【2018年11月4日最終更新】
かるび(@karub_imalive)です。
「色彩の魔術師」と呼ばれる西洋美術の巨匠は数多くいます。ネットでちょっと検索すると、モネやマネといった印象派から、マティスやデュフィ、シャガールといったフォーヴィスムやそれに続く20世紀前半の画家たちが続々引っかかります。
今回、国立新美術館にて大規模な回顧展が開催中のピエール・ボナールもまた、豊かで意外性あふれる色彩感覚で、独自の作風を打ち立てた近代西洋美術の巨匠のうちの一人です。
会場入口
郊外で描いた明るい風景画はまるでモネやルノワールのような印象派作品に見えますし、静かで落ち着いた室内画は、一見するとマティスのような作風にも見えます。
今回の「オルセー美術館特別企画 ピエール・ボナール展」は、東京では実に37年ぶりに開催された大回顧展となりました。ほとんどのアートファンにとって、生でボナールの作品をこれほど大量に楽しめる機会は恐らく初めてなのではないでしょうか?僕も、じっくり2回展覧会を見てきました。少し遅くなりましたが展覧会の感想とともに、見どころをご紹介します。
※なお、本エントリーで使用した写真・画像は、予め主催者の許可を得て撮影・使用させていただいたものとなります。何卒ご了承下さい。
1.ピエール・ボナール展の概要について
会場内風景。広々とした展示空間でゆったり楽しめます
ピエール・ボナールは、モネやルノワールといった印象派よりも少し後の世代の画家として、フランスで活躍した巨匠です。初期は、ゴーギャンに影響を受けた「ナビ派」のメンバーとして活動しつつ、キャリア中期以降は光や色彩に魅せられ、独自の色彩感覚に基づいた穏やかで親しみのある画風を打ち立てました。
▼ピエール・ボナール
ボナールが活動した20世紀初頭以降、世界のアートシーンではキュビスムやそれに続く抽象絵画、アヴァンギャルドな前衛芸術が全盛を極めていました。しかし、ボナールは生涯を通じて自分自身のスタイルにこだわり、具象絵画の領域にとどまりました。
美術史の流れの中で位置づけるのが難しかったこともあり、没後しばらくは忘れられかけた時期もありました。しかし、20世紀後半にナビ派が再評価されると、人気が大復活。2015年、オルセー美術館で開催された「ピエール・ボナール展」では、会期中51万人を集めた人気展となったそうです。
今回、国立新美術館で開催されている「ピエール・ボナール展」は、ボナールの大規模な回顧展としては実に37年ぶりの開催となります。展覧会名の冒頭に「オルセー美術館特別企画」とある通り、フランス・オルセー美術館の所蔵作品を中心として、ボナールの初期~絶筆にいたるまで、大量130点超の作品が出展されています。
展示風景については、いつも頼れるInternet Museumさんが館内の様子を動画でYoutubeにアップして下さっているので、貼っておきますね。観ていただくとわかりますが、国立新美術館らしい、非常に広々とした展示空間の中で気持ちよく鑑賞できるようになっています。
2.展覧会のみどころ・作品の特徴について
ボナールは、生涯に渡って作風をどんどん変化させていきました。初期はナビ派のメンバーとして、キャリア中期以降は象徴主義的な作風から、独自の色彩世界へと移行していきます。だから正直なところ、明確に特徴や見どころを解説するのが簡単ではありません。(数ある解説書でも、言葉を濁しています(笑))
展覧会に2回通って、書籍等も含めて予習復習を重ねる中で、僕なりに特徴や見どころをつかめた部分もありますので、拙いながら感想を交えながら順番に紹介してみたいと思います。
見どころ1:「ナビ派」に所属したキャリア初期作品
ナビ派のメンバーたち(引用:Wikipediaより)
ボナールは20代の頃、パリのアカデミー・ジュリアンの同窓生であるモーリス・ドニやポール・セリュジエ、エドゥアール・ヴュイヤールらと「ナビ派」という絵画グループを結成しました。
遠近法に基づき見たものを正確に写し取る写実性よりも、大胆な色彩表現や装飾的な構図を重要視して、新たな絵画表現を模索したのです。ゴーギャンを師と仰ぎ、ルドンやギュスターヴ・モローら象徴主義作家からも影響を受け、セザンヌにも傾倒。
二次元の平面における線の要素を強調し、メンバーの中には世紀末芸術の影響を受け、神秘的・幻想的なモチーフを好んで取り上げる画家もいました。
