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東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と人事労務系の記事が多め。

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【ネタバレ有】映画「LION ライオン 25年目のただいま」感想・考察とあらすじ解説/心温まる真実の感動ストーリー!

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【2017年4月21日更新】

かるび(@karub_imalive)です。

4月8日にリリースされた新作「LION ライオン 25年目のただいま」を見てきました。公開館数が少ないものの、非常に好評上映が続いている本作。早速ですが、映画を見てきた感想やレビュー、あらすじ等の詳しい解説を書いてみたいと思います。
※本エントリは、ほぼ全編にわたってストーリー核心部分にかかわるネタバレ記述が含まれますので、何卒ご了承下さい。

1.映画「LION ライオン 25年目のただいま」の基本情報

<映画「ライオン」公式予告動画>

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【監督】ガース・デイビス
【配給】GAGA
【時間】119分
【原作】サルー・ブライアリー「25年目のただいま

アカデミー賞では「作品賞」「助演男優賞」「助演女優賞」「脚色賞」「撮影賞」「作曲賞」と合計6部門でノミネートされた話題作品。残念ながら受賞はなりませんでしたが、その作品の前評判やレビュー内容は非常に良く、力のある作品でした。

TOHO六本木ヒルズで土曜の午後に鑑賞。朝から僕の苦手な満席祭りです。やっぱり都心だと賞レース系の作品は人がガッツリ入りますね。

2.映画「LION ライオン 25年目のただいま」の 主要登場人物とキャスト

サルー(デブ・パテル)
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インド系の血筋ながら、ロンドン出身のイギリス人であるデブ・パテルにとって、本作でのサルー役は、自分自身のルーツと重なり合う部分の多い適役。彼本人が熱望してサルー役を射止めたのは、本作品にとって一番の幸運だったと思います。クランクインまで8ヶ月間、役作りのため食事療法で増量し、オーストラリア訛りを完璧にモノにして挑んだ本作では、不自由ない温かい家庭で育った知的で落ち着いた若者が苦悩する姿を的確に演じていました。

サルー幼少期(サニー・パワール)f:id:hisatsugu79:20170409020056j:plain

インド全土から幅広くオーディションを行って選ばれた天才子役。とにかく愛くるしくかわいい上、どこか陰りのある悲しそうな憂いを湛えた表情がたまりませんでした。すでにハリウッドのデミ・ムーア主演のインド映画「Love Sonia」での抜擢が決まったそうですが、この子は今後色々な映画にひぱりだこになりそうですね。映画撮影時、若干5歳だったとは思えない素晴らしい演技が最高でした。

ルーシー(ルーニー・マーラ)f:id:hisatsugu79:20170409020346j:plain

大学時代からのパートナー、ルーシーを演じたのは、「ソーシャル・ネットワーク」(2010)、「her/世界で一つの彼女」(2013)などで知られる実力派若手女優のルーニー・マーラでした。物語中ではどちらかというとサルーに振り回されっぱなしの役でしたが、彼女の理解と共感、精神的な支えがあってこそ、サルーは活動を続けられたのだと思います。セリフは少なかったですが、重要な役どころです。

カムラ(プリヤンカ・ボセ)f:id:hisatsugu79:20170409020332j:plain

夫が出て行ったあと、鉱山での厳しい肉体労働で家族を支える苦しい生活ながら、彼女の子供達に向ける眼差しは愛情あふれる母親としての美しさに溢れていました。地元すごく魅力的な俳優です。

スー(ニコール・キッドマン)f:id:hisatsugu79:20170409020023j:plain

オーストラリアでのサルーの母親役には、トム・クルーズとの結婚生活中、2人の養子をトムとの間に迎えた実体験もあるニコール・キッドマンが選ばれました。親族との打ち合わせの際に、親族側からの発案で選定されたそうです。ここ最近「アラビアの女王 愛と宿命の日々」や「ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ」などヒューマン・ドラマ系での味のある出演が増えてきましたね。

