あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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妖しすぎ?!クラーナハ展は中世の香り漂う個性的な絵画が凄かった!

【2016年11月25日更新】

かるび(@karub_imalive)です。

10月15日から、ドイツ・ルネサンスの巨匠、ルカス・クラーナハ(父)をフィーチャーした、「クラーナハ展」が国立西洋美術館で始まりました。

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ここ10年程、世界的にも特集展示が組まれることが多くなってきましたが、日本でも、とうとう開催されたクラーナハの大回顧展。

展示の中身は、かなり力が入っていて非常に見ごたえがありました。・・・というより怪しさ満点。いや、妖しさと言った方がいいでしょうか?15~16世紀頃のこの時期特有のドイツ北方のB級感あふれるウマ下手系のタッチに、ギリシャ神話や聖書から着想された奇抜なテーマや、裸体画づくしの絵画群がこれでもかと並べられた圧巻な展示は、見どころ満載。

同時期に高い完成度を誇ったフィレンツェやローマ、ヴェネツィアのイタリア・ルネサンス絵画とはまた違った楽しさ、面白さにあふれた展覧会でした。今日は、このクラーナハ展について、少し感想を書いてみたいと思います。

1.混雑状況と所要時間目安

この時期なので、美術館自体は混んでいるのです。絶え間なく団体さんがドドドっと入ってくるので、出入口やカフェは人でごったがえしていました。7月に世界遺産に指定されてから、特に増えた印象があります。

でも、バスツアーの団体さんは、クラーナハ展に行かずに、常設展へ直行していきました。「え~っ?!ちょ、みんなクラーナハ展見ようよ!常設展は後でいいっしょ!」と心のなかで軽く毒づきつつも、入り口へ。

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事前告知が結構あったので、混雑を覚悟していたのですが、写真の通り拍子抜けするくらい閑散としています。

日曜日の午前11時と、一番混雑する時間帯に行ったのに、常設展や館内カフェのかつてない賑わいぶりとは対照的に、クラーナハ展は結構空いていました。まだ会期初めだからなのかもしれませんが、かなり余裕があります。行くなら今がチャンスかも!

展示は約90点と多めなので、90分くらいは見ておいたほうがいいでしょう。僕は音声ガイドと館内休憩スペースの図録をガッツリチェックしていたら、150分経過していました。

2.音声ガイドはボーナストラックが良かった

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もちろん、音声ガイドも用意されています。音声ガイドの特別コンテンツとして、阿川佐和子の現地レポートや、ウィーン美術史美術館、総館長のザビーネ・ハーク氏の挨拶も入っています。

隠れたおすすめポイントとしては、今回の展覧会のために千住明が作曲し、演奏式を佐渡裕が担当した、クラシック風のテーマソング「Glorious Museum」がボーナストラックとして聞けること。

優雅でキャッチーなクラシック曲は、宮廷画家クラーナハの雰囲気にピッタリ。録音も、佐渡裕が音楽監督を務めるトーンキュンストラー管弦楽団まで使って、佐渡裕直々の指揮で録音された豪華版なのです。

自宅に帰ってからもう一度試聴しようと思ったのですが、Webのどこにも音源がアップされていません。せっかくの良曲だからネットで聞けるようにして欲しい!

3.クラーナハ展に行く前におさえたい予備知識

クラーナハってそもそも誰?っていう人も多いと思います。普段美術展に行き慣れていないと、なかなか聞かない名前でもありますし、展覧会に行く前に見どころだけでも予習しておくと、かなり楽しめます。

3-0.動画ニュースで館内の様子を見ておきたい!

クラーナハ展では、各マスコミの紹介動画がyoutubeにアップされていますが、こちらの日経の取材動画が非常に良かったので、紹介しておきますね。

<日経の取材動画>

動画がスタートしない方はこちらをクリック

3-1.クラーナハって誰なの?

