あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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【ネタバレ有】映画「空飛ぶタイヤ」感想・考察と11の疑問点を徹底解説!/単なる総集編ではない、池井戸作品の魅力が凝縮された労作!

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【2018年6月23日最終更新】

かるび(@karub_imalive)です。

6月15日に公開された映画「空飛ぶタイヤ」を見てきました。ベストセラー作家・池井戸潤が2006年に発表した同名の原作小説を映画化した作品です。「陸王」「半沢直樹」「ルーズヴェルト・ゲーム」など、代表作のほぼ全てがドラマ化され、例外なく大ヒットする池井戸作品。勧善懲悪の痛快なストーリーは、どれもわかりやすくて面白いですよね。

意外なことに、今回の映画「空飛ぶタイヤ」は、池井戸作品のなかでは初の映画化作品なのだそうです。キャスト陣も非常に豪華ですし、楽しみにしていた作品です。まずは、どんな仕上がりになっているのか映画館で見てきました。早速ですが、感想・考察等を織り交ぜた映画レビューを書いてみたいと思います。
※本エントリは、後半部分でストーリー核心部分にかかわるネタバレ記述が一部含まれますので、何卒ご了承ください。できれば、映画鑑賞後にご覧頂ければ幸いです。

1.映画版「空飛ぶタイヤ」の予告動画・基本情報

▶「空飛ぶタイヤ」公式予告動画
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【監督】本木克英(「超高速!参勤交代」シリーズ
【配給】松竹
【時間】120分
【原作】池井戸潤「空飛ぶタイヤ」

主題歌はサザンオールスターズ「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」。最初聴いた時「この曲、全く作風に合っていないのでは?」と感じたものでした。でも実際に映画を見てみると、ちょうどマイルドヤンキー風の2代目社長を演じる長瀬智也にぴったりかも、と意外にしっくり感じます。ネットで試聴できる公式音源は、曲に合わせて本編動画ダイジェストも流れますので、本予告と合わせてチェックしてみるといいかもしれません。

▶サザンオールスターズによる主題歌動画
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本作で監督を努めたのは、本木克英監督です。1987年に松竹に入社して以来、映画「超高速!参勤交代」シリーズ「鴨川ホルモー」、「釣りバカ日誌」シリーズなど、主にコメディ映画で活躍。昨年独立を果たすまで、約30年にわたって松竹映画の屋台骨を支えてきた苦労人です。

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引用:本木克英 - 映画.com

しかし、松竹へ入社時は、もともと社会派映画を撮りたかったという本木監督。「リコール隠し」「企業再編」「貸しはがし問題」など、大企業の不正・横暴へと正面から切り込んだ企業小説を原作とする本作は、まさに本木監督にとって本懐だったのではないでしょうか?

2.映画「空飛ぶタイヤ」主要登場人物・キャスト

赤松徳郎(長瀬智也)
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引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編② - YouTube
これまで映画作品では(本人曰く)マトモな配役を経験してこなかったという長瀬智也。会社社長役は今回が初めてとなりますが、若社長として違和感のない好演でした。WOWOWドラマの仲村トオルより、「地元のマイルドヤンキー」的な雰囲気もあって、割とはまり役だったと思います。

ホープ自動車・課長 沢田悠太(ディーン・フジオカf:id:hisatsugu79:20180622002512j:plain
引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編② - YouTube
映画版・原作小説版と違い、妻との会話シーンもなく、ホープ自動車で仕事一筋に活きる、より「純粋培養」されたエリート会社員、という雰囲気がしっかり出ていました。追い詰められた時、もう少し違う表情を見てみたかったかも。

ホープ銀行 井崎一亮(高橋一生)f:id:hisatsugu79:20180622002523j:plain
引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編② - YouTube
ここ最近、「ルーヴル美術館展」の音声ガイドや、ドラマ「THIS IS US」・映画「空海KUKAI」の吹替など、俳優業に派生した仕事も多数こなし、仕事の幅を広げています。映画でも、2018年になってから「blank13」「嘘を愛する女」や、待機中の「奥男」など、出ずっぱりとなっていますね。本作ではカットされたシーンが多かったことや、役作りが難しかったのか、やや精細を欠いた演技が残念でした。

