かるび(@karub_imalive)です。
野菜や動物を組み合わせ、人間の上半身を天才的なセンスで描き出した元祖「寄せ絵」の名人アルチンボルド。いわゆる「だまし絵」の特集本・雑誌などで必ずその作品が取り上げられる、一連の男性の奇妙な肖像画を描いた画家です。
絵は超メジャーなのに、作家名自体はあまり知られていない。そんな不思議な画家、アルチンボルドの日本で初めての大規模回顧展が始まりました。しかも、代表作の「四季」と「四大元素」連作シリーズがすべて揃うという奇跡!
初日に見に行ってきたのですが、想像したよりも素晴らしく、また楽しい展覧会でした。早速ですが、以下感想・レビューを書いてみたいと思います。
※なお、本エントリにおいて、使用されている写真画像のうち、「引用元」を記載していない画像は、予め主催者の許可を得て会場内を撮影したものとなります。何卒ご了承ください。
- 1.アルチンボルド展とは
- 2.アルチンボルドって誰なの?
- 3.作品のみどころ
- 4.その他、展覧会で抑えたいチェックポイント
- 5.混雑状況と所要時間目安
- 6.関連書籍・資料などの紹介
- 7.まとめ
- 展覧会開催情報
1.アルチンボルド展とは
「だまし絵」だけでは終わらない、より一段掘り下げた展覧会
エッシャーや歌川国芳など、いわゆる奇想の「だまし絵」作家の展覧会は、とにかく見ているだけで単純に楽しめます。だから、こういった奇想の画家たちの展覧会は、わりとカジュアルでエンターテインメント寄りの展覧会が多いのですよね。2009年、2014年と、渋谷のBunkamura他で開催された「だまし絵展」では、アルチンボルドの作品も出展され、大人気になりました。(これ、若いカップルでいっぱいだった/笑)
しかし、今回の「アルチンボルド展」はさすが国立西洋美術館です。アルチンボルドの「だまし絵」的な楽しさと凄さをインパクトたっぷりに紹介しつつも、単に「凄い!」という驚きだけでなく、より一段深いレベルで彼の作品世界を整理・展示してくれています。
具体的には、
・アルチンボルドの作品はどのようにすごいのか?
・アルチンボルドは作品を通してなにを描こうとしたのか?
このあたりを、アルチンボルドの生涯を丁寧に追いつつ、彼の生きた時代の歴史・文化的な背景、同時代の画家たちの作品との比較を通じて丁寧に掘り下げていっています。
2.アルチンボルドって誰なの?
自画像
引用:Wikipedia
ジュゼッペ・アルチンボルド(1527-1593)は、イタリアのミラノで生まれました。
ミラノと言えば、あの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの生まれ故郷ですが、アルチンボルドの活躍した時代は、ダヴィンチが亡くなって50年以上経過した時期でした。西洋美術史では、イタリア・ルネサンス期の次の「マニエリスム」の時代の芸術家として分類されることが多いようです。
彼は、36歳までミラノで画家として活躍しましたが、ボロメオ枢機卿の対抗宗教改革が進み、厳格な宗教画以外の絵画表現を制限される中、彼は宮廷画家としてより自由な自己表現が可能な新天地、ハプスブルク家の本拠地ウィーンへと渡ります。皇帝の御用絵師として、神聖ローマ帝国の3代にわたる皇帝(フェルディナンド1世、マクシミリアン2世、ルドルフ2世)に仕えました。
現在、作品として残っている中で特に有名な作品は、代表作である「四季」や「元素」の連作シリーズ。一枚の絵の中に、多種多様な植物・動物・野菜・果物などを組み合わせ、男性の横顔を形作った「寄せ絵」と言われる男性の人物画です。これらは、彼がウィーンで宮廷画家として活躍したまさに全盛期の時代に集中的に描かれました。
彼は、亡くなる直前までハプスブルグ家の御用絵師として大活躍し、晩年にミラノへと移住し、その一生を終えました。
なぜ彼の絵画はそれほど評価が高いのか?
