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あいむあらいぶ

都心のウサギ小屋に住む、自主休暇中の専業主夫が、休暇中に色々見聞きしたことを綴っていくブログです。美術展関係が多め。

「ミケランジェロ展 ルネサンス建築の至宝」@パナソニック汐留ミュージアムに行ってきた

美術・芸術

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かるび(@karub_imalive)です。

汐留地区といえば、日本テレビ、電通、パナソニック、ソフトバンク、日本通運等々、名だたる会社の本社の高層ビルがあるわけですが、今日はそんな汐留に月曜日の昼から突撃してきました。お目当ては、パナソニック汐留ミュージアムで開催されている、「ミケランジェロ展 ルネサンス建築の至宝」展です。少し感想を書いてみたいと思います。

0.無職になってから初めて来た真昼の新橋(笑)

会社員だったときまでは、スーツで頻繁に出入りしていた東新橋の汐留地区。そんなサラリーマンのメッカみたいな汐留地区に、月曜日の昼間からプライベートでうろうろして、優雅に美術館に入っちゃうなんて不思議な感覚であります。

特にこのパナソニック汐留ミュージアムは、サラリーマン臭い場所であります(笑)すぐ下のフロアには白物家電の展示スペースがあり、ミュージアムと同じ空間に商談スペースがあります。美術館に来る客と、パナソニックに商談で来る営業が同居する不思議な空間になっていました。

フロア内にも、パナソニックの社員さんが普通に展示を見てたりして、こんなところでさぼってていいのかな(笑)なんて思いながら展示を見ていました。あれ、やっぱり社員ならタダなのかな。

1.混雑状況と所要時間目安

パナソニック汐留ミュージアムの展示スペースは、どちらかというと小~中規模クラスのコンパクトな展示場です。今回も、ミケランジェロの建築系の素描を中心として80点くらいの展示でした。所要時間は、1時間あれば回れるでしょうか。

平日昼間に行ったのですが、混雑はありませんでした。テーマもわりと専門的ですし、レア絵画や彫刻の出展もないので、恐らく土日含めて混雑はしないと思います。

中の雰囲気としては、こんな感じ。(※別のサイトから映像お借りします。)

2.鉛筆とバインダーの貸し出しがありがたい!

音声ガイドの貸出はなし。ただし、1点1点の展示に非常に詳しい解説のホワイトボードがつけられているので、問題ありません。うれしかったのは、口前に鉛筆が「自由にお使いください」とあり、学習者やブロガーには優しい配慮。

そして、僕がB6のメモ帳片手に書きにくそうにしていると、案内のお姉さんが声をかけてくれて、バインダーを貸してくれました。ありがたいことです。おかげでメモ書きがはかどりました。いろいろと、オリンピック公式スポンサーだけあっておもてなし精神ができているようです^_^

3.ところでミケランジェロって誰なの

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ミケランジェロ・ブオナローティ(1475-1564)は、16世紀のヨーロッパで、彫刻・絵画・建築全てにおいて驚くべき才能を発揮し、数多くの優れた作品を遺した大芸術家です。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロと並んで、ルネサンスの3大巨匠と呼ばれ、非常に長命でした。

性格は気難しく、誇り高き天才職人とも形容されます。制作物について、常にわがままなオーダーを出す教皇に一歩も引かず、自己主張をしたと言われます。日本で言うと千利休みたいな人なわけです。ダヴィンチとは仲も悪かったし、作業場に見学にきたラファエロを「俺の芸を盗むな」と言って追い返したらしい(笑)

代表作は、システィーナ大聖堂の天井画「創世記」と、障壁画「最後の審判」、それから彫刻では「ダヴィデ像」などです。本人の中では、本職は彫刻家であり、絵画や建築には得意意識はなかったといいます。

創世記f:id:hisatsugu79:20160627232241j:plain

展示会では、ミケランジェロが「俺は画家じゃないんだ!天井画を描くときに、上を見過ぎてて腰が痛い、首が痛い」と友人に弱音を吐いた直筆の手紙が展示されており、これは何気に必見です。ブツブツ文句を言いつつも、手を抜かず最高傑作を仕上げてしまう職人魂が感じられ、感慨深い手紙でした。

 

最後の審判
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4.ミケランジェロの「建築」に焦点を当てた展示会

さて、今回は、そんな天才ミケランジェロの芸術の中でも、特に「建築」について、焦点を当てた展示会でした。とは言っても、建築についての展示会の場合、まず、現物そのものを展示会に持ってくることが非常に難しいので、展示方法に工夫が必要となります。

例えば、ひたすらバーチャルな映像で「建物」自体を紹介する手法などは有効です。先日試写会に行ってきた、7月2日公開の映画「フィレンツェ、メディチ家の至宝 ウフィツィ美術館」では、ルネサンス期のフィレンツェの建物、建物内のデザイン、彫刻などを、ドローンを飛ばしてレアな角度から撮影したり、最新の4K映像技術を活用して、よりリアルに写しだしたりする工夫がなされていました。 

今回は、それに比べると文書中心で、一見するとわりと地味な展示会です。しかし、建物の設計書となるミケランジェロが描いた「素描」や「デッサン」、あるいは本人の手紙や、周辺資料が丁寧に展示されており、落ち着いていてよかったと思います。

5.デッサンは全ての芸術の基本

一番多かった展示物は、「デッサン」や「素描」となる、建物のデザイン案でした。通常の絵画展などだと、デッサン類などはいわゆる下書き的なものとして、さしみのつまのように脇役的な展示が多いような気がしますが、今回の展示会では、これらが主役です。

ルネサンス期では、「彫刻」「絵画」「建築」等は、親方や師匠が経営する工房単位で貴族や教皇などからの発注に対応していました。そこで、各工房で一番大切とされたのが、こうした「デッサン」でした。特に、建築や彫刻の場合は、「デッサン」は単なる下絵ではなく、そのままそれが「制作指示書」となっていたケースも多かったようです。

また、親方や師匠を中心として、徒弟制度により工房が経営されていた当時、こうした師匠が描いたデッサンは勉強のため非常に貴重な資料であり、中には貸し借りにあたって、有料で賃貸料を払ってまでも勉強させてもらっていたケースもあったようです。

ミケランジェロ本人も、親しくない外部からのデッサン拝借依頼を度々断り、自分の重要なパトロンである懇意にしている貴族や、弟子にだけ素描を譲り渡すなど、デッサン類を非常に大切にしたそうです。

残念なのは、本人が亡くなる前に、手元にあった素描類は全部自分で焼き捨てたらしいということ。現存する約600点のデッサンは、他人の手などに渡り、焼却を免れたものを後日彼の子孫たちがかき集めたもので、その最大のコレクションが、彼の名を冠したカーサ・ブオナローティ美術館に所蔵されています。今回の素描・デッサン類はそのカーサ・ブオナローティからの出品が大半となりました。

6.ミケランジェロが実際にデザインに関わった建築物たち

ミケランジェロは、長命だったこともあり、生涯を通して実に12名の教皇に仕えました。(というか教皇早く死にすぎ・・・)そのたびに、あれやこれや造れ、改造しろ、やめろと指示され、振り回されるのですが、本当によく頑張ってそれらの要求に応えました。

展示会で紹介されているフィレンツェ、ローマでの沢山の建築物のうち、特に気に入ったものをいくつか紹介しますね。

6-1.ラウレンツィアーナ図書館(フィレンツェ)

ミケランジェロが関わった建築物の中で、一番重要な建築物と言われています。メディチ家出身のクレメンス7世の発注により、1524年に設計開始、1571年に建築が完了しています。特に、この天井部分のゴージャスなデザインや、広々とした図書スペースが印象的でした。

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図書閲覧コーナー。広々としていて気持ちよさそう。f:id:hisatsugu79:20160627183948j:plain

ミケランジェロが設計した天井部分のデザインf:id:hisatsugu79:20160627190753j:plain
(引用:フィレンツェガイド日記

6-2.カンピドーリオ広場と建築物(ローマ)

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この広場床面の幾何学模様や、左右対称の整然としたルネサンス期のデザインが印象的でした。後に、昭和の大建築家、丹下健三がつくばセンタービルを作った時に、このカンピドーリオ広場の床面から着想を得て、オマージュとしてデザインに取り入れたそうです。

6-3.サン・ピエトロ大聖堂(ローマ)

ルネサンス期になり、老朽化したからリニューアルしよう!ということになって、建築設計競技(今で言う企画競争入札みたいな)で選ばれたブラマンテが、着手中に亡くなってしまい、後継として指名されたラファエロも急逝し、最後の頼みの綱としてお鉢が回ってきた案件。今で言うとさしづめ炎上案件の火消し役といった感じです。ミケランジェロの胸中はともなくとして、彼はこれに晩年のエネルギーをほぼ全部注ぎこみ、財政難の中、実に17年間も無給でやりきってしまいます。

サン・ピエトロ大聖堂f:id:hisatsugu79:20160627191132j:plain

ドーム天蓋部分の、ミケランジェロがやり直した設計部分f:id:hisatsugu79:20160627191146p:plain

 

6-4.プラート門要塞化計画(フィレンツェ)

1529年、神聖ローマ帝国のカール5世とローマ教皇クレメンス7世(メディチ家出身)が手を組み、フィレンツェへ侵攻しました。その際、ミケランジェロは教皇側ではなく、市民側につきます。市民側から、フィレンツェを守る要塞建設のプロデュースを依頼され、これに応えました。

