あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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ピエール・アレシンスキー展は自由奔放で個性的な作風が面白かった!

かるび(@karub_imalive)です。

10月19日より、東急文化村にてベルギー出身の現代アートの巨匠、ピエール・アレシンスキー展がはじまりました。エネルギッシュで、古代文明のレリーフや洞窟画を想起させる独特な作風が面白かったです。以下、感想を書いてみたいと思います。

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※本エントリで掲載した写真は、予め主催者の許可を得て撮影したものとなります。

1.混雑状況と所要時間目安

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ピエール・アレシンスキーは、ヨーロッパやアメリカでは押しも押されぬ現代美術の巨匠ですが、日本ではそれほど名前が知られているとは言えません。土日や3連休のピークでも、息苦しくなるほど混雑することはまずないでしょう。

絵も一つ一つが非常に大きいので、多少人が入っても鑑賞は問題ないと思います。展示されている点数は約80点。難解な作品も多く、じっくりと読み解きながら見ていくなら、90分くらいはほしいところ。 

2.日本で初めてのピエール・アレシンスキー展の大回顧展

海外では、MOMAをはじめ、アメリカ・ヨーロッパ各地で1980年代頃から繰り返し100回以上回顧展が開催されてきました。

試しに、「Pierre Alechinsky Retrospective」とGoogle検索にかけてみて下さい。世界各国で開催された回顧展の開催記録がいくらでもひっかかります。(フランス語比率高し!)

日本では、何度か小規模な個展やグループ展は散発的に開催されてきましたが、この規模でのしっかりとした回顧展は、今回が初めてとなります。今回展示では、アレシンスキーがアーティストを志した若年期から、最新は2012年の作品まで、作家のキャリアを振り返りながら作品を楽しめる王道の回顧展スタイルでの展示となっています。

主な出展作品や展覧会の概要は、こちらの動画を見ておくといい予習になります。

アレシンスキー展の公式動画
https://youtu.be/hBBwC6bDRoM

3.ピエール・アレシンスキーについて

ピエール・アレシンスキー(1927-)はベルギー生まれの現代アートの巨匠。まだ元気で、映像ではとても90歳には見えません。

彼は、若い頃から前衛芸術へと傾倒し、1940年代後半から北欧でのCOBRAムーブメントに参加した後、1956年には来日して前衛書家たちとも交流を深めました。ヨーロッパに戻ってからは、ジャコメッティやブルトンら、戦後現代アートの巨匠たちと親交を結び、東洋と西洋を融合した独自のスタイルを追求していきました。

本展覧会では、特に音声ガイド等は用意されていませんが、出口近辺に20分程度の長尺のビデオがあり、アレシンスキーの半生や制作スタイル、アトリエの様子などが特集されています。彼の作品に初めて接する人は、必見だと思います!

ビデオコーナー
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この紹介映像を抜粋した動画も公式サイトから発表されていますので、合わせて貼っておきますね。アトリエの雰囲気や、製作中の作品などがアレシンスキー本人から語られています。

アトリエ風景
https://youtu.be/QjVd4DsVD9Y

さて、そんなアレシンスキーが今の制作スタイルに落ち着くまでの間、半生を通して影響を受けてきた芸術運動や、芸術家たちについて、幾つかピックアップしてみます。

3-1.COBRAムーブメント

 COBRAムーブメントとは、1948年~1951年にかけて、北欧の前衛画家達によって結成された、新しい抽象絵画表現を目指す運動のことで、若き日のアレシンスキーも、(ほとんど使い走りみたいな下っ端の立場だったといいますが)この運動に参加して、大いに影響を受けたそうです。ちなみに、COBRAは、運動へ参加したアーティスト達の出身地を足し合わせたもので、CO=Copenhagen、BR=BrusselsA=Amsterdamをそれぞれ表しています。デンマークには、COBRA美術館という、この時期に活躍したアーティストの作品を収集する専門美術館まであり、ちょうどここでも現在アレシンスキーの回顧展が開催されています。

