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あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して3ヶ月。無職または専業主夫で、ブログ書いてます。美術展と人事労務系の記事が多め。

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凄すぎる海北友松展!日本画好きは遠征しても絶対見に行くべき迫真の展覧会!

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かるび(@karub_imalive)です。

4月11日から京都国立博物館でスタートした「海北友松展」を見に行ってきました。日本画の展覧会の中では、2017年を代表する屈指の好コンテンツ。GWで混む前にゆっくりみたい!と思って、京都まで新幹線で1泊2日の弾丸ツアーを敢行しました。

感想としては、「日本画好きなら、有給使ってでも京都へ遠征する価値がある素晴らしい展覧会」だったと思います。以下、今回は海北友松展の凄さについて簡単にレビューしてみたいと思います。

1.「海北友松展」の混雑状況や所要時間・会場へのアクセスなど

今回の会場は、京都国立博物館。僕が行ってきたのは、会期3日目となる4月13日(木)12時ごろ。会期がスタートしたばかりの平日であったこと、海北友松自身、現代ではそれほどメジャーな存在ではないこともあり、ほとんど混雑することなくゆっくり見ることができました。

資料展示を除くと展示作品数はそれほど多くはないものの、一つ一つが非常に大きな作品なので、じっくり見るのであれば、120分は見ておいた方が良いでしょう。

また、関西以外から遠征する人の場合、混雑するのはむしろ京都駅構内の地下鉄乗り換えやバス乗り場です!特にバス乗り場は人気の東山方面(清水寺等)へ行くバスに乗らなければならず、何本か待たされる可能性大です。

そこで、平日なら思い切って京都駅から歩いて行くのもおすすめです。1.3キロ程度ですし、今回実測してみたら12分で到着しました。地下鉄乗り換えの待ち時間やバスの行列を考えると、悪くない選択肢かと・・・。

ちなみに、会場の混雑状況は、京都国立博物館の公式Twitterで1日数回アナウンスされています。今のところ、特に入場規制等はかかっていません。

2.海北友松と海北友松展について

2-1.桃山時代の巨匠絵師だけど、今ではすっかりマイナーな存在に

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熱心なアートファンでもなければ、まず「海北友松って誰よ?」っていうのが正直な感想かもしれません。僕も、大学受験時代に日本史を選択して文化史を軽く押さえた経験から「名前だけはかろうじて覚えてた」程度でした。

試しに、Googleでリサーチしてみましょう。例えば、桃山時代の他の巨匠や文化人と比べても、今一歩注目度が低く知られていないのがWebの検索結果からも明らかにわかります。

<Google検索結果>
・千利休・・・1,090,000件
・古田織部・・・247,000件
・長谷川等伯・・・214,000件
・狩野永徳・・・155,000件
・海北友松・・・82,900件
・伊藤若冲・・・1,310,000件(参考)

そんなマイナーな海北友松ですが、桃山時代当時は、彼の絵師としての名声や評価は、狩野永徳・長谷川等伯についで、非常に高いものがありました。本格的に絵師として活動し始めた60代以降、名だたる武家や文化人と付き合うだけでなく、公家や天皇家にまで出入りし、ひっきりなしにオーダーを受けて忙しく制作していました。

2-2.謎の多い生涯

海北友松(1533-1615)は、現存する作品やその周辺資料もそれほど多くなく、本格的に絵師として活動を開始した60代以前のキャリアに関しては、まだまだわかっていないことも多いようです。(最大の情報源である、孫の海北友竹が記した「海北家由緒記」でさえ、かなりの脚色と誤りが指摘されている始末・・・)

それでも、さすがは国立博物館。並みの美術展と違い、物凄い数の考証史料群が友松の作品と合わせて展示され、謎の多い壮年期までのキャリアに対しても従来より踏み込んだ見解が示されるなど、その展示クオリティの高さは素晴らしかったです。歴史好きの人にもかなりイケている展覧会です。

2-3.ざっくり簡単に海北友松の生涯を解説

浅井長政像
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(引用:Wikipediaより)

海北家は、元々近江の戦国大名、浅井氏に仕える武家でしたが、友松は幼い時から東福寺に預けられ、そこで絵の才能を見出されて狩野元信に学んだとされています。(が、これもかなり疑わしいらしい)

60代以前の友松の作風は、むしろ狩野永徳の強い影響下にあったとされ、展覧会でも参考作品として狩野永徳の「琴棋書画図襖」が展示されていました。

参考:狩野永徳「琴棋書画図襖」f:id:hisatsugu79:20170415200929j:plain
(引用:http://www.museum.or.jp/modules/topics/?action=view&id=937

また、彼は和歌や俳句にも通じていたとされ、当時の一流文化人、東陽坊長盛(茶人)や細川幽斎(和歌)、猪苗代兼如(連歌)らとの付き合いを通じて、石田三成、安国寺恵瓊、斎藤利三ら武人達にも知己を広げていきました。彼らからの注文や紹介も相次いでいたとされ、当時の権力者層に友松の実力が徐々に浸透していくことになります。(しかし親しく付き合った武人達はほぼ全員関ヶ原や本能寺の変で悲しい運命に・・・)