ホープ自動車・常務取締役 狩野威(岸部一徳)
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引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編 - YouTube
6月20日現在、映画.comに掲載されている出演映画は実に144本。この他にも毎クール連ドラに出ずっぱりと、70を過ぎても仕事が全く切れない大御所。最近は「アウトレイジ最終章」や本作のような「悪い大人」系か、「ドクターX」でのようなアキラ役のような「かわいいおじいちゃん」のどちらかに当たり役が多い印象。それにしてもこの人が、昔「ザ・タイガース」のリーダーで、ベースの腕前は超プロ級というのを知っている人、どれくらいいるんでしょうね(笑)

ホープ自動車・車両製造部 小牧重道(ムロツヨシ)f:id:hisatsugu79:20180622002959j:plain
引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編 - YouTube
2018年は、映画「ボスベイビー」の吹替が出色の出来でした。この後も映画「銀魂2」など個性的な役柄での出演が続く予定。本作では、気のおけない(数少ない?)沢田の盟友的存在として、社内の「情報通」を演じました。体感時間としては、高橋一生扮する井崎よりも出演時間が長い印象。

週刊潮流記者・榎本優子(小池栄子)f:id:hisatsugu79:20180622002940j:plain
引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編 - YouTube
毎作男性キャラが9割以上になりがちな池井戸作品ですが、本作において数少ない女性キャラとして、記者役を好演。どの作品でも割とピンポイントでの脇役系での起用が多いですが、2018年待機中の映画「SUNNY 強い気持ち・強い愛」では久々に主役級として活躍してくれそう。

港北中央署・刑事 高幡真治(寺脇康文)f:id:hisatsugu79:20180622002824j:plain
引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編 - YouTube
どうしても「相棒」シリーズでの刑事役と比較して見てしまいましたが、本作では後半クライマックス部分で、非常に熱の入った捜査シーン・尋問シーンを好演。「相棒」で鍛えた刑事らしい動き方が板についていました。

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その他、本木克英監督の江戸時代歴史コメディ映画「超高速!参勤交代」シリーズでキャストを務めた、六角精児、佐々木蔵之介、深田恭子など、「本木組」メンバーを中心に30名以上の豪華キャストが本作で起用されています。

3.途中までの簡単なあらすじ

世田谷区で50年以上運送業を営む、中小企業「赤松運送」。先代社長が亡くなり、2代目を継いだ赤松徳郎にとって、2017年は人生最大のピンチが突如として降りかかった、生涯忘れられない年になった。よく晴れた春先のある日、自社のトレーラーが突如として脱輪事故を起こしたのだ。外れたタイヤは歩道を歩いていた女性の頭部に当たり、女性は即死したのだった。

この事故を重く見た港北署の高幡刑事は、整備不良により赤松運送を立件しようと度重なる家宅捜索を行った。世間やマスコミから冷たい目で見られた同社は、メインバンクや主要取引先からの取引停止を迫られ、経営状況が徐々に悪化していった。

精神的に追い詰められた赤松だったが、妻・史絵や先代社長から仕える宮代、若手整備士の門田ら周りの支えもあり、事故原因の独自調査に乗り出した。

過去にも不可解な同様のトレーラー事故がおきていたことを知った赤松は、事件の再調査と事故の原因となった部品の返還を求めてホープ自動車の窓口へ直接連絡した。しかしホープ自動車のカスタマー戦略課の反応は鈍く、なかなか事態が前向きに進まない。

その一方で、ホープ自動車社内では、カスタマー戦略課課長・沢田裕太は赤松の頑迷な姿勢にうんざりしながらも、品質保証部・常務取締役の狩野を中心に、会社上層部が大規模なリコール隠しを行っているのではないかと疑いを持つようになる。気のおけない仲間、小牧や杉本と調査を行った結果、ホープ自動車の社内にはT会議という秘密会議が存在し、その中で本来リコール対象であるべき車両の欠陥を隠し、個別でのヤミ改修や国土交通省への虚偽報告を組織ぐるみで上層部が先導している証拠を掴むのだった。