展示室の最初の方の作品は、まさにボナールがナビ派として活躍した時期の作品が展示されています。グループの中でも、特に日本美術からの強い影響を受け、「日本かぶれのナビ」と呼ばれていたボナール。
たとえば、下記の作品《乳母たちの散歩、辻馬車の列》は強烈!まるで四曲一隻の薄墨水墨画のような屏風絵です!余白だらけで、茶色を主体に色彩を抑えた画風は、まさに日本画そのもの。たしかにこれなら「日本かぶれのナビ」とか言われますよね(笑)
《乳母たちの散歩、辻馬車の列》ル・カネ、ボナール美術館
もう一つ絶対見ておきたい作品がこちらです。
《庭の女性たち》オルセー美術館 左から順番に
・《白い水玉模様の服を着た女性》・《猫と座る女性》
・《ショルダー・ケープを着た女性》・《格子柄の服を着た女性》
2017年に三菱一号館美術館で開催された「オルセーのナビ派展」でも目玉展示級の作品として出展されたこの”四季美人図”的な4枚1組の作品。
平面的にポーズをデフォルメされたモデルや、(順番は入れ替えてあるものの)春夏秋冬を1枚ずつ表現した四幅対の掛け軸を意識したような構成は、日本画からの強い影響を感じさせました。
ちなみに一番右の女性が着ている服装の「格子柄」は、初期作品を中心にボナールが非常に多用した絵柄ですね。解説によると「平面性を増幅する」効果があったとのこと。
また、ボナールのこうした平面的・装飾的なモチーフの追求は、版画によるポスター制作と相性がよく、展覧会ではボナールが当時手がけた代表作が展示されています。
特にシャンパンのグラスを手に、気持ちよさそうに陶酔する女性のポスター《フランス=シャンパーニュ》は有名です。思わず飲みたくなりますよね!
▼ポスター作品も展示されています
左:《ラ・ルヴュ・ブランシュ》
サントリーポスターコレクション(大阪新美術館建設準備室寄託)
右:《フランス=シャンパーニュ》
川崎市市民ミュージアム
見どころ2:画面上にあふれる色彩
ボナールは、室内の静物画や身近な郊外の風景画など、平和で穏やかな日常風景の一コマを好んで描きましたが、注目したいのはやはり「色彩」の豊かさです。
特にキャリア中期以降の作品では、どの作品でもほぼすべての色が1枚の絵画の中に詰まっているのが凄い!「えっこんなところに紫が??」「なんでここを青に塗るかな??」と、近くに寄ってみると意外性あふれる色使いが楽しめます。でも引いて見てみると、しっかりと調和が取れた色使いに見えるのも不思議です。
たとえば下記の作品。
右:《地中海の庭》ポーラ美術館
一見、印象派風の郊外の草原でくつろぐ家族の風景画ですが、近くに寄ってよーく見てみると、自由すぎる色使いが非常に心に残りました。
まず近景の草花は、緑ではなく黄色い色彩の中に溶け込んでいますし、遠景に描かれた森は、伝統的な遠近法に従えばもっと薄い青緑で描かれるところ、なぜか深緑で表現されています。面白いのは、画面一番手前の人物たち。本来、一番目立つように描かれることが多いモチーフであるはずですが、赤や茶色で「影」のように控えめに表現され、表情も全然読めません。もはや風景に一体化しようとしています(笑)
このように、画面のモチーフひとつひとつを観ると不思議な色使いが目立ち、あらゆる色が画面の中に使われているのですが、全体として3~4m離れて鑑賞してみると、そんなに違和感がないのです。
一見、適当にパパッと描かれたように見えますが、ボナールは1枚の絵画を描くのにながければ数年をかけることもあったと言います。一度目に焼き付けた情景を、自宅のアトリエでなんどもなんども心の中で振り返り、納得のいくまで自分らしい色彩や構図を追求したのでしょうね。
見どころ3:構図から見え隠れするストーリー
ボナールの作品では、画面上に置かれたモチーフは風景の中に溶け込んで渾然一体となっていることが多いのですが、「構図」の妙によって絵画からストーリーが浮き上がってくるように見える作品も多く展示されていました。
例えば下記の作品。
《ブルジョワ家庭の午後 あるいは テラス一家》オルセー美術館
(C) RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
解説パネルや音声ガイドでも指摘されていますが、一見、上流家庭の優雅な昼下がりを描き出した作品ですが、画面左真ん中の少女の憮然とした表情や、すべての登場人物の目線がそっぽを向いていることから、家族の心はバラバラに離れているのではないかと解釈することもできます。