クレメンス7世の仕事もメディチ家の仕事も一杯受注していたにも関わらず、フィレンツェ愛が爆発し、彼はローマを捨てて一旦故郷へ戻るわけであります。ミケランジェロの設計した要塞は、よく持ちこたえて難攻不落でした。

しかし戦争終結後、また何事もなかったかのように、ローマに戻ってクレメンス7世の仕事をやっているあたり、なんだかよくわからないですね・・・。
プラート門(現在)f:id:hisatsugu79:20160627193351p:plain

(引用:プラート門フィレンツェ

プラート門要塞 設計図面
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(引用:プラート門の要塞のための習作

7.まとめ

美術史家としても有名な同時代の画家、ヴァザーリは、「美術家列伝」にて、ミケランジェロに最高位の格付けと賛辞を送っています。絵画・彫刻・建築と、その土台となる素描技術全てに優れ、なみいる美術家たちの頂点に君臨する「神の如き」と表現しました。

僕は、これまで西洋絵画・日本絵画を中心に(というかそれしか見えてなかった)美術展に通ってきました。焼き物や彫刻、建築物、写真、デザインなどはまだまだこれから勉強中、というところだったので、今回のテーマは「天才」ミケランジェロを通してルネサンス期の建築物に触れてみるいい機会となり、個人的には非常に勉強になりました。

しかし、こういった建築物については、やっぱり展覧会に行ったからには、是非現地で見てみたいなぁと思うわけです。つくづく、ローマ、フィレンツェは街全体が美術館っていうのがわかりますね。ローマ、フィレンツェに近いうちに旅行に行く人は、逆にこういう展覧会を見ておくといいかもしれません。会期は、8月28日(日)までです。

それではまた。
かるび

PS
同時期のフィレンツェの建築物、ミケランジェロの絵画、彫刻が美しい映像で見れる映画です。合わせて見ると理解が進むと思います! 

大迫傑、日本選手権5000m、10000m 2冠達成&リオ代表内定おめでとう!

陸上

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(引用:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160624-00000185-nksports-spo.view-000

かるび(@karub_imalive)です。
陸上ファンの上半期を締めくくるイベント、日本選手権が終わりました。その初日と3日目、陸上日本選手権10000メートルと5000メートルで、無冠のスピードランナー、大迫傑がとうとうやってくれました!2012年に初挑戦して以来、5年越しでつかんだ日本選手権初優勝。長距離2冠です。

ここ数年リアルタイムでテレビ観戦していましたが、毎年悔しがる大迫を目の当たりにしてきたので、今回の完全勝利は格別だったんじゃないかなと思います。

そして、こちらは日本陸連のリザルトと公式動画。

さて、陸上長距離は、ここ20年位の低迷が象徴する通り、年末の箱根駅伝以外では、全く注目されないマイナー競技であり、朝刊各種を確認していましたが、扱いはケンブリッジ飛鳥や福島千里に大きく及ばず・・・。今回取り上げる大迫だって、3000mと5000mの日本記録保持者ですよ?!(笑)

であれば、一陸上長距離ファンとしては、それならブログに書いて残しておきたいな、と思い、今回、エントリを残しておきたいと思います。このエントリでは、以下大迫傑の苦節5年間の日本選手権での戦いについて、少しまとめて書いてみたいと思います。

個人的な長距離陸上への思い

大迫の話に入る前に、少し自分語りを。
僕は、まったく走れないくせに、わりと熱心な陸上長距離ファンなのです。学生・社会人を問わず、春~夏はトラックシーズンをウォッチし、秋~冬は駅伝とマラソンを欠かさず見ています。(見るだけです、本当に走るのは全くダメ/笑)

この6月24日~26日までは、そんな陸上長距離ファンにとって、2016年前半戦のハイライトとなる日本選手権が行われました。

陸上の日本選手権は、毎年、6月中の金土日3日間で行われます。たいていの年は、何らかの世界選手権などの前哨戦と位置づけられることが多くなっています。事実上、春・夏のトラックシーズンのフィナーレを飾る試合で、季節柄、かなりの高確率で雨の中の競技となるのが特徴です。競馬で言えば宝塚記念みたいな感じ。野球で言えば、オールスターのようなものでしょうか。

長距離ファンは、その中で、特に3000m障害、5000m、10000mに注目することが多いのですが、その中で、10000mといえば、特に秋冬シーズンでフルマラソンや駅伝でエース級の活躍をする実力上位の選りすぐりメンバーが出場してきます。

特に、今年の出場選手21人は、ほぼ全員が箱根駅伝の経験者でもあり、毎年のエース格として、学生時代から長く活躍をしてきたエリート選手が揃って出場していました。去年、「新・山の神」として騒がれた神野大地選手も出ていましたね。

そして、この2016年大会は、1ヶ月後に控えたオリンピックの前哨戦として、非常にハイレベルな戦いが予想されました。

結果、勝ったのは、今日このエントリで取り上げる大迫傑(おおさこすぐる)。5年越しの日本選手権勝利は、5000m、10000mと文句なしの2冠でした。ようやく、勝てました。長かった・・・。

2012年:挑戦1年目(2位)

大迫が日本選手権の10000メートルに初挑戦したのは、早稲田大学3年生となった2012年。参加即優勝候補として注目されましたが、ラストスパートで、日清食品の佐藤悠基に地力の差を見せられ、2位となります。

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勝負は、最後のバックストレートで決着しました。先行する佐藤悠基選手に、最後のラストスパートで追いすがりますが、逆に佐藤選手にさらにスパートされ、わずか0.4秒差で敗れます。百戦錬磨の社会人に、経験・実力とも及ばず、見た目のタイム差以上の実力差を感じさせる敗戦でした。結果として、ロンドン五輪代表の座も逃してしまいます。この時のひと目もはばからない大迫の悔しがり方は、ぐっとくるものがありました。クールな大迫にしては珍しい光景でした。

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(引用:日本選手権総括 | 早稲田スポーツ

2013年:挑戦2年目(2位)

前年で佐藤の後塵を拝し、捲土重来を期してさらにトレーニングに励んだ翌年。1月2日の箱根駅伝では、1区で見事区間賞。確実にパワーアップして臨んだ日本選手権10000メートルでした。

しかし、またしても佐藤悠基の前に敗れ去ります。通称「コバンザメ走法」とも揶揄されることもある佐藤悠基のラスト200メートル勝負に持ち込まれます。一瞬のキレ味に劣る大迫は、またも佐藤悠基に惜敗。2年連続2位となりました。

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佐藤悠基は、優勝後のインタビューで「最後の100メートルで決めてやるというつもりで、絶対に前に出ないようにしました。プラン通りだったと思います。」と述懐しています。王者佐藤悠基の心憎いまでの余裕でした。

2014年:挑戦3年目(2位)

大学を卒業し、実業団選手として競技を継続することになりました。奇しくも、大迫が選んだ社会人チームは、前年まで2年連続で惜敗中の佐藤悠基も所属する日清食品。佐藤とチームメイトとなったのでした。

そして、迎えた2014年の日本選手権。またも10000メートルの舞台で、佐藤悠基との3度目の対決となります。大会開始前から、下馬評は2012年、2013年に続いて、やはり佐藤、大迫の2強チームメイト対決であろうと言われていました。

絶対王者である佐藤は、この年から年齢的にもマラソン練習を本格的に始めており、そのスピードにも陰りが見えてきたところでした。そろそろ大迫にもチャンスがあるだろう、今年こそ大迫が逆転するかもしれない、と言われていました。

しかし、フタを開けてみたら、佐藤悠基の鉄壁のコバンザメ走法の前に、またしても敗れ去ります。3連敗。一瞬の切れ味に劣る大迫は、ラスト1周半でロングスパートをかけますが、佐藤にぴったり後ろにつかれてしまいます。結果、やはりバックストレート手前で佐藤にかわされ、またも無念の2位となったのでした。

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2015年:挑戦4年目(2位)

日清食品のチームカラーは、どちらかというと「個」の力を尊重する傭兵軍団みたいなプロチーム。社会人2年目となった大迫は、徐々に国内から海外へとトレーニングの拠点をシフトしていきます。

学生時代からたびたびゲスト参加していたナイキ社が、アフリカ勢に対抗できる長距離陸上選手を強化育成する目的で立ち上げた、「ナイキオレゴンプロジェクト」へ正式参加することになり、2015年3月には、日清食品を退社します。

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(引用:大迫傑、まだ見ぬ先へ。 | onyourmark MAG

アメリカに移住し、最高のコーチや、ラップ、ファラーといった世界的な選手と競い合える最高の環境の下で、5000mや10000mといったトラック競技に絞ってスピードの強化に努めました。

奇しくも、4度目の対決となるか?と思われていた佐藤悠基は2015年より本格的にマラソンへ転向していました。そして、調整が遅れていたこともあり、佐藤は直前で10000mを回避することになります。

一方で、大迫も直前の海外試合転戦での疲れが溜まっており、本調子とは言えない状態でした。日本選手権直前に日本に戻ってきますが、5000m、10000mのダブルエントリーは体力的に厳しい状況でした。大迫は、熟慮した結果、10000mには出場せず、2015年は5000m1本で勝負することになります。

参加選手の持ちタイムや、佐藤の不出場により、今年こそは大迫に栄冠か?!と思われていた2015年でしたが、そこに、思わぬところで伏兵が現れました。

その伏兵とは、2015年に城西大学を卒業し、将来の長距離界を嘱望されていた村山兄弟の弟、村山紘太です。

社会人1年目に、長距離の名門、旭化成に進んだ村山は、同年5月、同社本拠地延岡市で開催された「ゴールデンゲームズのべおか」5000mにて、日本人史上6人目となる13分20秒を切る好タイムを叩き出し、好調を維持したまま、この日本選手権にピークを合わせてきていました。