ルカス・クラーナハ「自画像」※今回未出展f:id:hisatsugu79:20161017160723j:plain
(引用:Wikipediaより)

ルカス・クラーナハ(1472-1553)は、ドイツ北方、ヴィッテンベルクで16世紀前半に活躍した西洋絵画の巨匠です。「クラナッハ」、「クラナハ」とも呼ばれますし、ファーストネームも「ルーカス」と呼ぶ場合もありますね。

若い頃にウィーンで絵画修業を終えたクラーナハは、西ヨーロッパで強大な力を誇った神聖ローマ帝国のザクセン選帝侯に見出され、専属の宮廷画家となりました。王侯貴族のオーダーに基づき、彼ら一族の肖像画やキリスト教のテーマに基づいた寓意画などを描きました。クラーナハの絵画は、他の貴族・王族への贈答品として外交に使われたり、選帝侯一族の権威を高めるために大いに利用されたといいます。

3-2.クラーナハが確立した工房での大量生産体制

ザクセン選帝侯の宮廷画家であった一方で、クラーナハは、独立採算の大規模工房を持つ優れた実業家でもありました。徒弟制に基づく彼の工房では、絵画や版画が徹底した分業体制で運営されました。「手足だけ描く担当」「背景担当」など絵画のパーツごとに専門家が効率的に担当していたそうです。(今だと、村上隆の工房や、漫画家のスタジオなんかがそれに近いかも)

そして、クラーナハは、1510年頃から、ザクセン選帝侯から授けられたこの「サイン」を、ほぼ全作品に刻印するようになります。この「サイン」は、工房の生産物に対する「商標」として機能したため、大量に流通した彼の作品群のブランド価値を高める効果がありました。このあたりにも、ビジネス的センスに優れたクラーナハの才覚が感じられます。ぜひ、展覧会でサインを探してみて下さい。

3-3.「クラーナハ様式」と呼ばれた独特の画風

クラーナハが生きた16世紀、イタリアではすでにダ・ヴィンチらにより、一点透視図法や空気遠近法など、写実的な近代絵画技法に基づくルネサンス絵画の技法が浸透していました。

しかし、アルプス山脈を越えた「北方」地域であるドイツでは、イタリア・ルネサンス絵画の影響を受けたデューラーらが出た一方で、依然として前時代的な「後期ゴシック様式」と言われる中世的な絵画手法にとどまる作家も多く活躍していました。

クラーナハは、どちらかというと「後期ゴシック様式」の香りがする絵画を描いており、ローマやフィレンツェより時間軸的には50~100年くらい遅れています。技術的には、超一流ではなく、一見、垢抜けない「B級」「二流」という印象を持つ人も多いかもしれません。

ルクレティア
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例えば、上記の絵画。明らかに体のサイズが少しヘンですよね?!腰、細すぎ。よく頑張って描けているんだけど、やっぱり写実性ではイタリアの巨匠や、同郷の巨匠、デューラーに一歩及びません。

じゃあクラーナハのどこが凄かったのか?!というと、図録にもありますが、彼が同時代の画家と比較して優れていたのは、斬新な絵画テーマを採用した画題選択の革新性にありました。宗教画の文脈から、女性のヌードだけを独立して抜き出してブロマイド的な絵画を大量生産したり(貴族に喜ばれたといいます)、寓意性や風刺性に満ちた絵画テーマの選択は、ルネサンス的な精神に根ざした新しい試みでした。

3-4.政治的にも力を持っていたクラーナハ

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(引用:クラーナハ展公式HPより)

クラーナハは、世界史の教科書でも有名な、宗教改革の旗手マルティン・ルターと親交が厚く、彼の結婚式の立会人も務めたほどでした。宗教改革のお膝元であるヴィッテンベルク市長を務めつつ、工房を挙げてルターの肖像画や版画を大量生産し、ルターの宗教改革運動のイメージアップの為の「広報活動」に深く関わりました。

クラーナハは、政財界の大物として、キリスト教の新宗派「プロテスタント」の成立に大きく貢献した点で、歴史的な文脈から見ても重要な人物だったのです。展示最終部分でルターの肖像画を、痩せていた若い時代、結婚して太った時代と2枚見比べるのも面白いですよ。

