あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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【ネタバレ有】映画「嘘八百」感想・考察と10の疑問点を徹底解説!/古美術ファンも納得の贋作コメディ!

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かるび(@karub_imalive)です。

1月5日に公開された古美術マニア・アートファン必見のお正月映画「嘘八百」を見てきました!アートファンである自分には、最後まで非常に興味深く観ることができた映画でした。

早速ですが、感想・考察等を織り交ぜた映画レビューを書いてみたいと思います。
※本エントリは、後半部分でストーリー核心部分にかかわるネタバレ記述が一部含まれますので、何卒ご了承ください。できれば、映画鑑賞後にご覧頂ければ幸いです。

1.映画「嘘八百」の予告動画・基本情報

▶「嘘八百」公式予告動画
※画像をクリックすると動画がスタートします


動画がスタートしない方はこちらをクリック

【監督】武正晴(「百円の恋」他
【配給】GAGA
【時間】105分

本作は、元々「大阪府堺市」を舞台に何か映画作品が作れないか?というご当地推し映画企画としてスタートしたそうです。2015年の日本アカデミー賞優秀作品賞を獲得した「百円の恋」の制作チームが集結し、約3年の準備期間を経て制作へと入りました。

それなりの中規模公開を想定した作品でしたが、制作予算が苦しかったのか、撮影期間はわずか16日間。超タイトなスケジュールの中でしたが、現場は非常におだやかで精神的に余裕のある撮影現場だったそうです。

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引用:映画「嘘八百」公式サイトより  

そんな本作でのメガホンを取ったのは、映画「百円の恋」をはじめ、「イン・ザ・ヒーロー」「リングサイド・ストーリー」など本物の映画ファンからの支持も非常に熱い武正晴監督。個性的な俳優陣ひとりひとりから、きっちり才能を引き出し、お正月らしく楽しく、かつゆるく笑えるケイパーものコメディ映画として、非常に面白い作品を作ってくれました。

2.映画「嘘八百」主要登場人物・キャスト

キャスト陣は、主演の佐々木蔵之介を始めとして、俳優陣の大半が関西出身者で固められています。坂田利夫、友近をはじめ、「大阪のおっちゃん、おばちゃん感」が微笑ましかったです。

また、偶然の一致だとは思いますが、昨年公開された千利休&池坊専好の生涯に渡る友情を描いた映画「花戦さ」とは、扱うテーマが「利休」つながりな上、主役キャスト陣3人(中井貴一、佐々木蔵之介、森川葵)が丸かぶりという数奇な共通点もあります。

古美術商・小池則夫(中井貴一)f:id:hisatsugu79:20180112013242j:plain
引用:映画『嘘八百』予告編  - YouTube
映画「グッドモーニング・ショー」(2016)で喜劇役者としての確かな力量を見せるとともに、昨年は「本能寺ホテル」(語り)や「花戦さ」など時代劇や歴史の香りがする映画への出演が続きました。喜劇であり、かつ「古美術」という伝統的なジャンルを扱う本作は、50代後半となり円熟味を増した中井貴一にぴったりな作品でした。

陶芸家・野田佐輔(佐々木蔵之介)f:id:hisatsugu79:20180112012341j:plain
引用:映画『嘘八百』予告編  - YouTube
京都出身だけあって、関西弁は極めてナチュラルで完璧。作陶シーンのリアルな再現は本物の陶芸家らしい貫禄がありました。映画内で「トカゲ」呼ばわりされていたのが何気に可笑しかったです。

佐輔の妻・野田康子(友近)f:id:hisatsugu79:20180112013218j:plain
引用:映画『嘘八百』予告編  - YouTube
ダイエットビジネス(?)に手を染めていたちょっと昔はかなりほっそりしていたイメージがありましたが、本作では完全にいい具合にリバウンド。大阪の気のいいおばちゃん役としてハマり役でした。 