同じ頃、ホープ銀行の本展営業本部では、調査役となった井崎が、同じ系列グループ会社であるホープ自動車への200億円にのぼるつなぎ融資の調査を担当することになった。週刊潮流で記者をつとめ、元彼女の榎本優子から、ホープ自動車に関するきな臭い噂を耳にした井崎は、のらりくらりとホープ自動車に対する融資稟議の作成を遅らせる戦術に出た。

そして、とうとう沢田は、自分の署名入りでホープ自動車の社長に対して、内部告発状を送りつけるのだった。その直後、狩野の息のかかった人事部から不可解な呼び出しを受ける沢田。メインバンクであるホープ銀行からは資金引き揚げを通告され、さらに遺族から巨額の損害賠償訴訟を起こされた赤松。いよいよ赤松運送は倒産の危機に瀕することになる。果たして、大企業の不正は暴かれるのか?沢田と赤松はこのピンチを脱出できるのかーーーー。

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4.映画内容の簡単なレビュー!(感想・評価含め)

池井戸潤の初映画作品は、ソツなくまとめられた良作でした

最初映画化の話を耳にした時、まず最初に頭に浮かんだのは、「文庫本上下巻2冊で900ページにわたる長編小説を、どうやって120分の尺に収めるのだろう・・・」という懸念でした。2009年に先行するドラマ版(約55分×全5回)が制作された経緯もあり、ドラマ版の半分以下の尺でできるのか?と、正直疑いしかなかったです。

しかしフタを開けてみれば、原作の骨格部分はほぼそのままに、スピーディでムダのないストーリーテリングで手堅くまとめられていました。

まず、原作で描かれるサイドストーリーやエピローグを大幅カットして、登場人物を半分以下に削ることで、シナリオを簡略化。(それでも多いけど・・・)人物一人ひとりを掘り下げて描くよりも、ストーリーのテンポやスピード感を大切にして、どんどん短いカット割りで場面を進めて、観客を画面へと引き込んでいく・・・という計算がなされていました。

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オジさん達のアップ画像が印象深かった
引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編 - YouTube

映像や音楽、あるいはセリフや仕草に込められた意味やメタファーを紐解く楽しさよりも、各キャラクターの表情をアップで映し、細かい設定や伏線はセリフでがっちり説明させて、ストーリーの推進力で魅せていく・・・といったスタイルは、謎解き的な味わいよりも、わかりやすさやインパクトを優先した感じでしょうか。

その上で、「ものづくり現場の泥臭い写実描写」「中小企業の意地」「リアルな企業社会」「痛快な大逆転劇」「献身的な妻の待つ家庭」など、池井戸作品の持つ定番の魅力はほぼ全部のせ状態。

どちらかというと、「映画」を見ているというより、「手間とお金のかかった2時間ドラマ特番」を見ているような印象でした。映画を見慣れた玄人肌の鑑賞者には少し食い足りないかもしれませんが、アート的な作り込みを捨てて、大衆エンタメ路線で徹底的に作り込んだことが奏功して、かなり没入感のある娯楽作品に仕上がったと思います。

主人公二人の人間臭さや、二人の置かれた状況の対比が面白い

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本作は、立場も性格も全く違う、赤松と沢田の関係性を描き出す、変則的なバディ・ムービーでもあります。この二人は、意識的に強調され、しっかり描き分けられていました。一方は、マイルドヤンキー上がりの泥臭い運送会社の2代目若社長。もう一方は、名門財閥系大企業で純粋培養されてきた仕事一筋のエリート社員。「好敵手」こそが最良の「友人」であるという池井戸小説の定番テーマでもありますね。

まず、面白かったのは沢田の務めるホープ自動車の社内の様子です。今どきの大企業にあるまじき、狭苦しくて灰色な感じの社内風景。小型の片袖机が所狭しとフロアに並べられた中、主人公の沢田を初め、全員がほとんどダーク系のスーツを着用して、ネクタイも外さず仕事してます。「クールビズ」とは全く無縁な古い体質が透けて見えます。

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昭和の雰囲気が漂う社内。本当に2017年の大企業なの?!
引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編② - YouTube

会議室は狭苦しく、照明は暗め。間仕切りやデスクなど、創造性のかけらもない室内の内装・・・。今どき、大企業でここまで息の詰まりそうな会社ありません(笑)僕もサラリーマン時代、M菱系企業に何度も営業で出入りしたことがありますが、現実はさすがにここまで昭和でレトロな感じではないです(笑)これはやりすぎ(笑)