ジョン(デビッド・ウェンハム)f:id:hisatsugu79:20170409020034j:plain

サルーの父親役には、地元オーストラリア人の俳優が起用されました。ニコール・キッドマンとの共演は2001年の「ムーラン・ルージュ」以来2回目で、イギリス系や地元オーストラリア映画、ドラマなどで活躍中。ハリウッドでの代表作は、「ロード・オブ・ザ・リング」のファラミア役ですね。地元オーストラリアでは、最も尊敬されている俳優なのだそうです。

 

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3.結末までのあらすじ紹介(※ネタバレ注)

3-1.迷子での家族との別れ

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1986年。サルーは、インド西部の炭鉱に近い田舎町カンドワで、文盲の母親と兄弟3人と貧困家庭で暮らしていた。若干5歳だったが、その日も兄、グドゥと一緒に炭鉱から石炭をくすね、それを街でわずかの食料に替えて食費を稼ぐのだった。

サルーが兄、グドゥとはぐれてしまったのは、翌日だった。夜間の力仕事に出かけるというグドゥに無理やりついていったのだが、疲れて途中で寝てしまったのだ。グドゥはサルーを駅のベンチに置いて仕事にでかけていった。

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夜中、サルーが目を覚ますと、あたりには誰もいなかった。兄を探してホームをうろうろ歩き回ったが、深夜に一人きりだった。停車中の電車を探したが、やはり兄の姿はそこにもなかった。サルーは、疲れてそのまま列車の中で寝てしまった。

再びサルーが起きると、列車はどこかへと移動中だった。サルーの他には乗客はなく、回送電車の中に閉じ込められてしまったのだ。そのまま2晩ほどひたすら電車の中で過ごすと、電車は大きな駅に到着した。サルーの生家から1600kimも離れたインド西部の大都市、カルカッタだった。

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回送電車から降りると、サルーは覚えている地名「ガネストレイ」はどこ?と道行く人などに聞いて回ったが、インド西部のベンガル語がわからず、誰からも相手にされなかった。

仕方なく、サルーはカルカッタ駅の地下構内で同じようなホームレス孤児の仲間とダンボールを敷いてその日寝ることにした。しかし、真夜中に駅の職員から追い立てられ、追い出されてしまう。再びサルーはカルカッタの市内をさまよい歩くのだった。

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サルーが昼間に市内の線路沿いを歩いていた時、ヌーラという女性がサルーに話しかけてくれて、自宅で体を洗い、食事を与えてくれた。翌日、ヌーラのパートナーのラーマという男がやってきて、サルーに話しかけ、身体中をチェックして帰って行った。ヌーラとラーマは、共にグルで人身売買を生業としていたのだ。

何が起こっていたかわからなかったが、直感的に危機を悟ったサルーは、翌日ヌーラのマンションを抜け出し、逃げ出した。そして、サルーは再び路上生活に戻ってしまった。

しかし、ある日サルーが持ち歩いていたスプーンでレストランの外からある男性がスープを飲むところを真似していたら、気づいた男性が保護し、警察へと連れて行ってくれた。警察で尋問されたが、自分の名前くらいしか覚えていなかったので、警察も身寄りを探すこともできなかった。サルーは、孤児院へと収容されることになった。

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その孤児院には、様々な境遇の子供達が収容されており、さながら刑務所のようだった。職員たちは子供に厳しく、問題児には容赦なく体罰が待っていた。

1987年になると、ミセス・スードという支援者がサルーへと面会に来た。ミセス・スードは、孤児たちに養子縁組を仲介する慈善団体の職員で、身よりが全く不明なサルーをタスマニア島に住む、オーストラリア人のブライアリー夫妻へと仲介しようと考えていた。

