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あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して3ヶ月。無職または専業主夫で、ブログ書いてます。美術展と人事労務系の記事が多め。

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大迫傑、日本選手権5000m、10000m 2冠達成&リオ代表内定おめでとう!

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(引用:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160624-00000185-nksports-spo.view-000

かるび(@karub_imalive)です。
陸上ファンの上半期を締めくくるイベント、日本選手権が終わりました。その初日と3日目、陸上日本選手権10000メートルと5000メートルで、無冠のスピードランナー、大迫傑がとうとうやってくれました!2012年に初挑戦して以来、5年越しでつかんだ日本選手権初優勝。長距離2冠です。

ここ数年リアルタイムでテレビ観戦していましたが、毎年悔しがる大迫を目の当たりにしてきたので、今回の完全勝利は格別だったんじゃないかなと思います。

そして、こちらは日本陸連のリザルトと公式動画。

さて、陸上長距離は、ここ20年位の低迷が象徴する通り、年末の箱根駅伝以外では、全く注目されないマイナー競技であり、朝刊各種を確認していましたが、扱いはケンブリッジ飛鳥や福島千里に大きく及ばず・・・。今回取り上げる大迫だって、3000mと5000mの日本記録保持者ですよ?!(笑)

であれば、一陸上長距離ファンとしては、それならブログに書いて残しておきたいな、と思い、今回、エントリを残しておきたいと思います。このエントリでは、以下大迫傑の苦節5年間の日本選手権での戦いについて、少しまとめて書いてみたいと思います。

個人的な長距離陸上への思い

大迫の話に入る前に、少し自分語りを。
僕は、まったく走れないくせに、わりと熱心な陸上長距離ファンなのです。学生・社会人を問わず、春~夏はトラックシーズンをウォッチし、秋~冬は駅伝とマラソンを欠かさず見ています。(見るだけです、本当に走るのは全くダメ/笑)

この6月24日~26日までは、そんな陸上長距離ファンにとって、2016年前半戦のハイライトとなる日本選手権が行われました。

陸上の日本選手権は、毎年、6月中の金土日3日間で行われます。たいていの年は、何らかの世界選手権などの前哨戦と位置づけられることが多くなっています。事実上、春・夏のトラックシーズンのフィナーレを飾る試合で、季節柄、かなりの高確率で雨の中の競技となるのが特徴です。競馬で言えば宝塚記念みたいな感じ。野球で言えば、オールスターのようなものでしょうか。

長距離ファンは、その中で、特に3000m障害、5000m、10000mに注目することが多いのですが、その中で、10000mといえば、特に秋冬シーズンでフルマラソンや駅伝でエース級の活躍をする実力上位の選りすぐりメンバーが出場してきます。

特に、今年の出場選手21人は、ほぼ全員が箱根駅伝の経験者でもあり、毎年のエース格として、学生時代から長く活躍をしてきたエリート選手が揃って出場していました。去年、「新・山の神」として騒がれた神野大地選手も出ていましたね。

そして、この2016年大会は、1ヶ月後に控えたオリンピックの前哨戦として、非常にハイレベルな戦いが予想されました。

結果、勝ったのは、今日このエントリで取り上げる大迫傑(おおさこすぐる)。5年越しの日本選手権勝利は、5000m、10000mと文句なしの2冠でした。ようやく、勝てました。長かった・・・。

2012年:挑戦1年目(2位)

大迫が日本選手権の10000メートルに初挑戦したのは、早稲田大学3年生となった2012年。参加即優勝候補として注目されましたが、ラストスパートで、日清食品の佐藤悠基に地力の差を見せられ、2位となります。

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勝負は、最後のバックストレートで決着しました。先行する佐藤悠基選手に、最後のラストスパートで追いすがりますが、逆に佐藤選手にさらにスパートされ、わずか0.4秒差で敗れます。百戦錬磨の社会人に、経験・実力とも及ばず、見た目のタイム差以上の実力差を感じさせる敗戦でした。結果として、ロンドン五輪代表の座も逃してしまいます。この時のひと目もはばからない大迫の悔しがり方は、ぐっとくるものがありました。クールな大迫にしては珍しい光景でした。