対して、大迫は前走を回避するなど、調整が100%上手くいっていませんでした。大迫に対して現役時代ほとんど勝ったことがなかった村山は、日本選手権での雪辱を密かに狙っていました。

勝負は、最後のバックストレート。切れ味に劣る大迫は、残り1周半でロングスパートをかけますが、村山を振り切ることができません。そして、最後の直線で追いつくと、一瞬の切れ味で勝る村山は、残り200mで並び、ゴール前で一気に抜き去りました。競馬で言うと一瞬の末脚というやつです。

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そして、最後は、大迫に対してこれ見よがしな「昇竜拳」のおまけ付き(笑)どんだけジャンプしてるんですか・・・。村山は余程嬉しかったのでしょう。大迫はこの5000mで派遣標準記録も満たすことができず、世界選手権の出場権も逃してしまったのでした。

そして、2016年・・・

オレゴンプロジェクトでいよいよ勝負の年となる2年目となりました。2015年7月に、海外試合にて、それまで松宮隆行が長年保持していた5000mの日本記録を一気に5秒近く縮める13分08秒台を出すなど、ますますキレが増した2016年。今回は調整も上手くゆき、5000mと10000mの両方にエントリーしました。

まずは10000mから。

そして、日本選手権初日。19時48分に定刻通りスタートした10000mで、とうとうやってくれました。中盤以降、設楽悠太(ホンダ)、村山紘太(旭化成)との3つ巴の争いとなりますが、設楽・村山が残り5周(約8000m地点)で早仕掛け気味に足を使ってしまいます。恐らく、地力に勝る大迫を意識した早仕掛けだったでしょう。

ライバルの戦略ミスも重なり、他選手にスパート余力がなくなる中、大迫が残り1周半となったところで満を持してロングスパートをかけると、今年は村山についていく余力はもうありませんでした。

終わってみると、2着の村山に10秒近くの大差をつけてゴールイン。圧勝でした。5年越しの悲願の優勝と、オリンピック代表を自力でつかんだ記念すべき瞬間となりました。

つづいて、5000m。

初日にデッド・ヒートした村山紘太が欠場し、鎧坂哲哉も調子が上がらない中、ライバルらしいライバルが不在な感じのレースに。

序盤から設楽悠太が飛ばすも、3000m過ぎに一昨日の疲れが残っているのか後退していきます。代わって、上野裕一郎や大六野秀畝が入れ替わりトップを走るそのすぐあとくらいの3番手付近を終始キープ。

残り500mとなったところで、ロングスパートをかけると、あっさりと抜けだして勝利を確定。後方で上野や大六野、一色などもゴール寸前で盛り返すも、時すでに遅く、2位争いとなりました。そして、最後は少し流し気味にゴールイン。

疲れも残っており、万全の状態でない中、地力の違いを魅せつけた感じになりましたね。オレゴンプロジェクトでの成果が遺憾なく5000mでも発揮されました。

まとめ

早稲田大学に在籍した時代から、世界を見据えて積極的に海外へと転戦を重ねていった大迫傑。間違いなく、日本陸上長距離界のパイオニアであり、野球で言うところの野茂みたいな存在です。

日本人選手の中では、特に3000、5000、10000といったトラック競技においては実力No.1であると目されていた大迫でしたが、この日本選手権だけは、鬼門でした。その日本選手権を、5年越しにつかんだ勝利。これは非常に大きかったと思います。

あくまで、これは通過点に過ぎませんが、是非リオオリンピックでは、ケニア、エチオピア勢の上位独占状況に風穴を開け、存在感を示してほしいな、と思います。

大迫、おめでとう!リオでも応援します!!

それではまた。
かるび

半跏思惟像にまたも長蛇の列か?!ほほえみの御仏展@東京国立博物館に行ってきた

美術・芸術

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かるび(@karub_imalive)です。

6月21日から、日韓国交正常化50周年記念と銘打たれて、日韓両国を巡回して公開されている仏像展「ほほえみの御仏ー二つの半跏思惟像ー」展に行ってきました。結構印象深かったので、ちょっと書いてみたいと思います。

0.興味を持ったきっかけ

個人的な話になりますが、僕の亡くなった祖父は、生前、零細出版社を経営していました。今はもう残念ながら倒産してしまったのですが、昭和高度成長時代、まだカラー写真印刷が珍しかった頃から、カラー写真を取り入れた図鑑や美術・風景などの学術系写真集を得意としていました。

そんなわけで、僕が小さい頃は、自宅や実家の書棚には、大量の祖父の出版社で出した本がストックされて飾られていました。軽く1,000冊以上はあったかなと思います。

中でも祖父が大事にしていた本が、「中宮寺半跏思惟像」が表紙になっている大型本の写真集で、いつも本棚の目立つところにおいてあったのです。

幼い時によく目にしていた日常風景っていうのは、本当に記憶に残っているものですよね。その写真集を見るたびに、「なんで笑いながらこの仏像寝てるんだろう」と不思議に思っていたものです。今回。そんな中宮寺の半跏思惟像が実際に上野に来るっていうので、これは見ておかないとな、ということで行ってきた次第です。 

1.混雑状況と所要時間目安

さて、東京国立博物館・国宝・仏像・日本美術・・・と言えば、ちょっと美術展に通い慣れている人なら、なんとなく「混雑」というキーワードが頭に浮かんでくるかと思います(笑)

実際、過去の「阿修羅展」「皇室の名宝展」「長谷川等伯展」などはアホみたいに混雑しましたし、今回もどうなるのでしょう。

・・・と思って出かけたのですが、大江戸線を降りて、上野公園を横切り、公園奥の噴水前あたりに来た所で、すでに博物館のゲート前に遠巻きに列をなしているのを遠巻きに発見!!うわー、若冲展の時みたいになっちゃうの?!このアメなのに!!

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一瞬、引き返して別の日に出直そうかと考えたのですが、先日の若冲展が、結局会期の後半になればなるほど混雑がひどくなっていったのを思い出し、意を決して雨に打たれながら渋滞の最後尾に取り付くことにしました。

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そんなわけで軽く憤りながら軽くツイートでグチをこぼします。

で、傘に隠れてよく見えなかったのですが、どうしてゲート前で渋滞しているのかというと、手荷物検査が実施されていたからだったようです。

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まぁ仕方がないですね。日韓の国宝だし、特に何か爆発等取り返しの付かないことになったら、時期も時期ですから、政治問題に発展しかねない。おとなしく並ぶこと10分で、ゲートを通過。手荷物検査は結構厳しかったですよ。アイドルやタレントのコンサートでよくある、形だけのカバンチェックじゃなくて、金属探知機も導入した、空港並みの厳重なチェックです。

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で、コレを抜けると、渋滞は解消。正面の「日本館」1Fの特別展示室へ直行します。平日の午前中だったから、修学旅行生が多かったのが印象的でした。

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入り口です。写真撮影はここまで。特別展示室内は、当然写真撮影禁止です。f:id:hisatsugu79:20160623093609j:plain

2.「ほほえみの御仏展」のコンセプト

冒頭でも書きましたが、今年は日韓国交正常化50周年。これを記念して、古代における日韓の文化交流の象徴である「仏教伝来」をテーマに、日韓両国での仏像「半跏思惟像」を比較展示した企画展です。

すでに、先行して5月24日~6月12日の会期で、韓国国立中央博物館にて「特別展:韓日国宝半跏思惟像の出会い」展として、韓国側の展示が完了しています。20日間の会期で46,000人の動員実績でした。

韓国国立中央博物館
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展示は、本当にシンプルで、特別室に、2つの仏像が向かい合ってガラスケースに入って置かれているだけです。余計なものは何もありません。もう、仏像をしっかりと見ていってくださいね、ということですね。

昔、ドラクロワの絵が来た時も「えっ、これ1枚かよ(笑)」と思いながら長蛇の列をなしたものですが、今回もそれくらいの希少性はあると思います。是非、穴のあくまで見つめて行ってください(笑)イメージ図としては、こんな感じ。

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3.展示されている日韓の半跏思惟像

3-1:韓国国宝第78号 半跏思惟像

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制作地は不明。制作年は、朝鮮半島の三国時代(高句麗、百済、新羅)である6世紀後半頃に鋳造されたと見られています。韓国では、国宝を第◯◯号、と数字で管理しているのですね。

像高83.2cm、座高52.3cm、台座30.9cmと非常に小ぶりの仏像でした。日本の中宮寺の仏像の半分くらいの大きさです。なんと木彫りではなく金銅像。非常に高い鋳造技術を持っていたことがわかります。頭には宝冠が乗り、詳細なデザイン、洗練された天衣などの表現は、王室のお抱え彫師によるものだと言われています。

3-2:中宮寺 半跏思惟像

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これに対して、日本側の半跏思惟像です。奈良の飛鳥地方、法隆寺のちょうど隣にある古刹「中宮寺」に安置されている弥勒菩薩像です。韓国の78号より50~100年後の制作で、7世紀後半くらいに制作されました。

像高126.1cm、座高87.9cm、台座高79.6cm。仏像としてはよくある大きさでしょうか。78号と見比べると、1.5~2倍位の大きさに見えます。

頭頂はおだんご頭で、2つに髪を結った古代のヘアスタイルです。木造で、漆塗りのため黒光りして、時代の経過をあまり感じさせません。よく見ると、体の一部に彩色がしてあったり、昔は装身具も身にまとっていた形跡があります。止利仏師の2代後くらいの彫師が複数のクスノキ木材をつなぎ合わせて制作しました。

飛鳥時代の近畿地方では、当時良い石が採石できず、その代わりに木材は豊富に産出していたことから、木材で作られたと言われています。

4.半跏思惟像のルーツと日本伝来の経緯って?

