あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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映画「大英博物館プレゼンツ 北斎」は楽しく教養が深まるアート・ドキュメンタリーの傑作!【映画レビュー・感想(ネタバレなし)】

【2018年4月4日最終更新】

かるび(@karub_imalive)です。

久々に、見に行ってよかったな~と思えるアート系ドキュメンタリー映画に出会えました。それが、今日ご紹介する映画「大英博物館プレゼンツ 北斎」です。

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昨年2017年は、日本画・浮世絵の巨匠・葛飾北斎の「生誕250周年」「没後160年」にあたる節目となる年でした。記念イヤーだったこともあって、国立西洋美術館での「北斎とジャポニスム」展をはじめ、各地で様々な力の入った「葛飾北斎展」が開催されました。

少し前には北斎生誕の地にほど近い東京都心・両国に、紆余曲折を経て「すみだ北斎美術館」も創立され、オープン直後は行列が止まらなかったのも印象的でした。また、NHK特集、Eテレ日曜美術館などをはじめ、各種アート系テレビ番組でも何度か北斎を取り上げる特集番組も組まれています。

このように、去年から今年にかけて、いわば、ちょっとした「北斎ブーム」が到来していた感もあったのですが、本ドキュメンタリー映画は、そのフィナーレを飾る決定的なコンテンツとして、アートファン(映画ファン)の前に現れてくれた感があります。

もちろん僕も行くつもりでいました。東京では、全国に先駆けて3月24日から「YEBISU GARDEN CINEMA」で公開が始まりました。満を持して31日のトークイベント付き上映回に行ってまいりました!

早速、見どころや感想を含めた映画鑑賞後のレポートを書いてみたいと思います!

映画「大英博物館プレゼンツ 北斎」では何を取り上げているのか

本作「大英博物館プレゼンツ 北斎」は、2017年5月~8月にかけて大英博物館で開催された展覧会「Hokusai: Beyond the Great Wave」を取材した、葛飾北斎に関する映画としては初めてとなる長編ドキュメンタリー映画です。

映画内では、展覧会の舞台裏や葛飾北斎作品について、共同取材・製作にあたったNHKの8K高精細映像データを活用した鮮明な映像で徹底解剖。映画館の大画面を使って、驚くべき詳細さでこれら美麗な映像表現を体験することができるという意味で、非常に画期的でした。

展覧会を企画した2人の熱狂的な北斎研究者に密着!

このドキュメンタリーでは、現代美術家の巨匠、デイヴィッド・ホックニーや、日本美術史の権威・辻惟雄など、熱心なアートファンなら知っている研究者・芸術家たちも多数出演しています。

その中でも、ガイド役として最初から最後まで本作の「熱く」盛り上げてくれるのは、本展覧会を企画・監修したこの二人。

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展覧会を企画した二人のベテラン研究者たち
Documentary film and guide to exhibition film © British Museum

ティム・クラーク(左)とロジャー・キース(右)です。ティム・クラークは、大英博物館のアジア部門日本セクションのキュレーターです。大英博物館では、過去に「春画」の展覧会を企画するなど、長期に渡って、日本の江戸時代、明治時代を中心に浮世絵や春画などの「日本画」の研究で実績を残してきた日本美術通です。

もうひとりのロジャー・キースは、北斎研究この道50年。北斎研究の第一人者として世界的に知られる存在です。映画内では、彼の研究室が何度か写されましたが、数十年にわたって収集された膨大な資料群には目を見張るものがありました。

で、とにかくこの二人、北斎のことなら何から何まで知り尽くしており、驚くほど博識なんですよね。 そして、その語り口は、一言で言うと非常に「熱い」のです。特に、ロジャー・キースは、話しながら感極まって言葉に詰まり、何度も泣きそうになっていました。もう、北斎が好きすぎてどうしようもない感じが素晴らしかった。日本人の端くれとして、こんなにも北斎のことを好きでいてくれてありがとう、って感じです。

知らなかったエピソードがいっぱい

これは単に僕が不勉強なだけかもしれませんが、これまで僕が他の北斎に関連する展覧会ではあまり聞いたことのない、北斎に纏わるエピソードが多数紹介されました。

例えば、北斎は50代までに浮世絵だけでなく、琳派、円山四条派、文人画など日本画の各種技法から、西洋画の遠近技法まであらゆる技術をマスターして、絵師としてのキャリア・名声も絶頂を迎えました。にも関わらず、60代では一転して不遇の身に置かれ、転居を繰り返す極貧生活に陥ったそうです。

その理由が、北斎自身の奢りや慢心だったというわけではなく、孫が放蕩生活で拵えた莫大な借金を返すためだったというのが非常に意外でした。天才的な絵師になんてことをしてくれるんだ、孫よ!!