COBRA MUSEUM
http://www.cobra-museum.nl/

アレシンスキーの絵画に好んで用いられる「ヘビ」のモチーフは、「COBRA」にちなんだものと言われています。

3-2.日本の前衛書道家たち

COBRAでの活動が一段落すると、アレシンスキーは日本の前衛書家達グループの機関誌「墨美」を見て、即興で自由闊達な筆さばきや、その表現方法に強い興味を覚えます。知人の紹介を経て1956年に来日すると、森田子龍、篠田桃紅(102歳、存命中!)らと親交を結び、前衛書道のエッセンスを彼らから学び取りました。

日本滞在中、彼らとの交流からインスピレーションを得て、実際にドキュメンタリー映画「日本の書」の制作も行いました。展覧会でその映像を見ることが出来ますよ。

映画「日本の書」f:id:hisatsugu79:20161020085157j:plain

この時、篠田や森田から日本を離れる際にお餞別として譲り受けた「筆」は、今でもアレシンスキーのアトリエで現役として使われているそうです。

「移動」(左)「夜」(右)f:id:hisatsugu79:20161020115120j:plain

この時期に書家たちから受けた影響を作風に取り込んだアレシンスキーが制作した2枚。文字とも記号とも取れる図像が画面いっぱいに広がった抽象絵画です。

3-3.シュルレアリスム

アレシンスキーは、シュルレアリスムやその影響を受けた作家たちと交流が厚く、アンドレ・ブルトンやジャコメッティらとは特に親交がありました。

インスピレーションのままに筆を軽快に走らせるスタイルは、シュルレアリスムの作家たちが標榜した「オートマティスム(自動筆記)」にならったものだと言われています。

3-4.ジャクソン・ポロック

1951年にブリュッセルの展覧会でポロックの作品と出会って見てから、戦後アメリカの抽象表現主義の大物作家、ジャクソン・ボロックにもその制作スタイルや作風について、大いに影響を受けています。イーゼルではなく、キャンバスを直接床に置いて、アクリル絵の具をポタポタ垂らしていくスタイルはポロックのスタイルに似ていますね。

この作品群は、ポロックの絵画を見た直後に、インスピレーションを得て制作されたものだといいます。

「新聞雑報」f:id:hisatsugu79:20161020105441j:plain

3-5.仙厓

アレシンスキーは、1966年にヨーロッパで開催された大回顧展にて、仙厓の禅画に出会うと、熱烈なファンとなり、私淑するようになります。その大回顧展で購入した禅画のレプリカが、現在、『大仙厓展』でも展示中のこちらの絵です。(よりによって、これか!と思ったのですが・・・/笑)

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(引用:出光美術館HPより)

唯一邦訳が出版されている著書『自在の輪』(1976/新潮社・絶版)で、江戸時代の禅画の巨匠、仙厓について2度言及する箇所がありますが、彼は仙厓の即興的で自由な禅画スタイルに心酔しており、あまりに好きすぎて、同書中で(作品の制作中)「僕は仙厓だ」と言い切っています。素晴らしい。

実際、仙厓の作品をそのまま取り込んだオマージュ作品も幾つか遺していますね。

※本展示には未出展f:id:hisatsugu79:20161020103925j:plain
(Pinterestより)

思いのままに筆を走らせ、即興的に作品を仕上げていく彼の制作シーンを見ていると、確かに「ベルギーの仙厓」と呼んでもいいような気がします!

4.作品の特徴や、好んで用いられるモチーフ

4-1.下枠

アレシンスキーは、活動の中期以降、絵画全体のストーリー性を際だたせるため、絵画の下余白部分にメインの作品と関連のある、あるいは補足する別の絵をコマ割りで複数描く「下部挿画」(プレデラ)手法を好んで採用しました。といっても、下枠の絵も抽象的なので、パッと見、何をどう説明しているのかは鑑賞者次第というところはありますが・・・

「写真に対抗して」f:id:hisatsugu79:20161020090707j:plain

「時には逆もある」f:id:hisatsugu79:20161020091046j:plain

4-2.マンガのような枠

また、アレシンスキーは、マンガのコマ割りのように画面を分割して描くこともありました。互いの枠内の絵は、時間軸での関連性があったりなかったり、やはり自由奔放な感じであります。

「開かれた新聞」

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4-3.外枠

アレシンスキーは、絵画上のストーリー性を強化するためにマンガ的な画面分割を発展させていきます。キャリア後期では、最終的に、メインの絵画とその外周を取り囲む周縁部分とに分ける分割方法に落ち着きました。