半跏思惟像(はんかしゆいぞう)とは、右脚を左膝の上に組んで座り、右手を頬に添えて物思いにふける仏像のことを言います。日常風景でも、テスト中とか電車の中で寝てる人とかたまにこんな格好してますよね・・・。f:id:hisatsugu79:20160623115516j:plain

(引用元:ほほえみの御仏 二つの半跏思惟像 × 聖おにいさん

本来は、出家前の釈迦が修行中に思い悩むところを表現した姿勢としてインドから伝わってきました。敦煌莫高窟や、雲崗石窟寺院などでは、釈迦そのものを表わす石像としてデザインされました。

しかし、仏教朝鮮半島に伝わった段階で、当時信仰が盛んだった弥勒菩薩信仰と合体し、朝鮮では弥勒菩薩として半跏思惟像が制作されるようになります。

仏滅から56億7千万年後にこの世に救世主として顕現する弥勒菩薩が、人々の救済を願い、思い悩むポーズがちょうど半跏思惟像にぴったりだったので、イメージを重ねあわせられたのだと言われています。
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ところで、6世紀後半は、朝鮮半島は百済・新羅・高句麗の3国が相争う戦乱の時代でした。日本書紀によると、劣勢だった百済の聖明王は、新羅に何とか対抗するために、日本へ仏教伝来・指導と引き換えに日本に軍事支援を要請しました。西暦577年、造仏工、造寺工が1名ずつ百済から来日しています。

日本史の教科書にも出てくる「止利仏師」(鞍作鳥)が、この時来日した百済の仏師から必死に学び、制作した、日本における第一世代の仏像が、法隆寺釈迦三尊像や、飛鳥寺の飛鳥大仏です。見てもらえればわかりますが、この2体は顔の表情が、「国宝78号」と似てるんですよね。

法隆寺釈迦三尊像
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中宮寺 飛鳥大仏
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また、7世紀には、今度は新羅が日本との軍事交流のため、広隆寺に仏像を送ってきています。(623年、日本書紀による)これが、通称、「宝冠弥勒」と呼ばれ、日本の国宝第1号に指定された広隆寺の半跏思惟像です。*1

広隆寺 宝冠弥勒
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これが、同じく旧新羅統治エリアから発掘された韓国国宝第83号とソックリなんですよね。頭の宝冠の形や、下半身の天衣の表現など。見比べてみてください。

韓国国宝 第83号
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このあたりからも、飛鳥時代当時の、仏教伝来における朝鮮半島と日本の強い結びつきを感じられますよね。こうやって丹念に歴史と合わせて見ていくと本当に勉強になるし、面白いです。古くからの友人としての日韓の友好を記念としたテーマとして、ぴったりだったかなと感じました。

5.まとめ

あれこれブログに書きましたが、日本美術は、特に「現地に行って」実物を見てくるのが一番だと思います。中宮寺や広隆寺はまぁ京都奈良に行けば今後も見る機会はありますが、韓国の78号のほうはこれを逃すと非常に実物を見るのは難しいです。

僕も、子供の頃からずっと写真集だけで見てきた、中宮寺のおだんご頭の半跏思惟像を初めてリアルで見て非常に感銘を受けました。幼い時の記憶通り、優しい微笑みをたたえた仏様で、ちょっと嬉しかったです。優しい顔をした中性な体躯をした仏像は本当に魅力的でした。会期も短いですから、是非時間を作って足を運んでもらえるといいと思います。

おまけ:今回の展示会の予習/復習で役に立ったもの

今回ブログで紹介したネタは、実は展示会がスタートする直前、6月15日にNHK総合で放送された「日韓の国宝が海を超えた~半跏思惟像はるかな旅」での放送内容を大きく参考にしています。

今のところ、再放送予定は決まっていないようですが、オンデマンド等でチェックすると、さらに理解が進んで良いと思います。

また、この一部引用させてもらいましたが、「聖☆お兄さん」の特別コラボマンガは面白いので強くおすすめです(笑)東京国立博物館もなかなかやりますね。

それではまた。
かるび

*1:※ただし、最近の研究だと材質などから日本で作られた可能性もあるとのことです。

はてなブックマークは新聞の代用品になり得るのか?調べてみた結果・・・

雑記

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かるび(@karub_imalive)です。

最近、会社を辞めてから人付き合いが減りました。仕事を通じて色々な情報が入ってこなくなった分、自分で情報収集を強化しないといけないなと思って、8年ぶりに新聞の購読を再開しました。

時間もたっぷりあるし、ここは自己投資だ!ということで、毎日朝にコンビニに行って、読売・朝日・毎日・産経・東京の5紙のうち、その日の気分でランダムに3紙購入しています。3紙で400円弱と、バカにならない出費ですが、まぁタバコよりは安いからいいかと・・・。

全部精読すると3紙で1時間以上かかるんですが、そこは自主サバティカル中の身。時間はまぁまぁ自由なわけです。まるで一昔前の大企業の部長さんのように、朝からコーヒーをすすりながら目を通しております。(しかし言うまでもなくコーヒーを入れてくれる人はいない)

その一方で、僕ははてなブックマークも愛用しております。去年の9月から本格的に使い始めて、ブクマした記事が6000ちょっととなりました。使い方はともかくとして、それなりに使い込んでいる自覚はあります。

そこで気づいたのは、朝に新聞で読んだ記事が、はてブでもそのままホットエントリーや人気エントリに上がってきていること。新聞社各社のHPや、Yahooなどのポータルサイト経由でネット配信もされており、それがブクマされて上がってくる構図なのでしょう。

それが、結構な頻度なのです。

ふと思ったのが、「あれ?これ新聞とか読まなくても、もうはてブでよくね?」「はてブを定期巡回するだけで、新聞の代わりにならないのかな?」ってこと。そしたら新聞買わなくてもいいよね・・・

ということで、本当にはてブ生活だけでOKなのかどうか、ちょっと調べてみました。ちょっと長めですが、お付き合い頂ければ幸いです。

0.はてなブックマークの仕組みについてのおさらい

今回の記事を書くにあたって、まずははてなブックマークの仕組みについて再確認してみました。どこか、わかりやすい図表はないかな・・・とはてブ内検索(これ、使えますよね?!)をかけたところ、過去記事から非常にわかりやすい図を発見。はてブといえば、やっぱり『ゆとりずむ』様でしょう。早速、らくからちゃさん(id:lacucaracha)から転載許可を頂きましたので、援用させて頂きます。

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(引用:ホットエントリーの条件と効果についてまとめてみた - ゆとりずむ

はてなブックマークは、上記の図のように、時系列で、新着エントリー →→→ 人気エントリー(各カテゴリ) →→→ ホットエントリー(総合)と推移していきます。

はてな側から明確な数値は示されていませんが、おおよそ10ブックマーク以上つけば、最低限、各カテゴリーで人気エントリー入りする傾向にあるようです。その中から、さらに20~30ブックマーク以上が一定の時間内に集まれば、ホットエントリー(総合)へと載ってくるわけですね。

熱心なブックマーカーさんの中には、「新着エントリー」に上がってきた段階で、早々に記事をくまなくチェックして、ブクマする人もいることはいます。

ただ、大多数の一般的なはてブユーザーは、PC経由にせよ、スマホアプリ経由にせよ、目につきやすく、チェックしやすい「人気エントリー」以上のエントリを日々巡回することが多いかと思います。

 実際、上記の図にもある通り、「人気エントリー」入りすれば、忙しくてリアルタイムで見逃してチェックできなかったとしても、「日別ランキング」としてログが残ります。各カテゴリの「過去の人気エントリー」として、何年分もピンポイントで日別のログが追えるようになっています。

それを整理したのが下記の図です。はてなブックマークでは、下記のように直接URLを叩けば、あとからいつでも過去の人気エントリーを各カテゴリ別に参照できるようになっています。

★はてブ日別ランキングの各種URLf:id:hisatsugu79:20160620190528p:plain
YYYYMMDDには、取得したい日を代入。例:”20160522”

つまり、もしはてブを骨までしゃぶりつくしたい!というのであれば、これらを毎日手動でも自動でもいいので全部巡回しておけば、大半の人気エントリーを網羅して押さえることができるわけですね。

1.実際に新聞記事をカバーしているか確認してみた

では、はてなブックマークをチェックしているだけで、どのくらい新聞記事の内容をカバーできるのか、実際に確認してみたいと思います。

まず、新聞の全記事を確認するのはムリなので、ここでは、毎日の新聞記事のうち、特に昔から重要とされている、トップ記事である1面、1面の次の総合面(2面、3面)、それから、テレビ欄の裏にある社会面(左側ページ)、この4ページに絞って調査してみました。紙面で見ると、以下のとおりとなります。

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検証してみたのは、後追いでのブクマもほぼ落ち着いているであろう、ちょうど1か月前の2016年5月21日~5月24日までの4日間。読売・朝日・毎日の主要全国紙3紙をチェックしてみました。

これら3紙✕4日間✕重要4ページ分の、社説・連載もの以外の全記事を抜き出し、それら記事と同日のはてなブックマークの全カテゴリーの日別ランキング(=人気エントリー以上の記事)を比較し、どれくらいはてブが新聞記事に対応しているかどうか確認してみました。

2.思ったよりも高いカバー率

2-1:50%弱の新聞記事ははてブでキュレーションされている

ちょっと長くなりますが、調査結果を一覧表にしてみました。

各新聞の一面・総合面・社会面の4ページ分の全記事に対して、同日の人気エントリー以上の記事を比較し、はてブ側で対応していた場合はブクマ数と掲載カテゴリを記載しました。

 ★調査結果(5月21日~5月24日、全130記事)
※下記「対応」欄の見方
◎→新聞記事そのものがブクマされている
◯→同内容の記事(他社や通信社など)がブクマされている
△→多少内容が違うが、似たような記事がブクマされている
※黄色背景に「赤」字は、ホットエントリー(総合)掲載記事
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 長々と一覧表を貼ってしまいました。
一番下のまとめ欄にある通り、ホットエントリー(総合)だけを見ていては、世の中で起こった大事件以外、ほとんどの新聞系の記事は拾えないようです。(カバー率21.54%)しかし、人気エントリの記事まで手を広げてくまなく追っていくことで、重要な新聞記事は約半分(46.92%)までカバーできることがわかりました。

2-2:「政治と経済」「世の中」を押さえろ!

