あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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裏話もたっぷり聞けたトークイベント「久保佐知恵×おおうちおさむ×中村剛士 サントリー美術館の舞台裏」【イベント感想レポート】

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かるび(@karub_imalive)です。

3月30日に開催されたトークイベント「久保佐知恵×おおうちおさむ×中村剛士 サントリー美術館の舞台裏―コレクションをいかに魅せるか」に行ってきました。

サントリー美術館の所蔵品を特集した図録大型本「サントリー美術館 プレミアム・セレクション 新たなる美を求めて」が求龍堂から出版されたことを記念したトークイベントとなります。

こういった「美術館の舞台裏」をたっぷり聞けるトークイベントって面白いし、教養もつくし、満足度が高いことが多いんですよね。今回は、特にベテランアートブロガーTakさん(@taktwi)がファシリテーターを務められるということで、面白い話がきけるのではないか?と思って期待して行ってまいりました。

簡単ですが、その時のレポートを書いてみたいと思います。

トークイベント「久保佐知恵×おおうちおさむ×中村剛士 サントリー美術館の舞台裏―コレクションをいかに魅せるか」とはどんなイベントだったのか?

今回のトークイベントの会場となったのは、昨年リニューアルされ、アートとファッションの聖地的な存在となった「GINZA SIX」内の「銀座蔦屋書店」。リッチで落ち着いた空間が非常に魅力的な書店です。

▼会場となった「蔦屋書店」f:id:hisatsugu79:20180404114543j:plain

特に、大型店の中では、洋書も含め、芸術・文化系書籍の充実が目立ち、アート好きにはたまらない書棚が並んでいます。

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実際、Googleで「銀座蔦屋」と調べると、まず「アートを身近に・・・」っていうキャッチフレーズとともに1番目に表示されますからね。如何にアートに力を入れているかわかりますよね。

そんな銀座蔦屋のレジからちょっと奥に入ったところに、着席ベースで約50名ほど収容できるイベントスペースがあります。ここで、毎日のようにアートや文化系のトークイベントが開催されているのですよね。

ところで、ちょっと注意事項ですが、銀座蔦屋、すごく広いので、イベントスペースがどこにあるのか、非常に(良い意味で)わかりづらいのです。わからない場合は、サクッと店員さんに聞いてしまいましょう。親切に教えてくれました。

▼銀座蔦屋イベントスペース
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イベント登壇者はこの3人

トークイベントでの登壇者はこの3名。ブロガー、美術館学芸員、デザイナーと仕事内容も個性も違う3人のプロフェッショナルが登壇しました。 

久保佐知恵氏

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サントリー美術館の学芸員さん。今回の図録出版企画を担当された方です。まだ30代前半と非常にお若いのに、美術館に関するあらゆる業務に精通し、トークも上手な美人学芸員というイメージでした。2013年にサントリー美術館の学芸員になり、2017年、子供から大人まで楽しめる夏休み時期の所蔵品展「おもしろ美術ワンダーランド2017」を企画担当されました。

おおうちおさむ氏

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田中一光事務所出身で、現在は独立して書籍の装丁を中心に、グラフィックデザインや展覧会の内装、チラシ、総合的なアートディレクションなど、多方面でデザイナーとして活躍するおおうち氏。最近では、「横山大観展」(4/13~)のチラシデザインや、「京都国際写真祭」(4/14~)の展示空間デザインなどを手がけ、各方面からひっぱりだこの気鋭のグラフィックデザイナーです。

中村剛士(Tak)氏

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トークイベントのファシリテーターを務めた、皆さんご存知のベテランアートブロガー、Takさん(@taktwi)ですね。やはり長年こういったイベントで司会を務められているだけあって、取り回しは本当に上手です。巧みな話術で久保さん、おおうちさんから本音を引き出すことに成功されていました(笑)この日は、特にアグレッシブに色々攻めていた印象でした。(顔がほんのり赤かったのは日焼けなのか、それともある程度仕上がっていらっしゃったのか・・・^_^;)

図録の中身やこだわりがしっかり聞けました

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ところで、今回のトークイベントで話題の中心となったのは、こちらのサントリー美術館の所蔵品を特集した図録大型本「サントリー美術館 プレミアム・セレクション」出版にまつわる様々なエピソードでした。いわゆる出版を記念して開催されたトークイベントなのであります。