則夫の娘・大原いまり(森川葵)f:id:hisatsugu79:20180112013355j:plain
引用:映画「嘘八百」公式サイトより

伊万里焼にちなんで「いまり」と名づけられた則夫の一人娘で、本作最年少キャスト。スイーツ映画からシリアスなサスペンス、コメディまで幅広くこなせる「憑依系」女優ですが、本作では父への冷たい視線を送り続ける反面、恋人にはデレデレなツンデレ系の演技が様になっていました。ちなみに、彼女が映画内で結婚する誠治も、陶磁器の「青磁」から名付けられているそうです。

その他、表具屋「よっちゃん」に坂田利夫、飲み屋「土竜」のマスター西田に木下ほうか、学芸員に塚地武雅、文化庁の役人に桂雀々、大御所鑑定家・棚橋清一郎に近藤正臣、樋渡開花堂店主に芦屋小雁など、キャスト陣には関西系のお笑い芸人・俳優陣がずらり並んでいます。

3.途中までの簡単なあらすじ

古美術商・獺を営む小池則夫は、別居中の一人娘、いまりを連れて、千利休の生誕地・大阪府堺市のある古い屋敷の蔵に、出張買取へと訪れていた。蔵の中は贋物だらけだったが、その中で、則夫は奇跡的に利休が亡くなる前に残したと思われる幻の黒楽茶碗を発見する。興奮を抑えきれず、則夫は即座に100万円を支払ってお宝を手に入れたが、好事魔多し。購入後、冷静になって帰りの車中で見直したら、その茶碗は案の定贋物だった。

急ぎ屋敷の主人を追いかけた則夫は、則夫をだました男が屋敷の主人になりすまし、仲間と贋物作りで小遣い稼ぎをする落ち目の天才陶芸家・野田佐輔であると知った。しかし、佐輔のアパートで話しこむうち、則夫は、彼と佐輔が、20年前に大手美術商・樋渡開花堂と、彼とグルだった古美術鑑定家・棚橋清一郎に騙された過去を共有していることに気付いたのだった。則夫が騙されて高額で購入した本阿弥光悦の赤筒茶碗の贋物を、樋渡の指示で二束三文で下請けとして制作していたのが、佐輔だったのだ。

佐輔の茶碗づくりの腕前を見込んだ則夫は、樋渡・棚橋への20年後しの復讐として、二人で手を組んで「幻の利休の茶器」として、贋物茶碗を制作し、彼らから大金を巻き上げるプランを画策する。こうして、奇妙な縁で結びついた二人は、今までにない利休の贋作づくりをスタートさせたが、やがて彼らの計画は、家族や仲間、そして文化庁をも巻き込む大騒動へと発展していくのだった・・・。果たして、二人は大金をゲットして人生の一発逆転に成功するのだろうか?!骨董ロマンあふれるお宝コメディの行方は??

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4.映画本編に対するレビュー(感想・評価)

初笑いにぴったり!ご当地「堺」の関西らしい緩い笑いや空気感が良かった!

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引用:映画『嘘八百』予告編  - YouTube

そもそも映画企画自体が、まず「堺市」を舞台にしたストーリーをなにか作れないか、ということで始まった本作。僕は実家が関西で、一時期堺の工業地帯で実際に働いていた経験もあるのですが、この「堺市」という町は、京阪神の重要な産業・工業の中心地の一つであるのは間違いないのですが、どこか程よい田舎感が漂う、ローカルな枯れた街並みが魅力の一つでもあるんですよね。

それが顕著に現れていたのが、物語中盤以降、贋作づくりの基地として登場する居酒屋「土竜」で描かれるゆるい人間関係です。地元の商店街の暇な?オッサン達が、アドリブ満載の関西弁で古い阪神タイガースのネタで盛り上がるところなんかは、見事に「堺」的な空気感が感じられてよかったです。樋渡開花堂への仕返しに燃える佐輔が、「あいつら槇原にしたる!」なんてセリフ、今の若い人絶対わからないですって^_^;(※1985年4月17日、巨人vs阪神戦で、7回裏の阪神攻撃時、バース・掛布・岡田がわずか6球の間にバックスクリーンへホームランを3連発し、巨人のエース槇原をノックアウトした伝説の逸話。これ、小学生の時リアルでTVで見てたんで覚えてるんですよね~)