また、「北斎」という名前の由来もじっくり解説されています。すなわち、彼の生家の近くにあった妙見山法性寺でお祭りしている妙見菩薩から来ているというのです。妙見菩薩は、別名北極星を表す北辰菩薩とも言われ、北極星信仰と結びついた、日蓮宗に近い仏教宗派の一つであります。

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北斎が通いつめた法性寺(4月1日撮影)

ある日法性寺へお参りに来た帰りに落雷に遭い、それをきっかけとして、絵師としての道を歩むことに迷いがなくなり、売れっ子絵師へと上り詰めていったという伝説があります。自らも絵師として真っ直ぐに「北極星」のような不動で力強い存在になりたい、と強く願ったのだとか。そこから、「北斎」という名前を自ら名乗るようになったそうです。

実際、映画を見終わった翌日、たまたま自宅から数キロのところに法性寺があったので、早速お参りに行ってきました。中のお堂の様子は、神仏習合的で修験道に近い雰囲気で、あまり見たことのない祭壇のご祈祷風景は非常に鬼気迫るものがありました。

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法性寺でのご祈祷の様子(4月1日撮影)

落雷伝説の真偽はともかくとして、確かにこのお寺なら、北斎もなにか重大なインスピレーションを受け取っていてもおかしくないと感じましたよ。

全体的に、本作では北斎の画業の凄さ、技術の素晴らしさを伝えるというよりは、彼が残した作品から、北斎の絵師としての精神性や心の内面をより深く見ていこう、という趣旨で掘り下げられていたのが印象的でした。 

70代以降の晩年の名作を徹底紹介

もちろん、本作では展覧会でも当然展示された非常に有名な作品から、晩年期の作品まで取り上げられています。

▼「神奈川沖浪裏」(「The Great Wave」)
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Documentary film and guide to exhibition film © British Museum

北斎が西洋で知られるきっかけとなった決定的な一枚と言えば、なんと言ってもこの作品ですよね。日本でのタイトルは、本作が収められた版画集「富嶽三十六景」にちなんで「神奈川沖浪裏」と普通に名付けられているのですが、海外でのタイトルは、「The Great Wave」と訳されているんです。わかりやすすぎ(笑)確かに日本語の原題「神奈川沖浪裏」よりも数倍わかりやすいし、作品の本質を切り取っていますね。

▼「凱風快晴」
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Documentary film and guide to exhibition film © British Museum

日本人の間では、「神奈川沖浪裏」よりも人気があり、本作「凱風快晴」は通称”赤富士”として知られています。こちらも「富嶽三十六景」からの代表作ですが、展覧会「HOKUSAI:Beyond the Great Wave」では、約8000枚刷られたと言われている同作品のうち、北斎が直接ディレクションした(であろう)、非常に珍しい「初刷り」版も合わせて紹介されているのです。

詳しくは映画での高精細映像を見て驚いてほしいのですが、この「初刷り」、全然”赤富士"じゃなくて、むしろ”ピンク富士”でした。それこそが、北斎が本当に表現したかった秋の早朝の朝日に映える富士山の姿だったようです。これを目の当たりにして、ロジャー・キースが感極まって泣くシーンはもらい泣きしちゃいそうでした。ドキュメンタリーで泣きそうになるなんて、間違いなく本作のハイライトシーンでしょう!

▼北斎漫画
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引用:Wikipediaより

映画内では、有名な「北斎漫画」も、もちろん取り上げられました。「北斎漫画」の紹介シーンでは、東洋古美術の専門美術商「浦上蒼穹堂」の店主で、約3000冊にも及ぶ世界一のコレクションを保有している浦上満さんという凄い方が映像出演されています。

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実は僕が行った回は、トークイベント付きのスペシャル回だったのですが、終演後イベントで登壇したのがこの浦上満さん。時間いっぱい使って、「北斎漫画」の魅力についてガッツリ語ってくれました。ちなみに、浦上さんが運営する葛飾北斎特集Webサイト「浮世絵師 葛飾北斎」は、北斎について優しく学ぶことができる必見のHPです。儲けや商売度外視で、本当に北斎が大好きなのですね。

また、北斎は、最晩年期、自宅が火事にあったことをきっかけに浮世絵の制作をパッタリやめてしまいます。それ以降、亡くなるまでひたすら肉筆画を描き続けましたが、この最晩年の傑作群が、大英博物館の展示での白眉でした。

映画では、こうした最晩年期の大傑作もしっかり特集を組んでくれています。

▼富士越龍図
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引用:Wikipediaより

本作「富士越龍図」は、北斎90歳時、亡くなる数ヶ月前に描き、「絶筆」となった作品として知られています。シンプルに描かれた富士山の右上に浮かび、天に上っていく龍は、北斎そのものを暗示していると言われます。これを描き上げた時期に「天がもう五年、私を生かしてくれれば、私は本物の画家になれたであろう」と語ったのだとか。

大英博物館での展覧会の様子も追体験できる!

