かるび(@karub_imalive)です。
2017年9月~2018年9月にかけて、小学館から「週刊ニッポンの国宝100」という「国宝」をテーマとした分冊百科雑誌が発売されていました。2018年現在、日本国内には約1115件弱の「国宝」指定を受けている文化財がありますが、その中から週に2つずつ、50週の配本で合計100の国宝をビジュアル満載で紹介する分冊雑誌でした。
「週刊ニッポンの国宝100」では、初心者でもわかるよう様々な角度から非常に優しく「国宝」について解説されていました。普段、分冊雑誌は買うのが面倒で数冊で投げてしまう僕に、50冊全て発売日に通読し、その後発売された3冊の総集編まで熟読させるなど、本当に素晴らしい内容でした。
その「週刊ニッポンの国宝100」には、毎回楽しみにしていた巻末のコラムがありました。それが、明治学院大学教授・山下裕二氏による「未来の国宝 MY国宝」というタイトルの連載です。
すでに分冊雑誌の配本中から、この連載がまとめられて1冊の単行本として出版される旨が予告されていたので楽しみにしていたのですが、2019年2月、予告どおり発売されました。早速入手して改めて通読してみたのですが、やはり山下先生の美術書は面白いです!
せっかくなので、読んでみた感想を簡単にブログにまとめておきたいと思います。
「未来の国宝 MY国宝」とはどんな本なの?
冒頭でも書きましたが、2019年2月現在、日本中に数多くある文化財の中で、最高峰のクオリティと認められ、「国宝」指定された作品はわずかに1115件しかありません。
文化財保護法第27条によると、
文部科学大臣は、重要文化財のうち世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるものを国宝に指定することができる。
と定められています。
文化庁の文化審議会において、有識者達による毎月定例の会議を経て国宝に指定されている文化財は毎年少しずつ増えてはいますが、本来は「国宝」に指定されてもおかしくないくらいの潜在的な価値を持つ文化財はまだまだ沢山残っています。
そこで、この「週刊ニッポンの国宝100」では、日本美術史界におけるキーマンであり、かつエッセイや読み物の筆も立つ山下裕二氏が、
・将来の国宝候補となる作品(未来の国宝)
・個人的に国宝にしたい作品(MY国宝)
という2つの観点から50作品を選定。縄文土器から現代アートまで、絵画、彫刻、漆工など様々なカテゴリから毎回1作品ずつ取り上げて、作品の魅力やなぜこれが「国宝」であるべきなのか(あるいは国宝にしたいのか)、それぞれの作品に対する思い入れたっぷりにわかりやすく解説してくれました。それが、「週刊ニッポンの国宝100」での連載「未来の国宝 MY国宝」のコラム内容でした。
なぜ「未来の国宝 MY国宝」はオススメなのか?
プロの「鑑賞眼」で見た、本当に価値ある文化財が選定されている
山下裕二氏は、まだ美術史学生だった時から「とにかく作品を見る」ということを最優先に取り組んできました。それ以降約40年間もの間、日課のように展覧会やギャラリーを回り、時には国外を含めた遠方への遠征もまったく厭わない一方、美術に関する高額でレアな資料や画集・図録類をちゅうちょせず購入するなど、日々の研鑽を通じて鑑賞スキルを磨いてきた方です。
そんなプロ中のプロが、将来の国宝候補として選びぬいた傑作がまとめて50作品、解説付きで誌上にて鑑賞できるのですから、非常に価値があるわけです。少なくとも、山下氏が40年かけて磨いてきた独自の「審美眼」を学ぶことができるのは、自分にとっては非常に価値のあることでした。
ストーリーテラーとしても優秀な山下裕二氏。読み応え抜群のコラム集!
山下氏は講演などでも、ユーモアや裏話なども交えた軽妙なトークが本当に面白くためになる一方、ライターとしても非常に「読ませる」一流の書き手なのです。ちゃんと素人である我々一般の美術ファンが読んでも楽しめるように、わかりやすく噛み砕いて解説してくれているんですよね。
本作でもその「読みやすさ」は健在。
しかも「MY国宝」を語る時、ご自身の昔の経験談やエピソードを交えてしみじみ語る語り口が味わい深くてよいのです。また、時には美術界を取り巻く諸問題に対してウィットの効いた批判精神が披露されているのも、「山下節」の面白さの一つかもしれません。
では、実際にどのような作品が取り上げられているのでしょうか?本書に網羅された作品を、6つのタイプ別に分けて紹介してみたいと思います。
選定されている作品をコンセプト別に紹介!