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引用:映画『嘘八百』予告編  - YouTube

そして、堺市といえば、千利休の生誕地。そして利休と言えば、カモメ。則夫と佐輔のコンビが、堺のご当地名所を回りながら、少しずつヒントを掴んでいって、堺港に広がる深緑の大海原を悠然と飛んでいくカモメを表現した「緑楽」茶碗の制作に行き着く流れは自然で上手いなーと思いました。確かに「緑楽」の色合いと、堺港に映った深緑の海の表情はぴったり一致していましたね。ご当地もの映画としては本当によく出来ていたと思います。

利休の想いと主人公たちの情熱がシンクロした絶妙なテーマ性

桃山時代、当時の一流陶芸職人だった、樂家初代・長次郎を見出し、彼と二人三脚で自分好みの「黒楽茶碗」を作り上げ、「わび茶」の世界観を完成させたのは千利休でした。しかし、千利休は最後は考えの合わない秀吉の下、京の都で精神的に窮屈な生活を強いられ、 天正19年(1591年)、千利休は秀吉に切腹を命じられて無念の死を遂げます。

本作では、堺市の名勝・観光地を順番に回っていく中、そんな千利休の生き様を肌で感じ取った則夫や佐輔が、最後にはまるで利休の遺志を受け継いだかのように、陶芸に対する情熱を正しく取り戻し、それぞれの陶芸家・古美術商としての初志を思い出していきます。

誰も見たことのない「緑楽茶碗」という贋作作りを推し進めることで、逆説的に彼らのオリジナル作品が出来上がっていく過程は、利休と長次郎が彼らの理想を体現する「黒楽茶碗」を生み出したプロセスにもダブる感じで、時空を越えて情熱がシンクロしていくようで見事でした。

古美術や陶芸の世界をできるだけ丁寧に描こうとした努力が素晴らしい

一説には、市場で流通している約4割の作品が贋作であると言われる古美術・骨董品の世界。ベテランの博物館学芸員や、古美術商、鑑定家など、骨董・古美術に長年関わってきた関係者なら、かならず1回は絶対に贋作を掴まされた苦い経験があると言いますよね。

本作では、そんな素人には非常に敷居の高そうな古美術の世界を垣間見ることができるという点で、アートファンたる自分には非常に興味深い作品となりました。真贋鑑定の難しさ、複雑さや、プロ同士のばかしあい(駆け引き?)では欲をかいて冷静さを欠いた方が負けるというギャンブルにも似たスリリングさなどは見ていて非常に面白かったです。

また、地味に頑張っていたと思うのは、映画作品内で使われた様々な歴史資料・小道具などに、極力本物を使おうとしていた点です。

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堺市所蔵の屏風絵「住吉祭礼図屏風」がそのまま使われた
引用:映画『嘘八百』予告編  - YouTube

映画内で紹介されていた「住吉祭礼図屏風」(堺市所蔵)は「堺市博物館」に展示中の本物でしたし、千利休の肖像画も、文化施設「さかい利晶の杜」に展示されている本物が使用されています。

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江戸時代に樂家一門の手によって作られたリアルな「贋作」
引用:映画「嘘八百」パンフレットより

また、則夫が樋渡に騙されてつかまされた本阿弥光悦の楽茶碗の写しには、江戸時代の楽家5代目一入の息子の一人、一元が江戸時代に制作した約300年前の実物が使われているのですよね。

こうした、限りなく本物志向な映像を見せようとした努力はアートファンである自分としては大いに評価したいところです。(昨年公開された時代劇映画「関ヶ原」や「花戦さ」ではこうした美術品へのこだわり・考証が割りとテキトーでしたから/笑)

