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あいむあらいぶ

都心のウサギ小屋に住む、自主休暇中の専業主夫が、休暇中に色々見聞きしたことを綴っていくブログです。美術展関係が多め。

混乱と狂騒の若冲展を振り返る(前編)~なぜ若冲展は大ブームとなったのか~ 

美術・芸術

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【5月28日更新】

かるび(@karub_imalive)です。

伊藤若冲の生誕300年を記念して東京都美術館で開催された「若冲展」ですが、惜しまれつつも5月24日に閉幕しましたね。

もともと、今年大注目の美術展として前評判も高かったのですが、終わってみれば会期わずか1か月余りの間に、来場者44万6千人の超大入り。1日あたり15,000人弱と驚異的な入場者数に、最高待ち時間は320分を記録するなど、首都圏を中心に大ブームを巻き起こしました。

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(引用:若冲展に長蛇の列、4時間待ち「なんで...」給水スポットも出現(動画)

僕は、会期スタート3日後の4月26日に行ってきたのですが、本当に楽しかった。日本美術の最高傑作をこの目で間近に見れて、感激しました。 

僕が上記エントリをアップした時の待ち時間は、わずか20分。「あぁ、やっぱり注目の美術展は混雑するんだな」位にしか思っていませんでしたが、4日目の4月27日から、徐々に列が伸びていき、最後にはブームのような騒ぎになっていきましたね。

今回と次回と、2回に分けて総括的なエントリを書いていきます。その前半となる本エントリでは、「なぜ社会現象となるほど混雑したのか」若冲展について振り返ってみたいと思います。

1.混雑状況を分析する

今回の展示会は、その激烈な混雑ぶりが話題になりましたが、公式Twitterアカウントでリアルタイムで「現在の待ち時間」について細かくアナウンスされていました。これ自体は非常に素晴らしいと思いましたが、つぶやかれていた待ち時間の数値が絶望的なのでした。

せっかくなので、公式Twitterから数値を拾い出して、下記で開催日別の混雑状況として、一覧表にまとめてみました。

★ 開催日別混雑状況
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すごいですね。会期後半は4時間、5時間待ちは当たり前といった状況でした。午前中から張り切って行った人が多く、混雑のピークは午前中です。しかも休日、平日お構い無く混んでいました。

驚いたのは、会期初日から3日程度のマイルドな混雑を経て、GWが開けてからが、混雑の本番だったということ。GW中、一気に行列が2時間待ちに伸びたので、「まぁGWが明けたら空いてくるので、そこを狙い撃ちしてもう一度動植綵絵を見に行こう」なんて甘く考えていたのですが、大間違いでした。

見ての通り、展示替えの休館日を挟んだ5月10日(火)以降は地獄の混雑ぶりで、特に65歳以上を対象に入場無料となる5月18日には、とうとう待ち時間は5時間以上となります。終わってみれば、GW中に行った人はまだマシだったという・・・。

では、どうしてこんなことになってしまったのか、少し考えてみたいと思います。

2.「動植綵絵」「プライス・コレクション」が並べられると大混雑となる若冲展

若冲展といっても、全ての展示会で大混雑するわけではありません。特に去年あたりから生誕300周年を記念して、いくつか中規模程度までの若冲展は開催されていましたが、人気を博したものの、それほど混雑していません。

伊藤若冲 生誕300年記念 ゆかいな若冲・めでたい大観 ―HAPPYな日本美術―  山種美術館(2016年1月-3月)
生誕三百年 同い年の天才絵師 若冲と蕪村 サントリー美術館(2015年3月-5月、動員15万人)

本格的に混雑が激しくなるのは、「動植綵絵」「鳥獣花木図屏風」を初めとするプライス・コレクション一式のどちらかが出展された時です。このいずれかが出展されると、以下の通り物凄い人出になってくるわけです。

★混雑した若冲関連の過去美術展一覧*1f:id:hisatsugu79:20160528105100p:plain

若冲ブームの始まりは、2000年の京都国立博物館で開催された「没後200年 若冲展」。それまでは、若冲は忘れ去られた江戸中期の異端の絵師に過ぎませんでしたが、動植綵絵を始めとした140点程が揃ったこの大回顧展で、熱心な美術ファンやマニアに発見されていきます。*2

とは言え、この時は、動植綵絵も30幅完全には揃っておらず、動員は会期1か月でたった9万人。1日平均だと3,000人ちょっとの入場者数。今から思うとかわいいものです。

以降は、見ての通り。約3年に1回ほど、動植綵絵かプライスコレクションが交互に来日し、日本画家としては驚異的な動員数を重ねていきます。

2012年には、動植綵絵が初めて海外へと渡りました。アメリカのワシントン・ナショナル・ギャラリーで「Colorful Realm」というタイトルで、お花見の季節にちなんで公開された時です。

海外では無名であり、かつそれほど熱心にプロモーションがかからなかったにも関わらず、口コミと評判で大量に人が押し寄せました。ワシントンでも、見つかってしまうのです。この展示会での1日あたりの動員数は、同美術館歴代3位であり、かつ2012年の美術展世界ランキング第2位となるほどの熱狂ぶりでした。

そして今回。今回は、「動植綵絵」「プライス・コレクション」が同時に揃い、若冲のほぼ全作品が一同に会する史上最大の回顧展となりました。

動員数こそ、過去の若冲展や、かつ2008年に94万人を記録した「阿修羅展」にはかなわないものの、1日あたりの動員数では15,000人弱と、途轍もない大記録を樹立しました。図録も5月11日には早々に売り切れ、15日に再度売り切れ、そして最終日にも売り切れ、10万部を超える発行数となったようです。

3.主な混雑の原因はなんだったのか

いくつか考えられますが、概ね以下のとおりかと思います。

3-1:何度もテレビで特集が組まれ、新聞、雑誌でも取り上げられた

会期中、特にゴールデンウィーク直前にNHKを中心として、異例なほど何度も集中的に特集が組まれました。主な番組でも、これだけ特集が組まれています。これ以外に、朝のニュースやワイドショー等でスポット的に特集が組まれたのもあったと思います。

★4月以降の若冲特集テレビ番組f:id:hisatsugu79:20160527130220p:plain

しかも、NHKの場合は、こういった文化系の番組は、一度放送したら近日中に必ず再放送がかかりますので、視聴者は、実際にはもっと若冲の特集番組を目にする可能性はあったと思います。

特にゴールデンウィーク中に集中的に放送された結果、行楽から戻ってきた人達が一気に5月10日以降の展示会に押し寄せたのでしょう。

また、2016年に入ってから、若冲展を当て込んで出版された雑誌や書籍も数十点ありました。書店でも特集コーナーや平積みになっていたのをよく見かけましたから。ちょっとAmazonで検索しても、この通りです。

2016年3月以降に発売された若冲本や雑誌だけで、数十点!!

3-2:東京開催だった

首都圏での開催だったことが、やはり一番大きかったかと思います。もちろん、こういった大回顧展で1回きりのものは、東京か京都でしか近年は行われないのですが、例えば、Art Annual onlineにてまとめられている昨年度の美術展入場者数ランキングを見ても、ベスト20のうち、12展は東京で開催されており、中でもベスト5のうち4つは東京開催のもので占められています。

3-3:希少性の高さをみんな理解していた

上記にもまとめましtが、「動植綵絵」全幅と「プライスコレクション」が同時に揃ったのは、すくなくとも2000年以降では初めてなのではないでしょうか?プライスさんもだいぶ高齢のようですし(笑)、今後近日中にこれほどの大規模回顧展が行われる可能性は低いわけで、これは見に行くしかないですよね。

3-4:会期が短かった

そして、最後にこれ。希少性が高く、みんなが注目していた展示会であったにもかかわらず、展示会の会期はわずか1ヶ月間。実質31日間の展示と、大規模展示会の割には、異例に短い会期でした。

これだけ人出が予想される大規模な展示会であれば、商業的にも最低でも2か月、通常なら3か月は開催期間が置かれることが多いです。にもかかわらず、約1ヶ月間と異例の短期間開催となった背景としては、法律的な制約があったのでした。 

4.大混雑必至なのに、なぜ短期間しか展示することができなかったのか

これは下記でうまくまとめられているので、時間がある人は是非チェックしてみて欲しいですが、一言で言うと、文化財保護の観点から、「重要文化財・国宝は一度に延べ1か月以上展示してはならない」という法律があるからです。

数ある出展物のうち、この「動植綵絵」といくつかの作品がこれに該当したため、会期をこれ以上伸ばせなかったのでしょう。

厳密に言うと、「動植綵絵」は重要文化財でも国宝でもないのですが、国宝同様の取り扱いを受けているのです。

19世紀後半に相国寺から天皇家に寄進され、一旦は重要文化財・国宝を上回るステータスである、皇室「御物」とされていた時期がありました。その後、宮内庁の「三の丸尚蔵館」に国有財産として移管されていますが、その価値は、間違いなく超「国宝級」なのです。

さすがに制作後約250年が経過して、傷みが目立つようになってきていたため、2006年までには修復作業が行われましたし、貸出期間に厳しい制限があるのは、末永く国民の共有財産として管理していく以上は、致し方無い措置かと思います。

5.今後の若冲展で混雑を避けて快適に見るためには?