そして、よく見ると画面上の人物や家具、家屋などの各モチーフが不自然なほど垂直、水平方向にぴったり延ばされ、ぎこちなく配置されているのですよね。この、妙にカクカクした人物たちの配置も、画面上から暖かさを消して、不穏な緊張感を効果的に作り出しています。
もう1枚露骨に構図の面白さがでているのが、こちらの作品です。
左:《男と女》オルセー美術館(※右:《親密さ》オルセー美術館)
たった今、男女の間で親密な時間が終わったばかりだというのに、二人を隔てる巨大な間仕切りが画面中央に!わかり易すぎますよね(笑)二人は肉体だけの関係だったのか、それともこの男女の葛藤する心理状態を象徴しているのか。間仕切り一つで、ストーリーをしっかり構築してしまうボナールの巧みな構想力は鑑賞の注目ポイントです。
また、よーく見ると女性のベッドの上には猫が2匹います。コトが終わって男がいなくなってもちゃんと猫はそばに寄り添ってくれているのです(笑)
ちなみに猫や犬などの小動物や子供など小さなオブジェクトが、擬態しているかのようにしばしば背景の色彩に溶け込んで一体化してしまっているのもボナール作品の特徴。目を凝らして、じっくり細部まで見ていくと、「あ、こんなところに猫が!」みたいな面白さを味わってみて下さい。
見どころ4:最愛の妻・マルトとの親密な日々
ボナールがキャリア中期以降に描いた作品群では、生涯連れ添った謎多き伴侶・マルトや、ボナール家の医師の妻であったリュシエンヌ、マルトを通して知り合った愛人・ルネなど、複数の女性が頻繁にモデルを務めました。
中でも、無類の風呂好きだったマルトの浴室や浴槽での入浴シーンを描いた一連の作品はインパクト抜群。作品中で描かれたモデルが取るポーズは、極めて自然で100%プライベートな姿・格好ばかり。
左:《浴盤にしゃがむ裸婦》オルセー美術館
右:《浴室の裸婦》新潟市美術館
逆に、これだけ心理的に近い場所にモデルがいるのに、モデルの「顔」はしっかり描かないのがボナール流。誰をモデルにしたのかはっきりさせたくなかったのか、特に女性の体の美しさに鑑賞者の意識を集中させるためなのか。ただ、顔を描いていないことで、逆にモデルと画家の匂い立つような親密さがかえって強調されている感じもありました。
展覧会ではかなりの点数で、女性をモデルとした裸体画や室内画を味わうことができます。じっくり堪能してみて下さい。
左:《青い手袋をはめた裸婦》オルセー美術館
右:《化粧室 あるいは バラ色の化粧室》オルセー美術館
左:《室内 あるいは 犬と女性》オルセー美術館
右:《バラ色のローブを着た女》ヤマザキマザック美術館
見どころ5:家族・小動物・食卓の風景
身近なお気に入りの情景を好んで描いたボナールが、特にモチーフとして登場させているのが、身近な親族などの「家族」や、猫や犬といった「小動物」、そして食器などが並べられた「食卓」、そして上述した最愛の妻「マルト」です。
左:《猫と女性 あるいは 餌をねだる猫》オルセー美術館
右:《食卓の母と二人の子ども》個人蔵(京都国立近代美術館寄託)
たとえば、本展ポスターのメインビジュアルにもなっている《猫と女性 あるいは 餌をねだる猫》は、まさにボナールお気に入りのモチーフ全部のせ状態。室内の「食卓」に「マルト」と「小動物」が描かれています。しかも、ボナール作品では珍しく、真正面からおだやかなマルトの顔を描いています。マルトを無邪気な顔つきで覗き込む猫の一瞬の表情もしっかり捉えられた良い作品だなと思いました。
《食卓の母と二人の子ども》は「家族」が「食卓」で(恐らく)朝ごはんを食べているシーンを描いています。こちらは、ドラマ性が感じられる作品。よく見ると、食べているのは女主人だけなのです。真ん中の娘は手が止まっていますし、影の中に入った息子は、やる気ない表情をしており食事に興味がなさそう。反抗期なのでしょうか。さわやかで何一つ不自由なさそうな上流階級の家族の中に、不穏な空気が入り混じった面白い作品でした。
続いて、下記の作品《ボート遊び》も面白いですよね。
《ボート遊び》オルセー美術館
解説パネルにもあった通り、水場で楽しげに遊ぶ子どもたちが手前に大きく描かれており、鑑賞者は子供と一緒に船に乗っているような感覚を得られます。ちなみに岸辺には女の子たちやヤギが何頭か、背景に同化して隠れています。こうした隠れキャラを見つける楽しみもぜひ味わってみて下さい!
