【2016年11月30日更新】
かるび(@karub_imalive)です。
外国人監督を起用したスタジオジブリ、2年ぶりの新作映画「レッドタートル ある島の物語」を見てきました。「大人のジブリ」として渋い無声映画で、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で特別賞受賞するなど、クオリティは間違いなく高かったです。しかし、評判が必ずしも興収と動員につながらないのが興味深いところ。
「ジブリ」ブランドであるにも関わらず、封切り初週から、観客動員数でランク外となるまさかの厳しい展開。あるネット記事では、「大爆死」と書かれてしまう始末です。
「君の名は。」や「聲の形」など、他のアニメ映画が好調に推移する中、一人負け。アート寄りすぎた内容や、広告宣伝の少なさが影響したのでしょう。
なお、本感想エントリには、後半でのラスト/結末までのあらすじや、考察で「ネタバレ」部分があります。映画館にこれから行かれる方は、ご注意下さいませ。
- 1.映画基本情報
- 2.興行収入/動員数は厳しかったが作品は評価された
- 3.映画のあらすじ-ラスト結末まで-(※ネタバレ含/注意)
- 4.映画の解説・考察や感想(※ネタバレ注意)
- 5.各シーンの解釈・解説(随時追加予定)
- 6.まとめ
- 7.関連作品など
1.映画基本情報
【ジャンル】アニメ・無人島ファンタジー
【公開日】2016年9月17日(金)
【原作・監督】マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット
【アーティスティックプロデューサー】高畑勲
【脚本】パスカル・フェラン
【制作】スタジオジブリ/ワイルドバンチ
【音楽】ローラン・ペレズ・デル・マール
【プロデューサー】鈴木敏夫
今回は、スタジオジブリ始まって以来の、初めての外国人監督起用&海外プロダクションでの制作作業となりました。今回起用されたマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督は、ロンドン在住のフランス人。
短編アニメーションで実績を積んできたベテランで、寡作ですがもう60代。2000年にリリースされた8分間の短編アニメ映画『岸辺のふたり』(邦題)を見たジブリの鈴木プロデューサーが惚れ込み、長編制作の打診をかけたところから、映画「レッドタートル」の構想がスタートしました。
なお、今作には原作はありません。マイケル監督が映画用に書き下ろした作品です。無声映画となるため、これを日本語で絵本化した池澤夏樹の作品が上映と同時に発売になっています。
今作品は、構想に10年、制作に8年かけたそうです。気が遠くなるような準備期間を経て、完成にこぎつけました。絵コンテ制作段階では、マイケル監督が日本に短期滞在し、日本側の高畑勲監督のチームと膝詰めで構想を練りました。その後は本国フランスと日本でのメールやチャット等でのやり取りを重ねる中、ようやく2016年に完成した労作であります。
映画ラストのクレジットを見る限り、高畑勲監督、鈴木敏夫プロデューサー以外に目立った日本人の名前が見当たりません。コンセプトワークは日仏合作で、お金は日本側で出して、制作の大半はフランスで、というオフショア開発のような分業体制だったのでしょう。
なお、副題に「ある島の物語」と付け足したのは、「レッドタートル」だけでは日本人が「浦島太郎」と混同してしまう恐れがあるからだそうです。あるいは、この映画自体を擬人化された無人「島」の視点から俯瞰して見てみるのも面白いかもしれません。
2.興行収入/動員数は厳しかったが作品は評価された
興収・動員数は大爆死
報道されている興行収入は、封切り2週目でわずか6246万円にとどまりました。動員数も寂しく、わずか46,500人程度。100館以上の上映でこれは「大爆死」と書かれても仕方ない厳しすぎる数字です。
原因は、下記のようにいくつか考えられます。
1)広告宣伝が不足しており、本作の存在が広く認知されていない
テレビやネットなどのCM、見かけましたか?日テレが積極的に動いてないですよね。また、映画のフライヤーがものすごく地味でした。ジブリが作品に関わったという痕跡がチラシやポスターからは全く伝わってきません。少なくとも、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門特別賞受賞の快挙なども、コアな映画ファン以外は知らなかったのでは?