まもなく、サルーとブライアリー夫妻の間に養子縁組が決まり、オーストラリアに渡る直前の待機期間中、サルーはミセス・スードから英語や挨拶の仕方を教わった。

そして、いよいよサルーとブライアリー夫妻は、彼らが暮らすオーストラリアのタスマニア島の空港で初めて対面を果たした。サルーは、最初はもじもじしていたが、すぐに彼らの生活スタイルに慣れて、ブライアリー夫妻と本当の家族のように過ごすようになった。

2年後、サルーと同じ経路にて、サルーの弟となるマントシュがインドから渡ってきた。マントシュはサルーと違い、精神面でトラウマを抱えていたため、オーストラリアでの生活に慣れるまで時間がかかったが、サルーはマントシュを実の弟のようにかわいがった。

3-2.自分自身のルーツを探る日々

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そして、タスマニアで20年が経過した。2010年、24歳となったサルーは、その日も海でダイビングを楽しむと、自分自身の大学進学の門出を祝うディナーを両親と楽しんでいた。サルーは、今やヒンディー語は忘れてしまい、英語を流暢に話せるようになっていた。両親は、マントシュもディナーに招待していたが、彼は来なかった。

サルーは、すでに両親の元を離れ、ひとり暮らしをはじめていたマントシュの元にも立ち寄り、そしてメルボルンへと旅立った。

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メルボルンの大学で出会ったインド系留学生との出会いが、サルーの心深くにしまわれていた「自分のルーツを知りたい」という気持ちに再び火をつけた。大学入学後、知り合ってすぐに意気投合し、恋人関係になっていたルーシーとともに、クラスのホームパーティで、カルカッタから来た留学生と知り合った。

彼らに身の上話を聞かれ、そして、キッチンでみかけたインドのお菓子「ジャレビ」が彼の記憶を大きく呼び起こすきっかけとなった。そのお菓子は、彼が兄・グドゥと生き別れる直前に、彼にせがんだことがあるお菓子だった。

彼は、インド系学生の仲間たちに自分の生い立ちを正直に打ち明けたところ、彼らからGoogle Earthを活用して故郷を探してみては?とアドバイスを受けた。

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翌日から、彼は過去の記憶を頼りに、移動距離を計算しながらGoogle Earthで彼の故郷を探し始めた。恋人のルーシーを実家に連れてきて紹介したが、その際も、彼は両親に生家を探していることを両親に伝えることができなかった。

また、マントシュと両親との関係も相変わらずうまくいっていなかった。マントシュは精神的に不安定な日々が続いており、久々にディナーに現れたと思ったら、家族と言い争いをしてしまうのだった。

サルーは、次第にGoogle Earthでのリサーチにのめり込んでいった。大学を卒業しても就職せず、ひたすら家にこもって朝から晩までリサーチを続けていた。周りが目に見えないほどのめり込み、精神的に落ち込んでいたサルーは、心配したルーシーを邪険に扱い、ルーシーを遠ざけてしまった。

2012年になっても、サルーは実家に戻ってさらにリサーチを続けていた。自室に調査マップを貼り出し、取り憑かれたように作業に没頭していた。途中、父親が自宅に訪ねてきたが、彼は玄関に出ようともしなかった。

そんな時、彼は街でかつての恋人、ルーシーと偶然再会した。久々にルーシーと話をしたことがきっかけで、サルーは両親に自分の活動を打ち明けることができた。そして、ある日母親スーと二人きりで話していた時、スーは、なぜサルーを養子に迎えたのか語ってくれた。幼い時に、「茶色い肌の子供達と幸せな生活をしている」ビジョンを見たことがきっかけだったという。さらに、スーは、「世界中には人があふれてる。子供を産んで世界がよくなる?恵まれない子たちを助けるほうが、意義がある」と、サルーに語って聞かせた。

ある日、サルーはGoogle Earth上に映ったインド西部の未探索となっていたフィールドで、偶然見つけた線路から外れた鉱山のような画像が、幼い時に兄とよく行っていた炭鉱の鉱山に似ていることに気づいた。