最初このタイトルを聞いた時感じた率直な印象としては、んん??同社のビールのタイトルそのものだな・・・ということでしたが、実は本当に同社のビール主力銘柄「プレミアム・モルツ」から着想を得ているそうです。

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ところで、意外なことに、サントリー美術館は1961年の開館以来、ほぼ企画展が中心で、所蔵品だけを展示する「所蔵品展」はほとんどやっていないのだそうです。とはいえ、50年以上の歴史を積み重ねる中で、少しずつ自社購入を進めつつ、個人からまとまったコレクションを相次いで譲り受けてきたた結果、いつしかその所蔵品は、約3,000点にも膨らみました。(国宝1点、重要文化財15点含む)

そこで今回、2007年にミッドタウンへと美術館を移転してちょうど10周年を迎えたことをきっかけに、同館の所蔵品だけを厳選して掲載した図録を作ろうという企画が始まったのでした。

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最終的に、絵画だけでなく、工芸・ガラス・陶磁器など、同館のコレクションから幅広いジャンルにわたって130点のアイテムが掲載された図録が出来上がったそうです。

図録の特徴は、なんと言っても読みやすさとバイリンガル対応。

どのページを開いても、糸綴の背中をそのまま見えるように本を仕立てる「コデックス」仕様を採用したため、本の開きがよく、どのページで開いても本にストレスをかけずに大きく開くことができます。

かつ、海外のコレクター、アートファンでも十分楽しめるよう、バイリンガル対応も施されました。また、内部の装丁・紙面デザインは、おおうちおさむ氏の細部にわたる配慮と技が利いたこだわりの造りになり、読み易さとアート的なセンスが高いレベルで両立されています。

▼力をかけなくても、180度バッチリ開くf:id:hisatsugu79:20180404115834j:plain

これは嬉しい配慮ですよね。

掲載された絵画の理想の色味を出すために、何度も印刷所と折衝を繰り返し、最終的には奈良県の本社まで押しかけて、現場で直接色合いをチェックする久保さんの粘りや、1ページ1ページ、読みやすさや快適さを追求するため、デザインの微調整を全く厭わないおおうちさんのプロのこだわりをたっぷり聞けました。

こうした美術展や図録作成って、トークイベントや書跡などで「裏話」「苦労話」を聞くと、本当に凄いなぁと感心しますよね。そこまで考えて作り込んでいるのかと。

図録というのは、まず我々素人の読み手では気づかないような細部まで、本当に何ヶ月もかけてじっくり一つ一つの各工程にこだわり抜いて作られた「作品」そのものなのだな、と改めてプロたちのトークを聞いて深く実感したのでした。

特に面白かったエピソード5つを紹介!

さて、それ以外にも、今回のトークイベントではたくさんの面白い「裏話」「苦労話」を聞くことができました。その中で、特に僕が印象に残ったポイントをいくつかにまとめておきますね。

サントリー美術館の、細部までこだわった内装の凄さ

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普段サントリー美術館で展覧会に参加する時、いつも感じるのは

「ガラスケースの映り込みが少なくて気持ちがいいな」
「ライティングが絶妙で展示が見やすいな」

程度のものですが、それ以外にも、意外なところで内装にこだわっていると聞いて、びっくりしました。例えば、床に使われている木材は、ウイスキーを熟成させるためのオーク樽と同じものを使っているそうです。隠れた「サントリーらしさ」ですよね。

また、壁に使われている和紙にも、こんにゃく糊を塗布することで、汚れにくくする一工夫が凝らされているのだとか。今度展覧会に行った時、確認してみよう・・・。

サントリー美術館の宴会で絶対的なタブーとされるのは?

このように、色々こだわりが多いサントリー美術館ですが、当然宴会で飲むアルコール飲料のメーカーも、キ◯ンや▲サヒといったライバル他社は絶対のご法度なのだそうです。どうしても現地でサントリーのお酒が調達できない時は、どこかで調達して、宴会場にわざわざ持ち込むのだとか。

まぁ、考えてみればこれは当然ですよね。自動車メーカーなどでもよくある話ですからね。僕が最初に新卒で入った会社は三菱系でしたが、社用車は(今は亡き)高級車デボネアでしたし。

今回の図録を求龍堂が担当することになったきっかけとは?