もう少し主役2名とその家族のエピソードを掘り下げてほしかった

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主役陣の演技力は申し分なかったが・・・
引用:映画『嘘八百』予告編  - YouTube

堺を舞台にした、正月映画らしいゆるい喜劇風味や、限られた予算の中、作陶シーンやロケ地・美術にこだわり、素人からマニアまで納得できる古美術に纏わるリアルな情景描写は非常に素晴らしかった本作。また、バディ・ムービーとしてのベテラン俳優同士の掛け合いも絶妙で良かったです。

ただ、1点だけちょっとどうかなと思った点としては、やっぱりちょっと主役2名のやその子どもたちとの関係性や、過去のエピソード描写がちょっと足りてなかった点です。

かつて、4000万円を騙し取られた因縁の相手、樋渡開花堂に20年ぶりに則夫が再訪した時のあっさり感や、プロの陶芸家としてデビューしたものの、その後樋渡に搾取され続け、次第に腐って行った佐輔の葛藤や苦悩が全然描かれていない点はちょっと気になりました。なんていうか、一歩間違えたら塀の中へ落ちてしまいかねない犯罪行為を企むのに、その行動へとつながっていく動機の描写があっさりしすぎているのですよね。ノリで贋作を作るわけじゃないんですから。

また、物語中最重要なポイントである、いまりと則夫の関係性の描写も、中途半端で終わっていて残念でした。「ピンクイルカ、アマゾン」といまりが則夫に投げかけた謎のキーワードについて、最後までその伏線が回収されないまま終わってしまうのはもったいないです。(いまりがベッドで寝る時、抱きかかえていた写真集は、幼少時に父親から買ってもらったイルカの写真集でしたよね?)いまり役の森川葵の演技では、離れて暮らす父親に対して愛情と反発が入り混じった複雑な感情を上手く表現出来ていたとは思いますが、描かれるべきエピソードが省略されたため、なんだか宙吊りにされた気分ではありました。

個人的には、あと10分、15分尺が伸びてもよかったので、一世一代の贋作づくりへの大勝負へとつながる、主人公たちの葛藤やコンプレックスなどをもっとしっかり掘り下げて欲しかったかなと思います。

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5.映画「嘘八百」に関する11の疑問点~より本編を楽しむため、ストーリーの伏線・設定を徹底考察!(※強くネタバレが入ります)~

ストーリーや設定について、本作をより深く理解するために要点となりそうなポイントについて、考察や情報をまとめています。内容上、映画を1度見終わった人向けのコンテンツとなりますので、ここからはネタバレ要素が強めに入ります。予めご了承下さい。

疑問点1:則夫の営む「古美術・獺」の商売とは?

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引用:映画「嘘八百」公式サイトより

則夫が乗っていたハイエースの窓に「全国どこでも出張買い取り 古美術 獺」と書かれていたとおり、彼は、古美術商の中でも、地方の古い蔵に眠っている古美術品・骨董品を仕入れて売る「うぶ出し屋」という商売をしていました。

映画本編でも出てきたとおり、古美術・骨董には、古物商達が集まる「古物市場」というオークション形式のセリが行われますが、こういったところで競って高値で仕入れるよりも、まだ誰の手もついていない民家の古い蔵から直接仕入れたほうが、高い利益率が期待できるのです。古本やCDなどでも「出張買取します」という宣伝文句をよく見かけますが、それの古美術版といったところでしょうか。

疑問点2:則夫の妻・陽子と則夫/いまりとの関係は?普段は何をやっている人なのか?