そんな中、エリート臭が隠しきれない仕事一筋の沢田は、ディーン・フジオカのはまり役だったんじゃないでしょうか?僕も昔大企業にいたのでわかりますが、大企業で新卒から入社して純粋培養された、優秀な会社人間ってこんな感じです(笑)仕事もできるけど、大きな失敗をしないよう、細心の計算をしながら立ち回り、出世への野心を隠しきれない。そして頭の中は会社のことばかり・・・。純粋に正義感で動くだけのヒーロータイプっていう感じじゃなくて、ちゃんとエリートサラリーマンの鼻持ちならない部分も併せ持った人間臭い描写が良かったです。

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引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編② - YouTube

そしてもう一つの赤松運送。こっちは逆に築40年の社屋にしては、綺麗すぎなんじゃないですかね(笑)配送業の事務所なので、もっと使い込んだところとか古い感じを出してくれても良かったかなと思います。

映画冒頭で社長と門田がキャッチボールをするシーンは非常に良かったですね。赤松が社員を家族同様に大切にしようとしている姿勢を映像で端的に表現できていました。実はこの描写、赤松の幼少時代、宮代とキャッチボールをしてもらったという、赤松の回顧シーンとして原作にも登場するのですが、原作のエピソードを上手に変形して取り込めていたと思います。

赤松もまた、熱血漢でこの映画では一番「良い」キャラですが、それでも完璧には程遠いのが素晴らしいです。終始頭を抱えて悩む描写は、中小企業の2代目社長というニュアンスが良く出ていました。後半、被害者の四十九日で遺族の深い悲しみを知るまでは、どちらかと言えば会社を守ることで精一杯。正義感よりも、まず「明日ちゃんと飯が食えるのか」「資金繰りは大丈夫なのか」という中小企業としての切実な悩みで頭が一杯になっている描写も、非常に共感できました。

一人ひとりの良心・善意が、大きな成果へとつながる奇跡

クライマックスでは、池井戸作品に誰しもが期待する「勧善懲悪」・「大逆転」的なケレン味たっぷりの展開が見れるのですが、本作はそこに至るまでの伏線や設定にしっかりリアリティを感じられるのが良かったです。

本作では、100%周りのために、自分をなげうってヒロイックに行動する登場人物は一人もいません。ホープ自動車の社員たち、ホープ銀行などの大企業の社員たちはもちろん、赤松運送の社員や、赤松が訪ね歩く同業他社、さらには週刊潮流の記者や警察官のメンバーまで、彼らの行動原理の中心として描かれているのは、目先の自分自身の利益です。赤松は目の前の資金繰りをどうするか?しか頭にありませんし、沢田も義憤に駆られて・・・というより、憎き品質保証部へ一矢報いて、自らの立場を強化したいという野心を隠そうともしません。記者も、上からの圧力で急にトーンダウンしていますし、運送会社の社員達も、ハナからホープ自動車へのクレームを諦めています。

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引用:映画『空飛ぶタイヤ』スペシャルムービートレーラー(主題歌 サザンオールスターズ「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」ver.) - YouTube

ですが、そんな普通の人たちであっても、どこかちゃんと心の奥底では「良心」や「善意」を持っているんですよね。そんなごく普通の人達が、あくまで自分の「利益」を損なわないギリギリのレベルで、平凡な日常風景からほんの一歩勇気を出して行動することで、最後にはホープ自動車のリコール隠し問題を暴き出すことに成功したのです。

これをパンフレット上では「正義の連鎖」と表現されていましたが、言い得て妙ですよね。まさに名もなき小さなヒーローたちが、少しずつ勇気を出して行動することで、時にはそれが巨大な悪と対決する大きな力になりえるのです。まるで1本の細い糸のような、奇跡的な「善意」のリレーを、時にはリアリティたっぷりに、時にはケレン味たっぷりに描き出したところが、本作の最大の見どころだと思うのです。

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5.映画「空飛ぶタイヤ」に関する11の疑問点~伏線・設定を徹底考察!(※強くネタバレが入ります)~

ストーリーや設定について、本作をより深く理解するために要点となりそうなポイントについて、考察や情報をまとめています。内容上、映画を1度見終わった人向けのコンテンツとなりますので、ここからはネタバレ要素が強めに入ります。予めご了承下さい。

疑問点1:ホープ自動車のモデルとなる実在の企業は?

