな生活だったのか?ここだけに焦点を当てて、映画が製作されました。ただ、実際の熊谷守一も、晩年は5月~11月までの深夜にだけ自室のアトリエにこもって創作活動をしたそうで、基本的に彼の創作シーンを目の当たりにしたことのある人は、ほとんどいなかったようです。
なので、アートに興味がない人でも、安心して見て下さい。彼の作品や、その画業の変遷などを先に観ておくと、より楽しめるのは確かですが、観てなくても全く大丈夫です!
上映記念トークショーにも行ってきました
そして、少し前になりますが、4月14日、映画公開を記念して、池袋西武本店・池袋コミュニティカレッジにて開催されたトークショー「セブンシネマ倶楽部 新作映画紹介トーク」にも行ってきました。この日は、脚本家・女優の近衛はなさんがナビゲーターを務め、ゲストに沖田修一監督、そしてモリと同じ岐阜県出身での現代アート作家・日比野克彦氏を迎えた三者での鼎談トークでした。
せっかくなので、このトークショーで披露された映画の裏話や、沖田監督の話してくれた映画製作時の苦労話を中心に、ネタバレにならないレベルで書いておきますね。
トークショーで披露された、制作の苦労話・裏話とは?
裏話1:地元・岐阜県では非常に知名度の高い熊谷守一
日比野克彦さんの出身地・岐阜県では、やはりお膝元らしく、熊谷守一は相当有名な画家であるとのこと。実際に、日比野さんの実家には、熊谷守一作品のトンボをモチーフとした複製画がかかっていたそうです。
日比野さんは、子供の頃からその複製画を見て毎日育ったからか、自らの作品でも、複製画で使われている「朱色と水色」のコントラストが、無意識に多めに反映されているんだとか。子供の時の影響って大きいですよね。
裏話2:沖田修一監督が本作を撮ろうと思った理由やきっかけとは?
これは、エッセイ集「モリカズさんと私」にも掲載されているのですが、沖田監督が過去作「キツツキと雨」をロケ地である岐阜県・恵那市にて撮影中、ワンポイントでキャストに起用していた山崎努さんから、「近くに熊谷守一の美術館があるから、行ってみたら」と言われたのがきっかけだったのだとか。
引用:Amazon.co.jpより
撮影が落ち着いた後、沖田監督は、改めて熊谷守一の作品や人となりに触れていくうちに、熊谷守一の人物像にどんどん興味を惹かれるようになっていったそうです。そして、ある日、「山崎努さんに熊谷守一役をやってもらったら面白いかも?」と思いたち、脚本案を一気に書き上げて、山崎さんに打診したそうです。すると、前々から熊谷守一の大ファンだった山崎さんは二つ返事でOKをくれて、映画「モリのいる場所」が本格的に動き出したのでした。
こうして、前の映画の撮影現場で何気なく拾った情報の種が、長編映画作品へと大きく実っていったというわけです。不思議なエピソードですよね。詳細は、映画の副読本「モリカズさんと私」により詳しく書いてありますから、ぜひ読んでみて下さいね。
裏話3:山崎努さんと沖田修一監督が目指した「モリ」像について
山崎努さんは、過去のエッセイ集でもたびたび守一のことを話題にするくらい、昔から熊谷守一の作品や、芸術家としての人柄が好きだったとのこと。ただ、すでに熊谷守一は亡くなってしまっており、完全に再現するのは難しい、、、ということで、彼らは、自分たちの「モリ」=熊谷守一像を決めて、それをしっかりと表現しよう・・・ということで落ち着いたそうです。
沖田監督の中では、熊谷守一の家=「モリのいる場所」は、いわゆる彼だけに見えている一種の「小宇宙」みたいなものであり、虫や動植物、そして多種多様な人間たちがその中に引きつけられてくるというイメージを持っていました。だから、周りの人々のリアクションはかなりオーバーですが、それとは対照的に、「モリ」を演じた山崎さんには、仏頂面に近い、抑えめの表情で演技にあたってもらったそうです。
それでも、悠然として、マイペースなモリは、かなり実物の熊谷守一に迫る迫真の演技だったと思います。
裏話4:CGは一切なし?ロケ地はどこ?昆虫はどうやって集めたの?