そのまま近くの画像を辿っていくと、彼が見覚えのある駅前の給水塔や、その駅名「ガネッシュ・タライ」駅が、彼が覚えていた「ガネストレイ」と似ていることから、とうとう実家の場所を割り出すことに成功した。

興奮冷めやらぬまま、彼はルーシーの元へ走って報告しにいった。そして、彼は父母に会いに行くため、インドへと旅立った。

3-3.母との奇跡の再会~エンドロール

そして、記憶を辿りながらようやく実家へとたどり着いたが、そこには母の姿はなく、ヤギの家畜小屋になっていた。

ここまでたどりついたのにー。悔しさと絶望感から壁を叩いて悔しがったサルーだったが、気を取り直して周りの住民に聞き込みを始めてみた。すると、すぐに英語を理解してくれる中年の男性が、母の居場所に連れて行ってくれた。

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サルーと母親は、すぐにお互いのことを理解した。お互いに言葉が通じなかったが、彼らは固く抱き合って再会の涙を流した。母親は、サルーの額の古傷を見て、たしかに実の息子であると周りにも説明した。サルーは、妹のシェキラにも再会した。しかし、兄のグドゥは彼と生き別れたその日に、別の電車にはねられて死亡していたのだった。

サルーの母は、いつかサルーが戻ってくることを信じて、決してガネッシュ・トレイの近くを離れようとしなかったという。また、「サルー」という名前は、彼の聞き間違えであり、本当は「シェルゥ」が正しい発音だった。それは、ヒンディー語で「ライオン」という意味だったのだ。

その後、サルーと実母カムラ、育ての親スーは3人で改めて後日再会し、サルーをめぐる奇跡を喜びあった。

 

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4.ストーリーの感想や評価(※ネタバレ注)

4-1.ほぼ事実に即した驚きの感動伝記ストーリー

この映画は、5歳で迷子になり、遠く離れた地からネット上の地図情報だけを頼りに肉親と25年ぶりに奇跡の再会を果たしたサルー・ブライアリーの半生を描いた実話ベースの伝記ストーリーです。

事前に結末まで全部わかっていたにもかかわらず、実際に映像でそのプロセスを追っていくと、改めてその奇跡的な出来事の連続と家族の強い愛情を描いたストーリーに否応なく感動させられてしまいました。

また、映画パンフレットや各種インタビューを読むと、制作スタッフやキャスト陣の並々ならぬ作品への思い入れや、関係者へのリスペクトがよく伝わって来ます。この奇跡のような話に制作陣が心から共感して取り組んでいたことや、サルー・ブライアリーの親族たちとの良好な関係も、本作が傑作に仕上がった一因だと感じました。 

4-2.工夫をこらした印象的な映像や演出が良かった

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本作はアカデミー賞「脚色賞」にもノミネートされたとおり、実話ベースのストーリーを映像として描き出す際に、単にドキュメンタリータッチでエピソードを再現するだけでなく、非常に工夫をこらした演出で鑑賞者を飽きさせない映像的工夫が印象的でした。

まず、映画冒頭で、彼が肉親を探し出したツール「Google Earth」で見ているかのようにかなりの上空から幼少時代のサルーを追っていくシーンで始まります。その後も、ルーシーとタスマニアのとある山頂から街を俯瞰しながら語るシーンなど、物語の要所要所で上空から街を俯瞰する場面が効果的に使われます。風光明媚なタスマニアの大自然は、こうした引きのカットで美しさが際立ちますね。

また、彼の数奇な人生に決定的な影響を与えた「鉄道」や「線路」を想起させるシーンが繰り返し映画内で描かれます。冒頭で兄、グドゥと石炭運搬車両に乗っているシーンから始まり、カルカッタ市内で街を彷徨っていた際も、鉄道の跨線橋や線路脇での場面が多用されました。そして、彼が故郷に戻ってきたエンディングでも、線路脇での兄、グドゥとの回想シーンが効果的に使われます。