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(引用:日本選手権総括 | 早稲田スポーツ

2013年:挑戦2年目(2位)

前年で佐藤の後塵を拝し、捲土重来を期してさらにトレーニングに励んだ翌年。1月2日の箱根駅伝では、1区で見事区間賞。確実にパワーアップして臨んだ日本選手権10000メートルでした。

しかし、またしても佐藤悠基の前に敗れ去ります。通称「コバンザメ走法」とも揶揄されることもある佐藤悠基のラスト200メートル勝負に持ち込まれます。一瞬のキレ味に劣る大迫は、またも佐藤悠基に惜敗。2年連続2位となりました。

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佐藤悠基は、優勝後のインタビューで「最後の100メートルで決めてやるというつもりで、絶対に前に出ないようにしました。プラン通りだったと思います。」と述懐しています。王者佐藤悠基の心憎いまでの余裕でした。

2014年:挑戦3年目(2位)

大学を卒業し、実業団選手として競技を継続することになりました。奇しくも、大迫が選んだ社会人チームは、前年まで2年連続で惜敗中の佐藤悠基も所属する日清食品。佐藤とチームメイトとなったのでした。

そして、迎えた2014年の日本選手権。またも10000メートルの舞台で、佐藤悠基との3度目の対決となります。大会開始前から、下馬評は2012年、2013年に続いて、やはり佐藤、大迫の2強チームメイト対決であろうと言われていました。

絶対王者である佐藤は、この年から年齢的にもマラソン練習を本格的に始めており、そのスピードにも陰りが見えてきたところでした。そろそろ大迫にもチャンスがあるだろう、今年こそ大迫が逆転するかもしれない、と言われていました。

しかし、フタを開けてみたら、佐藤悠基の鉄壁のコバンザメ走法の前に、またしても敗れ去ります。3連敗。一瞬の切れ味に劣る大迫は、ラスト1周半でロングスパートをかけますが、佐藤にぴったり後ろにつかれてしまいます。結果、やはりバックストレート手前で佐藤にかわされ、またも無念の2位となったのでした。

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2015年:挑戦4年目(2位)

日清食品のチームカラーは、どちらかというと「個」の力を尊重する傭兵軍団みたいなプロチーム。社会人2年目となった大迫は、徐々に国内から海外へとトレーニングの拠点をシフトしていきます。

学生時代からたびたびゲスト参加していたナイキ社が、アフリカ勢に対抗できる長距離陸上選手を強化育成する目的で立ち上げた、「ナイキオレゴンプロジェクト」へ正式参加することになり、2015年3月には、日清食品を退社します。

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(引用:大迫傑、まだ見ぬ先へ。 | onyourmark MAG

アメリカに移住し、最高のコーチや、ラップ、ファラーといった世界的な選手と競い合える最高の環境の下で、5000mや10000mといったトラック競技に絞ってスピードの強化に努めました。

奇しくも、4度目の対決となるか?と思われていた佐藤悠基は2015年より本格的にマラソンへ転向していました。そして、調整が遅れていたこともあり、佐藤は直前で10000mを回避することになります。

一方で、大迫も直前の海外試合転戦での疲れが溜まっており、本調子とは言えない状態でした。日本選手権直前に日本に戻ってきますが、5000m、10000mのダブルエントリーは体力的に厳しい状況でした。大迫は、熟慮した結果、10000mには出場せず、2015年は5000m1本で勝負することになります。

参加選手の持ちタイムや、佐藤の不出場により、今年こそは大迫に栄冠か?!と思われていた2015年でしたが、そこに、思わぬところで伏兵が現れました。

その伏兵とは、2015年に城西大学を卒業し、将来の長距離界を嘱望されていた村山兄弟の弟、村山紘太です。

社会人1年目に、長距離の名門、旭化成に進んだ村山は、同年5月、同社本拠地延岡市で開催された「ゴールデンゲームズのべおか」5000mにて、日本人史上6人目となる13分20秒を切る好タイムを叩き出し、好調を維持したまま、この日本選手権にピークを合わせてきていました。