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引用:映画『嘘八百』予告編  - YouTube

映画内では描写が省略された則夫の妻・陽子。最後の結末シーンにいきなり登場して混乱した方も多いかと思いますが、脚本家・今井雅子の手がけたノベライズによると、

・美術専門誌の契約記者兼営業担当をやっている。
・マイペースで自由奔放な性格。
・則夫が当時営んでいた古美術店に広告を取りに来たのが二人の馴れ初め。
・しかし、則夫が樋渡開花堂で4000万円の贋物を掴んで店が傾いた時、離婚した。
・当時4歳だった一人娘のいまりの親権は、陽子が取った。

という設定になっています。ただ、ストーリー中盤でのいまりのセリフ「私をおしつけあった」とあったように、親権は取ったものの、子供の養育より自分のライフスタイルを優先させるいい加減な母親だったので、しょっちゅういまりは家出を繰り返していたようですね。

疑問点3:茶器についている「箱書き」や「譲り状」とはどんな意味があるの?

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引用:映画『嘘八百』予告編  - YouTube

これは、実際に古美術や陶芸のギャラリーに行くとわかりますが、古い茶碗や工芸品には、「箱書き」といって、作品の出自や由来を側面や裏面に記載した「杉」や「桐」など、木製の収納箱や、出自を保証するための「譲り状」「書状」といった毛筆の証明書類がついていることが多いです。

特に、本作で扱われた「楽焼」の場合は、楽家代々の当主(=陶芸家)が制作した作品に対して、茶道の家元(=オーソリティ)が銘を付け、箱書きを書くことで、当時からブランド品としての価値を保ってきた歴史があるのです。

ただ、映画にもあったとおり、最近では、出来すぎた箱書きには偽物であることも多く、箱書きとセットではなく、作品単体で評価されることも多くなっているようですね。まぁこのあたりの複雑さ・難しさが古美術に対する初心者へのハードルをぐぐっと引き上げている要素であることは間違いありません(笑)

疑問点4:いまりの言う「アマゾンのいるか」とは?

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引用:An Incredibly Fabulous Pink Dolphin | Guideposts

佐輔に騙されたことがわかった則夫が、絹田家でいつまでも佐輔の一人息子、誠治とべたべたしていたいまりを連れ帰ろうとした時、いまりは「都合のいいときだけ父親ヅラしないでよ」「嘘つき!」「ピンクのイルカ!アマゾン!」と言い、則夫に抵抗しました。この時の「ピンクのイルカ」「アマゾン」とは何だったのでしょうか?

このエピソードは、ノベライズ版で詳しく補足されていました。

これは、則夫が当時4歳だったいまりに買い与えた写真集に掲載されていた、アマゾンに生息するピンクのイルカの写真をめぐるエピソードのことを指しています。ピンクのイルカを幼稚園で絵に描くほど好きだったいまりに対して、則夫は、いつかアマゾンに連れてって実物を見せてやる!といまりに約束します。しかし、しばらくして則夫は樋渡開花堂に大金を騙し取られ、いまり・陽子と別れてしまったため、以後20年経過しても約束は果たされないままだったのでした。いまりが、いまだ約束を果たしてくれない父・則夫に対して持っていた不信感を象徴するエピソードとして描かれる・・・はずだったのでしょう。その後、このイルカのエピソードは未回収のまま映画は終了してしまいます。

疑問点5:則夫と佐輔は、過去に樋渡・棚橋とどんな因縁があったのか?

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引用:映画『嘘八百』予告編  - YouTube

則夫は、20年前、顧客の求めに応じて探していた本阿弥光悦・作とされる「赤筒茶碗」を樋渡開花堂から4000万円で購入し、彼の顧客へと売り渡しましたが、それは真っ赤な贋作でした。茶碗の出来も写しとしてはかなりハイレベルだった上、その鑑定書も、有名な鑑定家・棚橋清一郎が偽造したものだったのでした。これを顧客からのクレームで気づいた若き日の則夫は、全額自己負担として顧客へ返金し、家族も離散した上、多額の借金と光悦の贋作だけが彼に残されたのでした。

一方、その「赤筒茶碗」を偽造する担当だったのが、若き日の佐輔でした。新人の登竜門的な陶芸コンクールで表彰された佐輔を上手く騙して作品を作らせたのが、この樋渡・棚橋の悪徳コンビだったのです。

つまり、ふたりは同じ本阿弥光悦「赤筒茶碗」の贋作を通じて、樋渡・棚橋に共通の因縁があったということです。

疑問点6:佐輔は、なぜ陶芸家になろうと思ったのか?その原点は?

