あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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【書評】佐渡島庸平「僕らの仮説が世界をつくる」はいいぞ

かるび(@karub_imalive)です。

僕は昔割と意識高い系だった時代があって(笑)、自己啓発本は随分読んだ時期がありました。今も書店に行った際は「ビジネス本」コーナーに無意識にフラフラ立ち寄ってしまいます。

最近は自己啓発熱も冷めてきたのですが、たまに「おぉこれは!」という本に当たると今でも買ってしまいます。この佐渡島庸平氏の処女作「僕らの仮説が世界をつくる」は、久々に買ってよかったな、と思う会心の力作でしたので、ここで紹介してみたいと思います。

佐渡島庸平氏とはどんな人なのか?

書店で表紙を見てほぼジャケ買いに近い形だったので、著者の佐渡島庸平氏については、全く知らない状態でした。書店でビジネス本あたりに何回か平積みになっているのを見かけて、なんだか面白そうなタイトルだな、ということでずっと心のどこかに引っ掛かっていました。

読み進めるうちに自然に明らかになってきますが、彼は書籍編集のプロであり、特に辣腕のマンガプロデューサーです。しかも業界でとびきり注目されている風雲児的な。

ググってみると、2年前にはNHKの「プロフェッショナル」にも出演するほど業界では名前が売れた、書籍界のスーパースター的存在であります。

3年ほど前に、講談社を退職し、自分自身で日本初となるマンガ家・作家のプロデューサー業を行う会社「コルク」社を立ち上げ、現在も「ドラゴン桜」の三田紀房氏、「宇宙兄弟」の小山宙哉氏などの一流作家のエージェント業を中心に、編集の世界で新しいタイプのワクワクするような仕事をしています。

概要

この本は、そんな佐渡島氏の名刺代わりとでもいうべき処女作です。

佐渡島氏が、編集者としてこれまで思考、仮説を重ねて成功実績を積み重ねて来た中で、まさに制作現場の最前線で彼が獲得してきた得た経験や知見、あるいはそのプロセスが、総花的に順不同でブチこまれた、いわば現場での実体験に基づいた半自伝本みたいな感じです。

決して体系立てて、教科書的に成功するための理論やTipsを整然と教えてくれるわけじゃなく、作者のこれまでの業界人としての業績の振り返りながら得てきた学びを、平易な言葉で語りかけられるような感じで一つ一つ確認していく、そんなイメージだと思ってください。

この本の骨太なところは、単に「明日から実行できる10個の何とか法」みたいな即席的メソッドを提供しているわけではなく、「物事の考え方」に焦点を当てていること。あるいは、物事を考える際のフレームワーク的なメタ思考法も提供されているところ。非常に深遠で本質的なテーマに切り込んでいます。

この本から感じた3つの印象的なポイント

この「僕らの仮説が世界をつくる」は、発売直後からかなり話題になり、売れているらしいですね。特に良かった点としては、3つあると思います。

1点目は、口語体で臨場感を持って話しかけられているような錯覚になる「わかりやすさ」です。流石にプロの編集者だけあって、自己啓発本を読む読者層を想定した雰囲気作りができています。内容は骨太ですが、さらさらっと読める。

2点目は、仕事に対する純粋な思いが伝わってくるストレートな「熱さ」。全編を通して、著者自身の「編集」という仕事への熱さが伝わってきました。あとがきにも、仕事を通して世の中をゆるく、でいいから変えていきたい、この本で熱狂を伝えていきたかった、と心情も吐露されています。

そして、3点目としては、マンガの制作現場で実践や熟考を通して得てきたラディカルで鋭い「洞察」。一つのテーマについて徹底的に物事の本質を捉えるために考え続ける姿勢は、感嘆に値します。この3つがからみ合って、読者には非常に高い読後の満足感をもたらしてくれると思います。

圧倒的な洞察力

特に僕が感銘を受けたのは、佐渡島氏が半生を通して身に付けてきた最大の武器である、深遠な本質をつかむための「洞察力」。主に自身の編集ビジネスへ打ち込む中から得てきた、物事を見抜く本質的な考え方は、ビジネスだけでなく、生きていく中で幅広く教養として役に立ちそう。そのいくつかを、ここで紹介してみます。

1,前例主義を打破する仮説検証サイクル

これは編集職に限らず、サラリーマンをやっていたら色々なジャンルの業種で共通して陥りがちなのですが、新しいことを企画しても、「それは前例がないからリスクが高くてやらない」となりがちです。佐渡島氏も、