効果的に使われた「蝶」のイメージf:id:hisatsugu79:20170421025230j:plain

さらに、時折使われた「蝶」のイメージも物語の神秘性を強調していました。サルーがインドで生まれた村で、幼い時に黄色い蝶が大好きだったというエピソードや、彼がカルカッタで危険な目にあった時、いつも蝶を目にすると共に、兄グドゥの存在をそばに感じていた、という逸話から、映画内では「蝶」がサルーを守護する一種スピリチュアルな象徴として要所要所で使われていました。古代ギリシャなど、ヨーロッパのいくつかの文化圏では、「蝶」は死者の魂を表す存在であり、魂の復活を象徴するアイコンでもあるようですね。

4-3.自分のことを知りたいと思う気持ちの強さ

「自分とは何者なのか?」という問いは、人間にとって、古今東西あらゆる時代において究極の疑問だと思います。そして、新しい人生を切り開いていく時、その前に自分の過去を振り返ることでまず自分自身をよりよく知りたいと考えるのは、非常に自然な人間の根源的な要求なのではないでしょうか?

映画内でも、オーストラリアで温かい家族、彼女や友人に恵まれ、金銭的にも豊かで何不自由無い大学生活を送っていた(いわゆるリア充/笑)にも関わらず、サルーは記憶の断片がフラッシュバックしたことをきっかけに、自分自身のルーツを探ってみたい!という強い思いにとらわれていきます。

実際に彼の著作「25年目のただいま」でも

僕が家を探していたのは、幕引きを求めていたのでもあり、自分の過去を理解したいから、その結果として自分自身をもっとよく理解したいからでもあった。いつか、インドの家族と連絡がとれるかもしれないと希望していたのは、僕がどうなっているか、家族に知ってほしかったからでもある。

と明確に書かれています。

「自分探しとかしてる暇があったらさっさと行動を起こせ!」という人もいますが、時に人間は未来に向けて前向きな行動を取りたいと思えば、どうしても自分の過去やルーツとしっかり向き合わなければならない局面がかならずあるのだと思います。

4-4.一方で、家族の絆の素晴らしさを描いた作品でもあった

映画を見ていて強く感じたのは、これほど過酷な運命に遭ったサルーが、思慮深く温和な大人へと無事に成長できたのは、彼の二人の母親や、家族、恋人の愛情がベースにあったからなのだということです。

25年間、失踪した息子を信じて引っ越しもせず待ち続けたインドの母、カムラと、25年間、実の息子としてどんな時も彼に愛情を与え続けたオーストラリアの母スーを中心に、とにかく彼の周りに出てくる人たちには、人間的な温かさがあふれていました。

だからこそ、エンドロールでサルーと二人の母親が3人で再会するシーンには本物の感動がありました。25年越しの奇跡は、彼らとの強い絆と愛情あってこそだったのですよね。見終わった後、自分と家族の間の絆や、その大切さについて深く考えさせる映画でもあったと思います。

5.伏線や設定、事実関係などの考察・解説(※ネタバレ注)

本作は、サルー・ブライアリーの故郷探しについての実話を元に「ほぼ」事実通り制作されていますが、中には映画の尺の問題や、少し脚色された部分もあります。ここでは、彼の書いた著作「25年目のただいま」や、彼を取り巻くニュースソースなどを手がかりに、映画を補足するポイントや映画と実話の相違点などを解説してみたいと思います。

5-1.カルカッタの厳しい路上生活や犯罪ビジネスの横行

スラム街の入口「ハウラー駅」f:id:hisatsugu79:20170410085355j:plain
(引用:http://d-arch.ide.go.jp/photo_archive/India/children/chapter_5/55_V_053_001.html