2)従来のジブリ作品と毛色が全く違うため、ジブリファンが動いていない
外国作品であり、作画や雰囲気が全く違う。「ジブリの作品です」と言われなければ、とてもそう見えません。
特にキャラクターの雰囲気がぜんぜん違う
(Youtube上の海外向けトレーラーより)
目が「点」で描かれています・・・。「おさるのジョージ」とか、「ウォーリーを探せ」などを想起させるような。すっかり「萌え絵」に慣れ親しんだ日本のアニメファンには、「アニメとして観ることができない」くらい、テイストに対する違和感が大きいのではないかと思います。
また、どう見てもひげだらけのオッサンが主人公というところが、日本アニメにおける冒険活劇や恋愛もののテンプレートを崩していますよね。
3)長編の無声映画であり、大衆性がない
今作は、まさかの無声映画!にも関わらず、テーマも抽象的で、一見難解にみえます。「君の名は。」で一気に王道SF恋愛モノへと大衆性、エンターテイメント性を強化してメジャー化した新海監督とは対照的でした。ネット上の評判でも、「たまたま映画を見に来て、無声映画という選択肢はないよなぁ」「しかも短編じゃなくて80分の長編でこれはないんじゃないの?」という批判もかなり見かけます。
4)同時上映された強力な競合他作品の存在
言うまでもなく、同時期に上映されているアニメ映画「君の名は。」「聲の形」の両作品に押されています。特に、普段アニメを見ないライト層は、「君の名は。」がジブリの新作だと思っている人も案外多いのではないでしょうか・・・。
しかしプロからの評価は高い
すでに「カンヌ映画祭」の「ある視点」賞を受賞した同作品ですが、つづいて、第44回アニー賞でも、監督賞、音楽賞、脚本賞など5部門でノミネートされました。
★アニー賞のノミネート作品一覧(英語)
http://annieawards.org/nominees/
アニー賞は、いわばアニメ業界におけるアカデミー賞的な存在です。国際アニメーションフィルム協会のハリウッド支部が、毎年アメリカで作品が公開されたアニメ作品をピックアップし、優れた作品やスタッフを表彰しています。今年で44回目となる伝統ある賞レースで、昨年2015年度は「思い出のマーニー」がノミネートされました。
受賞発表は2017年初頭となりますが、ここでアニー賞を受賞し、DVD発売をきっかけに大きく見直されるといいですね。
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3.映画のあらすじ-ラスト結末まで-(※ネタバレ含/注意)
あらすじを深く知りたい場合は、ジブリ公式の海外向けトレーラーが役に立ちます。
荒れ狂う海の中、ある男(※名前がないので以後「男」とします)が無人島へと打ち上げられます。気づいた男は、あたりを探索しますが、誰もいない無人島であることがわかり、絶望に打ちひしがれます。
やがて、気を取り直した男は、無人島からの脱出を試みて、倒木で作ったいかだで島からの脱出を試みます。しかし、なぜか沖へ出る前に、海面の下から突き上げられるようにしていかだがバラバラになって、脱出できません。
3度めに脱出を試みた際、脱出中の沖合で、男は途中で不思議な赤い色をしたウミガメ(レッドタートル)に出会います。その直後、やはりいかだは下からの突き上げにより、壊されてしまい、男の無人島脱出はまたも失敗に終わるのでした。
男が失意と怒りで無人島へと戻って疲れ果てて寝てしまいます。浜辺で目をさますと、なんと隣にはあの赤いウミガメがいました。男は、このウミガメがいかだを壊したのだと考え、怒りのあまりウミガメに砂をかけ、ひっくり返してウミガメを動けなくしてしまいます。
やがて、ウミガメは弱っていき、動かなくなります。男はウミガメに対する罪悪感から、ウミガメに海水をかけたりして、気にかけます。一晩経つと、ウミガメの甲羅が割れ、ウミガメは人間の女性(以下、「女」で統一)に姿形が変わっていきました。