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図録を出版できるノウハウを持っている出版社は、実はそれほど多くはありません。中でも今回出版元となった「求龍堂」は、美術書や写真集など、芸術系の書籍出版では長年のノウハウと実績がある会社です。(例えば、2017年だと大ベストセラーとなった「ミュシャ展」の図録は求龍堂から出版されていました)

意外なことに、実は今回がサントリー美術館と求龍堂の初取引だったのだとか。

面白かったのは、出版元が求龍堂に決まった経緯ですね。久保さんの実施した相見積もりの結果、同社が最安の見積もりを出したこともあったそうですが、ダメ押しとなったのは意外にも別の素朴な要因だったのでした。

サントリー美術館では、昭和の洋画家・小出楢重の非常に小さな小品「裸婦像」を所蔵しているのですが、かつて小出楢重の作品集を出版した時に、その「裸婦像」を画集で取り上げたことがあったそうで、そんな共通点から担当者同士が意気投合して、取引開始に大きく前進する機運が醸成されたのだとか。このあたりのやり取りは、極めて人間臭い、よくある商取引と変わらないのだなぁとしみじみ思いました。

展覧会名は、学芸員の意外なアイデアで決まることもある

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学芸員の仕事は多岐にわたりますが、時々回ってくるのが、どうしても決まらない企画展の展覧会名を考案する仕事なのだそうです。

例えば2015年に開催された尾形乾山の展覧会。タイトルがなかなか決まらず、サントリー美術館の学芸員全員が、「松竹梅3パターン」のアイデアを出し合って決めたそうです。

最終的には、尾形乾山の「目立ちたがり屋」「派手好き」というキャラクターも考慮して、「乾山見参!」とダジャレのようなタイトルに落ち着いたのですが、展覧会名というのは最後まで悩むものなのだなと思いました。

横山大観展のポスターデザインについて

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おおうちおさむ氏も、最近のちょっとした展覧会にちなんだ裏話をしてくれたのですが、特に面白かったのが、最近特におおうち氏が力を入れているという展覧会のチラシのデザイン。

ちょうど、4月13日から東京国立近代美術館において「横山大観展」という大型の特別展が開催されるのですが、この「横山大観展」のチラシのデザインを見事コンペの結果かちとったのが、おおうち氏でした。

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トークイベントでは、最初の案から最終案まで、選定プロセスの中でどのように変わっていったのか詳しく解説してくれました。気付かされたのは、こうしたチラシ1枚の企画を考えるにしても、本当にみんな関係者の方は多くの人を呼ぶために必死で取り組んでいるのだということ。こうしたプロセスを見ると、どんな展覧会であっても、ちゃんと一つの作品として真剣に向き合わないといけないなぁと思った次第です。

まとめ

トークセッションはあっという間の90分でした。次から次へと面白いエピソードが満載だった今回のトークイベント、本当に参加して良かったです。こうした良質なトークイベントに参加すると、1冊アート関連の書籍を読んだのと同じくらいの知見や教養を身につけることができますね。

イベントの関連書籍・資料を紹介!

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サントリー美術館 プレミアム・セレクション

約3000点の膨大なコレクションの中から、久保氏を中心として各分野からこだわり抜いた130点が、美麗な写真・詳細な解説とともに非常に読みやすい形で掲載されています。1冊3,240円と、展覧会図録とほぼ同じ価格で買える永久保存版。表紙や装丁に至るまで、非常に洗練されたデザインも素敵です。おおうち氏いわく、「安易に流行の『白』に逃げるようなことはしたくなかった」とのこと。さすがです。

カフェのある美術館

イベントにてファシリテーターを務めた、ブログ「青い日記帳」管理人のtakさんが監修し、2017年に出版された「美術館×カフェ」という新しい着目点で美術館を紹介したムック本。売れ行き好調で、第2弾の企画も現在進行中なのだとか。

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僕もこの本を購入してからは、自然と展覧会のあとは無意識のうちに美術館併設のカフェやレストランを探してしまう癖がつきました。(それで、食べたものはおぼえていても展示を忘れていることもあったり・・・^_^;)

美術館の舞台裏

美術館運営の舞台裏を興味深く楽しめる新書の「決定版」的な読み物。三菱一号館美術館の高橋館長が長年美術館経営に携わる中で、展覧会開催までのプロセスや一般の美術ファンには見えないところでの苦労などを書き綴っています。アートファンなら読んで損なしの良書です。