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引用:映画『嘘八百』予告編  - YouTube

和歌山の田辺で生まれ育った佐輔は、小学生の時に家の裏に広がっていた空き地で遊んでいた時、偶然に足に当たった桃山時代の陶器のかけら「陶片」を見つけ、なぜかそれに性的興奮を覚えたのです。

大人になってから、陶磁器を見るといてもたってもいられない古美術マニアは沢山いますが、小学生の時、かけらを見ただけで興奮してしまうとは、やっぱり天職だったんでしょうか(笑) 

疑問点7:佐輔は、なぜ「緑楽」茶碗を作ったのか?

戦国時代末期、利休が陶工・長次郎に作らせたわび茶専用の茶器は、その製法・ブランドを含め代々の「樂家」に一子相伝され、作られ続けます。しかし、この「楽茶碗」は、伝統的に「黒楽」「赤楽」といったように、黒系か赤系の釉薬がかかった丸型の深底茶碗であることが一般的でした。(※今の15代目当主、吉左衛門はやりたい放題ですが・・・/笑)

▼東京国立博物館に展示中の「黒楽茶碗」f:id:hisatsugu79:20180113020607j:plain

当初、過去の展覧会の図録を片手に、黒楽の精巧な写しを作陶しようと案を練っていた佐輔でしたが、則夫は、そんな佐輔に、劣化コピー品ではなく、まだ見たこともない利休を作れ、と勇気づけます。

そこで、本作で佐輔が制作したのは、現存する楽焼の茶碗では存在しない、青釉がかかった深緑色をした「緑楽」茶碗でした。

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映画内で制作された「緑楽」茶碗
引用:映画『嘘八百』本編映像① 佐輔(佐々木蔵之介)陶芸に熱中シーン - YouTube

天正19年(1591年)、堺に蟄居を命じられた後、利休は秀吉から切腹を命じられます。利休は、秀吉に見いだされることでその晩年には押しも押されぬ茶道の第一人者となりますが、その一方で彼の理想とするわび茶の精神を全く理解しようとしない秀吉に対して己を殺して仕える日々は、きっと精神的に窮屈な晩年だったでしょう。

もし、彼が亡くなる前に最後に作った最後の茶碗があったとするならば、それは、彼自信の自由への切望をカタチにしたものであるはずだったと考えた佐輔は、各種歴史資料から、堺の大海原を自由にたゆたうカモメを利休に重ね合わせます。そして、利休が、自らの茶室で最後の一杯を立てる時、堺の大海原を飛び回るカモメ(=自分)を強くイメージできる茶器の色合いは、茶碗とその中の茶が一溶け合い、大海原となる「深緑」しかないと考えたのですね。

疑問点8:なぜ文化庁の役人が田舎のオークション現場にいたのか?

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引用:映画『嘘八百』予告編  - YouTube

2008年、あるコレクターがサラリーマンの給料分くらいで購入・保有していた無名の仏像が、実はレジェンド級の大仏師・運慶の手によるものとわかりました。最低でも重要文化財指定が見込まれた作品となりましたが、コレクターは、周りの制止・反対を振り切り、この運慶仏をニューヨークにてクリスティーズのオークションにかけてしまいます。

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真如苑が14億円で買い戻した運慶仏
引用:山本勉「運慶に出会う」P42

この時は、たまたま日本の仏教系宗教団体・真如苑が約14億円と超高額で競り落としたことで、結果として水際で国宝級のお宝の海外流出は阻止されました。しかし、この一連の動きの中で、対応が後手後手のタイミングとなってしまったことで、文化庁は購入予算不足のため、オークションの場では何も有効な手が打てず、ただ状況を見守る以外何もできなかったのです。

この時の反省を活かして、以後、文化庁では、少しでも重要文化財や国宝指定となりそうな候補作品が発見された際は、真っ先に駆けつけ、オークションや古物市場へ出る前に手を打てるように迅速に動くようになったのだといいます。

疑問点9:ラストシーン・結末の考察~どんでん返しやエンドロール後の意味は?