今でこそ、ルーブル美術館の全絵画において、代表作「四季」がモナリザに次ぐNo.2の人気を博すほど有名になったアルチンボルドですが、実は、彼は西洋美術史の流れにおいて、20世紀初頭まで完全に忘れ去られていた画家でした。
彼の評価が再び高まったのは、1930年代以降、ダリやマグリットなど、シュルレアリスムの有力作家たちによって、アルチンボルドの着想や精神性が高く評価されたためです。例えば、ダリが得意とした、一つの絵を、見方によって2通り以上の解釈が可能となる「ダブルミーニング」手法は、アルチンボルドからの影響が大きいと言われています。
参考:「ダリ/ビキニの3つのスフィンクス」
引用:https://www.dalipaintings.com/
日本でも、これまで大々的な回顧展は開催されていなかったものの、エッシャーなどと同じく、「だまし絵」の巨匠としてたびたび紹介され、人気を博してきました。特に、2009年のBunkamuraを初め、日本で3会場を巡回した「だまし絵展」は、累計75万人を動員するメガヒットになっています。少なくとも、「アルチンボルド」という名前を知らなくても、「四季」などの代表作は目にしたことがある人はかなりいるんじゃないでしょうか?(小学校の図工室に貼ってあったとか・・・)
アルチンボルド「夏」
アルチンボルドが「寄せ絵」を繰り返し描いたその理由とは
元々、レオナルド・ダ・ヴィンチの工房があったミラノでは、彼の後続として育った画家たちは、その芸術性や精神性において、ダヴィンチの影響を多大に受けていました。アルチンボルドもまた、ダヴィンチの作品を目にするたびに、自然科学や奇抜なものに対する好奇心を育てていったに違いありません。
レオナルド・ダ・ヴィンチ
素描「グロテスクな女性の頭部」
そして、彼が御用絵師として奇想の「寄せ絵」を何枚も描けたのは、彼の仕えた皇帝たちが貪欲な知識欲と、ユーモアを理解する寛容な精神を持ち合わせていたからにほかなりません。(じゃなければ、絶対処刑されてるハズ・・・。そして、もちろん彼は宮廷画家なので、絵の中でハプスブルク家を称えるようなメタファーはしっかり入れています)
この時期のヨーロッパの各王家は、「貴金属」などと並んで「珍しいもの」も価値あるコレクションとして競うように収集していました。中でも、ハプスブルグ家が統治する中欧は発展が遅れ気味だったため、後発として本家イタリアに追いつけ追い越せで、非常にアートや自然科学の各種収集に力が入っていたようです。
特に、当時は「珍しいもの」であれば、生きた人間でさえコレクションの対象になったようで、多毛症や小人症など、外見が大きく通常の人間と違っていた人たちは、ヨーロッパの各王家に「贈り物」として流通したそうです・・・。
アゴスティーノ・カラッチ
「多毛のアッリーゴ、狂ったピエトロと小さなアモン」
そんな中、彼の描く独創的な絵画(しかも超ハイレベル)は、他の芸術家より群を抜いた科学的な「正確さ」と発想の「奇抜さ」で、皇帝のお眼鏡にかなうものだったのでしょうね。
アルチンボルドの作品の凄さ
これはもう生の作品を見ていただければわかるんですが、圧倒的な写実性と独創性、そしてそこはかとなく漂う品の良い知性が、彼の作品を凡百な他の作品群と一線を画す存在にしているのだと感じました。
寄せ絵やだまし絵という意味では、日本人の画家たちも負けていなくて、例えば江戸末期の葛飾北斎、歌川国芳らの作品も非常に有名ですよね。でも、アルチンボルドの作品は、ある意味彼らの作品とは正反対な性格を帯びているのが面白いです。
北斎たちの作品は、江戸幕府が課した表現の自由への制限への反発として、体制への反骨心・風刺といった文脈で制作され、爛熟した町人文化から生まれた「庶民」テイストにあふれています。
歌川国芳「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」
引用:Wikipedia
これに対して、アルチンボルドの作品は、そこはかとなくスマートな上品さや上流感が感じられると同時に、彼自身はあくまで御用絵師として体制側の人だったというのも面白いなぁと思いました。
アルチンボルド「大地」(元素シリーズ)
引用:Wikiart.org
例えば、多数の動物たちの集合体で制作されているこの作品では、肩口の所にちゃんとパプルスブルグ家を象徴する「ライオン」が一番目立つように大きく入っていることからも、王家に対するリスペクトが感じられます。
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3.作品のみどころ
まず、何が何でも見ておきたいのは、野菜や果物、動物などを寄せ集めて男性の横顔を描いた彼の代表作「四季」「元素」シリーズです。まずはこれをガッツリ味わってみてください!