全ての若冲展で同じように混雑するわけではないでしょう。恐らく、若冲展で今後も混雑するとしたら、以下の条件が満たされた時だと思います。

  • 東京か京都(あるいは関西圏)で開催される
  • 出展期間に縛りがある「動植綵絵」が出展されている

今回の若冲展の傾向を踏まえ、打てる対策としては、以下の戦略が良いと思います。

会期中、極力早めに見に行く(会期当初3日以内目標)
今回の展示会も、最初の会期中最初の3日間は明らかに混雑がマシでした。並びはしたけれど、食事時に人気レストランに入るのを待つくらいの常識的なレベルでした。

午前中を避け、閉館直前1時間前に入る
データでは、待ち行列のピークは朝一開館時~11時頃に固まっています。昼を過ぎると、15時くらいまではずっと混雑していますが、閉館1時間前くらいには、一気に行列がハケていきます。ここを狙うのが良さそう。

最終日は結構空いていた
みんな諦めてしまったのか、今回はGW後では、会期終了日の5月24日が一番行列が空いていました。僕の知り合いも、最終日の閉館1時間前に覚悟を決めて行ったら、40分待ちで済んだ、と喜んでいました。残り物には福、ということでしょうか。

6.まとめ

いずれにしても、今回の若冲展は1日平均来場者数が15,000人弱と、恐らく過去の統計から見ていても、2016年度では、世界一混雑した美術展になるのは間違いなさそうです。

過去の記録から見ても、今回は、想定外・規格外の来場者でした。その割には東京都美術館の人も、給水所の設置やこまめなアナウンス、深夜までの入館延長、図録発送無料など、やれるだけのことはやってくれたのではないでしょうか。

また、今回、社会現象となった若冲展ですが、これをきっかけに日本美術に目を向ける人も多かったのではないかなと思います。テレビやマスコミでは、早速「次に見るべき若冲展」などの紹介もされていましたが、これは次のエントリで少し僕も書いてみたいと思います。

長くなりましたので、いったん今日はこのあたりで。それではまた。
かるび

*1:id:zaikabouさんから相国寺の動植綵絵展の開催年度と2009年の「皇室の名宝展」が抜けている旨ご指摘頂きましたので修正・追記しました。感謝!

*2:この時の図録は、現在ヤフオクで高値でやり取りされています。

ガラガラで穴場?!でも見応えたっぷりの「ポンペイの壁画展」に行ってきました。

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かるび(@karub_imalive)です。

僕が頻繁に美術展回りをしだしたのは、35歳を過ぎてからなんですが、数をこなしているうちに、好きなジャンルが固まってきます。僕の場合は、西洋絵画と日本絵画が好きなのですが、もう一つ好きなのが、「遺跡系」や「仏像系」の展示会。

遺跡系展示会(と勝手に自分が命名している)の良い所は、陳列された出土品を「美術展」としてだけでなく、「歴史資料」としても味わえるところです。遥か昔に生きた人達の生活や精神文化に触れつつ、歴史を学ぶと、純粋に知的好奇心が満たされるだけでなく、現実逃避ができるのです。(僕の地元近くに平城京跡があるのですが、一日中ぼーっとできる遺跡であります)

今日取り上げる「ポンペイの壁画展」は、そんなローマ時代の世界遺産をテーマとした展示会です。「ポンペイ」の展示会は、特にヨーロッパを中心として、世界的に動員数を伸ばしている今一番熱いコンテンツで、2013年に行われた大英博物館でのポンペイ展では、同博物館の動員数記録を塗り替えたんだとか。

ということで、早速まとめていきたいと思います。

1.混雑状況と所要時間目安

僕が行ってきたのは、平日午後15時頃でした。いつものように、六本木ヒルズの1F入り口で待ち時間をチェックすると、5分待ちの表示。f:id:hisatsugu79:20160524163427j:plain

おぉ、意外と混んでいるんだなと思って52Fに上がってみると・・・

混んでいたのは、おとなりの「セーラームーン展」に併せて期間限定でオープンしていた「ちびうさカフェ」でした。こっちの喫茶店の待ち時間は180分だそうです。えげつない話や~。

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そして、お目当ての「ポンペイの壁画展」自体は、ガラガラでした。ここ最近行った展示会の中では一番空いていたかも・・・。ひと部屋貸し切り状態でゆっくり見れる瞬間も結構ありました。

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裏で実施している若冲展とルノワール展にお客を取られているんでしょうか?あるいは、後援が東京新聞だから広告宣伝が弱すぎて認知されていないのでしょうか?(毎日のように東京新聞の文化面に記事が出てはいるのですが・・・)

いずれにしても、休日に行ってもそれほど並ぶことはないと思います。

展示点数も、なにせ扱っている展示物が「壁画」そのものなので、約60点ほどと、少なめになっており、所要時間は1時間~1時間30分もあれば見て回れそう。実測した所、僕の場合は2時間15分でした。

なお、1箇所だけ写真撮影が可能な場所があります。下記の写真パネルがある場所なのですが、ここで記念撮影などをして、SNS等で拡散してくれ!ってことなんでしょうね。できればこういうのじゃなくて、フラッシュ無しでいいので壁画を撮らせて欲しかったのですが・・・。

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2.音声ガイドは声優の三木眞一郎さんと畠山美和子さん

アニメファンじゃないのでよく知らなくてすみません(汗)、二人共実績のある声優さんだそうです。こちらで、メインガイドの三木さんからの今回の展示会についてのコメントも聞くことができますよ。正直、今回の展示会で予習をしたかったのですが、あまり予習できる資料が手元に入らなかったので、音声ガイドを調達出来てよかった。非常に重宝しました。

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(引用:http://www.tokyo-np.co.jp/pompei/guide.html

今回の展示会では、ただ壁画を見るだけじゃ絶対もったいないので、音声ガイドのレンタルを強くおすすめします。

もしくは、こちらで内覧会時の本展監修者、芳賀京子氏の解説動画を予習して臨むのもいいと思います。見どころについて非常に丁寧にわかりやすく解説されています。(約13分程度)


世界遺産 ポンペイの壁画展 報道内覧会

おせっかいかもしれませんが、この展示会は背景知識なしで手ぶらで行くより、予習をしておいたほうが数倍楽しめると思います!

3.ポンペイの壁画展について

3-1.ポンペイって?

ポンペイは、現在のイタリア、ナポリのあたりに実在したローマの古代都市でした。ローマ帝国全盛時代に、ローマのほぼお膝元として数百年間にわたり、栄えました。そんな中、紀元79年8月24日~25日にかけてヴェスヴィオ火山の突然の大爆発により、一瞬で高熱の火砕流に街全体が飲み込まれ、街ごと全て、瞬時に消滅します。

イメージとしては、2014年の映画「ポンペイ」の予告編がいい感じに映像としてまとまっていますので、こちらのリンクを貼っておきますね。


ポンペイ - 映画予告編

その後、古代~中世を過ぎ、18世紀中ごろまで、完全に火山灰の下に埋もれ、忘れ去られた存在となっていましたが、1709年、偶然に地元の住民がツボを発掘したところから、遺跡の存在が明らかになります。そして、1748年にとうとう当時のナポリ王国の国王のイニシアチブの下、大規模な発掘作業が始まりました。

発掘は今でも続いていますが、家屋や壁画、調度品や生活用品、遺体跡まで、街全体のありとあらゆるモノが2000年前の当時のまま、火山灰の下からいわばタイムカプセルのような手付かずの状態で出てきたといいます。

様々な推計がありますが、ポンペイの人口はおおよそ1万2千人程度で、広さは約66ヘクタールと当時で見ても割と小規模~中規模程度の都市だったと言われています。(ちなみにローマは100万人を超えていたと推定されている)

その文化水準は非常に高く、上水道完備の大邸宅、公共浴場、劇場、円形の闘技場、運動場、宗教施設(集会所)など、社会インフラはヨーロッパの産業革命前とほぼ同レベルの高い水準を誇っていたそうです。

3-2.ポンペイの壁画はどうやって造られたの?