やがて、女は目を覚まし、甲羅を脱いでどこかへ行ってしまいます。しばらく男と女は警戒しあい、お互いに近づきませんでしたが、男が上着を女に与えたことをきっかけとして、女は甲羅を海の沖に流し、それを見た男も、脱出をあきらめ、作りかけのいかだを海に流して女との共同生活へと入っていきました。
共同生活を続ける中、ひとりの子供が生まれます。(以下、「息子」と表記)息子は、あっという間に島の暮らしに慣れて、大自然の中で成長し、ウミガメたちとも交流するようになります。
息子が青年になったある日、突然の大津波が無人島を襲います。沿岸で貝を採っていた3人は、あっという間に波に飲まれ、島の森林も徹底的に破壊されました。息子が竹林の瓦礫の中で目を覚ますと、父親と母親を探して島中を奔走します。母親は山の中腹でケガをしていましたが、無事でした。そして、ウミガメと一緒に捜索した結果、父親は海の沖合に流され、瀕死の状態で生きていました。
津波に飲まれた無人島は、惨状となりますが、それでも男、女、息子の3人はなんとか生活を開始します。
息子は、小さい時に、偶然島に漂着したガラス瓶を見つけます。以後、水筒として大事に使いますが、このガラス瓶にインスパイアされ、外の世界へと旅立つことを決意します。息子は父、母を島に残し、ウミガメ3匹とともに、沖合へと旅立っていきました。
残された男と女は、再び幸せに暮らします。
やがて、男も女も年を取っていきます。すっかり老人となった男と女は、ある日、海辺でダンスを楽しんだ後、そのまま寝てしまいます。男は夜中に一瞬目をさますと、また寝入り、そのまま安らかに老衰で死去しました。
あくる朝起きた女は悲しみますが、老人の死を受け入れると、静かにまた元の赤いウミガメ(レッドタートル)へと姿を変え、海へと戻っていきました。
4.映画の解説・考察や感想(※ネタバレ注意)
無声映画の難しさ
まず、事前に告知されていますが、本作は、長編の無声映画です。主人公の男たちは「うー」「うわー」とか色々擬音、擬声は発しますが、一言も言葉を発しません。アニメーションの細かい動きや表情、画面の風景、劇伴音楽から、何が起こっているかを読み取る必要がありました。
また、画面もジブリや日本のアニメでの「きれいさ」とはまた違う写実性や装飾性にすぐれた表現が、個性的で面白かったです。月夜の明かりや、自然を丁寧に描き出した背景、動物たちのコミカルな動きは、無声映画だからこそ際立っていました。
その反面、難解になったことは否めません。映画祭では賞を取り、映画通からスタンディングオベーションで喝采されましたが、中身は大衆娯楽作品ではなく、どちらかというとアートや芸術の香りがする路線です。
ジブリ作品ということで、大人から子供まで幅広い層が来場していましたが、作品中途で、集中力を切らして飽きたこどもが5~6人トイレに立ちました。完全に客層とミスマッチを起こしていました。「大人のジブリ作品」である、と事前にどこかで本作のキャッチコピーを聞きましたが、たしかに子供には厳しいかも。
パンフレットによると、制作当初はセリフが少しあったそうです。完成間近に高畑監督と相談し、最終的に全て削ったとのこと。セリフがない分、キャラクターたちの言いたいことや瞬間瞬間の心情を想像して自分で補完する楽しさが新鮮でした。(人情物の長編落語を聞いているような感覚に似ていました)
命の普遍的な営みを暖かく描き出した
ある男が無人島に漂着し、ウミガメの化身と結ばれ、幸せに暮らす。途中、津波や息子との別れを経て、最後には安らかに眠る。無人島漂着モノ+異類婚姻譚というストーリーで、ある種使い古された童話のテンプレート上にのっかる「わかりやすい」形で提示されてはいるんですよね。
パンフレットにも「これは一つの恋の成就、家族の誕生と充ち足りた歳月の物語である」と池澤夏樹が書いているように、変な文明も利害関係も貧富の差もしがらみもなにもない無人島で男と女が出会えば、普通に恋に落ちて仲良く暮らし、子供ができるものなのでしょう。
映画の中では、人間は完全に自然の一部でした。ときには津波など圧倒的な自然のチカラの前に無慈悲に押し流されながらも、それでも淡々と再生し、あるがままに時間がながれていきました。