タイプ1:埋もれた作家・忘れ去られた作品
狩野一信《五百羅漢図》のページ
日本美術では、現役時代は実力が認められ第一線で活躍していたものの、亡くなってから時間が経過するとともに忘れ去られ、埋もれていった作家がまだまだ山程います。山下氏は、それまでほとんど注目されてこなかった作家に注目し、展覧会なども企画・監修を務められるなど、日本美術史における「埋もれたアーティストたち」の復権に大いに貢献しています。そして、「未来の国宝、MY国宝」でも何人かの「埋もれてしまったけれど、実力ある作家の代表作品」を取り上げ、熱く「MY国宝」として紹介されています。
タイプ2:現在進行形で名品が出てきている分野
縄文土器について熱く語ったページ
ここ数年、発掘の進展や分析技術の進歩によって、縄文時代~古墳時代にかけての、日本古代での「考古学」分野についての研究が非常に進んできています。実際、縄文時代に関しては、「国宝」指定が相次いではじまったのも21世紀に入ってからのこと。
2018年の夏に東京国立博物館で開催された「縄文展」では面白い造形をした土偶や芸術センスあふれる縄文土器が多数出展されていましたが、山下氏もこの「縄文時代」に積極的に注目。いくつかの「深鉢形土器」を6つ目の「国宝候補」としてピックアップしています。
タイプ3:海外に流出してしまった国宝級の作品
惜しくも海外流出した狩野山雪の”奇怪な”梅の絵《老梅図襖》
明治維新後、廃仏毀釈運動や西洋文化の流入によって、浮世絵や日本画などの美術作品はずいぶんと海外向けに売り立てられ、国外へと流出してしまいました。有力なコレクターが所蔵していたり、美術館に収蔵されたりと、海外へと持ち出された美術品の大半は現地で大切にされているようですが、でも肝心の日本で簡単に観られないのは惜しいですよね。
山下氏も日々の研究過程でずいぶん欧米のコレクターや美術館を回って流出した美術品の検証作業を行ってきていますが、本書でもその中から特に思い入れがあり、クオリティの高い作品がいくつかピックアップされています。もし万が一日本に戻ってくることがあれば、その時は「国宝」指定されるのかもしれないと思うとちょっとロマンがありますよね。
タイプ4:「新しい」という理由で国宝化されていない明治期の作品
美術展などで国宝作品を意識的に見ていくようになると気づくのが、国宝に選定されている作品の選定基準の一つとして「古さ」が重要な指標になっているのではないかということです。例えば、絵画部門で見てみると、一番新しい国宝は、幕末に渡辺崋山の描いた自画像です。その後に制作された明治時代、大正時代の作品については「重要文化財」止まりであって、1件も国宝指定されていないのですね。
山下氏は、まさにこういった明治時代以降の画期的な作品を多数取り上げ、そろそろ国宝にしてみてはどうですか、と提案しているのです。
タイプ5:宮内庁が管理する「国宝制度」の埒外の作品
伊藤若冲《動植綵絵》は三の丸尚蔵館が所蔵する作品
先日、宮内庁の所蔵品を管理する皇居内の「三の丸尚蔵館」で開催された明治工芸を特集する展覧会を見てきたのですが、展示作品はどれも最高峰のクオリティで目を見張るものがありました。しかし皇室の「御物」や、三の丸尚蔵館や正倉院、桂離宮、修学院離宮といった宮内庁が管理する建物や作品に関しては、現在の「文化財保護法」で定められた国宝制度の適用範囲外なのです。(厳密な規定はないけれど、戦前からの暗黙の不文律となっている)
その代表格が、今や日本美術の代表格として海外に紹介されることも増えた伊藤若冲の最高傑作「動植綵絵」シリーズです。画家修業を終え、本格的にオリジナリティを確立した若冲が、約10年かけて制作したとてつもない作品です。これこそまさに堂々と「国宝」と呼びたいものですよね。