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引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編 - YouTube

これはほぼ100%、間違いなく2000年~2005年頃の三菱自動車を想定しています。三菱自動車は、2000年、2004年、2016年と大きな大規模不祥事事件を起こしています。

そのうち、2004年に発覚したリコール隠し問題では、2002年、神奈川県綾瀬市の運送会社の三菱製トラックがハブの不具合により脱輪した事故により、車輪が女性の背中に当たる死亡事故を引き起こしました。この死亡事故が絡んだリコール隠しに着想を得て執筆・制作されたのが本作だと思われます。

ちなみに、2006年に出版された原作小説の結末では、リコール隠し発覚によって業績不振に陥ったホープ自動車は、グループ企業各社による協調融資を諦め、ホープ銀行が仲介することによってセントレア自動車(どうみてもトヨタ/笑)に吸収合併される怒涛の展開を迎えます。この一連の記述が、なんと現実の三菱自動車の10年後を先取りしているのが凄いのですよね。

実際、2016年にまたも発覚した3度目の大規模な不祥事(燃費改ざん問題)によって、とうとう経営が立ち行かなくなった三菱自動車は、グループ会社に救ってもらえず、日産・ルノー連合の傘下に入ることが決定したのです。「空飛ぶタイヤ」はいわば「予言の書」でもあったわけですね。

疑問点2:ホープ自動車が引き起こした3年前のリコール隠し事件とは?

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引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編② - YouTube

ホープ自動車の大規模なリコール隠しが最初に発覚したのは、赤松運送の死亡事故が起きる3年前でした。様々な不具合を把握しながら監督官庁への報告を怠り、販売店を通じてヤミ改修を続けた不正が、社員の内部通報によって発覚したのです。

この時、主担当として事件の収拾に当たったのが、品質保証部出身の現・常務取締役の狩野威であり、ホープ銀行の専務取締役、巻田だったのでした。

疑問点3:ホープ自動車はなぜホープ銀行から融資が必要だったのか?

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引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編② - YouTube

自社が3年前に引き起こしたリコール隠し事件が発覚したことにより、ホープ自動車の財務状況が大幅に悪化したからです。不正発覚後、消費者からのバッシングや信頼低下が、顧客離れ・販売不振を引き起こしました。

その不振をなんとか挽回しようとローン与信を緩めた無理な販売攻勢をかけたことで、ローン延滞と貸し倒れが広がり、損失が更に拡大したのです。まさに泣きっ面に蜂。また、言うまでもなく大規模な追加リコール費用がかさんだことも一因でした。こういった背景を受けて、ホープ自動車の狩野取締役は追加運転資金として200億円のクレジットライン(いつでも無担保で借り入れできる融資枠)をホープ銀行へ申し入れていたのでした。

疑問点4:赤松運送とはどんな会社なのか?現在の社長は2代目?

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引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編② - YouTube

赤松運送は、創業約50年になろうとする、世田谷区等々力を拠点とした運送会社です。年商7億でトラックは80台、社員は約90名の純然たる中小企業です。

設立当時は、戦後の高度経済成長期でした。父・寿郎がオート三輪で個人事業主として細々と初めた事業は、やがて軌道に乗り、従業員を雇うまでに成長。その後、株式会社化されました。現在の社屋が完成したのが昭和50年です。

赤松は、社会人になって10年程度は、大手運送会社でサラリーマンとして勤務していたが、父が病死したことをきっかけに2代目社長に就任したのでした。

疑問点5:「週刊潮流」に情報をリークしたのは誰だったのか?

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引用:映画『空飛ぶタイヤ』スペシャルムービートレーラー(主題歌 サザンオールスターズ「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」ver.)