初期では、真ん中がカラーの絵画、周辺部分が白黒で描かれることが多かったですが、キャリア中期以降は、真ん中が白黒、周辺部分をカラーで描くスタイルも取り入れています。

「肝心な森」 f:id:hisatsugu79:20161020090929j:plain

4-4.滝や火山のイメージ 

アレシンスキーの絵画の中で、特に好まれた自然風景のモチーフとして、火山の風景や、滝のような水が迸りながら落ちるシーンが目立ちます。いずれも生命の循環を強く感じさせるモチーフでもあります。

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4-5.円形のキャンバス

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キャリア後期になってからは、円形のキャンバスも多用するようになりました。キャンバス外縁部を囲って循環させるだけでは飽き足らず、とうとうキャンバス自体を丸くしてしまったアレシンスキー。

禅画の「悟り」を表す円環や、自然の生命の大循環を連想させるからなのか、アレシンスキーは「円」での表現に強い関心を示しています。

著作「自在の輪」でも、友人の作家たちに「円」を連想させるモチーフの絵を頼んで描いてもらったものをコレクションしているシーンがありました。

アニミズム的、シャーマニズム的な自然と一体化したような原始絵画のような雰囲気を持つアレシンスキーの作品は、「循環」の象徴でもある円環形のほうがフィットしているかもしれませんね。

5.展覧会のハイライト

「ボキャブラリーI-Ⅷ」f:id:hisatsugu79:20161020093225j:plain

本展示会場で最大の作品。壁一面全部を占有していました。例によってマンガ状にコマ割りがわけられた中に、デフォルメされた自然や建造物、オブジェなどのモチーフが青一色で散りばめられています。

アレシンスキーは、こういった巨大な規模のパブリックアートなどもよく手がけています。西洋画も東洋画もごちゃごちゃにミックスされた国籍不明の作風は、超古代の巨大建造物内の壁画などに出てきそうな神秘的な雰囲気がぷんぷん漂っていました。

6.グッズ

グッズは、公式図録やTシャツ、クリアファイルなど定番ものがまずしっかりと置いてあります。国内では、関連著作物が極端に少ないアレシンスキー。ファンの人は、必ず図録は抑えておいたほうがいいと思います。

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お菓子やおみやげは、ベルギーにちなんだクッキーやチョコレートがありました。このバタークリスプは美味しそうでした。

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7.まとめ

荒々しく即興的で、ビビッドな色で大胆に描かれた一連の絵画や版画は、個人的にはシャーマニズムや原始信仰を連想しました。超古代のレリーフや壁画に描かれた抽象的な動植物画を、発掘現場近くの博物館で見ているような感覚に近かったかも。でも、70年間にわたる作家生活は伊達ではありません。古今東西のあらゆる土着的な文化が混ざりあったような、アレシンスキー唯一無二の独自のオリジナリティはさすがの一言。

そして、偶然性に身をゆだね、インスピレーションのおもむくまま筆を走らせ生み出された、極限までコミカルにデフォルメされた怪獣や動植物は、探求の結果、突き詰めて考え抜かれた「計算された」プリミティブさなんですよね。まさに、大人の描く子供のような絵画なのであります。

現代アートは、元々少し苦手意識が会ったのですが、ここ半年ほど様々な作品と向き合う中で見出した一つの楽しさが、「何なのかわからないんだけど、とにかく凄い。わからないからこそ面白い」そういった、意外性との出会いです。アレシンスキーの作品も、まさにそんな感じ。

世界中には、こういうよくわからないけどなんだか凄いものを創っている、人間の多様性や可能性を感じさせてくれるような、圧倒的な個性を持つ作品とまだまだ出会えるんだなと改めて思わされた展覧会でした。

それではまた。
かるび 

展覧会開催情報

※ピエール・アレシンスキー展は、東京展のあと、大阪に巡回します。大阪展は、全く同スケジュールでクラーナハ展とセットでの開催です!

展覧会名:「ピエール・アレシンスキー展」
会期:
【東京】2016年10月18日~2017年12月8日
【大阪】2017年1月28日~2017年4月16日
会場:
東京:BUNKAMURA(渋谷)
大阪:国立国際美術館
公式HP:http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/16_alechinsky/