ラストは、息子が旅立ち、男が死に、女は再び赤いウミガメへと変身し、海へ帰っていき、ふたたび無人島は誰もいなくなります。まさに生々流転。どこからともなく何もないところから命が始まり、移り変わり、命が尽きれば最後には何もないところへと戻っていく。
でも、無常観ではなく、どこか温かみを残してくれるラストシーンは、マイケル監督の個性であり、確かな力量のなせる技なんだなと感じました。
解釈は自由
とはいえ、これは僕が1回目の鑑賞で抱いた感想です。無声映画だけに、あらゆる解釈が可能だと思うし、解釈など細かいことを抜きに、感性で「あたたかいもの」「雄大なもの」をストレートに感じ取るのも自由。
味わい方も、鑑賞者側に委ねられているのだと思います。
5.各シーンの解釈・解説(随時追加予定)
なぜいかだは壊れたのか、また本当にレッドタートルが壊したのか
男が倒木でいかだを作って無人島を脱出しようとした時に、最初の2回はいかだが不可解な壊れ方をしました。最後の3回目はレッドタートルと出会い、その直後にやはりいかだは壊れてしまいます。
普通に考えると、その後男が怒って一度はレッドタートルを殺そうとしたことから、レッドタートルの仕業と考えるのが妥当そうです。
しかし、よく映画のシーンを思い出してみると、直接レッドタートルがいかだを海面の下から突き上げて壊すシーンは描かれていないのですよね。また、レッドタートルにそこまでのパワーがあるとは思えません。いくら好意を抱いていたからといって、男を島に引き戻すために、男の命を危険にさらすようなことをしでかすでしょうか?どうも腑に落ちませんでした。
では、誰が男のいかだを壊したのでしょうか?
池澤夏樹の絵本では、このの部分を、男を島につなぎとめたかった無人島が、超自然的な力を行使していかだを壊した、と解釈しています。僕も、この池澤氏の解釈のほうが自然な気がします。
なぜ息子は島を出ていったのか
息子は、まだ小さいときに、島に漂着したガラスのビンを偶然見つけ、それを拾います。父はビンを手に取り、砂浜に絵を描いて、父がかつて住んでいた文明社会について教えてやりました。
息子は、それ以来ずっとビンを大切に持っていました。一旦は津波でビンは行方不明になってしまいますが、後日、沼地で偶然再発見すると、そこから息子は外の世界へと旅立ちを決意しました。
恐らく、息子は幼少の際にビンを拾ってから、文明社会にずっと憧れを持っていたのでしょう。両親は、名残惜しそうにしつつも、息子を外へと送り出しました。それは、時期がきたら子供は親から独立して生きていくという、動物の普遍的な命の営みをも象徴していたように感じます。
6.まとめ
正直なところ、映画の各シーンの解釈は、声が入らない分自由に広がっていると思います。ツイッターなどの感想を見ていても、「何度も見て味わいたい」という人が多かった。自由に解釈し、思う存分ストーリーを掘り下げていく楽しみがあるし、普遍的な「自然の営み」をテーマとしているため、10年後、20年後にも確実に残る作品です。
「爆死した」と言われた興収や思わしくない動員状況とは裏腹に、じわじわ心に染みわたる良作でした。何度も見て楽しめるスルメ的作品としてオススメしたいと思います。
7.関連作品など
パンフレットでも解説を担当する池澤夏樹が、「島」を擬人化して、「島」の視点から島が語る、という見立てで、独自の観点・解釈によって映画の内容を絵本に仕上げました。映画の象徴的なシーンと、最低限に抑制された本文で構成された詩的な絵本です。
なお、ふりがななどは一切なく、難しい単語もバンバン使っているので、基本的には大人の読み手を想定しています。映画を見終わった後に、本編をより深く味わい、考えるための副読本的な位置づけとして、何度も映画を味わいたい人は買って損なしだと思います。
無声映画であるにもかかわらず、ストーリーを成り立たせ、かつ我々に強力に感動をもたらしてくれた大きな要素として、叙情的な美旋律で映像に寄り添う劇伴音楽の力がありました。雄大な大自然を想起させるような、ストーリーにぴったり合ったサウンドトラックは、圧巻でした。目を閉じると、無人島の映画での情景が蘇ってくるようです。おすすめ!