「週刊潮流」の記者・榎木に情報をリークしたのは、杉本でした。T会議の出席メンバーでもあり、ホープ自動車の不正隠蔽体質を憂慮した杉本は、自らの正義感に基づいて、「週刊潮流」へと情報を流したのでした。

疑問点6:赤松運送が引き起こした事故の本当の原因や真相とは何だったのか

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引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編② - YouTube

赤松運送のトレーラーは、法定速度で走行中、何の前触れもなく左前輪のタイヤがホイールごと外れました。ホープ自動車は「ハブの摩耗を見落とした整備不良」と結論付けましたが、門田の整備記録によるとハブの摩耗は正常の範囲内でした。赤松は独自調査を進める中、設計ミスによるハブの構造的欠陥(剛性不足)による設計ミスを疑います。

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引用:三菱自動車 またやらかす 軽自動車4車種で燃費データを改ざんしていたと発表 - NAVER まとめ

そんな中、赤松が運送会社・富士ロジスティックの相澤を訪問した時、同社で購入したばかり(走行距離320km)の新車がプロペラシャフトの脱落事故を起こした原因が、クラッチハウジング(エンジンブロックと変速機の結合部分を覆う部品)の構造的欠陥(剛性不足)にあったことを突き止めます。

▼クラッチハウジングの設計ミスが発覚

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引用:国土交通省HPより

これらは、結局車体設計段階の設計ミスという点で共通点がありました。そして、ホープ自動車は、これら設計ミスを把握しておきながら、数十万台の同系トラックのリコール隠しを組織的に行っていました。ホープ自動車のブランド力をバックに「整備不良」とするか、「ヤミ改修」で問題をうやむやにされていたのです。これが、赤松運送が起こした事故の背景にあった真相でした。

疑問点7:ホープ銀行の田坂はなぜ赤松運送から強引に資金回収しようとしたのか?

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引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編② - YouTube

これは、ホープ銀行とホープ自動車が裏で手を引いた嫌がらせではなく、ホープ銀行自由が丘支店の支店長・田坂による個人的な判断によるものでした。

田坂は、過去に難波支店長時代、取引先の不動産会社社長が逮捕された詐欺事件で、融資した資金が詐欺のための「見せ金」として使われた苦い経験がありました。これ以降、社内で失地回復を図るため、人一倍コンプライアンスにはうるさい姿勢を打ち出すようになったのです。だから、赤松運送のような少しでも「事件」の匂いが感じられる問題企業からは、安全策として資金を全面的に回収しようとしたのです。

疑問点8:ホープ自動車内の「T会議」とはどんな会議だったのか?

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引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編② - YouTube

T会議とは、ホープ自動車の狩野取締役を筆頭に、品質保証部と製造部メンバーで構成された内輪の秘密会議でした。”T”は、タイヤの”T”です。T会議は、本来リコール対象として国土交通省へ報告すべき重大なハブの欠陥を評価替えして、「整備不良」として処理する「リコール隠し」を行う場だったのです。

疑問点9:沢田は、なぜワナだとわかっていて人事部からの異動を受け入れたのか?

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引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編② - YouTube

実名での告発状をホープ自動車の岡本社長へ提出した後、その動きを把握した狩野常務は、自らが影響力を行使できる人事部に働きかけ、沢田へ「栄転」をエサに異動させようとしました。切れ者でもある沢田はこの動きの裏に、狩野の影や、異動後に冷や飯を食わされる可能性も感じたと思います。それでも沢田は一旦異動を受け入れました。これには、恐らく2つの計算がありました。

1つは、後任である長岡課長が赴任する前に、高額の示談金1億円で赤松運送のクレーム処理を片付け、実績を作ることで、異動先でも冷遇されることはないだろうという読みです。もう1つは、入社以来どうしても関わりたかった「商品開発」という花形部署の持つ抗い難い魅力です。奥さんとも離婚し、ホープ自動車での出世と仕事一筋だった会社人間・沢田には最大のチャンスに映ったのだと思います。

疑問点10:ラストシーン・結末の考察~映画で描かれなかった結末とは?