映画内でサルーが到着したカルカッタは、昔から貧困と大気汚染で有名なインド西部の大都市ですが、駅構内や川沿いで生活する人々に混じって、サルーが厳しい路上でのサバイバル生活を送るシーンが描かれましたね。

見ていて非常に複雑な気持ちにさせられるシーンですが、現在でも、カルカッタでは何十万人ものストリート・チルドレンが路上で生活し、引き取り手が現れる前に短い一生を終えていきます。

さらに、そんなストリートチルドレンを狙って、臓器売買や児童買春、人身売買など様々な犯罪が日常茶飯事のように行われているそうです。映画内でも、カルカッタの線路上を彷徨っていたサルーを助け出した男女のカップルは、サルーを騙して彼をどこかへ売り飛ばす算段をしていました。

サルーは、数ヶ月に渡る路上生活の場で、危険を察知する直感が研ぎ澄まされていたのでしばらくしてから「直感的に危機を察知して」夢中で逃げた、と著作で振り返っています。

映画内で、カルカッタに到着してから孤児院へ収容されるまでの彼の様子を描いた数週間を見ていると、彼が助かったのは本当にラッキーだっだと思い知らされます。

5-2.孤児院~運命の出会い

その後、彼が連れて行かれた孤児院は、地元の言葉で「リルア」と呼ばれる少年拘置センターでした。映画でもただならぬ不穏な空気を感じさせましたが、この施設は彼のように迷子の子供だけでなく、精神病や窃盗、殺人などの罪を犯した子供達もあわせて収容されました。リルアでは、孤児たちは雑に扱われ、所内ではいじめや暴力も日常茶飯事だったそうです。

ミス・スード近影
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(引用:Facebook:サルー・ブライアリーのオフィシャルページより)

彼は、ここでもラッキーなことに、わずか1ヶ月の拘置で脱出できました。インド里親・養子縁組協会(ISSA)のミス・スードが、彼をオーストラリアのブライアリー家へとつないでくれたからです。

ミス・スードは、こうした助けが必要な子供達のために、1975年に慈善団体ISSAを設立し、以来約40年に渡り、2000人以上のインド人の養子縁組を斡旋してきたそうです。

映画内ではそれほど大きく扱われてはいませんが、精力的な養子縁組へのマッチング活動に人生を捧げたミス・スードこそが、彼の人生を切り開き、運命的な出会いへとつなげるための決定的な役割を果たしたのです。

5-3.サルーの弟、マントシュについて

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(引用:http://www.hamhigh.co.uk/etcetera/film/lion-star-talks-of-working-with-nicole-kidman-and-dev-patel-in-oscars-contender-1-4882745

サルーの弟、マントシュは精神面で問題を抱えた難しい人物として描かれていました。大学を辞めて、一人で自活しつつ、両親とのコミュニケーションも上手に取れず、精神疾患への投薬がやめられない様子でしたが、彼はサルーとは対照的に、インドでシビアな幼少期を送ってきた過去が影響していると言われています。

映画内では説明が省略されていましたが、彼の養子縁組もまた、ミス・スードの運営するISSAを通して行われました。しかし、そのプロセスは複雑で、わずか5ヶ月でスムーズに斡旋が終了したサルーとは対照的に2年近くかかったそうです。そこで、孤児院「リルア」へと送られたのですが、そこでも暴力と性的虐待を受けて、精神的に深いキズを負っていました。また、孤児院に送られる前も、マントシュは母親に家出され、父は育児に興味がなく、叔父からは虐待を受けていたそうです。

マントシュがブライアリー家に来てから、サルーは彼の面倒をよく見ましたが、しばしばマントシュとの間には難しい争いもあったようです。

5-4.サルーの近況について。今は何をやっているの?