アルチンボルドの作品は、著作権も切れていて、Webでも鮮明な画像が簡単にフリーで手に入りますが、でも、実物はやっぱり違うんです!現物を見ると、本当にその凄さが体感できて、感動します!!
アルチンボルド「大気」(元素シリーズ)
アルチンボルド「秋」(四季シリーズ)
さらに一歩趣向を進め、一般の人物を風刺して描いた寄せ絵シリーズも面白いです。描いた対象人物の仕事内容がわかるような仕事道具で寄せ絵を描いたり、あからさまに描いた人を風刺した作品もあって面白かった!
アルチンボルド「司書」
引用:Wikiart.org
図書館司書を、彼の仕事に纏わる様々なグッズを寄せ集めて描いた作品。手の指は、本の栞で表現しているんですね・・・。
アルチンボルド「ソムリエ」
引用:Wikiart.org
こちらは、ワインに関する様々な道具で男性の半身像が表現されています。絶妙すぎる取り合わせがすごすぎます!
アルチンボルド「法律家」
引用:Wikiart.org
顔面を、魚や羽をむしられた鳥たちによって構成された風刺的な「寄せ絵」の肖像画。20世紀当初、このモデルは宗教改革で有名なカルヴァンを指しているとされましたが、今では神聖ローマ皇帝の財務顧問を当時勤めていた法律家、ヨハン・ウルリヒ・ツァジウスとの説が有力となっています。
アルチンボルド「庭師(左)/野菜(右)」
Wikiart.orgの画像を元に加工
そして、極めつけは、一つの静物画を上から見るか、下から見るかで全く意味が違う絵になっている「寄せ絵」の応用編です。この圧倒的な遊び心!今でこそ、エッシャーなどに代表される「だまし絵」の作家は多数いますが、16世紀ヨーロッパで、他にこんな着想を思いつき、しかも大真面目に作品として描ききった画家はいないんじゃないでしょうか? この作品は本当に凄いです・・・
同時期の貴重な工芸品も出展されています
また、アルチンボルド展では、同時期に製作されたハプスブルグ家の所有していた工芸品なども出展されていました。ルネサンス期らしく、動植物のモチーフをより詳細に写し取った技巧的な作品群は見応え抜群でした。アルチンボルドが活躍した時代の雰囲気をよく伝える工芸は、一見の価値アリです!
オッターヴィオ・ミゼローニ
「大きな貝形の鉢」
水晶製の平皿
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4.その他、展覧会で抑えたいチェックポイント
音声ガイドに大物俳優登場!
引用:アルチンボルド展公式サイト
竹中直人が、ハプスブルク家の使用人に扮して演劇仕立てで語ってくれる音声ガイド。代表作「四季」「四大元素」の丁寧な解説など、雰囲気たっぷりに聴くことができます。特に、この展覧会ではパネル解説が少なめなので、音声ガイドが、アルチンボルドの作品世界をより深く理解するために役に立ってくれました。レンタル推奨です!
アルチンボルドメーカーが面白い!
【アルチンボルドメーカー】彼に自分の顔を描いてほしい。そんな、全アルチンボルドファンの願いを叶える夢の記念撮影コーナーです。
— ≪公式≫アルチンボルド展 (@acbd2017) 2017年6月15日
自分の野菜・フルーツ顔に、会場で出会ってみませんか?公式で呟くのもなんですが、非常に刺激的な体験です。
なんとか開幕までに間に合った、、 pic.twitter.com/U0ODbUSSyu
ちなみに、こちらがアルチンボルドメーカーで作った僕の顔です。
ちゃんとメガネも再現してくれてて、笑えました。是非やってみてください!