前例主義というのは、「情報→仮説」という順番で物事を考えることで起きます。殆どの人は、真面目に案件に取り組むがあまり、情報を集めてから仮説を立てようとするのですが、そこに大きな罠が潜んでいます。

とした上で、まずは、自分の感性や価値観を総動員して仮説を立てた上で、仮説→情報→仮説の再構築→実行→検証、というサイクルで細かく検証していくことで、現状に停滞するのではなく、新しい世界を切り開いていけるのだ、としています。

ここで力説されているのが、あくまで「日常生活の中でなんとなく集まってくる情報」や「自分の価値観」を大事にしろ、という教え。感性や感覚を大事にしつつ、大胆に仮説を立てて検証する。仮説検証と言うと、なんか難しそうなイメージがありますが、練習すれば、誰でもできる思考サイクルであることを明らかにしています。

2,宇宙人視点で本質が見える

物事を本質的に深く考える際に欠かせないのが、物事を客観的に、大局的に俯瞰するメタ視点ですが、著者は、それを「宇宙人視点で考える」と独特な言葉を用いて表現されています。

ぼくは、ものごとの本質を考えるときに「自分が宇宙人だったら、どういうふうに考えるだろう」と思考しています。

著者は、多感な中学生時代を南アフリカ共和国という日本から遠く離れた文化も考え方も全く違うところで過ごして”宇宙スイッチ”が入りました。高校生になってから浦島太郎状態で日本に帰ってきた時に、否が応でも日本の習慣を客観的に考えることができるようになったそうです。

なぜ宇宙人か?というと、宇宙人から見た世界、日本というのは、全くレッテルやイメージといった固定観念がなく、すべてをまっさらな状態で見ることができるから。

著者からは、このまっさらな「宇宙人」として物事を捉える訓練をすることの大切さについて、と、かなりのページを割いて具体例を用いて解説されています。本質を捉える時の注意点として、「時間が変わっても変わるもの、変わらないもの」を見極める事、また、「社会がいかになんとなくのルールで回っていること」が大事だといいます。

ステマ問題や出版社/新聞社の仕組み、フジテレビの視聴率低下問題、明治維新の時の人々の考え方の変遷など、幾つかの例を元に、実際に著者がどういった思考の流れで本質にたどり着いたのかがわかりやすく解説されています。

3,観察力

では、このまっさらな状態から物事への本質へ迫るためには何が有効なのか。そのうちの重要なキーワードの一つとなるのが「観察力」だということです。

観察力が上がっていくと、同じものを見ていても、人とは違うものすごく濃密な時間が過ごせるようになっていく。風景にしても、世の中の出来事にしても、人の心にしても、目に見えない微妙な変化や面白さに気づくようになります。

では、どうやったら観察力を上げていくことができるのか?その示唆は非常にシンプルでした。

何かを見るときに「注目するポイントを変える」というわけではありません。ぼくらは普段、ちゃんと見ているように思っても、ほとんど何も見えていないのです。あとで、「さっき、何があった?」などと聞いてみても、漠然としか記憶していないでしょう。そのことを意識することから、観察が始まります。 

なるほど。なにも見えていないことを謙虚に意識することが、逆説的に観察力を上げ、物事を捉える力を増進させるということですね。ソクラテスの「無知の知」を思い起こさせました。

まとめ

上記で紹介したのはあくまで僕が勉強になったと思った点の抜粋です。その他にも、「努力することの大切さ」「仕事への向き合い方」「決断の仕方」など珠玉な金言が一杯散りばめられています。

芸術や音楽シーンなどでも当てはまることですが、自伝的ビジネス本の著者は、その処女作が最高傑作で読み応えのあるものが多いと思います。売れて2冊目、3冊目が出始めると、内容は必然的に希釈され、ファン向けの続編になってくるものが多い。

佐渡島氏も、しばしば自らがプロデュースし、編集にあたる著作について、売れ残り余ったものは、その著者の「名刺代わり」にガンガン配布する戦略を取っているといいます。その点では、この「僕らの仮説が世界をつくる」は間違いなく佐渡島氏の「名刺」として120%機能する良作だと思います。骨太で何度も読み返せるビジネス本を渇望する、すべての読者におすすめしたい本でした。

それと、もう1冊。対談本ですが、こちらも渡島氏の思考のエッセンスや今何を考えているのかわかりやすく捉えられる読み物でした。

それではまた。

かるび