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引用:映画『空飛ぶタイヤ』予告編② - YouTube

遺族の深い悲しみに触れた赤松は、1億円の保証金を断り、「週刊潮流」の記者・榎本から受け取った「トラック事故」リストを元に、全国を回り、事故原因の真相をつかもうとしました。そして富士ロジスティックから、走行距離320kmの新車が、クラッチハウジングの不具合により引き起こした事故の調査資料を手に入れ、それを神奈川県警に提出します。その一方、T会議メンバーが組織的なリコール隠しを主導していた証拠が入ったノートPCを杉本から受け取った沢田は、異動先部署で徹底的に冷や飯を食わされた結果、会社の前途に失望し、PCごと内部告発資料として神奈川県警に提出します。

この2つの資料が元となって、ホープ自動車のリコール隠し問題が再び発覚し、赤松運送の名誉と信頼は劇的に回復されたのでした。事件発覚後、赤松運送はホープ自動車と和解し、損害賠償金を満額受領するとともに、被害者からの赤松運送への訴訟は取り下げられました。

ちょっと可愛そうだったのが、ホープ銀行で与信を担当した井崎を演じた高橋一生でした。井崎は、結局劇中でホープ自動車へのクレジットライン200億円の融資を遅らせただけで物語の核心に絡んできていない印象です。しかし、恐らく井崎の行った実績については、映画の編集段階で大幅にカットされてしまったため、井崎の存在がボケてしまったのでしょう。

そこで、原作小説版と合わせて、結末を追ってみましょう。

実は、後日談としてさらっと描かれていた、セントレア自動車によるホープ自動車の救済合併に至るプロセスの先鞭をつけたのが井崎の最大の功績だったのです。恐らく映画内ではカットされた場面だと思いますが、井崎がホープ自動車への稟議を遅らせたことにより、ホープ自動車の危機をホープグループ全体の協調融資で乗り切ろうとした巻田専務が失脚。代わって、ホープ銀行で井崎の上司にあたる濱中部長がセントレア自動車による救済合併案を取りまとめることで決着がついたのでした。

これによって救われたのが、ホープ自動車で内部告発に関わった沢田、杉本、小牧らでした。合併後、両社の組織再編を検討する「合併委員会」に3人とも起用され、見事に復権を果たしたのでした。

疑問点11:原作版/TVドラマ版「空飛ぶタイヤ」との主な違いは?

原作小説約900ページ分を120分の映像へと凝縮した本作。基本的には小説のプロットに忠実にストーリーが組み立てられましたが、それでも映画化にあたって変更・削除された部分が相当数あります。また、編集段階で思い切って削られたエピソードもかなりあるようです。 そこで、原作やTVドラマ版と比較して、主な違いを解説します。

◯沢田の妻
原作小説やWOWOWドラマでは、沢田にはラジオDJをやっている美人妻がいます。沢田の良き相談相手であり、沢田を正しい行動に導く「内助の功」を発揮します。映画では、尺の都合からか「離婚済み」となっていました。

◯PTAでの攻防戦
原作小説、WOWOWドラマでは、赤松は仕事だけでなく、一人息子が学校で巻き込まれた「盗難」事件をめぐって、PTAの集会でモンスターペアレンツと対決するサブストーリーが描かれます。(赤松はPTA会長を務めている)映画では、尺の都合により、全てエピソードがカット。

◯狩野常務と井崎の関係性について
WOWOWドラマでは、ホープ自動車・狩野常務の一人娘とホープ銀行・井崎一亮は結婚を前提に同棲している関係です。まさに財閥企業内トップ同士の政略結婚!狩野は、この特別なプライベートでの関係を活用して、井崎を丸め込んでホープ銀行から200億円の融資枠を設定させようとします。WOWOWならではの思い切った脚色を愉しむことができます。

◯「週刊潮流」記者、榎木の聖別
伝統的な財閥系企業や男臭いガテン系職場を扱ったこともあり、登場人物における男性比率がハンパない本作。それを少しでも和らげようとしたのか、原作では「週刊潮流」の記者・榎木は、一癖・二癖ある中年男性記者として描かれましたが、WOWOWドラマと映画版では、正義感に燃える女性記者へと設定が変更されています。

6.まとめ

立場は違えど、各企業や組織に属する普通の人達が、ちょっとずつ勇気を出してそれぞれの立場で自分のやれることをやる。その綱渡り的な「善意」のリレーが、最終的に巨大な財閥系名門企業による強固な組織ぐるみの不正をも暴いてしまう・・・。痛快で、わかりやすい勧善懲悪を、スピーディなコマ割りでスリリングに描いた本作。池井戸潤の原作小説が持つ、エッセンスを手堅く120分にまとめ上げた良作でした。

特に働く20代~50代くらいの男性サラリーマンには、非常にリアリティがあって感情移入しやすい社会派のお仕事映画でした。原作やWOWOWの連続ドラマと比較してみるのも面白いですよ!