見どころ6:印象派のような明るい風景画
最後に紹介したいのが、展覧会後半で紹介されている明るい郊外の風景画シリーズ。ノルマンディーの風景や明るい日差しが印象的な南仏の風景などは、画面の中にはまるで印象派のように光があふれています。
左:《南フランスのテラス》グレナ財団
右:《ル・カネの眺望》オルセー美術館(リール宮殿美術館寄託)
でも、こうした作品も目を凝らしてじーっと画面をくまなく探してみて下さい。繰り返しになりますが、意外な色彩が紛れ込んでいたり、人物や子供が背景に隠れキャラのように同化して描かれています!
左:《アンティーブ(ヴァリアント)》オルセー美術館
右:《紫色の家のある風景》オルセー美術館
3.会場限定の公式グッズも充実!
グッズショップ風景
展覧会場を見終わると、最後に待っているのはお楽しみのグッズ売場。今回も、会場限定で買える、アイデア満載の商品が沢山用意されていました。いろいろあった中から、特に印象深かった商品を紹介しますね。
展覧会といえばやっぱり図録
僕も入手しましたが、掲載された図版は非常に発色が良く、あとで見返した時いろいろな発見がありました。収録されたコラムも、ハイレベルで読み応えがあります。まだまだ日本語で気軽に読める書跡や画集が少ない中、貴重な資料だと思います!
たくさん揃っています!ポストカード
今回用意されたポストカードは、充実の27種類!僕も自宅トイレ観賞用に、初来日作品をいくつかゲットしました!
印象的な色使いのクリアファイル
「橙」「水色」「緑」「紫」など、ボナール的なやわらかい背景色に、ボナールの作品が印刷されています。仕事でガンガン使っても違和感ないですよね。
おしゃれなカクテルグラス
ボナールの初期作品《庭の女性たち》があしらわれたカクテルグラス。ぴったりなじんでいますよね。
シブい!一筆箋
一筆箋も非常に洗練されていておしゃれでした。こちらもモデルは《庭の女性たち》です。
意外な用途にも使えそう?!メガネケース
オリジナルグッズとしては珍しい、メガネケース。わりと大きめだったのでメガネだけでなく、大事な小物やアクセサリーの収納用にも使えそうです。
食べ終わった後も楽しめる!榮太樓飴
1818年に日本橋で創業し、約200年の歴史を誇る「榮太樓總本鋪」とのコラボ商品。中には榮太樓飴が封入されていますが、美味しく頂いたあと残った缶ケースをそのまま小物入れに使えそうです!
4.混雑状況
会場内風景
9月26日から展覧会が開催されて約1ヶ月経過しましたが、現状のところ土日を含めて、快適に楽しめるようです。10月下旬から別フロアで「生誕110年 東山魁夷展」がスタートしていますので、今後は、お客さんが流れてきて相乗効果で少し混雑することがあるかもしれません。すごく良い展覧会なので、もっと注目されて、少し混雑してほしいくらいなのですが(笑)
所要時間は、人によって大きく変わると思います。展覧会では、パッパッと見ていく人と、かなり時間をかけてじっくりチェックする人とパターンが分かれるようでした。ちなみに僕は時間をかける派で、2回目の鑑賞は2時間ガッツリ堪能しました!
5.まとめ
ボナールの作品は、パッと見ただけじゃその魅力が分かりづらいかもしれません。僕も、最初にマルトを描いたボナール作品を2016年夏に開催されたポンピドゥー・センター展で観たとき「ぼんやりした作品だなぁ」とその魅力に気が付きませんでした。
でも、その後色々な展覧会で少しずつ観るようになって、1度だけでなく2度、3度と見返すことでボナール作品の面白さや奥深さが少しずつ、少しずつわかってきました。
今回の展覧会では、印象派作品のように比較的わかりやすい作品もありますし、人間ドラマが見え隠れする面白い構図の作品も多数用意されました。何度も観ていくことで、自分なりの新しい視点や楽しみ方が見つかる展覧会だと思います。僕も会期中あと1~2回は観る予定です。ボナール作品をまとめて一気にチェックできる貴重な機会なので、是非展覧会に足を運んでみてくださいね。
それではまた。
かるび
関連書籍・資料などの紹介
もっと知りたいボナール
展覧会に合わせて発売された、東京美術の初心者向け定番ムック本「もっと知りたい~」シリーズ。初期のナビ派作品から、晩年の南仏時代まで、ボナールのプライベートな出来事とリンクさせながら、作品を時系列に紹介してくれています。展覧会の副読本としては、図録とこの本があれば鬼に金棒です。
展覧会開催情報
※毎週金・土曜日は20:00まで。
※入場は閉館の30分前まで。
学生証要提示