今回は、60数点のほぼ全部の展示がポンペイの「壁画」だけをフィーチャーした展示会なのですが、当時の壁画は、公共系の建築物だけでなく、少し裕福な一般家庭の住宅内も、まるで宮殿のように壁一面を彩っていたそうです。(正直な所、家の中までこんなに仰々しい壁画に囲まれていたら、ちょっと落ち着かないだろうなぁと思ったのですが、当時のハイセンスな家庭では普通だったのでしょうね)

3-3.壁画展の見どころ

今回は、ナマの壁画の表面を削りとって、そのまま日本に持って来ちゃったのですが、恐らくこれだけの規模でポンペイの壁画を一望できる展示会は、今後もないはず。壁画をたっぷり堪能してみてください。

壁画と言っても、ポンペイの遺跡から出土した壁画だけでも、紀元前2世紀から街が火山に飲み込まれて消滅した紀元79年までの約300年間で、大きく分けると「第1様式」~「第4様式」まで、4つの様式が確認されています。展示会では、時代ごとに細かくその壁画の描かれ方が変わっていくところも、わかりやすく前半部分の展示で説明されています。

壁画は、ギリシャ文化の影響を強く受けた、ヘレニズム世界での古代神話の様々な場面をモチーフに描かれています。中でも、今回の展示会では「お酒の神様」であるデュオニソスの出番が多かったのは、いかにもワイン作りが盛んだったイタリアらしい一面を感じました。

現在、国立東京博物館で開催中の「アフガニスタン展」でも色濃くギリシャ文化の影響を受けた出土品が多数出展されていることから、併せて観ると、古代ギリシャのアレクサンドロス大王の古代世界に与えたインパクトの大きさを改めて実感できます。

4.一番の目玉は「赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス」

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この「赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス」は、1739年11月25日にエルコラーノのアウグステウムで発見されました。これがヨーロッパを出るのは初めてで、もちろん日本初上陸です。そして、展示会後半部分のハイライトとして圧倒的な存在感を持って展示されています。素人目で見ても、他の壁画とは完成度のレベルが違うことはすぐにわかりました。

それもそのはず。「アウグステウム」とは、当時のローマ皇帝アウグストゥスを礼賛するため、街の郊外に置かれた一種の集会所的な特別施設なのです。再現イメージとしては、こんな感じ。

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(引用:http://vast-lab.org/3dicons/page.php?obj=1770

街で一番大切な施設の一番大事な壁面に飾られていたので、腕の良い絵師を使って予算をかけて製作されたものだと思われます。

5.その他気になった展示

5-1.赤い建築を描いた壁面装飾

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入口入って次の部屋の右側一面に展示されています。紀元前1世紀後半頃の「第2様式」と呼ばれるスタイルで描かれており、その特徴は、飛び出す絵本的な効果を持つ遠近法の使い方をしていることです。2000年も前に、一種の『だまし絵』的な立体感を持たせる技法が既に完成していたんだな、と非常に感心しました。

しかしよく見ると、神社の鳥居のように真っ赤な神殿に、大仰な空想上の動物や女神像を配置するなど、現実離れした豪華さですよね。部屋の中壁面いっぱいに空想上のゴージャスな建造物を描くなど、ローマ帝国全盛期らしい派手な絵が印象的でした。 

5-2.コブラとアオサギ

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これはどちらかと言うとつなぎ的な意味合いで飾られていた小品なのですが、どうも若冲展を見てきたばかりなので、こういう動物を素朴に描いた絵画に目が釘付けになってしまいました。

特にコブラは日本には生息しないため、日本画ではお目にかかれない動物ですが、ローマ時代のイタリアでは、建築物を彩るフレスコ画で頻繁に登場しています。若冲だったらどう描くんだろうなぁと考えながら見てました。

5-3.アレクサンドロス大王とスタテイラ

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これは、アレクサンドロス大王と、大王が東征にて滅ぼしたアケメネス朝ペルシャの王女スタテイラ、もしくはバクトリアの豪族ロクサネのツーショットを描いたものです。

壁画展後半では、神話や歴史の一場面を描いた歴史画がほとんどなのですが、気付かされるのは、ローマ人のギリシャ文化への傾倒です。

この頃になったら、一応ローマにもそれなりの文化・歴史があったはずですが、描かれるのはギリシャ神話ばかり。共和制末期以降のローマ人富裕層にとって、ギリシャ神話、ギリシャ文化は抑えておくべき必須の教養・文化だったことがよくわかります。

6.まとめ

紀元79年といえば、日本で言えば、まだ弥生時代に入ったばかり。狩猟採集生活から、ようやく稲作を始めたころの話ですから、こうして、壁画一つ見ていても、当時のポンペイの文明レベルの高さには驚かされます。

今回の展示会、若冲展が終わったらどうなるかわかりませんが、とにかく来場者が少なくてガラガラのようです。展示自体は全然悪くないのです。「壁画」というテーマに絞り込んだ展示会としては見応えたっぷりでした。若冲で並び疲れたら、六本木にぶらっと行ってみるのもいいと思います。

それではまた。
かるび

おまけ:今回の展示会の予習/復習で役に立ったもの

とり・みき/ヤマザキマリ「プリニウス」

買ってみましたが、プリニウスが1巻の中盤で、ちょうど噴火したばかりのポンペイに遭遇するシーンがありました。今回の展示会と併せて読んでみると、当時のローマ文化や歴史について、学びになりますね。スペシャルコラボグッズも出ていましたよ。

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落語家のレジェンド、桂歌丸 芸歴65周年記念落語会に行ってきた!

趣味

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かるび(@karub_imalive)です。

5月に会社を辞めてから、週1ペースでいろんな落語会に通っているのですが、昨日は、桂歌丸の芸歴65周年記念落語会に行ってきました。その感想を書いてみたいと思います。 

桂歌丸と言えば、つい最近、笑点の司会を5月22日付けで勇退すると発表してから、何かと話題になっていますよね。このチケットは、その報道がされるかなり前、3月上旬の時点で購入してあったのですが、報道後に全席ソールドアウトになったようで、当日券の販売はありませんでした。

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それにしても芸歴65周年って半端ない

落語家は、職業生活に定年はありません。でも芸歴65周年とは半端ない。65歳じゃないんですよ。「芸歴」が65年なんです。笑点でもいじられている通り、もうすっかり骨と皮だけになっちゃって、今年80歳になる歌丸ですが、その経歴は結構異色です。

15歳の時に、いてもたってもいられなくなって、高校も行かずに最初の師匠古今亭今輔に弟子入りしたのが落語家としてのキャリアのスタートです。そこから、実に65年間落語一筋で、笑点も初回から50年出続け、その間落語界の人気噺家の地位を築いてきた。月並な感想ですが、本当にすごいことだと思います。

ちょうど自伝が出ていたので、読んでみましたが面白かったです。

落語会はこんな感じでした

落語会は、定刻通り18時30分にスタート。以下のような構成で、終演は20時35分頃。もう少し演るのかなと思ったのですが、やはり体力面でギリギリなのか、歌丸自身の高座は一席のみでした。

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開口一番(前座):春風亭昇羊『初天神』

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(引用:円丈らくご塾 : 春風亭昇羊(しゅんぷうてい・しょうよう)

開口一番(幕が開いた最初の前座)は、春風亭昇太のお弟子さんで、前座の春風亭昇羊でした。お題は前座噺では定番の『初天神』

年が明けて天神様へ初詣に子供に行く道中、子供が団子やたこを買ってとせがむ、父親は嫌がる、そのやり取りを描いた前座噺です。今年から落語にハマりはじめた僕でも、ライブでも映像でももう何回も見ているくらい、有名な噺です。

定番の噺だからこそ、その話芸の出来が厳しくファンからチェックされちゃうわけですが、マクラも含めてまずまず面白かった。奔放なスタイルで新作落語を得意とする師匠と全くしゃべり方や雰囲気が違うのですが、どうやって修行してるんだろうか。

特別ゲスト:春風亭昇太『ストレスの海』

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続いて、前半のハイライトである春風亭昇太。マクラの冒頭で「弟子の落語を近くで聴くと指摘したい箇所が一杯あってもやもやっとする」と言ってましたが、すぐに笑点の裏話へ。

笑点メンバーのマクラは、やっぱり必ず笑点メンバーの楽屋話になるんですかね。今回はホール落語でも客層がライトユーザーが多かったようで、自虐的な笑点の裏話で盛り上がります。曰く、おっさんとおじいさんがただ座って大喜利やってるだけで、圧倒的にドラマなどの他番組に比べて手間隙かかってないにも関わらず、いつもいつも高視聴率で不思議だと。

あとは、安定の「結婚できない」小話。歩いていたら道端の浮浪者から「早く結婚しろよ」と言われたり、新幹線のホームで5人組のおばちゃんに絡まれてからかわれた話など、笑点で確立した「結婚できない」キャラを活かしたマクラがバカ受けでした。

演題は、長年の持ちネタである新作落語「ストレスの海」。展開が早く奇想天外なバカ話なんですが、マクラで温まったところで、昇太特有の若々しく妙に素人風味なハイテンションで押し切り、最後まで笑いが切れません。さすが人気落語家です。本当に50代後半なんでしょうか、この人は。

仲入り前に桂歌丸よりご挨拶「まだまだ引退しません!」

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昇太が終わると、一旦幕が下りて、アレ?これで休憩かな?ちょっと早いよな?と考えていたのですが、館内アナウンスがなく、どうしたものかと。2,3分待っていたのですが、なかなか幕が開かないので、トイレに立つ人もちらほら。

すると、しばらくして幕が空き、すでに桂歌丸が高座上で、黒紋付で座布団に正座して待機していました。

ここで軽く一席か?と思ったら、そうではなく「芸歴65周年の口上」とのことで、10分程度の軽い漫談とご挨拶。「本当は昇太さんと二人で演る予定だったのですが、あの人が次に仕事をいれちゃったので、今日は一人でやります」と(笑)