そして、彼の絵師としてのキャリアに転機が訪れたのは、友松が60歳の時。師とされる狩野永徳が亡くなった直後に狩野派を離脱してフリーの絵師として活躍し始めた頃でした。それ以降、彼は狩野派の技法から徐々に離れて自分独自のオリジナルな水墨画の世界を模索し始めますが、それと共に彼の名声は更に高まっていきました。

60を過ぎてから本格的にブレイクする非常に珍しいキャリア遍歴を辿った友松は、まさに日本画界のカーネル・サンダースみたいな存在ですね。

友松は、67才の時、「雲龍図」等で有名な建仁寺の内部装飾を一手に任され、方丈壁画50面を数年がかりで完成させます。それが非常に大評判となり、建仁寺は当時「友松寺」とも呼ばれていたのだとか。不動の名声を獲得した友松は、公家や天皇家からも金碧画の依頼が入るなど、最終的に82歳で亡くなるまで、彼独自の軽妙で洒脱な作風で第一線で活躍を続けました。

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3.無理しても「海北友松」展を必ず見ておきたい3つの理由

理由1:彼の代表作がほぼ全部揃った最大規模の回顧展だから

過去の日本画の画集や美術全集などを見るとすぐにわかりますが、美術全集系の図鑑等で掲載されている友松の代表作とされる作品群は、今回の展覧会でほぼ全て見ることができるのです!

ハイライトとなる「雲龍図」は、アートファン以外にもよく知られる建仁寺の障壁画だけでなく、北野天満宮に奉納した別の作品などを含め、わざわざ一つ独立した「雲龍図」だけ固めてまとめた部屋が作られており、ダークで神秘的な雰囲気のライティングの中、まとめて様々な雲龍図を比較チェックすることができます。

取り扱いが煩雑な国宝や重要文化財なども含め、各地の寺院や美術館、博物館と粘り強く出品交渉を重ね、その準備に物凄い労力と手間暇がかけられたことがよくわかる展示でした。間違いなく国立の博物館でしかできない規模と工数感であります。

多分これを見逃すと、もうこの規模の回顧展はしばらく10年単位で普通に開催されることは無いと思います!

理由2:作品がゴージャスでデカい!

桃山時代、彼が手掛けた絵画は、天皇家や公家、武家、寺院からのオーダーに基づいた巨大な障壁画や豪華な襖絵など、建物の内装を彩る作品が非常に多かったようです。通常の肉筆画なども沢山あるのですが、この展覧会で存在感を放っているのは、いずれも大きめサイズの障壁画や屏風絵でした。

京都国立博物館ならではの高い天井の広々とした空間と、大きなガラスケース展示の中で、彼が製作した大掛かりな作品群を思う存分楽しめます!

理由3:年代別に画業を順番に追うことで見えてくる友松の画風や心境

僕が昨年、100件以上の様々なテーマの展覧会を見てきた中で気づいたことがあります。それは、良い展覧会では、年代別・テーマ別等で整理展示された作品を見て、その作風の変遷を追っていく中で、自然にそのアーティストの心境や考え方が見えてくるように考えられているということです。展覧会の作品群を見終わった後、作品を通してそのアーティストが何を考え、どう生きてきたかが見えてくるような気がするんですね。

良い展覧会では、単に展示された美術品を楽しむだけでなく、作品制作の背後や、作品コンセプトが形作られたアーティストの生き様まで見通せるので、深い満足感が得られることが多いです。

本展は、作品やキャプション、解説、音声ガイドを組み合わせて順番に作品を見ていく中で、友松がどんな気持ちでこの作品に向かっていたのか、最終的にはどんな心境に達していたのか、といった、友松の生き様が透けて見えてくるような感じの、深い展覧会でした。

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4.個人的に特に気になった展示

展覧会を振り返って、印象に残った作品はいくつもあったのですが、本エントリでは、特に自分が深く感銘を受けた作品をいくつかここで紹介したいと思います。

4-1.「柏に猿図」

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(引用:プレスリリースPDFより)

猿のモチーフを得意とした牧谿から学んだとされますが、これって長谷川等伯の猿に似てるよな~と思って見ていました。同時代のライバル絵師として、ひょっとしたら交流があったのかもしれませんね。可愛くてコミカルな動きの白と黒の猿が印象的な初期作品です。

4-2.「松竹梅図襖」

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※部分図 (引用:http://m.blog.daum.net/lotus2/6048359

この襖絵でまず気づくのは、梅の木の直線的でカクカクした激しい枝ぶりでした。展示されている全作品中、この作品が突出して激しく、気迫のこもったタッチで描かれていたので印象に残っていました。やはり、彼の出自が武家出身の画家だからということも関係していたのでしょうか?