グッズの一番のおすすめは、「テープ」
物販コーナーは割合オーソドックスなグッズが並んでいた印象ですが、中でも圧倒的に女性客に人気が高かったのが、オリジナル「マスキングテープ」。
今回の展覧会のために販売されている、何種類かの花柄のマスキングテープを組み合わせて、アルチンボルドのように「寄せ絵」を作ってみよう!という趣向は、企画展オリジナルの発想で面白かったです!
2番人気は、ドライフルーツでした。そのままフルーツ代わりに食べてもいいし、水で戻して様々な味わい方ができますし、そのままインテリア代わりに色々なところに飾ってもいいですね。野菜や果物が溢れていたアルチンボルド展ならではのおしゃれなお土産でした。
もちろん、図録も素晴らしい出来でした。今回は、作品1点1点への解説が非常に詳細でしたし、寄稿されている解説も学術的でマニアックでした。ムック本や芸術新潮と合わせて購入すると、理解が深まりそう。
5.混雑状況と所要時間目安
メイン部屋:混雑時イメージ写真
特に公式サイトでの混雑状況のアナウンスはありませんが、会期後半は非常に混雑することが予想されます。今回、しばらく美術館の門の前でお客さんの様子を見ていたのですが、アルチンボルド展の看板を見て、足を止める人が本当に多い!
開幕当初はそれほどでもなくても、夏休みに入るとお盆口コミ効果で一気に混雑するだろうなと予想しています。メイン展示となる「四季」「元素」の部屋はそれほど広くないので、ゆったり見るならば金・土の夜間展示や平日での鑑賞がおすすめです。
6.関連書籍・資料などの紹介
芸術新潮「2017年7月号」
見ておかなければならない旬の企画展を決して外さない芸術新潮。やはり2017年7月号で大特集を組んできました。しっかりしたカラー写真と、難解さを排したわかりやすい解説は、安心のクオリティ。展覧会の予習・復習にバッチリの大特集です。これは買って損はないでしょう!
奇想の宮廷画家 アルチンボルドの世界
企画展に合わせて制作された宝島社のムック本。こちらも分かりやすい説明をベース、展覧会へ出展されていない他作品も含め、全部で70点以上の作品が体系立てて整理・解説されている良いムック本でした。こちらも展覧会と合わせて読んでおくと、アルチンボルドの作品世界を120%理解できる作りになっています!
美術の窓「2017年7月号」
こちらは、奇想絵画特集として、現在上野界隈で見られる2つの展覧会「アルチンボルド展」と「バベルの塔展」の両方を取り上げています。こうやって見てみると、歴史上残っている絵画作品は、やっぱり「変わったもの」が多いんですね。
7.まとめ
日本初にして、いきなり最大規模での開催となったアルチンボルド展。歴史的・学術的な背景を一切知らなくても老若男女幅広く楽しめる展覧会です。
もちろん、国立西洋美術館主催なので、西洋美術史の流れの中で学術的な検証もしっかりなされている骨太な展覧会でもあるので、マニアックに楽しもうと思えばどんどん掘り下げることもできました。この夏は、是非混雑する前にアルチンボルドの楽しい作品群を是非味わってみてください!!
展覧会開催情報
「アルチンボルド展」は、国内の他の美術館への巡回予定はありません。
◯美術館・所在地
国立西洋美術館
〒110-0007 東京都台東区上野公園7−7
◯最寄り駅
JR上野駅下車(公園口)徒歩1分
京成電鉄京成上野駅下車 徒歩7分
東京メトロ銀座線、日比谷線上野駅下車 徒歩8分
◯会期・開館時間・休館日
2017年6月20日~9月24日
休館日は月曜日、7月18日(火)
〔7月17日(月)、8月14日(月)、9月18日(月)は開館〕
9時30分~17時30分(入場は30分前まで)
金曜日・土曜日は午後8時まで
◯公式HP
http://arcimboldo2017.jp/
◯Twitter
https://twitter.com/acbd2017