そして、やっぱり話題は笑点の司会引退の話になりました。報道されている通り、体力的な限界により、笑点50周年という節目で、司会は引退させてもらうことにしたとのこと。

現在、週に4回医者に通っているそうです。ほぼ毎日ですね。特に2015年に腸閉塞で入院した際にベッドに寝たきりになって、足の筋肉が一気に落ちてしまったため、今もまだ数メートル歩くだけでも非常にキツいそうです。

5月22日の最終生放送で、司会の交代と笑点の新メンバーを紹介するので、「相撲なんてほっといて」笑点を見てねとのことでした。うん、そうするよ。

また、司会を交代しても、落語は死ぬまで続けていきたいとの話でした。夏には国立演芸場で、ライフワークとしている三遊亭圓朝の怪談ものも国立演芸場でネタおろししなきゃと張り切ってました。

三味線漫談:林家あずみ

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(引用:本人Twitterプロフィールより)

仲入り休憩後は、三味線漫談。いわゆる落語会での色物では、漫才や紙切り、コントは何回か見ましたが、「三味線漫談」というジャンルは初めてです。AKB48の柏木由紀がいい感じに年を取ったような美人さんで、京都出身。笑点で有名な林家たい平の一番弟子とのことで、4年間の前座を経て、今は寄席や落語会を中心に高座に上がっているそうです。

三味線の歌が4曲と、その合間に漫談を入れていくスタイルですが、やはり男性中心の落語界だと、立ち位置的にはアイドル的な存在なんでしょうね。それなりに面白かったのですが、ネタのキレやキャラの押し出しがもう一歩で、上品にまとまりすぎかな?とは思いました。芸人として売っていくならもっとエグい方がいいかな。

このジャンル、まだ女流三味線漫談では数名しかいないそうなので、パイオニア的な存在として頑張って欲しいです。また聴いてみたい。

トリは本人が一席:桂歌丸『紺屋高尾』

林家あずみが退席後、一旦幕が降りて、しばらくして開いたら、すでに高座には桂歌丸がスタンバイ。足を崩さないと座れないとのことで、よく上方落語で使う「膝隠し」の机を置いての高座です。

膝隠し(イメージ図)
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演題は、本人のCDも出ている「紺屋高尾」でした。もちろんこれは予習済み。

神田紺屋町*1の染め物職人久蔵が、吉原の超人気おいらん、高尾太夫に一目惚れ。一夜過ごすために、3年間必死に働いて10両ためて高尾太夫のいる吉原に会いに行きます。その一途ぶりに高尾太夫が惚れ込み、二人は身分の違いを超えて結婚する、という江戸時代版格差婚をテーマにした人情噺で、これも非常に有名ですね。

どの芸能でも共通しているのですが、巨匠になって年をとると何かと良い意味でスローテンポになりますね。漫才も講談もそうだし、畑違いですが、クラシック音楽などでも、巨匠指揮者が降ると演奏がどっしりと遅くなりますし。

この「紺屋高尾」も、若手なら20分ちょっとで終わる中ネタ程度の噺ですが、噛みしめるようにゆっくりゆっくり丁寧に噺が進行し、マクラ入れてで45分程度の長丁場となりました。

最近の笑点を見ていると、滑舌が今ひとつで病気の影響などもあるのかな?と思っていましたが、さすがに高座では全く問題なし。スピードは遅いですが、言い淀むところもなく、聴きやすかった。体で覚えているのでしょう。

まとめ:巨匠の講演は一期一会。見逃したくない。

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今回の船橋市民文化ホールは、1500名位の中型ホールですが、時期柄もあるとは言え、ホールを満席大入りにする知名度はさすが。このホールサイズで落語を見たのは初めてだったのですが、特に春風亭昇太と桂歌丸のベテラン達の話芸のレベルの高さもあり、会場の一体感は損なわれていませんでした。

ジャンルは変わりますが、少し前、2009年にクラシックの名指揮者、フランス・ブリュッヘンが晩年に新日本フィルの演奏会で来日したことがありました。彼はすでに75歳を超えて足を悪くしており、昨日の歌丸同様、指揮台では椅子に座っての指揮となりました。「あ、これはもうここで聴き逃したら次はないな」と思って、仕事を無理やり空けて演奏会へ馳せ参じたことがありました。

その演奏会では、巨匠ブリュッヘンが限界まで新日本フィルの潜在能力を引き出し、非常に良い音が鳴っていました。まさにベテラン指揮者とオーケストラの奇跡のコラボ。感動しました。で、その後はもう来日することはなく、2014年に80歳でブリュッヘンは亡くなります。本当に無理して見ておいてよかった。

巨匠は、見れる時に見ておかないと、次がないんです。そして、巨匠の作品・舞台はそのクオリティに関わらず、ただ巨匠がそこで何かをやっているだけで、感動を生みだします。

落語でもクラシックでも、絵画でもなんでもいいのですが、高齢となった超ベテラン・巨匠がなおも第一線で活動を続ける時、そのモチベーションは、お金や名誉といったものではなく、純粋に「これが作りたい」という創作意欲や求道精神を源泉としているのですよね。

自分に残された寿命を強く意識しつつ、人生の集大成として、気力を振り絞って最後の作品を作り上げている姿勢が、共感と深いリスペクトを呼ぶ。

モネは、白内障で目が見えなくても、絵を描き続けました。ルノワールも、リューマチで手が動かない中、やはり死ぬまで絵を描き続きました。ベートーヴェンは完全に耳が聞こえない中、「第九」を完成させました。そして、歌丸も満身創痍になっても、なおも第一線で落語に取り組んでいる。

その、一心に芸に打ち込む姿が、見ている観客を魅了するのだな、と。65年間の集大成として、今があり、そして今日の高座があったわけです。

芸歴65周年を迎えても、まだ鬼のようにスケジュールを入れて、新ネタにも意欲的に取り組んでいる。その原動力は、もう純粋に「落語を極めたい」というものでしょう。

不謹慎な話かもしれませんが、本人も、昨日の高座で「もうあと10年は持たない」と自ら言及していたとおり、今の健康状態を考えたら、プロの一線級としての高座のレベルを維持できるのは長くてあと数年でしょう。

本当に、今回65周年という節目で、船橋まで遠征して見ておいてよかった。今後少しでも長生きして、生きるレジェンドとして、落語道に取り組んでいって欲しいと思います。

22日の笑点は、拡大版生放送だそうですが、その引退口上を楽しみにしています。

それではまた。
かるび

 

 

*1:どうでもいい話だけど、神田紺屋町はまだ実在する地名で、僕が以前勤めていた会社の前の事務所が神田紺屋町にありました。今は残念ながら雑居ビルしかない(笑)

日本企業のインターンシップでは、なぜ実務を学べないのか

就職活動・転職活動

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かるび(@karub_imalive)です。

つい少し前に、MTRL社というベンチャー企業でのインターンシップの顛末を巡っての記事がはてなブックマークで注目を集め、話題になっていましたね。

インターンを雇って失敗した話。
インターンとして失敗例になってしまった話

それぞれブコメでは「搾取するな」とか「5時間も会議で拘束するなんて」など、やや感情的な意見が優勢でした。一連のエントリを興味深く熟読しましたが、元採用担当でいろいろな業界・会社のインターンシップを見てきた限りで言うと、MTRL社の社長さんは、それなりに頑張ってインターンシップに取り組んでいたと思われます。

本文を読むと、本格的なインターンシップとして、「実習」レベルを超え、実質上「労働」として、実務に深く参画させています。これに対して、きちんと労働の対価として給与を出しているため、法律的にはほぼ問題なし。(5時間も会議をやるのはアレですが)また、社員でもないのに3ヶ月間我慢して、スペック外の人材育成にも取り組んでいる。

そして、学生さんの満足度もそんなに低くないのですよね。中にいるインターン生側からの擁護エントリもあるし。(ひょっとしたらこのエントリ作成自体、インターンシップの課題であり、会社の半強制かもしれませんけどね?)

もちろん、この会社にも、1)社長さんのインターン生に対する要求水準が高すぎる、2)出来ない学生を3ヶ月間我慢して使うのはお互いに非効率だった、3)受け入れた学生を公の場で批判するのはイメージ戦略上損である

といった問題点はありました。

ただ、インターンシップにおける本来の社会的意義である「学生が社会人になる前に実務を経験する機会を提供する」という点では、しっかりとできていました。ベンチャーなので色々そのマネジメントにはアラはあったでしょうけど、それも含め、あけすけに学生と交流し、共に濃い時間を共有して実務に当たった姿勢は、間違っていなかったと思います。マッチングのプロセスや管理手法、契約期間を整理・改善すれば、次年度からはもっと良いプログラムになりそう。

では、他の大手企業や中小企業は、このMTRL社より、もっと高付加価値で意義あるインターンシップが運営できているのでしょうか?