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引用:映画『嘘八百』予告編  - YouTube

本作では、見事に利休の贋作を樋渡開花堂に1億円で掴ませ、仕返しに成功した則夫と佐輔は大金を元手に新たな人生に踏み出し、彼らの子供、誠治といまりは見事に結ばれてハッピーエンド・・・かと思いきや、そこから2回のどんでん返しがあったのでした。

どんでん返し1つめとしては、誠司といまりの結婚式のシーンです。結婚式には、誠治の元恋人を装った、則夫の元妻・陽子が乱入してきます。則夫が裏で陽子に打診し、誠治といまりの結婚式を潰そうとしたのですね。(なぜ陽子と断定できるかというと、ノベライズ版の描写やパンフレット記載の人物相関図から判明)

則夫は、元々反対だった誠治といまりの結婚式を姑息な手を使って潰すことができて、ニンマリしていましたが、誠治といまりは則夫のさらに上を行っていました。彼らは、則夫と佐輔が樋渡から巻き上げた1億円を持ち逃げし、空港で落ち合って高飛びしようとします。急いで空港へと追いかけた則夫と佐輔でしたが、間一髪間に合わず、彼らが手に入れた1億円は、なんと子どもたちに強奪されるというオチになっていたのでした。

しかし、まだ先がありました。エンドロールが全部終わった後、2つ目のどんでん返しが明らかになります。1億円の入ったボストンバッグを誠治から受け取ったいまりでしたが、大量の現金を無断で海外に持ち出そうとしたことから、税関に拘束されてしまったのでした。まさに、「悪銭、身につかず」であります。(100万円以上の日本円を持ち出す際は、税関で事前申告が必要)

1億円を没収され、不機嫌そうに取調室の椅子に座るいまり。しかしそこに誠治が現れたことで、いまりが安心しきった表情になったところで映画が終わります。いまりにとって一番大事なのはお金ではなく、側に誠治がいてくれることだったのですね。最後に誠治ヘデレデレないまりの魅力が爆発して終わる結末、悪くはなかったです。いまりにとっては、誠治と一緒にいれることが何よりも大事だったのですね。

それにしても、ここで腑に落ちないのは、1つ目のどんでん返しとして、いまりと誠治の結婚式に乱入してきた女が則夫の元妻・陽子だったことです。誠治の元恋人を装い、花嫁姿で出てきた陽子は、いまりに襲いかかりますが、これって、おかしくないですか?則夫と別れてから、陽子はいまりとずーっと母子家庭として生活していたのですよね???さすがに母が乱入してきたら、すぐにわかるはずです。にもかかわらず、いまりは気付かず、普通に式場を退場していきました。

恐らく、陽子は則夫と協力するふりをして、いまりとも通じあっていたのではないでしょうか?陽子には、油断した父・則夫を部屋で足止めしてもらい、大混乱した結婚式に乗じて、父から奪った1億円を持って誠治と一緒に高飛びするというシナリオだったのかもしれません。陽子が式場を出た後、さっきまで一緒にフロに入っていた則夫ではなく新恋人・ピエール(外国人コレクター)と仲良く車で出かけていくシーンが描き出されたことからも、別に陽子は則夫に対して特別な思いを持っていないことがわかります。

疑問点10:タイトルの「嘘八百」とは?