昨今、はてなブログのホットエントリー入りの割合が高まり、はてなブックマーク自体のニュース性が薄れているようにも感じていましたが、意外と新聞が取り扱うようなストレートニュースにもはてブは強いのです。適当なまとめサイトやバイラルメディア、2chをあっちこっち見ているよりは、余程効率的で役に立つと思われます。

また、新聞系の報道記事がキュレーションされるカテゴリは、圧倒的に「政治と経済」「世の中」に偏っているので、この二つのカテゴリの「人気エントリー」を見ておけば、ニュース系の記事はまずまず網羅できるといえます。もう少し「テクノロジー」「暮らし」にも分散されているかと予想していましたが、意外でした。

3.なぜはてなブックマークでは新聞購読の代わりにならないのか

とは言っても、やはりはてブだけだと、新聞の代わりにまではなれないわけです。50%以上の新聞記事は、はてブではキュレーションされません。それは概ね以下の3つの理由が挙げられると思います。

3-1.はてブと新聞の性質の違い

はてなブックマークは、ニュースサイトではなく、あくまでソーシャルブックマークサービスなわけです。はてブでキュレーションされる記事は、基本的にはユーザー一人ひとりの選択により、人力で民主的に選ばれ、後で見返して役立てられるための「アーカイブ」的な性格を強く持っています。したがって、リアルタイム性や細かい報道への対応、というところでは、趣旨がずれてくるわけです。

はてなブックマーク - 人気エントリー - 2016年6月19日

実際、2016年6月19日のホットエントリー(総合)のリストを見てみると、ランクインしている全50エントリ中、ニュース性の高いストレート記事は下記6件と、全体の12%に過ぎません。

それ以外の44件は、ブログや雑誌などのオピニオン系の記事や生活や仕事に関連したまとめ系記事、または、Twitterや増田などのつぶやき・雑記等で占められています。

これに対して、新聞は、最近こそハッキリとした主張をするようにはなってきましたが、伝統的に中立な立場から事実ベースのニュース報道の配信が中心となります。少なくとも『保育園落ちた、日本死ね!』とは一面には書いていないわけで・・・。

そもそもメディアとして全く性格の違う媒体だってことですね。

3-2.はてブは事件の途中経過を追わない

まとめていて感じたことですが、世の中の大きな事件(特に新奇性の高いもの)については、はてなブックマークも新聞も、両者同様に「速報機能」を備えているように思います。

ただし、初回報道以降が、新聞とはてなブックマークでは動きが違うのですよね。新聞は、事件が発生してから、その事件が一通り解決するまで、中間の取材でわかった新事実を小出しに掲載していきます。

これは、新聞社の「特オチ」(情報を他社に抜かれること)を嫌う特有な性格が大きいと思います。基本的には、社会的にインパクトの大きい事件については、その中間段階も盛んに報道が積み重ねられて、こまめに報道される傾向にあります。f:id:hisatsugu79:20160620215327j:plain

これに対して、はてなブックマークの場合はわりと最初と最後だけブックマークが集まりやすく、事件の中間段階ではしつこくホットエントリーすることはありません。未確定な情報は、あとで見返す必要があまりないからなのでしょうね。

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はてブでキュレーションされる新聞記事のカバー率が50%程度にとどまるのは、大きなトピックや事件が起こった時、その中間段階の分析記事ははてブでは無視されがちだからと言えそうです。

3-3:想定ユーザ層の違い

よくよく見てみると、新聞とはてなブックマークでは、ユーザ層/読者層が全く違っています。これも100%はてブで新聞を代用できない要因かと思われます。

はてなメディアガイド2016年7月-9月版によると、はてなブックマークの典型的なユーザ層は、IT系企業に勤務している30代~40代で、男女比はほぼ2:1位で男性が多めとなっています。

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したがって、キュレーションされてくる記事も、IT系の記事やアニメ・ゲーム系の記事、労務系・経営系の記事が多めになってきます。

それに対して、新聞の購読者層は、50代以上が中心です。例えば、1日15分以上新聞を読む、とアンケートに回答した人たちの割合をグラフにした「新聞行為者率」を見ても、20代、30代の若い人はほとんど新聞を読んでいないことがわかります。

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(引用:新聞購読率減退中、2015年では高齢者すら減る(2016年)(最新) - ガベージニュース

実際、久々に新聞購読を再開して驚いたのは、老人向けの生活記事や消費財系広告、IT初心者向けの記事が非常に多かったこと。はてブでキュレーションされてくる記事とはやっぱり全体的に違いがあります。例えば、いまだに土日の特集ページだとタブレットやスマホ初心者向けの特集が組まれていますので。はてブユーザーには物足りない記事がかなり多め(笑)

このように、これだけユーザ層が顕著に違うと、そこで好まれ、取り上げられる記事の性質もおのずと違って来るわけですね。

4.まとめ

久々に新聞を購入してみて、「あれ、意外と記事内容がはてブとかぶっているぞ」とは思ったものの、やはりはてブで新聞の内容を全部カバーするのはムリがありました。

より詳しく見ていくと、やはりはてブにははてブの、新聞には新聞の特性、短所/長所が見えてきます。結論としては、どちらもバランス良く、その特性を踏まえた上で上手に活用していくのが上策のようです。

ただし、忙しくて新聞を読むヒマがなければ、はてブの人気エントリー「世の中」「政治と経済」の2カテゴリをなんとなく眺めておけば、それなりに情報収集は最低限出来てしまうのかなと。

結論:はてなブックマークは結構役に立つ。

新聞についてはいくつか別途書きたいことがありますが、長くなりましたので今日はこのへんで。それではまた。
かるび

現代アートへの入門として最適?!ポンピドゥー・センター傑作展@東京都美術館に行ってきました

美術・芸術

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かるび(@karub_imalive)です。

東京都美術館での狂騒の若冲展が終わって、密かに楽しみにしていた「ポンピドゥー・センター傑作展」が始まりました。早速初日に行ってきましたので、その感想を書いてみたいと思います。

(※6000字近い長文です。忙しい方は、絵と赤い太字部分だけ見て頂ければわかるようにしました)

0.僕の現代アートとの長い戦い(笑)

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去年くらいから、頻繁に美術展に行くようになりました。学びのためにも、そのアウトプットとして、ブログで美術展レポートをアップしています。

僕は美術展についてはわりと雑食系です。西洋美術、日本美術、絵画だけでなく彫刻、陶器、その他美術じゃなくても展示会ならガツガツ行くようにしています。仕事してないし

その中で、一番苦手としている、というか、興味はあるんだけど、自分の中で一番消化不良になっているのが、20世紀以降のいわゆる近代以降のモダン・アートだったり、現代美術だったり。(以下、本稿では『現代アート』と統一)

食わず嫌いじゃないんですよね。食ってもわからない、消化不良のような感じです。

意味不明なまで高度に抽象化された絵画や彫刻だったり、ビデオや映像、音や光など、なんでもありのインスタレーションなどを目の前にしても、まず何がいいたいのかさっぱりわからない。

なんでわからないかっていうと、まぁ一つは感受性が足りないのかなっていうのもあるんですが、一番大きな要因は、それらを味わうための事前知識不足なのかなって思っています。現代アートとは何なのか。なぜ中世までは写実的だった具象絵画が、印象派以降、加速度的に画風が崩れ、なんでもありの混沌とした現代アートへ変わっていってしまったのか。そのあたりの歴史的な背景や知識といったところが足りていませんでした。

今回のポンピドゥー・センター展は、近現代アートの巨匠たちの代表作品が、一同に会するという話なので、「よっしゃ、今回こそ現代アートを理解したる!」という強い意気込みで臨んでまいりました。

と、いうことで、果たして僕の現代アートとの戦いは、どうなったか。それは最後の結論の所に書きますね。

1.混雑状況と所要時間目安

僕が行ったのは、開催初日の6月11日(土)11時頃でした。若冲展はいったいなんだったんだっていうくらい空いています。快適でした。

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やっぱりテーマが近現代アートだと、人出はこんなものなのでしょうかね。

所要時間に関しては、作品数総数が70点ちょっとなので、サラッと見れば1時間ちょっとでいけると思います。特に後半は意味不明なの多いし僕は、結局2時間15分かかりました。

2.ポンピドゥー・センターについて

今回の、「ポンピドゥー・センター傑作展」の、”ポンピドゥー・センター”とは、1977年にパリ郊外に建設された、フランスの国家をかけた現代芸術の総合展示施設です。長らく文化・芸術の中心地だったパリは、第二次世界大戦で国土が荒廃し、フランスの国力が大きく落ちたことをきっかけに、徐々にニューヨークにその座を明け渡していってしまいます。

そんな状況をなんとか打開しようと、現代芸術が大好きだった第19代フランス大統領、ジョルジュ・ポンピドゥーは、自らの提案で、パリに近現代芸術の象徴となるような新たな総合施設を作ろう!と提唱しました。

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うん、なんかいかにも戦後すぐの大物政治家って感じですね。タバコが板についてます。それで、そのポンピドゥー大統領の提案が受け入れられ、1977年に出来上がりました。こちらの写真です。f:id:hisatsugu79:20160615215752j:plain

出来上がった施設には、リスペクトの意味も込めて、ポンピドゥー氏の名前が冠されることとなりました。パッと見て思うんですが、これ、フジテレビ本社ビルの側面にどことなく似てません?