結論からいうと、日本企業のインターンシップでは、「学生に実務経験を積ませる機会を提供する」ことがほとんどできていません。

では、なぜ学生は日本企業のインターンシップで実務を効果的・効率的に学べないのか、今日はそのあたりを少し考えてみたいと思います。

日本企業ではなぜインターンシップで実務をやらせないのか

その理由は、主に以下の4点が考えられます。

理由①:目的が「採用青田買い」へと変質してしまったから

数年前までは、「インターンシップ」は、企業側の社会貢献の一貫として学生や大学に対して無償で提供される社会活動であり、その副産物として学生とのマッチングがあるよね、という構造が、すくなくとも建前としてはしっかり根付いていました。

しかし、ここ数年、新卒採用市場がバブル期(1988年~1991年頃)を超える異常な「学生側売り手市場」へと傾いたことと、それを好機と見た「就職情報産業」各社による「インターンシップ市場でのマッチング」の商品化が加速していきました。倫理憲章強化により、学生の就活時期が後ろ倒しにズレた分、ビジネスチャンスを失った「就職情報企業」が考えだした、この苦肉の策は、超売手市場に苦しむ採用企業側のニーズにぴったり合致。結果として、ここ2,3年で大学3年生以下を対象とした「インターンシップ」ビジネスが立ち上がりました。

これにより、完全にインターンシップは「倫理憲章に抵触しない、合法的に学生へ早期接触ができる青田買いの機会」と変質してしまったのです。

例えば、経団連で取り決めた2016年度の'17新卒採用は、「2016年6月1日」採用解禁ですから、通常は、4年生の夏まではコンタクトできないわけです。それが、「インターンシップ」として接触するのであれば、その1年前から自由にコンタクトができますから、その間にツバをつけておけばいい。

実際、インターンシップを実施した4社に3社(73.7%の企業)は、インターンシップ生に声がけをして、積極的に内定出しをしている最新統計データもあります

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学情レポート【COMPASS】2015.11『企業・大学アンケート結果に見る 2017年卒採用の展望・2016年卒学生の状況』

したがって、日本企業は各社とも、インターンシップ自体はかつてない規模で熱心に取り組むようになったものの、あくまで第一義には「採用目的である」ため、「実務」にはそれほど取り組ませないのです。

理由②:泥臭い実務を見せると学生に引かれてしまうから

社会人になるとわかりますが、一部のベンチャー企業を除いて、若手社員の実際の仕事の現場っていうのは全く華やかなものではないですよね。一日中集金活動したり、ひたすら電話のアポ取りをしたり、Excelで集計作業をしてたり。

特に、大企業の場合は、華やかな仕事やプロジェクトは、予算規模も大きく、職種横断的な総合的なスキルが必要とされます。また、社内外の多数の利害関係者が複雑に絡み合う中、人脈や高度なコミュニケーションも要求される。そんな高度な業務が、未経験者にできるわけがありません。

したがって、インターンシップでも、まったく未経験の学生に回せる仕事といったら、地味な集計業務や電話とり、議事録作成といった初歩的なものしかなくなってしまいます。

しかし、若手が地味な下積み業務についているところを学生に見せてしまうと、「あぁ、この会社やばいよね?」と短絡的に勘違いされてしまうこともあるわけです。

実際、ある企業では、あえて泥臭い実務に学生を携わらせ、その企業の本質的な仕事を見せたら、失望の声がネット上や口コミで噂が広まり、翌年の応募者が減少してしまったケースも実例としてあるんです。

だから、泥臭い現場はできるだけ見せずに、無難に「擬似プロジェクト運営」だったり、「マネジメントゲーム」をやらせたり、本当に汚い裏側はみせないスマートな「工場見学」に終止したりするわけです。

理由③:コンプライアンス上見せられない業務が多すぎる

日本は、世界一情報セキュリティに過敏で、コンプライアンスにうるさい企業風土になってしまいました。

指紋認証やフラッパーゲート等での多重入退室管理に始まり、各種情報源・情報資産へのアクセス制限、GPSでの位置情報把握は当たり前。厳しい金融系企業に至っては、PCのキーストローク1つに至るまでログを取り、そのログを分析・監視する部署まで別にある始末ですから。

また、それら内部統制を規定する就業規則や、ISO9001、ISO27001といった企業資格により、しつこい内部監査と、そのチェック成績に連動する査定ポイントもあわせて導入されていたりするはずです。

そんながんじがらめの状況下、見ず知らずの学生に、顧客の重要情報や個人情報を取り扱う仕事には入らせるわけにはいきません。万が一インターンシップに来た学生がコンプライアンス違反を故意/過失にかかわらず起こしてしまった時、誰も責任を取れないからです。(誓約書等で学生側に責任を負担させるのは不可能ではないが、道義的には得策ではない)

ではそれら、機密情報を触らないような周辺業務の中に、単純作業の範疇を超える実務って何か残ってるでしょうか?・・・あまり、残ってなさそうですね。

理由④:新卒として入ってきてから教えたほうが合理的

学生側は、意識の上では「インターンシップはインターンシップ」「就活は就活」と割り切って考えています。基本的にはインターンシップ先へ入社するために実習を受けに来るわけではありません。企業側はその前提があるからこそ、あまり深く学生側への教育にコミットするメリットがないのです。

したがって、インターンシップは「入社前教育」ではなく、「社会貢献」や「学生との早期コンタクト」という位置づけにならざるを得ないのが現状です。

逆に、4月に新入社員として大量入社してくる新卒社員は、インターンシップで実務経験済みの欧米の学生と違い、全く実務をやっていないまっさらな状態で入ってくるため、全力で育成しなければ使える状態になりません。したがって、この段階で入社後の教育に一気にカネ・時間を投下することは必須となりますし、タイミング的にも一番合理的な選択肢となるわけです。

このような状況なので、インターンシップ中は会社説明・仕事説明に毛が生えた程度でお茶をにごしつつ、「この先はうちの会社を是非受けてね。続きは入社してご縁があったら教えてあげるね?」といったような感じになっちゃうわけですね。

実務を学ぶならベンチャー企業や中小企業がおすすめ

では、学生側が在学中に、純粋に「業務を学び、実務経験を積む」にはどのような会社をインターンシップ先として選べばいいのでしょうか?

僕の考えでは、本当に実務を学ぶなら、以下のどちらかがいいと思います。

おすすめ1:設立したばっかりの「ベンチャー企業」

ベンチャー企業の場合は、純粋に猫の手でも借りたい多忙な状況だったり、コンプライアンスに厳しくない会社が多く、社員も学生も一緒になってインターンシップ期間中は一緒に仕事をやる。本来のインターンシップに非常に近いわけです。

ただし、ベンチャー企業の場合は社長さんの労働法に対する理解が今ひとつだったり、無給にも関わらず成果物責任を押し付けてきたりする実質「ブラックバイト」状態な会社もあるようなので、そのあたりの見極めは絶対必要ですが。

したがって、事前に情報サイトや学校のキャリアセンター、先輩の体験談など、口コミで情報収集は絶対欠かさないようにしてください。

おすすめ2:地元密着中小企業

昔からインターンシップをやっている地元の中小企業には、良い実習先が多いです。こういった会社の場合、社長さんの善意で長年「地域社会貢献」の一環として細々と取り組んでおり、大学のキャリアセンターとパイプがガッチリ出来上がっているケースが多いです。あるいは、社長さんがその大学出身で、「大学への恩返し」という意味合いで継続しているケースもあります。

こういう会社でも、実務をたっぷりと学べるケースが多いですし、何年も学生を受け入れており、扱いにも慣れているので地味におすすめなのです。また、地味な故に、学生側の人気もなく、応募したらすんなり通ることも多いです。

問題点は、「枯れた」業種業態が多く、最先端の職業分野ではないことが多いことです。昔から、細々と地場で中小企業でやっており、新規性・発展性はあまりなさそうです。そのため、とにかく華やかな業態で働きたい!という人には、あまり向かないかもしれません。

まとめ

日本のインターンシップは、良くも悪くも長年の日本型「新卒一括採用」慣行に大きく影響を受けており、実務よりも型式先行で普及しました。そのため、近年は本来の目的である「学生への実務を通した職場体験」の提供という意義を見失いつつあります。

ただし、今後は東京大学でスタートした「秋季卒業」生が出てきたり、新卒枠が既卒5年以内まで拡大する動きが出たりと、ますます新卒一括採用以外に採用チャネルが多様化してくる流れにはなってくると予想されます。

そんな中、欧米型のインターンシップのように、3か月みっちり実務をこなした後、そのままその会社に入社する、といった形態もぼちぼち出てきてもいいんじゃないのか?と思います。

日本の各企業も、インターンシップをいつまでも青田買いとしてでなく、実務をきちんと見極めて相思相愛で入社させる、そんな中身のある取り組みに近づけていってほしいものですね。

それではまた。
かるび

ルノワール展@国立新美術館は幸せで楽しい絵画がいっぱいでした。おすすめ!