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(引用:Saroo Brierley - A long way home

エンドロールでも描かれたように、彼は5年間のGoogle Earthとの格闘後、肉親との奇跡の再会を果たしました。その噂はネット上で瞬く間に広がり、マスコミ各社の取材が殺到したそうです。

地元オーストラリアのテレビ局のドキュメンタリー番組「60minutes」の番組で、育ての親スーと実母カムラ、サルーの3人でインドにて再会する企画が組まれ、感動的な一瞬がTVショーで演出されたことがきっかけで、それ以来英米系メディアへの取材対応や、各地での講演活動が続いています。そして最近は映画「ライオン」のプロモーション活動で世界中を回っているようです。著作には、今後の人生で何をしたいか現在検討中、としながらも、彼の恩人、ミス・スードの活動や業績を広めるための活動をしていきたいと書いてありました。

しばらくは、映画のフォローアップ等で世界中を飛び回る多忙な日々が続きそうですね。

ちなみに、以下は映画「ライオン」の日本公開前のプロモーションイベントで、サルーが来日して記者会見に応えた時のものです。子供からの質問に真摯に対応する姿勢は好感がもてますね。

<サルー・ブライアリー氏の来日インタビュー>

動画がスタートしない方はこちらをクリック

5-5.映画と実話の相違点について

本作は、実話ベースの伝記映画ですが、完全なドキュメンタリー映画ではなく、映画として起伏のあるストーリーを作るために、実話に対して多少の脚色があります。実話との主な相違点や、描写が省略された点を以下に簡単にまとめてみました。

<実話との相違点>

◯彼女の名前はルーシーではなくリーサ。大学時代に知り合ったニューヨークからの留学生ではなく、大学卒業後、タスマニアに戻ってきてから出会ったオーストラリア人。付き合い始めてから何度か別れたり付き合ったりを繰り返し、今では将来の結婚を視野に入れた付き合いとなっている。

◯映画では一瞬セリフだけの出演だったが、彼にはカルゥというすぐ上の兄がいる。長兄グドゥとサルーが失踪してから、母の実家を支えたのはカルゥだった。

<描かれなかった点>

サルーには別居中の実父がいる。一夫多妻制が認められているイスラム教徒である父は、彼の幼少時に別の妻と結婚し、現在ではそちらが本妻となっている。サルー自身は父に対してフラットな感情を持っているが、母カムラ、兄カルゥ、妹シェキラは良い感情を持っていない様子。

◯実家で母と再会した後、サルーは実際に5歳の時迷子になり、カルカッタに移動したルートを検証する旅にも出た。カルカッタで当時路上生活をした場所や収容所、恩人、ミス・スードとの再会も果たしている。

◯実家探しでは、実際にはGoogle Earthだけでなく、Facebookもかなりの威力を発揮した。Google Earthで住所を特定してから、地元ガンドワでの支援者をFacebook上で見つけて、彼らの支援も受けながら現地での活動をこなしていた。(今回の映画でFacebookが影も形も見えないのは、やっぱりスポンサーのGoogleとの兼ね合いか?)

6.まとめ

サルー・ブライアリーの奇跡のような本当の話は、これまで彼のマスコミでの積極的な協力などもあって、英米メディアでは割りと知られていたエピソードでした。しかし、今回の映画化とアカデミー賞など各賞でのノミネートなどを経て、彼のストーリーは永遠に歴史に残る感動の逸話になりました。

「家族との絆」「信じる力」「自分のアイデンティティを探る大切さ」など、様々なポジティブなメッセージが含まれた良作だと思います。

是非映画館でチェックしてみてくださいね。

それではまた。
かるび

 

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原作本:25年目の「ただいま」

映画化が決まる前にサルー自身が描き下ろした、映画の原作となったドキュメンタリー。彼の実直でどんなときも前向きなキャラクターや、彼を取り巻く家族や友人たちへの感謝やリスペクトにあふれた筆致が感動を呼び起こします。映画を見て、サルーの奇跡のような冒険に興味を持った人は読んで損なしの良著でした。