どんでん返しが連続する結末を見て、あっ!と思ったのは、結局、本作の主要登場人物全てがこの映画で何らかの「嘘」をついていたということです。主人公の二人や樋渡・棚橋ら敵役はもちろん、一見無害そうだったいまりや誠治、そして端役であるピエール、陽子に至るまで、全員が見事に嘘つきだったわけですね。

元々、「嘘八百」という言葉は、「数多くの嘘、何もかもが嘘だらけである」という意味がありますが、まさにタイトルが結末に至る展開をちゃんと語っていたのですね。

しかし、一世一代を嘘をつき、樋渡との大勝負に勝った二人は、憑き物が落ちたかのように過去のトラウマから解放され、それぞれ古美術商・陶芸家として真のスタート地点に立つことができました。その姿は、在りし日のわび茶の理想に燃えていた千利休・楽長次郎コンビと重なって見えましたし、二人は初めて堺の大海原に旅立つ「カモメ」になれたのですよね。エンドロール直前に再度表示されたタイトルの「嘘八百」のロゴが変化して、「八」がカモメのような形に変化したのは、憎い演出でしたね。

6.背景知識を補うには映画パンフレットがオススメ!

本作は、古美術や骨董についての基礎知識があれば、もっともっと深く楽しむことができる映画作品でした。本編でも、極力懇切丁寧にセリフで説明してくれていましたが、より深く理解するためには、パンフレットの購入が最適でした。

例えば、本作で佐輔・則夫が大勝負をするために考案した「緑楽」茶碗の制作に至る様々な由来や根拠、古美術とは切っても切れない関係となる「贋作」をめぐる様々なエピソード・逸話について、非常に良くまとまっていました。また、映画で使われたロケ地の紹介なども、ご当地映画らしくきっちり押さえられています。

▼人物相関図や映画のハイライトシーンもしっかり!f:id:hisatsugu79:20180113030314j:plain

▼充実した各種解説・コラム集は読み応えあり!f:id:hisatsugu79:20180113030402j:plainf:id:hisatsugu79:20180113030445j:plainf:id:hisatsugu79:20180113030503j:plain

是非本作のお供には、劇場内でのパンフレットの入手をおすすめしたいと思います。見終わったら是非劇場で購入してみてください。Amazon等でも通販で購入できるようになっているみたいなので、念のためリンクを置いておきますね。

7.まとめ

本作は、予算不足からどうしても詰めが甘い部分、強引なストーリー展開や編集部分も目立ちましたが、それでもお正月の初笑いコメディ映画としては、上々の出来でした。

登場人物がみんな嘘つきで、最後までどんでん返しが続きますが、単なるドタバタコメディでは終わらなかったのが良かったです。相棒となった2人のアラフィフ主人公たちが前を向くことができた爽やかな終わり方は好感が持てました。ご当地もの映画、アート系映画としても十分なクオリティだったと思います。おすすめ!

それではまた。
かるび

8.映画をより楽しむためのおすすめ関連映画・書籍など

ノベライズ版「嘘八百」

主人公2人や家族との関係や、映画内で出てくる(贋作を含めた)作品解説、場面場面の心情描写など、映画本編では描ききれていない部分がしっかり描かれています。悪役側の棚橋についてのエピソードも必見。本作の脚本担当・今井雅子氏が直接手がけているため、映画のストーリーに忠実な一方、本編で物足りない部分についてきっちり補足されているため、映画を1回見た人でもガッツリ楽しめる良作です。

中井貴一と佐々木蔵之介の出演した喜劇作品を1つずつ紹介!

朝のバラエティ番組のメインキャスターに扮した中井貴一が、なぜか強盗誘拐事件に巻き込まれていくという荒唐無稽なコメディ。ストーリー全般では若干フジテレビのプロパガンダ的な色合いが強めではありますが、中井貴一の確かな喜劇役者としての力量が感じられる作品です。

こちらは江戸時代中期、東北の地方大名に扮した佐々木蔵之介が、江戸城への参勤交代中に起こる事件をめぐって奔走するドタバタコメディ。非常に変わったシチュエーションを取り扱った時代劇ですが、2016年には2作目も制作されました。これも結構笑えるシーンがあり、佐々木蔵之介のコメディアンとしての適応力の高さを感じました。