美術・芸術

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かるび(@karub_imalive)です。

若冲展でしばらくお腹いっぱいだったのですが、GW明けたらまた美術展に行きたくなってきました。天気も良かったし、今日はかねてから「これは行く!」と決めていたルノワール展@国立新美術館に行ってきました。このエントリでは、その感想を書いてみたいと思います。

1.混雑状況と所要時間目安について

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入場したのは、5月12日(木)の11時台。写真では、それほど混雑していないように見えますが、平日なのに展示会場内はかなりの人出でした。ツアー等の集団客や修学旅行中と思われる中高生もいましたね。

会場が広々としているのでそれほど気にならなかったですが、会期の後期にかけてTVなどで特集が組まれた後などの土日休日は、ひょっとしたら入場制限がかかるかもしれませんね。

展示数は、映像資料、彫刻、デッサン、絵画など全部合わせると100点を超えます。全部しっかり見て回るのであれば、最低1時間30分程度は見ておいた方がいいでしょう。僕は音声ガイドを聞き、メモなども取りながらだったので、2時間15分かかりました。

2.音声ガイド

あれば必ず借りている音声ガイド。今回のガイド機貸出料は、よくある520円ではなく、550円。いつもよりちょっと高めです。

メインガイドは、元宝塚宙組の大空祐飛さんでした。

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また、本展示会の監修者であるシルヴィ・パトリさんの特別解説が数編、解説で使われたドビュッシーの室内楽も聞くことができます。(フランス人の印象派系展示会といえば大体ドビュッシーなのはワンパターンな気がするのだが・・・)

3.画家ルノワールについて

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ルノワール(1841-1919)の本名は、ピエール・オーギュスト・ルノワールと言います。フランス中西部のリモージュで生まれ、幼い時にパリに移り住みました。父の勧めもあって、若干13歳で磁器絵付け職人を目指して修行を開始しましたが、産業革命の波には勝てず、あえなく失職。

絵付け修行中に、同僚から「小ルーベンス」とあだ名されるほど抜きん出た才能があったため、20歳頃から画家を目指すようになります。スイス人画家シャルル・グレールの主催する画塾で学ぶうちに、その塾にて、後の印象派の主要プレーヤーとなるモネやシスレーと出会い、以後、長い長い画家生活へと入りました。

印象派の大家ではありますが、生涯を通じて細かく画風を変化させています。1860年代、70年代、80年代、90年代以降では、それぞれ微妙に画風が違っていますが、今回の展示会ではそのあたりもたっぷり見比べられますよ。

自分としては、南仏カーニュの自宅にて裸婦の戯れる理想郷的な絵画を描いていた最晩年の作品群に一番心惹かれます。昨年のモネ展や、今年の安田靫彦展もそうでしたが、画家の最晩年の作品って、細かい技法は捨象され、抽象的で、辿り着いた自己表現の極みみたいな凄みが感じられるんですよね。

4.展示会のコンセプトって?

今回の展示会では、オルセー美術館と、その姉妹館であるオランジュリー美術館から、ルノワールと、その作品に関連する画家たちの作品群が来日しています。

オルセー美術館f:id:hisatsugu79:20160512162004j:plain

オルセー美術館は、パリに旅行に行ったらまずルーブル同様に外せない定番観光コースでもあります。元々オルレアン鉄道の駅舎兼ホテルで、老朽化に伴い取り壊されるところを、美術館へと改修して1986年に開業しました。主に19世紀中盤~後半に活躍した美術家の作品群を収集しており、今年で開館30周年になります。

そのオルセー美術館と、セーヌ川を挟んだ対岸に位置するのが、オランジュリー美術館です。

オランジュリー美術館f:id:hisatsugu79:20160512162406j:plain

 こちらには、モネの壁面一面を覆い尽くす「睡蓮」の大装飾画や、印象派、そしてマティスやピカソなどの近現代西洋絵画が展示されています。

今回のルノワール展では、この2つの美術館から、ルノワールを中心としてコロー、ベルト・モリゾ、ゴッホ、ピカソ、マティス等の、合計100点を超える絵画が集められました。(でも安心してください。大半はルノワールの作品で、その他画家たちはあくまで脇役ですから/笑)

 5.目玉は名画「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」

今回の展示会の目玉は、酒場での野外の舞踏会の楽しい様子を描いたルノワール中期の名作「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」。ポスター等チラシには、「日本初上陸!」とうたわれていますね。

ただし、厳密な意味では日本初来日ではなく、実はこの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」、1988年に「東海の暴れん坊」と謳われた大昭和製紙のオーナー、齊藤了英氏が約119億円で落札し、日本に持ち込んでいた実績があったのです。・・・齊藤家の床の間に。

バブル時代の日本企業って、ロックフェラービルは買うわ、ハリウッドの映画会社は買収するわ、ゴッホのひまわりは買うわ(これは新宿の東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館で常設展示中!)、どんだけやりたい放題だったんだよ、って感じですね。

これにはちょっと面白い恥ずかしいエピソードがあって、この齊藤了英氏、アダ名の通り破天荒な性格で、「ワシが死んだら、これを棺桶に入れてくれ」と放言し、世界中の美術関係者を呆れさせたとか。危うくこの世界遺産級の名画は焼かれて灰になるところだったのでした(笑)

今回の展示会では、そのあたりの恥ずかしいエピソードはなかったことにされており、晴れて「美術展」という形では確かに日本初来日、というわけなのです。では、早速見てみましょう。

「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」(1877年、第3回印象派展出展作)f:id:hisatsugu79:20160512164136j:plain

中期までのルノワールの印象派絵画の集大成的な作品と言われ、1870年代当時の社交生活や都市風景の日常をとらえ、正確に描き出したという点で、当時を推し量る歴史資料的な観点からも価値の高い作品と言われています。

「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」というのは、パリ郊外、モンマルトルで1855年にオープンした、実在した酒場兼ダンスホール場の愛称です。2台の風車(ムーラン)を広告塔とし、酒場で出された小麦と牛乳の焼き菓子(ギャレット)が評判となったことから、そう呼ばれるようになりました。

ルノワールも、この絵画を描くために1876年にはこの近くのコルト通りにアトリエを借りて、連日入り浸って遊び狂っていました一連の絵を熱心に描いていました。

絵を見ると、カンヴァス上に空や太陽が描かれていないのに、光と陰を「色」で表すことによって、確かに晴れた屋外にいることがわかります。当時、このような表現方法は他にない類を見ないもので、非常に画期的な技法だと言われています。

また、この絵には様々な階級と思しき人達が入り混じって楽しそうに踊っていますね。労働者階級、ブルジョア階級、そしてルノワールの友人達である画家仲間など。当時、確かに労働者階級の暮らしぶりは決して豊かなものではなかったはずですが、ルノワールは、労働者階級の苦境をリアルに描き出すよりは、あえて人々が幸せそうに喜びに満ちて交流する様子を好んで描き出しました。

今回の展示会では、大広間で一番目立つ位置に展示されています。関連展示も充実しており、次男で映画監督を務めたジャン・ルノワールの映像作品や、ゴッホなどが描いたモンマルトル近郊の酒場の様子や当時のパリの社交生活を描いた様々な絵画もあわせて特集されています。このセクションだけでも、かなりの見応えでした。

6.そのほか特に個人的に良かった絵画を紹介

6-1.草原の坂道

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ルノワールは、印象派の画家らしく、1870年代には風景画に力を入れていました。この頃には、簡単に持ち運びできる「チューブ絵の具」が発明されるとともに、鉄道網が発達したため、画家はアトリエを飛び出し、郊外で気軽に写生するようになりました。特にフランスだと郊外での写実に重きを置いた「バルビゾン派」が生まれるきっかけとなったパリ近郊のバルビゾン村やフォンテーヌブローの森、ヴェトゥイユの森など、街を飛び出して気軽にピクニック的なノリで絵を描きに行くわけです。

ルノワールは、特にモネと仲が良く、たびたび全く同じ場所・モチーフで作品を描いています。お互い「印象派」の重鎮だけあって、屋内とは桁違いに「光」の色彩がたっぷり感じられる戸外での作品にこだわりを見せました。

この「草原の坂道」は、今回数点出展されていた風景画の中で、個人的に一番印象に残った作品です。こういう草原に一日中ゴロっと横になってゆっくり本でも読みたいなーとボーッと見てました。

6-2.ピアノを弾く少女たち

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今でこそ超大御所印象派の巨匠として評価が確立しているルノワールも、現役時代は1890年代に入るまでは、いわゆる前衛派画家的な扱いをされており、政府やアカデミズム主流派からは認められていませんでした。

資料や手がけている作品を見ると、印象派展でアピールするだけでなく、ブルジョア層にパトロンを探したり、有力画商と懇意にしたりと、個人的に営業活動もかなり頑張っていたようです。

その甲斐もあって、ルノワールがいよいよメジャーデビューできたのは、1890年代に入ってからでした。この「ピアノを弾く少女たち」は、6枚の連作で描かれたうちの1枚で、当時「裕福さ」と「教養」のシンボル的な存在である「ピアノ」を題材にした、アカデミズムやブルジョア層にアピールできる勝負作でした。