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Documentary film and guide to exhibition film © British Museum

もちろん、本作では後半部分、実際に館内を見て回り、主な作品を取り上げて解説して回っていくシーンも収録されています。いわば、本作の半分は、展覧会のビジュアル・ガイドツアー的な役割にもなっているのですね。

そういう意味では、イギリスでの本展や、その後大阪・あべのハルカス美術館で開催された日本凱旋展「北斎ー富士を越えて」を見逃した人にとっては、後から展覧会の雰囲気を追体験できる機会にもなりました。いやー、いい時代になったものですね。

なぜ映画館で観ておきたいのか、その2つの理由とは

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本作を見終わって強く感じたのは、このアート・ドキュメンタリーは「映画館で見ておかないとダメだな」ということです。もちろん少し待ってから円盤を入手(またはレンタル)して見てもいいのでしょうが、以下の通り、映画館ならではの大きな利点があります。

映画館で観ておきたい理由1:大画面で味わえる

今回のドキュメンタリー映像は、BBSとNHKの共同製作です。本作に収められた展覧会場での作品映像は、NHKが会場に持ち込んだ8K映像機材でULTRA HDフォーマットにて撮影されました。そのため、これを映画館の大画面スクリーンで見ると、本当に隅々までくっきりと北斎の作品の凄さがわかるんですよね。

映画館で観ておきたい理由2:没入度・集中度の違い

他に気を反らす邪魔もない、映画館という密閉空間だと、没入度がやっぱり違います。昨年から、何度もNHK/民放を問わず、北斎についてのスペシャル番組が断絶的に放送されていま。それらも自宅で録画して色々観たのですが、やっぱり自宅のTV番組だと、どうしても受動的で真面目に見れてなかったのですよね。

本作のように完成度が高いドキュメンタリー作品こそ、映画館という特殊な閉鎖空間が、あなたの思索や気づきを確実に広げてくれるはずです! 

まとめ

「大英博物館プレゼンツ 北斎」は、単に北斎の画業や技術、美術史における影響度を振り返るだけでなく、彼の残した作品をじっくり観ていくことで、彼の内面や精神性、人柄、生き様に深く迫っていくアプローチが非常に印象的でした。

あまり気づきにくい点ですが、映画でのナレーションを、モーションピクチャーでは第一人者である、イギリス人ベテラン俳優のアンディ・サーキスが担当している点も映画ファン的にはポイントが高かったと思います。(エンドロールで出てくるまで全く気づかなかった)

アートファンならもちろん、そうではない人でも、映画館でじっくり見てほしい作品です。単に教養が身につくだけでなく、北斎の生き様から、凄い気付きを得られるかもしれない、そんな深みのあるドキュメンタリー作品でした。これはおすすめ!

それではまた。
かるび

映画「大英博物館プレゼンツ 北斎」について

作品名:
『大英博物館プレゼンツ 北斎』
3月24日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
配給:東北新社 / 配給協力:DBI INC
監督:パトリシア・ウィートレイ 
提供:大英博物館
ナレーション:アンディ・サーキス 
出演:デイヴィッド・ホックニー、ティム・クラーク 他
2017/イギリス/87分/英語・日本語 
原題 British Museum presents: Hokusai
後援:ブリティッシュ・カウンシル 
協力:浦上蒼穹堂 すみだ北斎美術館 凸版印刷株式会社

※ちなみに、YEBISU GARDEN CINEMAでの映画の上映は、上映時間が変わるので、事前にYEBISU GARDEN CINEMAのHPで調べてから行った方が良いと思います! 

映画「大英博物館プレゼンツ 北斎」の関連書籍・資料などを紹介

大英博物館「北斎展」展覧会図録も日本で入手できる!

映画内で特集されている大英博物館での展覧会「HOKUSAI:Beyond the Great Wave」の図録が日本でも買えます。輸入大型本のため値段は少々張り込みますが、海外で話題となった展覧会の画像が、簡単にワンクリックでAmazonで買えてしまうのがすごい!毎日眺めて、ずっと大切に図鑑として見返すのであれば、手が出ない価格じゃないと思います。僕も思い切ってポチりました!!

北斎漫画入門

北斎が大衆向けに残した「マンガ」の原型とも言える「北斎漫画」。彼の死後に至るまで、約60年間をかけて全15巻で刊行された、江戸後期~明治前期にかけての大ベストセラーです。映画内でも登場しましたが、この「北斎漫画」研究の第一人者、浦上満さんが書いた入門書が非常にわかりやすくてオススメ。コレクションした「北斎漫画」はすでに3000冊以上と、「北斎漫画」にかける半端ない熱量が、この1冊の入門書に凝縮されています!

北斎への招待

近年、東京美術の「もっと知りたい~」シリーズに並んで、非常に取材・構成がしっかりしてきた朝日新聞出版の「~~への招待」シリーズ。こちら、「北斎への招待」は、徹底的にアートビギナーにわかりやすくまとめられており、これから葛飾北斎を学んでいこう!という人には最適の一冊です。昨年秋に開催された一連の「北斎展」と連動した、最新のコンテンツになっているのも嬉しいところ。

北斎肉筆画の世界

「富嶽三十六景」などの浮世絵だけでなく、手がけた肉筆画の中にも見るべき作品を多数残した葛飾北斎。中でも傑作とされる最晩年期の作品群を中心に、彼の肉筆画の世界を手軽な価格でたっぷり楽しめるムック本の代表格が、本書です。大英博物館での展覧会「HOKUSAI:Beyond the Great Wave」を意識した構成になっており、どれか肉筆画の特集本を買おう!という場合こちらが一番おすすめ!