対して、大迫は前走を回避するなど、調整が100%上手くいっていませんでした。大迫に対して現役時代ほとんど勝ったことがなかった村山は、日本選手権での雪辱を密かに狙っていました。

勝負は、最後のバックストレート。切れ味に劣る大迫は、残り1周半でロングスパートをかけますが、村山を振り切ることができません。そして、最後の直線で追いつくと、一瞬の切れ味で勝る村山は、残り200mで並び、ゴール前で一気に抜き去りました。競馬で言うと一瞬の末脚というやつです。

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そして、最後は、大迫に対してこれ見よがしな「昇竜拳」のおまけ付き(笑)どんだけジャンプしてるんですか・・・。村山は余程嬉しかったのでしょう。大迫はこの5000mで派遣標準記録も満たすことができず、世界選手権の出場権も逃してしまったのでした。

そして、2016年・・・

オレゴンプロジェクトでいよいよ勝負の年となる2年目となりました。2015年7月に、海外試合にて、それまで松宮隆行が長年保持していた5000mの日本記録を一気に5秒近く縮める13分08秒台を出すなど、ますますキレが増した2016年。今回は調整も上手くゆき、5000mと10000mの両方にエントリーしました。

まずは10000mから。

そして、日本選手権初日。19時48分に定刻通りスタートした10000mで、とうとうやってくれました。中盤以降、設楽悠太(ホンダ)、村山紘太(旭化成)との3つ巴の争いとなりますが、設楽・村山が残り5周(約8000m地点)で早仕掛け気味に足を使ってしまいます。恐らく、地力に勝る大迫を意識した早仕掛けだったでしょう。

ライバルの戦略ミスも重なり、他選手にスパート余力がなくなる中、大迫が残り1周半となったところで満を持してロングスパートをかけると、今年は村山についていく余力はもうありませんでした。

終わってみると、2着の村山に10秒近くの大差をつけてゴールイン。圧勝でした。5年越しの悲願の優勝と、オリンピック代表を自力でつかんだ記念すべき瞬間となりました。

つづいて、5000m。

初日にデッド・ヒートした村山紘太が欠場し、鎧坂哲哉も調子が上がらない中、ライバルらしいライバルが不在な感じのレースに。

序盤から設楽悠太が飛ばすも、3000m過ぎに一昨日の疲れが残っているのか後退していきます。代わって、上野裕一郎や大六野秀畝が入れ替わりトップを走るそのすぐあとくらいの3番手付近を終始キープ。

残り500mとなったところで、ロングスパートをかけると、あっさりと抜けだして勝利を確定。後方で上野や大六野、一色などもゴール寸前で盛り返すも、時すでに遅く、2位争いとなりました。そして、最後は少し流し気味にゴールイン。

疲れも残っており、万全の状態でない中、地力の違いを魅せつけた感じになりましたね。オレゴンプロジェクトでの成果が遺憾なく5000mでも発揮されました。

まとめ

早稲田大学に在籍した時代から、世界を見据えて積極的に海外へと転戦を重ねていった大迫傑。間違いなく、日本陸上長距離界のパイオニアであり、野球で言うところの野茂みたいな存在です。

日本人選手の中では、特に3000、5000、10000といったトラック競技においては実力No.1であると目されていた大迫でしたが、この日本選手権だけは、鬼門でした。その日本選手権を、5年越しにつかんだ勝利。これは非常に大きかったと思います。

あくまで、これは通過点に過ぎませんが、是非リオオリンピックでは、ケニア、エチオピア勢の上位独占状況に風穴を開け、存在感を示してほしいな、と思います。

大迫、おめでとう!リオでも応援します!!

それではまた。
かるび