4-3.「雲龍図」(建仁寺)

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(引用:東京国立博物館)

海北友松が建仁寺に描きこんだ代表作「雲龍図」。とにかく巨大な画面に迫力満点の表情で描きこまれた本作は、その前に立つだけで圧倒されます。モチーフはやはり牧谿の描いた作品から学んだ、とされています。

友松がその後何度も描いた「雲龍図」は、朝鮮通信使へのおみやげとしても選ばれ、海を越えて高い評価を受けることになりました。朝鮮通信使、朴大根の直筆の礼状(展示されています)の中でも、非常に高い評価を受けています。

4-4.「飲中八仙図屏風」

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(引用:http://www.geocities.jp/themusasi5/a102.html

豊臣秀吉の配下の武将、亀井茲矩(かめいこれのり)のために制作された一枚。

狩野派の割りと無表情で固い顔つきと違い、あからさまに締まりがなく酒に酔ってだらしのない表情が非常に印象的だった1枚。特徴ある衣服の柔らかい線(衣文線)は友松独自のオリジナルで見応えがあります。

4-5.「放馬図屏風」

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※部分(引用:図録より)

後期展示でも、MIHO MUSEUMから、同様のコンセプトで描かれた「野馬図屏風」が出展されますが、とにかく馬がかわいいんですよね。一筆描きのような大胆に簡略化された柔らかい没骨技法(輪郭線などを用いない描き方)で活き活きと描かれた白と黒の馬たちは見飽きませんでした。

4-6.「花卉図屏風」

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※右隻(引用:Wikipediaより)

友松が最晩年に手掛けた妙心寺の背丈の高い屏風群(通称:「妙心寺屏風」)の中でも一番目を引くゴージャスな金屏風。鮮やかな色彩と、抜群の状態の良さに目を惹かれます。ちなみに、この屏風展示で面白かったのは、最近妙心寺で再発見された、彼が妙心寺から受け取った謝礼金の領収書の資料。「妙心寺屏風」を本作とあと2作描いているのですが、その謝礼金を現在の日本円に直すと、約240万円だったそうです。巨匠にしてはえらい安くないですか?(笑)

4-7.「月花渓流図屏風」

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(引用:ネルソン・アトキンズ美術館HPより)

海北友松最晩年での最高傑作とされる「月花渓流図屏風」が、展覧会の最後を締めくくってくれました。実物を見るとわかりますが、これが本当に素晴らしいんです。

余白をたっぷり取り、静謐で上品な仕上がりは友松が最晩年に到達した孤高の絵師としての到達点や、彼の心境を如実に物語っていました。言葉が出ないほど美しい、オリジナリティ溢れた渾身の一枚でした。

1958年にネルソン・アトキンズ美術館の所蔵になって以来、実に60年ぶりの里帰りとなった1枚ですが、これを見れただけでも、この展覧会に来てよかったな、と思えた素晴らしい作品でした。美術展めぐりは、たまにこういう物凄い作品と出会えるからやめられないんですよね。

5.まとめ

今回、東京から新幹線で遠征してみたのですが、見終わった後は、やはり来てよかったな、と心から満足できる展覧会でした。雲龍図の工夫をこらした展示方法や、大物作品ばかりで構成された迫力ある展示などは、日本画ファンだけでなく、これからアートに入っていきたい人にとっても、自信を持っておすすめできる展覧会です。

会期が短いので、お早めに!

それではまた。
かるび

関連書籍・資料などを紹介

墨龍賦(ぼくりゅうふ)/葉室麟

武士としての矜持を持ちながら、うちに秘めた高い志で絵師として大成していった海北友松の壮年期を中心に描いた大河系伝記小説。師・狩野永徳との緊張感あふれる丁々発止なやり取りや、建仁寺に彼が描いた双頭の龍は、盟友斎藤利三とその将、明智光秀をモデルに描いたという大胆な説が面白いです!

展覧会を見た後に読むと、面白さが倍増します!ラストでは宮本武蔵とも渡り合い、作者の自由なイマジネーションが爆発(笑)面白かった~。これはおすすめ!!

聚美 Vol.23「海北友松」特集号

海北友松について特集したムック本や雑誌特集が皆無な中、4月に発売された唯一のムック本。海北友松の画業をカラー写真とコラムで振り返る充実した特集が組まれています。同じく関西地区で同時に開催中の「快慶展」の特集もある、オトクな1冊でした。

展覧会開催情報

◯展覧会名
「開館120周年記念特別展覧会 海北友松」

◯美術館・所在地
京都国立博物館
〒130-0014 東京都墨田区亀沢2丁目7
◯交通機関
バス利用の場合
JR京都駅下車、市バス京都駅前D1のりばから100号、D2のりばから206・208号系統にて博物館・三十三間堂前下車、徒歩すぐ
京阪電車利用の場合
七条駅下車、東へ徒歩7分
タクシー利用

京都駅からならほぼワンメーター550円
◯会期・開館時間・休館日
2017年4月11日~ 5月21日(会期中無休)

午前9時30分から午後6時まで(入館は午後5時30分まで)
※ただし会期中の毎週金・土曜日は午後8時まで(入館は午後7時30分まで)
◯公式HP
http://www.kyohaku.go.jp/jp/index.html
◯Twitter
https://twitter.com/kyohaku_gallery
◯無料参考資料(プレスリリース)
※下記URLから、京博が出しているプレスリリースを無料でDLできます。展覧会の予習復習に好適。

http://www.kyohaku.go.jp/jp/special/pdf/2017_yusho_press.pdf