連載時、山下氏がいつ「動植綵絵」を取り上げてくれるのかな~と思って楽しみにしていたのですが、やはりしっかり言及してくれたのでした。
タイプ6:山下氏の思い入れ1:奇想の系譜に連なる作家たち
2016年末の回顧展で人気爆発!鈴木其一の代表作《夏秋渓流図屏風》
コラムのタイトルが「未来の国宝 MY国宝」とあるように、山下氏の特にお気に入りの作品も多数「MY国宝」としてコラム内で取り上げられました。ただし、40年以上にわたる研究歴の中で、作品を見続けてきた山下氏の確かな目が選んだ「MY国宝」なので、そのクオリティは折り紙付き。
そんな山下氏が特に思い入れが強いと見られるのが、山下氏の師・辻惟雄氏が激賞する「奇想の系譜」に連なる江戸時代の個性派絵師たちです。1970年に発売され、50年以上読みつがれてきた美術書のレジェンド「奇想の系譜」で取り上げられる前は、彼ら奇想絵師たちはみな、完全に歴史の谷間に埋もれていました。しかし、辻氏の粘り強い啓蒙活動や、それに続く山下氏の著述活動の中で取り上げられたことによって、現在の隆盛があるわけですね。
本書では、この江戸絵画の「奇想の絵師」が手がけた作品が全部で実に10作品(コラム含)も取り上げられています。(※伊藤若冲、長沢蘆雪、曽我蕭白、鈴木其一が各1作品ずつ、岩佐又兵衛、白隠慧鶴、狩野山雪が2作品ずつ)
タイプ7:山下氏の思い入れ2:現代美術の作家たち
「琳派」作品から本歌取りした日本美術のDNAを引く作品。会田誠《紐育空爆之図》
日本美術に深い造詣がある山下氏ですが、日本人の現代作家たちにも目線が行き届いています。2017年~2019年にかけて国内を巡回中の「ドラえもん展」でもキュレーションを担当されるなど、優れた現代アーティストの発掘にも余念がありません。本書で山下氏が取り上げた現代作家たちは、特に「未来の国宝・・・」というより「MY国宝」という側面が強く、古美術作品に比べると書き方がより「主観的」で、作品への惚れ込み方がよりわかりやすく反映されています。
将来、本当に「国宝」に格上げされるかも?!
連載初回に掲載されたところ、2018年に見事国宝へと格上げされた《日月山水図屏風》
「未来の国宝 MY国宝」で山下氏が選んだ作品は、いずれも何らかの理由によって国宝に選定されていない名品ばかり。しかし、第1回の連載で取り上げられた江戸時代のデザインセンス溢れる名品「日月山水図屏風」が、2018年4月に実際に「国宝」指定を受けるというちょっとしたサプライズが。改めて、山下氏の選球眼の鋭さを証明する形になりました。
冒頭でも書きましたが、本書は特に「国宝」というキーワードにとらわれず、本当に優れた作品を日本美術の中から見つけ出すための「目」を養うために非常に役に立ちます。それぞれのコラムでは、山下氏がなぜその作品を「未来の国宝」または「MY国宝」に選んだのか、わかりやすく解説してくれています。
ぜひ、美術鑑賞の「目」を一歩深めるためにも同書を活用してみてください。もちろん僕もこの機会にしっかり読み直して、実際に美術館・博物館へと作品に会いに行きたいと思います!
それではまた。
かるび
関連情報
「未来の国宝 MY国宝」
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奇想の系譜展で山下氏のキュレーションがたっぷり楽しめる!
山下裕二氏といえば、2019年2月9日~4月7日で東京都美術館で開催されている「奇想の系譜展」を監修しています。本書で「未来の国宝」として取り上げられた作品も、以下の5作品が出展されています。
・白隠《達磨像》
・曽我蕭白《群仙図屏風》
・岩佐又兵衛《山中常盤物語絵巻》
・鈴木其一《夏秋渓流図屏風》
・岩佐又兵衛《洛中洛外図屏風・舟木本》(コラム)
僕も寄稿先の和樂Webマガジン「INTOJAPAN」でレビュー記事を書きました!もしよければこちらもチェックしてみてください!