特に、外壁に取り付けられたチューブ状のエスカレーターは、絶対オマージュだと思うのですが。ちなみに、フジテレビの本社ビルを設計したのは、日本が世界に誇る丹下健三です。どうですか?ちょっと似てますかね。

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(引用:http://tokyo-esca.com/esca/2009/09/029.html

3.展示会のコンセプトと秀逸な展示方法

今回の展示は、フランスの近現代アートの象徴的な存在である「ポンピドゥー・センター」内の国立近代美術館に収蔵されている名品が、時系列で一挙に紹介されるコレクション展です。

一番の特徴は、歴史的な流れが強く意識された展示となっていることです。フォーヴィスムが台頭し、モダン・アートが本格的にスタートした象徴でもある1906年から、同センターが開館した1977年までの72年間で、「1年、1作家、1作品」を紹介するという明快なコンセプトが打ち出されました。

これに合わせ、展示スペースも効果的に時系列でのフランスの現代アートの歴史をより直感的に俯瞰できるよう、工夫されています。一般的に、「ホワイト・キューブ」と言われる美術館の標準的な白い壁で仕切られた四角形型の展示スペースの部屋を順番に回る形ではなく、一度にたくさんの絵を一望・俯瞰できるように、動線も短く効率的になるように設計されていました。

特に、一番展示物のバラエティが広がる現代アートの展示が中心となった最上階の2Fは、部屋の中心で360度芸術作品をぐるっと時計回りに見渡せるような工夫がされており、飽きの来ないよい展示でした。前回の若冲展の「動植綵絵」を一望できたような感じです。

オフィシャルHPでも事前にダウンロードできますが、こんな感じです。

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(引用:作品リストより)

4.気に入った作品たち

見て回った中で、「おぉこれは!」と思った作品や、これだけはしっかり見ておきたい!という作品を幾つかピックアップしてみますね。*1

4-1.デュフィ『旗で飾られた通り』(1906)

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展示冒頭の1作品目でお出迎えしてくれる作品。印象派を乗り越え、より一層大胆になった筆使い・構図、自由な色使いが特徴のフォーヴィスム時代のスタートを予感させる一枚です。現代アートの幕開けを感じさせるとともに、画面を大きく占めるフランス国旗が目立つこの作品を1枚目の展示に持ってきたところに、ポンピドゥ・センターの意地とプライドを感じました。

4-2.デュシャン『自転車の車輪』(1913)

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まずモダン・アートを学び始めた時に、必ず出てくる巨匠の作品が早くも1913年にお目見えです。出来合いの男性用小便器にサインしただけのブツを「アート」として出展し、現代アートの神となったデュシャンですが、その前身的作品として制作された作品。

デュシャンは、身の回りのある出来合いの工業製品なども、充分アートとして成り立つんだ、と「レディ・メイド」というコンセプトを現代美術に持ち込み、「アート」の再定義を強力に提案しました。デザインうんぬんじゃなくて、近現代アートの歴史的な金字塔的作品として、間近で見れてよかった。

4-3.ブレッソン『サン=ラザール駅裏』(1932)

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20世紀では、リアルな表現分野では絵画に代わって完全に主役となった「写真」ですが、その写真がアートとして広く認識されるきっかけとなった、教科書的名作です。絵画のような緻密な構図で、決定的な一瞬を逃さず収めた写真は、まさに奇跡の一枚。プロ・アマを問わず、世界中の写真家に影響を衝撃を与えたといいます。実物は、意外と小さかったな~。

4-4.マティス『大きな赤い室内』(1948)

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画面真っ赤です(笑)マティスには良くある絵画なのですが、色使いが全く現実を反映していないという・・・。同世代のブラックやピカソなどが、流行に沿って大きく作風を変化させる中、晩年までそれなりに一貫性を持った画風で徹しました。(途中切り絵に走ったけど・・・)

マティスが何であんなに評価されているのか全く理解もできなかったのですが、実は先日息子の宿題を見てる時にこんなことがあって・・・

マティスは、画家としてのキャリアを積み重ね、画風を試行錯誤する中で、敢えて子供のような感性で常識にとらわれず自由な色彩で描くことで、その独特の魅力を獲得することに成功したんだろうなって。マティスの絵について、1/100くらい理解が進んだ気がしました。

4-5.ピカソ『ミューズ』(1935)

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ピカソは、比較的写実的な絵から、印象派的なタッチ、そして前衛的なキュビズムまで、ありとあらゆる作風を試し続け、常に流行の最先端で評価された人でした。この作品は、あの有名な「ゲルニカ」を描くちょっと前に描かれた作品です。

どこからどう見ても「ピカソ」ってわかるのがもう素直に凄いと思うわけですが、この後に並んでいる抽象的な絵画や彫刻群に比べたら、まだピカソの絵が常識的で、かわいく見えてくるのが現代アートの恐ろしいところかと(笑)

4-6.ジャコメッティ「ヴェネツィアの女 Ⅴ」(1956)

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とにかく色々なところで無意識的に目にした経験が多いと思われるジャコメッティの彫刻ですが、その最大の特徴は、大きく縦に引き延ばされた作風の彫刻です。

ただ、当時アートシーンこそニューヨークの後塵を廃していたパリですが、現代思想分野では、サルトル、ストロース、レヴィナスなど、連綿とワールドクラスの人材を輩出し続けました。この彫刻は、美しさというより、時代の最先端の思潮にフィットしたため、そのコンセプトが高く評価されました。特に、本作品は「実存的な生き方を反映した」と巨匠サルトルに大絶賛されました。どう反映してるかって?うーん、それは・・・(汗)

4-7.アガム「ダブル・メタモルフォーゼⅢ」(1968)

色々な方向から見ると、絵柄が変化する面白い作品。前から、右から、左から見て、全部印象が変わります。錯視や動きを取り入れ、鑑賞者に積極的に作品へ向き合わせるキネティック・アートの力作として、コンセプト的にも見た目的にも面白い作品。

こういう、子供でも直感的に楽しめる現代アート作品はある意味ホッとします。コンセプトはよくわからなくても、最低限楽しめるので。

5.現代アートとの戦いには敗れたが、勝負はこれからだ!

上記の通り、数カ月前に挑んだ村上隆のコレクション展に行った際は、完敗を喫したのですが、あれから5か月。ちょこちょこ学習を重ねる中で、(というか感覚がマヒする中で)、ピカソ位ならもう普通じゃね?的な感じになってきました。ピカソの絵って、なんだかんだで描いている対象物が認識できますからね。

今回の展示会は、特に1945年以降の作品群はやっぱり事前知識なしで理解するのは難しかった。やはり戦後、具象絵画から抽象絵画、また写真、映像、インスタレーションと、アートの幅が急速に広がり、方向性が拡散していく中で、自分自身が知識を押さえきれてない感じ。そういう意味では今回も完敗でした。まだまだ勉強がたらんなーという感じです。

6.まとめ

現代アート界で、日本人で一番商業的に成功している村上隆は、ハッキリと「現代アートは文脈を理解してないと作れないし、楽しめない」その著作の中で繰り返し語っています。

現代アートを何の知識もなくいきなり見に行ったとしても、なかなか単純な「美しさ」は感じられないかもしれません。そもそも、もう「美術」という概念ではなく、「アート」という作家の純粋な自己表現なわけですよね。

それでも、良い作品からは、見たこともない目新しさや斬新さがびしびし感じられることもあります。その中で、気になった作品を作った作家の感性やコンセプトを少しでも共有できれば、現代アートの入り口に立った、ってことでいいんじゃないかなぁと思っています。

現代アートは敷居が高いのは確かです。でも、一番面白い分野でもあると思うんですよね。今回の、この「ポンピドゥー・センター傑作展」は、ちょうど西洋美術が、モダンアートへと一歩踏み出したスタート地点から、現代アートへと進化していくまでのめまぐるしい変化を、パリの美術シーンを通して俯瞰して学べるすごく良い展示会でした。おすすめ!