今回の映画では、自宅のセットや虫、鯉といった動物も含め、一切CGを使わなかったそうです。自宅のセットも、庭のアリ行列も、庭に掘られた大きな穴も、全部スタッフが総掛かりで神奈川県・葉山のロケ地で見つけてきて、ゼロから丁寧に作り込まれました。
特に大変だったのが、昆虫をカメラに収めるシーンです。CGを使わないので、全て根気よく仕込みを行う必要があったのだとか。
撮影が大変だったアリの行列。足音も収録された
引用:映画『モリのいる場所』予告編 - YouTube
たとえば、アリ行列の仕込みに非常に苦労した点です。アリの専門家にアドバイスをもらって、何度も餌付けして、やっと行列ができるようになってきたと思ったら台風が来てダメになってしまったり、根気よく足音を録音したり・・・
また、蝶などは3方向くらいからいっぺんに全部飛ばして、そのうちカメラの中に入ってくれば良しとする、、、といった力技で収録していたりと、自然と格闘しながらの撮影現場は、本当にいろいろ大変だったようです。
こんな状況なので、撮影中、スタッフは虫かごを持って、ロケ地の周りを走り回り、昆虫を集める地道な作業が欠かせなかったそうです。その中で、ある日、ロケ地近くの公園でいつものようにアリを集めていたら、偶然に公園を通りかかった小学生たちがアリ集めを手伝ってくれたという無邪気なエピソードも聞けました。
このように、CG全くなしでこだわり抜いて撮影された本作。一つ一つの何気ない動植物を短く写したカットにも、人知れず苦労があるのを知ると、ぐぐっとみごたえが感じられますよね?!
映画の予習・復習にぴったりな関連書籍や場所を一挙紹介!
聖地巡礼しよう!素朴な個人美術館「熊谷守一美術館」
映画を観る前でも、観た後でも、是非行ってほしいのが、かつて熊谷守一の住んだ家と庭があった、東京・池袋にある熊谷守一美術館です。行ってみると、さすがに当時の雰囲気はありません。しかし、その跡地に建てられた個人美術館は、外も中もコンクリートむき出しでシンプルな作り。
そして係員さん同士が世間話をしながら和気あいあいと働いていました。そのゆったりして飾り気のない館内や、熊谷守一の代表的なモチーフを彫り込んである美術館の外壁は、どこかしら往年の熊谷守一邸の面影を残しているようで、面白かったです。
お土産も充実していますし、運が良ければ熊谷守一の次女で、父・守一と同じく、画家である熊谷榧(くまがいかや)さんとお話できるかも?!(僕が行った時、ちょうど1Fの休憩コーナーでくつろいでいらっしゃいました)
最強の映画副読本「モリカズさんと私」
今回の映画上映を前に、数冊読んだ中では一番読み応えがあって、面白かったです。いわば、映画「モリのいる場所」の超ロングバージョンのプロダクション・ノートといった趣きで、沖田修一監督や、山崎努さん、生前の熊谷守一と中の良かった写真家・藤森武さんが、作品制作時の感想や、熊谷守一への思いを思う存分語り尽くします。映画の副読本として、パンフレットより読み物系の解説が好きな人は、買って損なしです。
もっと知りたい熊谷守一
熊谷守一のアートも、人物伝も知りたい!という欲張りな入門者のかゆいところに手が届くような、定番の入門書。守一の初期~最晩年までの作品をまんべんなくカラー写真と解説付きで収録し、彼の生き方・考え方がわかるようなエピソードなどもしっかり入った、ムック本形式のしっかりした入門書でした。おすすめです。
仙人と呼ばれた男 - 画家・熊谷守一の生涯
こちらも、画家・熊谷守一の生涯に着目して、詳しくその画業や生き様、彼の考え方などを、余すこと無く文章でまとめ上げた本格的な伝記書籍。熊谷守一美術館でも、オススメ書籍としてピックアップされていました。
沖田監督・山崎努のインスピレーションの源泉、伝説の写真集「独楽」
映画中でも、加瀬亮さんが演じている藤森武氏。熊谷守一の晩年期についての研究は、この人が熊谷守一の最晩年期、毎日のように自宅へと通いつめて撮影したこれらの貴重な写真抜きでは成立しなかったことでしょう。
本作は、そんな藤森武氏が撮りためた晩年の熊谷守一について、1冊の写真集にまとめた、今となっては大変貴重な歴史的資料でもあります。本作で撮影された本物の「熊谷守一」と、映画で山崎努さんが務めた「モリ」の共通点や違いをじっくり見てみるのも面白そうですね。
映画情報
映画「モリのいる場所」
公開日:2018年5月19日
上映時間:99分
配給:日活
オフィシャルサイト:http://mori-movie.com/