ルノワールの狙い通り、政府に4000フラン(今の400万円程度)で正式に買い上げられ、当時の現代美術館的位置づけとなる「リュクサンブール美術館」に収蔵されることになりました。これが、ルノワールが、オフィシャルにフランス絵画界でメインストリームに踊り出た瞬間でした。画家デビューして苦節30年。時代がルノワールに追いついたのでしょう。*1

これもルノワールらしい丸みのある柔らかい子供の質感がよく出ていて、ムーラン・ド・ラ・ギャレットと同様、何度か見返したくなって、絵の前に戻りました。これは良かった。

6-3.浴女たち(1918-1919)

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ルノワールは、晩年に持病のリューマチが悪化させていきます。その療養も兼ねて南仏へ移住してからは、1860年代以来、しばらく封印していた裸婦像を再び積極的に手掛けることになりました。

この「浴女たち」は、亡くなる3か月前に描き上げた、最後の大作です。南仏の未開で温暖な地がかもしだす、野性的かつ牧歌的な雰囲気の草原に横たわる裸婦たちの絵画は、ルノワールの求める理想の「地上の楽園」を表していたとも言われています。

ルノワールの裸婦像は、どれもこれも通常サイズよりもかなりふくよかに描かれていますが、イギリスの著名な美術評論家ケネス・クラークによると、

彼女たちは古典的なモデルよりも太めだが、アルカディア(田園的理想郷)的な健全さを湛えている。ルーベンスの裸体画とは違って、彼女たちの肌は通常の体のくびれや皺はないが、動物の毛皮のごとく身体の形に沿っている。彼女たちが裸であることを自然に認識していることから、ルノワールの裸体画はルネサンス以降の裸体画よりも古代ギリシア的であることは間違いなく、古代に求められた真実と理想の間の平静に近いものを感じる。

ルノワールの辿り着いた理想の裸婦像について、高く評価が与えられています。

あるいは、リューマチでやせ細り、体全身や指先が衰えるに従って、それに反比例するように、絵画内での一種の「健康さ」「健全さ」の象徴として描かれる裸婦のボディサイズが太くなっていったのだ、という説もありますね。

7.まとめ

ルノワールは、よく「幸福の画家」と言われます。生涯を通して、その柔らかい筆使いで人間の生きる歓びや楽しみを好んで描いてきました。展示会では、どれも「ホッ」と一息つける優しい雰囲気の絵画が多く、ある意味「癒やし」として見て回るのも良いと思います。コンテンツ量も多く、質・量ともに非常に充実した展示でした。非常におすすめです。

それではまた。
かるび

おまけ:参考文献

今回の記事作成にあたり、参考にした書籍を貼っておきますね。

賀川恭子「ルノワール」
ルノワールの生涯を、時代時代に描かれた絵画とともに丁寧に解説した文庫本。安くてポケットにも入るので、予習・復習にぴったりかと思います。

ルノワールへの招待
2016年4月発行。今回のルノワール展と連動した作りになっており、ルノワール展で紹介された絵画を一段掘り下げて解説・分析しています。これも良かった。

*1:ただし、ルノワール自身は、6枚描いた絵画の内、個人的には一番デキが悪いものを買い取られたと不満だったらしい。

【書評】あのね、わたしがねちゃってても、あとででいいからだっこして

書評

かるび(@karub_imalive)です。

5月8日に発売された、はてなの人気ブログ「リンゴ日和。」の今泉ひーたむさんの処女作「あのね、わたしがねちゃってても、あとででいいからだっこして」が出版されました。今日は、個人的にいちファンとして、書評を書いてみたいと思います。

ひーたむさんのブログ、「リンゴ日和。」は自分としてすごく思い入れのあるブログです。ひーたむさんが「書籍化されます!」とブログでアナウンスされた瞬間に、これは外せん!ということで、秒速でAmazonでポチっておきました。

昨日、発売日に無事届きましたので、「鉄は熱いうちに!」ということで、読んだ感想を早速書いてみたいと思います。

1.表紙はこんな感じ!

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表紙は、ブログのイメージそのままですね。

ひーたむさんのブログが一気に認知され、人気ブログへと駆け上がっていったターニングポイントとなったエントリのタイトルがそのまま題名、表紙になりました。

僕は、その記事が書かれるちょっと前から「リンゴ日和。」をチェックするようになっていたのですが、この記事を見た時、完全にファンになってしまいました。

見た時、ほろっとなって、その場で妻に「ちょっとこれこれ、このブログやばいよ!」とスマホを持って行って読ませたことをありありと思い出します。

2.この本のコンセプト

はてなブロガーやブックマーカーの人ならご存知かとは思いますが、一応知らない人のために説明しておきますね。この「あのね、わたしがねちゃってても、あとででいいからだっこして」は今泉ひーたむさんのブログ「リンゴ日和。」で、2015年秋頃~今年の春にかけてブログに連載された絵日記を忠実に再現して、書籍化したものです。

絵日記では、ひーたむさんが子供二人との日常のふれあいの中で印象的だった出来事を1コマ~2コマの水彩画風のイラスト付きで短く綴られています。ブログでは、2016年5月8日時点で、約150エントリほどアップされていますが、そこから半分程度のエピソードを抜粋して本にまとめられました。

これにプラスして、子育てについての描き下ろしのエッセイやマンガも入ってますし、絵も描き直したものも多いとのことですよ。

3.登場人物の紹介

※イラストは全部こちらのページから引用させて頂きました
はじめまして - リンゴ日和。

この本で出てくる登場人物は、ブログ同様、ひーたむさん一家4人です。

もちろん、主役はこの二人。イラスト左側の長女・ゆー(5才)と、右側の次女・ふー(2才)です。
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ゆーちゃんはちょっとおませなしっかりタイプのお姉さんです。お父さんに対するツンデレぶりが見どころ。書籍では、「泣き虫で負けず嫌い。イチゴが大好き。」と紹介されていますね。

そして、次女のふーちゃんは甘えん坊で天真爛漫な元気一杯なタイプです。食いしん坊でアクティブな妹タイプの性格で、音楽とダンスと白米を、こよなく愛している。」

そして、「私」ことひーたむさん。書籍では「インドア派」と書かれていますが、確かに絵日記の題材は、家の中での出来事がほぼ中心ですね。平日は仕事で忙しいパパの分まで、日々子供の育児に向き合う心優しいママです。

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そして、「リンゴ日和。」の大切なスパイス・・・というか、陰の主役?として、よくオチに使われるお父さん。二人の子供にメロメロで、親バカで、家では特に長女・ゆーちゃんに翻弄されっぱなし。でも、自称「都会的な空気感」をアピールするだけあり、メガネを取ったらイケメンのやさしいパパなんですよね。自分にもこんな時期があった・・・はず(笑)

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4.この本の一番の魅力とは?

ひーたむさんが日々の育児で子どもと向き合う中、印象的だった日常の一コマをオムニバス型式で綴っているのですが、その何気ない日常の切り取り方のセンス・感性が抜群に鋭く、面白いのです。書籍をめくっていくと、「あー、そうそう、子育てしてると、こういうことってあるよね~」と共感できることばかり。

育児・仕事の両立で多忙な中、子供と交わした何気ない一言にハッとさせられたり、泣かされたり、癒やされたり、っていう経験は、小さい子を持つ親なら、日常的にいろいろ感じているはずなんです。

でも、子供の成長は思ったより早く、日常は慌ただしく流れます。意識的に自分の中で思い出として記憶・整理しておかないと、あっという間に流れていって、過去のものになってしまいがち。

ひーたむさんの本は、そんな日常の忙しさの中で無意識に流れ出て、見逃してしまいがちな、子どもとの大切な交流の中で感じていた感情や記憶をいつでもリアルに思い起こさせて、追体験させてくれます。そこが自分にとっては一番の魅力です。

「あー、そんなことあったよね。わかるわかる。」
「そうそう、子供ってバカだけどハッとさせられるんだよな~。」

とか、いつも相槌を打ちっぱなしです。

5.同じ世代の子供を持ち、同時期に始めたブロガーとして

僕の子供も、長女・ゆーちゃんとほぼ同い年の6才になります。男の子なので、細かいところは違う部分もあります。でも、ほっぺたにちゅーしてきたり、幼稚園での劇の出番が少ないことにシュンとしたり、離れ離れになったら心細くて泣いてしまったりっていうところなど、とにかく驚くほど共通項が多く、深く共感できるんですよね。

まるで自分の子供の絵日記を見ているようです。

加えて、ひーたむさんと自分はほぼ同時期にブログを始めたいわゆる「同期ブロガー」的な関係です。僕が2015年9月末に、ひーたむさんは、10月中旬に、とここまで半年ちょっと更新を続けてきた戦友みたいなものだと思っています。(と少なくとも僕は勝手に考えている)

「リンゴ日和。」はすでにその後累計100万アクセスを達成するなど、僕は遠く置いて行かれましたが(笑)、こうした同期ブロガーが頑張って紙の本まで出版したっていう事実は、非常に勇気づけられるし、素直にすごい!と思ってしまいます。