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4.展覧会で見れる妖しい絵画たち

クラーナハの絵は、寓意にあふれた妖しくも個性的な宗教画や、そこは裸でなくてもいいでしょう?!と思えるくらい多様な裸体画が見ていて面白いです。世界中の30館以上から集められたクラーナハの絵画群をじっくり堪能してみて下さい。

4-1.「ザクセン選帝侯アウグスト」と「アンナ・フォン・デーネマルク」

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(引用:クラーナハ展公式HPより)

まずは普通の肖像画から。興味深いのは、モデルの顔つきや服装です。イタリア人とは明らかに違い、デカくて北欧系やドイツ人のような顔つきです。また、彼らの豪華な正装もフィレンツェの王族たちとは全然違う、独特なファッションなのが印象的でした。

4-2.神聖ローマ皇帝カール5世

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(引用:クラーナハ展公式Twitterより)

神聖ローマ皇帝、カール5世の肖像画です。直接謁見できず、何かの資料を見ながら描いたとはいえ、これ、アゴ出過ぎじゃないですか?一応、王様なわけですよね?行き過ぎた美化をせず、極力写実的に描こうとしたとは言え、宮廷画家の描くオフィシャル画像にしては攻め過ぎな気が(笑)このあたりにクラーナハの個性というか、面白さが感じられました。

4-3.聖アントニウスの誘惑

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(引用:クラーナハ展公式HPより)

国立西洋美術館の一つ前の企画展「メッケネム展」でも特集されていましたが、ドイツでは15世紀後半から木版画や銅版画がいち早く発達しました。

今回展示でも、クラーナハをはじめ、デューラー、メッケネム、ショーンガウアーなど、同時代のドイツ人巨匠達の版画が比較展示されています。技巧的に一番上手なのはやっぱりデューラーですが、クラーナハの版画はコミカルで寓意にあふれる面白い作品が多かったです。

この作品なども、天使と悪魔が戦うシーンが描かれているのですが、ファンタジックで中世的な妖しい雰囲気は、RPGゲームなんかの挿絵なんかにもぴったりフィットしそうです。

4-4.ホロフェルネスの首を持つユディト

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クラーナハの代表作。西洋絵画では残酷シーンを描いた一場面としては非常にメジャーで、代表的な「怖い絵」的な作品なのですが、どうしてもこちら側に向けられた生首のリアルな断面に目が行ってしまう・・・。そして、仕事をやりきった感のあるすまし顔でこっちを見つめるユディトの醒めた視線が、何とも言えず不気味でした。

なお、本展覧会でこの絵画を長距離輸送するため、繊細でもろい木版を3年以上の時間をかけて慎重に補修作業を行ったとのこと。すごい労力です。

4-5.聖カタリナの殉教

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(引用:クラーナハ展公式HPより)

聖カタリナが殉教するシーンも、中世の西洋絵画ではメジャーなモチーフなのですが、クラーナハのこの作品は、もう何がなんだか、、、。個人的にはこの展覧会で一番気に入りました。

物と人物が画面にごちゃごちゃ詰め込まれて混沌とした怪しさ満点の仕上がり。黒くなっているのは落雷を表現しているのですが、火山が噴火しているような大仰さですし、画面中央の兵士の衣装は近未来的な宇宙服にしか見えなません。この独自のセンスに圧倒されました。凄いです。

4-6.ヘラクレスとオンファレ

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(引用:https://jp.pinterest.com/pin/536702480571107739/

クラーナハの得意とした「女性の妖しさ」をテーマとした寓意画です。英雄ヘラクレスも、女性たちに誘惑されてめろめろになっている構図ですね。みどころは、だらしなさすぎるヘラクレスの表情と、こっちを見る「してやったり」な女性の表情です。クラーナハは、この「ヘラクレスとオンファレ」だけで、合計20枚以上の同じような構図の同タイトルの作品を遺しています。