 おまけ:今回の展示会の予習/復習で役に立ったもの

今回のポンピドゥー・センター傑作展は、手ぶらで行ってももちろんいいのですが、できれば前後に背景知識を入れておけば、より楽しめると思います。いくつか、資料としてよかったものを紹介しますね。

この本は極限まで分かりやすく、絵画を中心とした20世紀のモダンアートについての解説をしてくれます。入門書としてイチオシ。

 

この6/15号で、ポンピドゥー・センター傑作展とタイアップした現代アートの解説特集が読めます。僕は、これを前日に2回読み込んで展示会へ出かけました。事前予習には最適なほどよくまとまっていました。

 

マティスさんのキャリア後半の「切り絵」時代を中心に、ミッフィーがマティスさんのマスターピース達を解説します。・・・というか何の解説にもなってないんですが、肩肘張らずにアートを楽しんだらいいんじゃない?って思えるようになる、心あたたまる絵本です。子供向けの絵本は全くバカにできないのです。

それではまた。
かるび

*1:画像引用は一部を除いて全て東京都美術館のオフィシャルサイトからとなっています。

40歳で無職になって1か月経過した、その率直な感想

キャリア

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かるび(@karub_imalive)です。

タイトルの通り、40歳で無職になって、1ヶ月が経過しました。

最初、退職した直後は、「あー、やっとこれで終わりだ!明日からゆっくりするぞ!」なんて多少は開放感を感じていたものですが、なんかバタバタしている間にあっという間に1か月が経過。

ちょうど良い機会なので、「中年のオッサンが気まぐれに退職したらどうなったのか?」退職後1か月経過した時点での、僕の素直な感想をブログに書き残しておきたいと思います。長文となりますが、ご勘弁を。

1.40歳にして会社を辞めようと考えた理由

元々、前の会社(中堅Sier)を退職した理由は、概ね以下の通りなんです。

  • 40歳くらいで、1年間程度の長期サバティカル休暇を取りたかった。
  • 会社での起用法や立ち位置、自分のやりたいことがよくわからなくなったので、一度リセットしてみたくなった。
  • 会社に対する愛社精神がなくなった。
  • 40歳でアテもなく無職になるというのは珍しいので、やってみたいと思った

こんなところです。

社会人になって17年間、自分で言うのもなんですが、かなり仕事に打ち込んだと思います。特に、28歳から34歳くらいの間は、平均でも月80H以上は残業をしていた時期がかなりありました。毎日自腹でタクシー、、、みたいな。体力もあったし、自分に迷いがなかったからこそこなせたのですよね。

会社やSierという業界への帰属意識がなくなってしまった今、思い返すと、自分としては異例なほどよく頑張ったと思います。たくさん資格も取ったし、社内ではそれなりに早期昇進して、役員手前までに上げてもらいました。

でも、疲れちゃったんですよね。拾ってくれた前職の社長には物凄く感謝していますが、オーナー企業のサラリーマンの正社員なんて、多かれ少なかれ上に上がっていけば行くほど働き方は裁量の余地が狭まり、言葉は悪いですが、「奴隷」みたいになっていきます。昇進しても、逆に業務量と種類だけ増えていく毎日。やりたい仕事は後回しにして、得意じゃなかったり、あんまりやりたくない仕事を会社指示で優先して取り組まざるを得なかった。戦国武将の家臣のようでした。儲かっている会社で、経営は安定しているんですが、社長の経営理念に対して共鳴出来ない点が年々増えていくときつかったです。前職最後の数年間は、人のお世話ばっかりで、自分を殺して仕事をせざるを得ない環境でした。まぁ当たり前っちゃ当たり前のことなんですけどね。

また、無計画に資格やスキルだけつけていっても、会社にいいように使われるだけなんです。弱気で主体性がなかった僕は、知らず知らずに会社で「使いやすいオールマイティ要員」となっていました。とにかく何でも一通りそこそこはこなせるんだけど、何者でもない存在になってました。

いや、会社や回りはどう思っていたのかは知りません。でも、自分の実感としては、常にそんな感じだったんですよね。そんな微妙な感覚のまま7,8年我慢したのですが、もうどう頑張っても毎日が灰色になってしまったので、思い切って病気になる前に休むことにしました。

こういう時、欧米だと、「サバティカル休暇だ」ってことで、たとえば勤続10年以上の中堅社員等をその有資格者などにして、もちろん無給でしょうけど、会社に正社員として籍を置いたまま長期リフレッシュとしての休暇を取得できたりするんですよね。

自分も、できればそうしたかった。でも、まぁ日本の中小企業で、ましてや人手が圧倒的に足りないSierでしたので、状況的にそれは許されなかった。会社にムリを言って同僚などに迷惑をかけるよりは、さっさとやめて自主的に休みを取ったほうが現実的かなぁ、というわけで、4月末に退職し、今に至る、というわけです。

2.周りの反応は結構厳しかった

それで、退職前は、当初、「やめるんだよ」という話を無邪気に色んな所で話していました。今となっては、それはうかつだった。日本という村社会をなめてはいけない。

意外と、一般人の集まりでは引かれてしまうことが多かったんですよね。例えば、保育園のパパ友、ママ友の前で「やめることになったんですよね。え?次?全然考えてないですよハハハ」とか言うと、気まずい空気が流れ、会話がストップしちゃう(笑)

あぁそうかと。そこでやっとわかりました。世間的には「40歳で正社員の職を捨てて無職になる」っていうのは基本的には常識はずれなんだなと。それがなんとなく体感できてからは、自分の嫁の両親にも怖くて退職したことを開示していません。

3.他では言えないので、ブログで本音を書くことにした

でも、逆にいうと、せっかくこういう酔狂なことをやっているんだったら、ブログで定期的に状況報告して、同じようなことをやっている人や後続の人たちに参考になればいいよね?とも思いました。

今後、どうなるかは全く不明です。

再就職するのか、フリーでやるのか、そのまま専業主夫になっちゃうのかは展開次第。場合によっては結構苦しむことになると思うんですが、それはそれで、読者の皆様には人柱、反面教師として役には立つかなと。不快にならない程度で正直に色々ここで書いていきたいなと思っています。

4.退職して1か月、無職中に何をやったのか

退職したらやってみたいことがいくつかあったのですが、せっかくだから自分の後半生につながるヒントを少しでも得られればなぁと。その為には、色々これまでやってこなかったことをやっていこうと思うんですが、今は、主にこの3つをやりたいと思っています。

4-1.読書ざんまい

元々本は大好きだったのですが、ここ数年、知らず知らずに仕事で心を損耗してしまっていたのか、自分の心に滋養をあたえたり、本当に教養をつけるような実のある読書ができていませんでした。(損耗する心への一瞬のカンフル剤として、スピ本や自己啓発本はたっぷり読んでいましたが、今となっては当然何も残っていない)

幅広く教養を身につけるため、様々なジャンルの本の多読・乱読・精読をして自分の見聞と知識を広げたいです。5月は、なんとか50冊程度読むことができました。月100冊は読めるようにしたい。良かった本は積極的にブログで紹介したいな。

また、毎日朝にコンビニで新聞を買い始めました。本物の教養や知識が全然身についていない状況をなんとかしたいからです。大学時代~社会人になってから、ほとんど蓄積がないので、みんなが読まなくなってきた今こそ、新聞が逆張り的に面白いかなと思ってます。

4-2.新しい趣味

元々、多趣味でいろいろ首を突っ込むのですが、去年からはまっている美術鑑賞と落語に集中的にこの1年間でハマってみたいと。5月は、美術展には6回、落語会も5回通うことができました。本当に好きな人は毎日のように寄席や美術館に通う猛者もいっぱいいるみたいですが、無職なのでこれくらいで。

4-3.ブログ

僕は、ネット上での活動は結構長いんです。もともと大学生の頃から、2chや、テキストサイトに入りびたってました。特に、20代後半~30代前半位までは、趣味のヘヴィメタルで、ネット経由で頻繁にオフ会に出たりしてました。社会人になってたので、ロン毛にはしなかったけど。「かるび」というのはその時適当に考えたハンドルネームです。焼き肉がすきだったから、って言うそれだけの理由(笑)また、これは個人的には黒歴史的ですが、30代後半からしばらくは、Facebookでの交流も結構やっていました。

で、そういった交流を通して親しくなった人から、よく「ブログやりなよ」「HP作りなよ」と何度も誘われました。僕の悪い癖ですが、優柔不断なところがあって、ブログについても、やってみようかな、でもめんどくさいな、と逡巡し始めてからが長いんです。やってみたいなと思ってから、15年以上経過していました。40歳になって、「あ、やばい、そろそろやらないと」と急に目が覚めたように立ち上げたのがこのブログです。

幸い、この5月には通算100万アクセスも達成できたし、結構こんな内容でも見に来てくださる方がたくさんいらっしゃいます。ありがたいことです。

せっかく無職になったことだし、もう少し更新頻度を上げて、もっと些細な日記レベルの話だったり、普段の学びや気づきを小さなことからガツガツ書いていこうと思います。ダメな記事もたくさんアップするかもしれませんが、その時にいただく厳しいブコメなども非常に自分のためになるので、いずれにしても学びにはなるんですよね。

5.40すぎの無職生活のメリットとデメリット

良かったこととしては、自由な時間が出来たことです。この時間を使って、色々勉強ができるのは本当にありがたい。そして、何やるにしても混雑しないのも良いところ。美術館は常設展なら空間独り占め状態ですし、落語の寄席にも昼間から入れます。図書館も余裕で席が確保できるし、温泉もガラガラ。電車も座れます。

しかし、社会的にはメリットよりデメリットのほうが大きいですね。まず、対外的に親しくない人達、初対面な人、学校のPTAや義理の両親などに、今どんな仕事をしているのか?という話は当然ぼかさないといけません。言い訳をするのは意外と面倒です。

また、カードは作れないし、多分家も借りられないと思います。近々引っ越しをしたいと思っているのですが、世帯主は収入のある妻にしようと思っています。

もう一つデメリットを挙げるなら、圧倒的に誰かと話をする機会が減りました。在職中は、管理職で、かつ営業兼採用担当だったこともあって、毎日何かしら来客対応や会議等の調整業務が目白押しでした。それが全くゼロになったのです。

退職後、1か月経過して、すでにもう舌が回らなくなってきている・・・。使わないと退化しますね。毎日子どもと妻としか話さないです。このまま、なまってしまったらどうしよう?とか考えて、近い将来趣味の社会人落語サークルでも入ろうかなって思ってます。

6.40で無職になったらだらけてしまうのか?