それではまた。
かるび

7.映画をより楽しむためのおすすめ関連映画・書籍など

ゴージャスな作り込みが良かった「映画パンフレット」

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本作の映画パンフレットが、非常に力の入った出来でした。30人以上のキャストが複雑に入り乱れ、専門用語も飛び交う複雑な設定・ストーリーを読み解くなら、パンフレットが役に立ちそう。

池井戸潤×本木克英監督の対談や主要キャスト・制作陣への丁寧なインタビューや、30人以上にわたる詳細な人物紹介、登場人物相関図、技術用語集、映画ライター陣コラム、池井戸潤の原作詳解など、50P超の大ボリュームでした。もちろん映画の名場面などもあります。

▼制作陣へのロングインタビューf:id:hisatsugu79:20180622180102j:plain

▼これでスッキリ!人物相関図f:id:hisatsugu79:20180622180050j:plain

▼名場面集も数ページちゃんと設けられてますf:id:hisatsugu79:20180622180057j:plain

現在、Amazonなどでも買えるようになっているようなので、リンクを置いておきますね。多分時間が経つと売り切れると思うので入手はお早めに!

原作小説「空飛ぶタイヤ」

文庫版上下巻合わせて約900ページ、登場人物は約70名と、池井戸潤が比較的キャリア初期に手がけた、本格的な長編お仕事小説。三菱自動車が2016年に引き起こした3回目のリコール隠しのもたらした結末を、2006年時点で10年以上も前に予見していたかのような鋭い視点は流石。どのキャラクターもリアリティがあり、小説の中でいきいきと描かれ、大河ドラマの群像劇を読んでいるような気持ちにもなります。長編ながら、非常に読みやすい作品なので、未読の方は面白いので是非!

コミック版「空飛ぶタイヤ」

先行するTVドラマ版に続き、メディアミックスの一環として、映画公開前にコミカライズ版も発売されました。大長編となる原作小説を読むのがつらい・・・という方でも安心してストーリー全体をマンガで把握できます。こちらも合わせてみておくと、より作品世界への理解が深まりますよ!

TVドラマ版「空飛ぶタイヤ」

ホープ自動車の専務の娘と、ホープ自動車の調査役が結婚を前提に付き合っていたり、原作小説にない独自設定も用意され、劇的なドラマ要素が加えられた全5回のドラマ作品。同じ時期に「チームバチスタの奇跡」シリーズで演じたちゃらんぽらんな役人とは違い、仲村トオルが熱く燃えたぎるような青年社長を好演。AmazonPrimeユーザーは、今なら全編無料で見れます! 

本木克英監督作品は、まとめてU-NEXTで!

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「釣りバカ日誌」シリーズや、「超高速!参勤交代」シリーズなど、これまで松竹の手がけたコメディ作品を社員監督として手がけてきた本木監督。なんとU-NEXTでは、8作品中、全て見放題でチェックできます!本作を見て、もう少し本木監督作品を見てみたいなと思った人は、1つずつDVDを買うよりも、まずはビデオ・オンデマンドで時間とお金を節約してみてはいかがでしょうか。

★最初の31日間は無料!
加入後、最初の31日間は会員料金が無料です。見放題以外の有料作品も、初月付与される600ポイントを使えば、2本まで無料で見れます。さらに、毎月自動的に1200ポイント付与されるため、月額料金も、実質上業界最安クラスの800円なのですよね。国内最大120,000点の品揃えは映画ファンにはたまりません!

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DVDだけでなく、雑誌まで読み放題サービスがついてくるんですね。僕も、映画以外にもサブカル、マンガ、エンタメ系の情報はU-NEXTで無料購読できる雑誌から仕入れています!毎月付与される1200ポイントで、電子書籍を購入することもできますよ!

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