6.まとめ

本のオビには、こう書かれています。

癒やされたり、泣かされたり。子どもたちの、小さいけれどせいいっぱいな言葉たち。

そうですね。僕も、この春に会社を退職して、しばらく家にいる機会が増えました。残念ながら僕にはひーたむさんみたいな鋭いセンスや感受性はありませんが、これからは時間が出来た分、出来る限りもっと子供と向き合いたい。そして、少しでも印象深い思い出を心に残して行きたいな、と思いました。

本当に、おすすめの本です。

それではまた。

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*1

会社では決して教えてくれない、うつにならない一番の秘訣について

雑記

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かるび(@karub_imalive)です。

GWの真っ最中だというのに、うつ病に関する記事がいくつか上がっていたので、少し自分なりに発見した「うつにならないための秘策」を書いてみたいと思います。

鬱病は病気。 - アニイズム
鬱は病気っていうけどさ

僕も、中小Sierのエンジニアとして、自分自身うつになりかけた経験もありますし、*1さらに人事・営業部門といった間接部門に移ってからは、沢山のうつ状態の人を送り出したり、休職から復帰する手助けをしてきました。

上記エントリの内容やブックマークコメントを読むと、健康管理は自己責任というけれど、それができてりゃうつにはならないわ!的な意見が多かったです。

それはすごく分かります。

会社は社員を働かすための仕組みだから自衛が難しい

だって、会社は基本的には社員を働かすための仕組みですから。社員を働かすために、色々な管理や仕掛けは作り出しても、「君、体調やばそうだし、うつになりそうだから、予防措置として休んでいいよ?」とは正面切って言いませんからね。

特に、労働集約的産業なら、人が稼働してナンボですから、気遣うフリをするだけして、会社側の本音は、「できるだけしっかり稼働しろ」ですから(笑)

労務管理が行き届いた会社でも、基本的には自己責任論をベースとしたセルフチェックシート等のセルフケアを推奨したり、勤怠システムで残業規制を形式的に入れるくらいまでしかやらないでしょう。

そんな弱い対策では、多忙な職場・作業現場からの作業継続圧力にはまず勝てません。そして、劣悪な人間関係や長時間労働、納得感のない作業が続くと、人はあっという間にうつ状態へと落ち込んでしまうんですよね。もう、採用担当としてそんなケースはいやというほど見てきました・・・。

うつになる人とならない人を分けるものは何か

採用担当として、約10年間、労務系の仕事を担当して、数百人の社員の入退社に関わる中で、気づいたことがあります。それは、どんなに劣悪な環境下であっても、きちんと成果を残しつつ、しかも不思議な事にうつにならない人が一定数存在するということです。

その一方で、業務での精神的・肉体的負荷により、うつ状態へと落ち込んでしまい、休職・退職を余儀なくされた人も、沢山見てきましたし、お世話してきました。その話は、このあたりに書いてあります。

まず、うつになりやすい人の特徴としては、

  • とにかく、辛くても真面目に業務に取り組む
  • 決められたことはキッチリやりきる完璧主義
  • ゆえに仕事が集中するか、滞留しやすい
  • 人が良く、仕事を振られても断れない

こんなところだと思います。

真面目で几帳面。そして、任された仕事は懇切丁寧に100%全力でいつもやろうとします。基本的に優秀なんですよね。それ故、山のような仕事の前に圧倒され、処理しきれず破綻してしまう。結果として、心身に変調を来たしてしまい、うつ状態になってしまった。そんな事例が多かったように思います。

一方で、同じような状況に陥っても、決してうつにならない人がいます。彼らは、きつくなってくると、確かにつらそうな顔をして苦しみます。決して楽勝じゃないわけです。それでも、決してダウンはせず、最後には成果を出して案件をクローズできる。

うつになる人と、ならない人の一番の違いってなんなんだろう?と思ってここ最近考えていた中、達した結論としては、うつにならない人は、「うまく、適度に仕事をサボっている」。

大事なのでもう一回書きます。

「うまく、適度に仕事をサボっている。」

そうなんです。プロジェクトや作業は押しているので、あるいは立場的にも会社や仲間の目がある以上、有休等で大手を振って休暇を取得することは許されない。でも、会社商慣習的に、やむなしとして、会社や同僚、上司などが納得できる言い訳を作っちゃえば、休めるわけです。

ちょっと具体例で説明すると、例えば・・・。

1.火消し専門のAさんの場合

Aさんの自衛手段は、「会議ぶっち」。どうでもいい定例会議とか、形だけやっているつまらない会議ってありますよね。Aさんは、そういった会議をそれなりの確率で「カゼ」や「顧客訪問」「他の打ち合わせとのバッティング」などの名目で、よくわざと欠席してました。

その時間、何やってたの?って聞いたら「あまりにもバカらしいので、近くの喫茶店とか家で寝てた」そうです。納得。そうやって、ストレスを抜いていたんですね。

2.優秀なプロジェクトマネージャBさんの場合

Bさんは、朝一、それなりの確率で会社に来ません。(※僕の会社は勤怠が結構厳しく、フレックスではなかった)でも、無断欠勤ではなく、必ず朝に会社に連絡を入れ、やむを得ない事情を報告します。曰く、「今日は熱があります」「病院に行ってから会社行きます」「朝顧客訪問が入ってます」と、他の同僚やプロジェクトメンバーから文句を言われづらい理由を入れて、堂々と昼からゆったりと会社に来ます。

カゼなら仕方ないよね、ってことで、さらっと許されて、しっかり残業が厳しい時でもきっちりと埋め合わせの休みを入れるたくましさ、素晴らしいです。

3.最近管理職に若手として抜擢されたCさんの場合

Cさんは、「客先へ直行」「客先から直帰」を上手く取り入れて、サボる時間を捻出しています。いや、どうみてもすぐ商談終わるだろうから、会社戻れるでしょ?っていうツッコミは意外と入れづらいし、そもそも他人には自分のスケジュールはそこまでチェックされないもの。あるいは、顧客訪問時間を1時間長く入れておき、外でコーヒーを飲んで休憩するなど。うまくそこで手を抜いてます。

4.技術営業のエース格Dさんの場合

技術営業のエース格Dさんは、生来の持病として、軽い喘息を持っています。気圧の大きな谷間には、発作が起きる時もある。疲れが溜まってきたら、思い切って「今日は喘息の症状がキツくて熱があるんで休みます」と会社に報告を入れて、1日休みを取ることが割とあるのです。

で、あとで聞いてみたら、「まぁ本当にキツいときもあるし、そこまででないときもあるっすよ。でも成果出してるから良いでしょ?」だそうで。はい。全く問題ありません。

5.内勤の採用担当だったKさんの場合

子供が保育園に通っていたか◯びさんの必殺技は、「子供が熱を出したので、病院に連れて行きます」です。外回りで直行直帰等の技が使えない内勤者でタバコも吸わないので、営業さんのような調整が難しい。そういう場合は、子供の世話を全面に押し出して調整します。これで半日は自分の時間が確保できる。大抵は、本当にそうなんですよ?!でもね、そうでない時も・・・(以下自粛 ま、たまには活用させてもらってるってことで。それを盾に会社に報告すれば、「あぁ仕方ないか」と現場も諦めてくれます。

小さく、確実に細かく休みを取ってストレスを解放する

つまり、うつに上手く対抗するためには、持続するストレスを一旦どこかで断ち切って、心を解放する「休み」が有効だってことだと思うんです。それは、「1日」単位じゃなくても「数時間」とか「半日」でも有効です。

そういった細切れの休みなら、取得しづらい有給休暇や、査定が下がるリスクの高い無断欠勤という形じゃなくても取れるわけです。とにかく、まず、1)会社側が一応納得できそうな理由をつけ、2)しっかり会社に報告した上で、3)小さい単位で会社に理解されやすい「合法的な」理由で休暇を取得する。

激務でも決してうつにならない社員達は、こうして定期的にサボることで、心身を上手に調整していたということです。

まとめ

うつにならない一番の対策は、やばいな、と思ったら、会社を退職したり休んだりすることだと思います。でも、そこはなかなかスパッと割り切れない。で、あれば、上手く自分で自衛のために調整するしかないですよね。

このあたりのノウハウは、会社に入っても、新入社員研修やメンタルヘルス研修などでは教えてくれません。また、先輩社員も積極的には語ってはくれない「暗黙知」であります。いわば、会社で生き抜くための「必要悪」な知識だと思うんです。

本エントリは、決してホメられた話ではありません。会社で全員が全員毎日こんなことやってたら、経営は多分持たないでしょう。

でも、業務多忙により、たった今、あなたがうつで倒れてしまい、仕事に大穴を開けるくらいなら、自衛の為の非公式な息抜きを取りつつ、うまくこなしたほうが、会社にも、自分にとってもよっぽど良いと思いません?

後口上が長くなりましたが、要するに、うつにならない自衛策として、こういったサボりに近いノウハウは意外に大事なんじゃないか、という話でした。

真面目で頑張ってる人には報われて欲しいので、少し書いてみました。

それではまた。
かるび

*1:それはまた後日機会があったらアップしたいと思います。