退職する前、会社でお世話になった上司から念を押されるように言われました。「おまえ、絶対会社辞めたらだらけるぞ。食って寝て飲んで、また食って寝て・・・っていう生活にだけはならないようにしろよ?!」

実のところ、退職前は、自分もだらけない自信が全くなかったです。過去、大学時代はありえないほどだらけた5年間(留年してる)を送った自負があるので、ひょっとしたらだらけちゃうかなぁと思っていたのですが、、、フタを開けてみたら、全く逆でした。

朝は大体6時起きで、起床したらすぐ読書。子供が起きたら子供の朝ごはんの世話をして、学校に送り出す。続いて、洗濯・掃除を妻の代わりにやって、10時頃から時間ができたら図書館に行ったり、美術館に行ったり。午後前に帰宅したら自炊して、また読書。夕飯を作って、子供を風呂に入れて、ブログ書くか、読書して寝る、、、みたいな。だらけるヒマがありません。

元々、サバティカルはMAX1年間限定で、って決めていたからなのか、人間、限られた時間でやりたいことをやっている時は、だらけないものですね。

あるいは、年を取ったからなのかもしれません。これが20代なら、まだ時間は無限にあるように感じられて、無責任にダラダラしちゃってたとは思うのですが、40歳になって強く意識するのは、やっぱり残りの人生の時間数なんですよね。最近、ハダの張りも少し落ちてきたのを感じるし。場合によっては、もうそんなに後がないんです。

だからこそ、この休暇期間中は、自分に投資して、その後の土台を作っておこう、後悔しないようにやりきろう、という気持ちが無意識にあるんだと思います。

さらに、もう一つ挙げるならば、やはり子供がいるということ。この4月から、子供が小学生に上がって、朝7時50分には学校に行くようになりました。なのに、父親が子供よりも遅く起き出してきて、毎日だらけている姿はやっぱり見せられないです。子供って、本当に親のやることをよく見ているんですよね。

7.まとめ

退職したからといって、ユートピアみたいに自由で心が楽になったか?っていうとそうでもなかったです。自分で選択して無職になったとはいえ、その後再就職できるのかな?とか、あるいは、自分でフリーランスでやっていくにも仕事もらえるのかな?とかやっぱり毎日のように考えてしまいます。

今のところ、妻が結構高収入なため、最悪自分がずっと無職でも家族が困ることはないのですが、やはり無意識に「男はやっぱり働いてなんぼ」という刷り込みも強力です。働いていないと、このままでいいのかな?なんていう罪悪感も感じたりします。

よって、会社を辞めたからといって、そんなに心境的に緩めるような感じでもなかったのかな、というのが、会社を辞めて1か月たった素直な印象です。

今後、このブログでは、1か月か2ヶ月に一度程度、「40歳で無職生活となったあと、どうなったか?」みたいな経過報告をしていこうと思います。露悪趣味だ、と言われればその通りですが、自分にさぼらないようプレッシャーを与える、という一種の自戒の意味も込めて、ブログに書いていこうと思います。
ということで、今後も皆様よろしくお願いいたします。

それではまた。
かるび

 

書見台(ブックスタンド)は読書の友。劇的に読書生活がはかどるよ!

書評

かるび(@karub_imalive)です。

最近、長いエントリが多くなっていたので、たまには短めの日記スタイルで。(なんか以前もそんな反省をしたような・・・)

さて、最近自主的に会社を退職してから、1年間空いたフリーな時間で「読書」に集中的に取り組んでいます。乱読・多読なんでもありのスタイルなのですが、自分に課した課題として、以下のとおりとしました。

  • 基本は良書を精読する。読書記録をつける。
  • 良書は必ず一度は近いうちに最低1回は読み返す。
  • 2周目は、Evernoteに要点を抜き書きして読書記録をつける

その辺りのマイルールは、以前このエントリに書いたとおりです。

で、現在それを愚直にやっております。また別のエントリでまとめたいと思っていますが、1日1冊~2冊ペースで読み進み、5月はなんとか50冊ちょっと読むことができました。だてに会社に行ってないだけあります。

問題は、その後。

マイルールとして、「良書は要点を抜き書きする」と決めたのですが、この時に、本がきちんと開いていてくれないんです。何かで無理やり押さえていないと、本が閉じてしまい、作業ができない。

それで、空いている手とかその辺にある重しを使って、抜書をしたいページを固定しておくのですが、作業に集中できなくて、イライラとストレスがたまるんですよね。たとえば、こんな感じ。

手で必死に押さえながら作業をするの図f:id:hisatsugu79:20160608122354j:plain

重しで本を固定するの図(パソコン使って固定)f:id:hisatsugu79:20160608122552j:plain

まぁ本を切り裂いたり、強烈に折り目をつければいいんですが、それだと本に致命的なダメージがあるし、そもそも図書館で借りてきたような本にはそれもできないと。

最初は、読書用の鉄製のクリップなどで開きっぱなしにしていたのですが、一つ大きな欠点が。紙や折り目や、クリップを外した跡に細かい傷をつけちゃうんですよね。f:id:hisatsugu79:20160608125222p:plain(引用:BookClip(ブッククリップ)/快読ショップYomupara

それで、色々考えた結果、そうだ、書見台(ブックスタンド)を一度試してみよう、ということで、ネットで探して、amazonで単純に一番上に表示された「ベストセラー」だってことで、購入したのが、これ。

 

使用例としては、本当に簡単・単純でした。こんな感じです。書見台に本を置いて、二つのストップホルダーで本を固定するだけです。f:id:hisatsugu79:20160608123002j:plain

こんな感じで、本を書見台に固定して、Evernoteに抜書きしていくのですが、それまで、手で押さえたり、そのあたりにあった重しを本に置いて固定したりという煩わしい作業から解放され、思考に100%集中できるようになったのは、すごく嬉しかった。精読作業が嘘みたいに捗ります。

しかも、本を固定するストップホルダーの先端が丸くなっていて、紙面を傷つけることもありません。

そして、大きい本から小さい本まで、万能に対応してくれます。一番フィットするのは、中くらいの本。(※大きさ比較のために、スマホを隣に置いています)f:id:hisatsugu79:20160608121312j:plain

中くらいの本が、一番書見台にフィットします。f:id:hisatsugu79:20160608121411j:plain

図書館で借りてきた本でも、傷つけること無くしっかりホールドしてくれます。ちなみに、精読しましたが、僕がマティスさんの芸術を理解するには、まだまだ時間がかかるみたいです。f:id:hisatsugu79:20160608121419j:plain

 つづいて、文庫とか新書みたいな小さな本。今回は、文庫本を使います。f:id:hisatsugu79:20160608121440j:plain

書見台の上におくと、こんな感じ。f:id:hisatsugu79:20160608121456j:plain

ストップホルダーの位置は、中くらいのハードカバーに一番最適化されているので、若干ストップホルダーの位置合わせは気を使いますが、フィットしています。少なくとも手で押さえつけておくよりは100倍マシです。f:id:hisatsugu79:20160608121527j:plain

最後に、大型本。今回は、30センチ以上の本で試しました。これまた、図書館で借りてきた本です。f:id:hisatsugu79:20160608121558j:plain

書見台本体より大きく、本が台からはみ出していますが、不安定な感じでもありません。本の重みで書見台が倒れたりすることもないです。f:id:hisatsugu79:20160608121626j:plain

しっかり固定されています。大きくても大丈夫でした。f:id:hisatsugu79:20160608121705j:plain

・・・と言った感じです。

で、実際はこんな感じで目の前にノートPCを置いて、その横に書見台を置いて、書き物をする感じ。ちょっと背景が見苦しくてすみません・・・f:id:hisatsugu79:20160608121811j:plain

ちなみに、書見台に置くのは、本だけとは限りません。iPadとか新聞なども置いたりできるのです。f:id:hisatsugu79:20160608122001j:plainf:id:hisatsugu79:20160608122018j:plain

うん、まさに万能ツール。応用範囲が広いです。

まとめ

書見台って、ライターさんや、研究者、翻訳家、編集者など、専門職や出版業界の人なら当たり前のツールなんでしょうけど、自分が無知だったのか、40歳になるまでその存在すら知りませんでした。

ネットで調べてみたのですが、専門職の人以外で、読書用に書見台を購入してガンガン使っているところをアップしているブログって、意外に少ないんですよね。なら、これは是非とも自分が書見台を広めなければならん!と一念発起して、ちょっと書いてみることにしました。

僕は、結構文房具なんかでも、新製品が出たら割とマメに試してみたりする方です。でも、大体は「うーん、いまいち」となるようなものが多いんですよね。でも、ごくたまに、ドラスティックに事務効率を高めてくれる自分だけのツールがみつかるんですよね。

そういう意味では、この書見台との出会いは、本当に嬉しかった。読書生活のクオリティを劇的に高めてくれる、こんな有用なツールがあったとは。

ほんと、学生時代にレポートを書く時とか苦労して本を手で押さえつけたりしてて、一体アレは何だったんだ、って感じです。

 みなさんも、是非興味があれば導入してみてはいかがでしょうか?読書生活が、劇的にはかどりますよ!

それではまた。
かるび