5.クラーナハに影響を受けた近現代のアーティストたち

個性的な妖しさ満点のクラーナハの絵やその独特の画風・構図などは、近現代の沢山の国内外のアーティストに影響を与えました。今回の展覧会でも、クラーナハから影響を受けたピカソや岸田劉生などが印象的でした。面白かったのは森村泰昌。

森村泰昌「MOTHER(Judith) 1」
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(引用:Archive 西洋美術史 | 「森村泰昌」芸術研究所

さすが森村泰昌。ユディトの首の断面はステーキ肉だなぁ~といつもながら精巧な作品を見入っていたら、その時後ろを通りすぎていった、熟年夫婦の会話が面白過ぎて笑いをこらえるのがつらかった、、、。妻「お父さん、これ見ていかないの」夫「あぁ、いいよ、ものまねだろこれ」(僕:・・・いや、まぁ、そうなんだけど、じゃあなんでここに掛かってるのかわかってる?!著名な現代アートだからねこれ?!)

6.まとめ

クラーナハの絵画は、一見単なるヘタウマ系の中世絵画に見えるのですが、着想のオリジナリティと不思議な妖しさに、次第に引き込まれていくような中毒性がありました。クラーナハやその同時代の作品が90点以上集まった、日本で初めての大回顧展です。楽しい展覧会ですので、ぜひこの機会を逃さず行ってみて下さい!。

それではまた。
かるび

【2016年11月25日追記】
11月27日15時~15時30分で、TBS(地上波)でウィーン美術史美術館と関連が深いクラーナハ展の関連番組の放送があります。クラーナハ展で音声ガイドを務めた阿川佐和子がパーソナリティを務める、「サワコのひとり旅inウィーン~巨匠クラーナハが愛した芸術の街へ~」という番組です。

その番組中のナレーション収録現場にお邪魔して、局アナの井上貴博アナからお話を伺うことが出来ました。もしよければその時の様子を取材した記事がありますので、あわせて御覧ください!

展覧会開催情報

クラーナハ展は、東京展のあと、大阪に巡回します。

展覧会名:「クラーナハ展」
会期:
【東京】2016年10月15日~2017年1月15日
【大阪】2017年1月28日~2017年4月16日
会場:
東京:国立西洋美術館
大阪:国立国際美術館
公式HP:http://www.tbs.co.jp/vienna2016/
Twitter:https://twitter.com/tbs_vienna2016

上野で同時期に回れる西洋美術展

この秋、上野の近接する公共美術館にて、他にも2つの西洋美術展「ゴッホとゴーギャン展」(東京都美術館)、「デトロイト美術館展」(上野の森美術館)が開催されています。特に、「ゴッホとゴーギャン展」とはチケットの相互割引がありますよ。感想レポートを貼っておきますね。 

クラーナハを理解するのに役に立つ書籍など

展覧会が始まる前はほとんどなかったのですが、展覧会のスタートと同時に、非常に優れたクラーナハを特集した書籍が発売されていますので、紹介したいと思います。

この時期の北方ルネサンスを代表する画家といえば、デューラーとクラーナハ。クラーナハ展でもデューラー作品が幾つか出ていましたね。

イタリア・ルネサンスの影響を色濃く受けたデューラーと、中世的雰囲気を引っ張り、平面的で妖しい絵画群を量産した2人のルネサンス期における立ち位置は見事なまでに対照的です。わかりやすく見比べることで、より一層お互いの個性が際立ちます。作風は離れていましたが、同時代に近隣で活躍した人気画家同志、お互い影響を受けあっていたこともわかります。

ドイツ・ルネサンスを代表する、対象的な2人を見比べながら理解を深めることができる画期的な書籍でした。非常に読み応えがあって素晴らしい出来で、文句なくおすすめです!

美術ファンだけでなく、一般読者にもわかりやすいように、初心者向けの目線で特集してくれる芸術新潮。今回の2016年11月号での総力特集は、彼の画業を俯瞰して理解するにはぴったりの素晴らしい巻頭特集でした。こちらも保存版としてオススメ。