かるび(@karub_imalive)です。
2月24日に公開となった映画「空海」を見てきました。構想されてから10年、セット設営に6年かかったと言われる、日中合作の超大作映画です。
早速ですが、感想・考察等を織り交ぜた映画レビューを書いてみたいと思います。
※本エントリは、後半部分でストーリー核心部分にかかわるネタバレ記述が一部含まれますので、何卒ご了承ください。できれば、映画鑑賞後にご覧頂ければ幸いです。
- 1.映画「空海-KUKAI-美しき王妃の謎」の予告動画・基本情報
- 2.映画「空海-KUKAI-美しき王妃の謎」主要登場人物・キャスト
- 3.途中までの簡単なあらすじ
- 4.映画のレビュー(感想・評価)
- 5.映画「空海 美しき王妃の謎」に関する10の疑問点~伏線・設定を徹底考察!(※強くネタバレが入ります)~
- 疑問点1:空海は、中国(唐)に何をしに来ていたのか?
- 疑問点2:白居易とは誰なのか?彼の残した「長恨歌」とは?
- 疑問点3:陳雲樵の勤めていた「金吾衛」とはどんな役職なのか?なぜ陳雲樵が化け猫に狙われたのか?
- 疑問点4:「極楽の宴」で李白が高力士の背中に書いていた詩とは?
- 疑問点5:李白はなぜ「極楽の宴」の翌日都を追い出されたのか?
- 疑問点6:阿倍仲麻呂は、なぜ玄宗皇帝と楊貴妃の側にいたのか?
- 疑問点7:阿倍仲麻呂の奥さんとはどんな人物だったのか?
- 疑問点8:玄宗皇帝は、なぜ唐の都・長安を追い出されたのか?何が起こっていたのか?
- 疑問点9:なぜ楊貴妃は殺されなければならなかったのか?黄鶴が楊貴妃にかけた幻術・尸解の術とは?
- 疑問点10:ラストシーン・結末の考察~恵果の正体とは?最後に白居易が橋の上から投げ捨てたものとは?
- 6.まとめ
- 7.映画をより楽しむためのおすすめ関連映画・書籍など
1.映画「空海-KUKAI-美しき王妃の謎」の予告動画・基本情報
【監督】チェン・カイコー(「さらば、わが愛/覇王別姫」他)
【配給】KADOKAWA/東宝
【時間】132分
【原作】夢枕獏「沙門空海唐の国にて鬼と宴す 」
本作はすべてにおいてスケール感がでかい!
構想に10年、中国襄陽市郊外での唐の宮古「長安」セット製作に6年、その大きさは東京ドーム8個分、撮影期間は5ヶ月間、そして総製作費150億円と、全てが桁外れの規模感となった本作。
まず間違いなく日本では予算的に実現不可能な数値が並んでいますが、夢枕獏の長編伝奇小説「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」をベースとして、チェン・カイコー(陳凱歌)監督の下、日中合作という形で制作されました。
引用:Wikipediaより
チェン監督といえば、80年代後半~2000年代初頭にかけて、国際映画祭の常連として名を馳せた世界的な巨匠監督です。特に、カンヌ国際映画祭の最高賞「パルム・ドール」や「ゴールデングローブ賞外国語映画賞」を獲得した1994年の作品「さらば、わが愛 覇王別姫」が代表作とされています。
ところで、本作は日本でのタイトルこそ「空海-KUKAI-」とされていますが、残念ながら(?)空海の生涯を描いた伝記作品ではありません。どちらかというと、空海が唐の都・長安に渡った数十年前、当時、伝説の美女とうたわれた「楊貴妃」を中心に、玄宗皇帝や李白、阿倍仲麻呂といった8世紀中国で活躍した歴史的な登場人物を主役としたサスペンス・ファンタジー作品なのです。
もはや同じ映画作品とは思えない日中ポスター比較
いや、正確に言うと彼らですら「主役」ではなく、真の主役はCG/VFXでリアルに再現された「黒猫」なのでした。試しに、日中で使われた映画ポスターを比較してみましょう。日本では、「黒猫」が主役ではお客を呼べないと判断されたためか、空海役を演じた染谷将太がど真ん中にいますが、中国版のポスターでは、相棒の白居易が中心で、かつタイトルが「妖猫伝」と出ていますね。
そう、ある意味、「空海-KUKAI-」というタイトル改変は、完全に日本での熟年層のお客さんに来てもらうためのマーケティング的な苦肉の策だったというわけです。
ですので、映画館に行く前に、ある程度8世紀~9世紀の中国・唐の歴史や重要な登場人物について頭に入れておいたほうがいいかもしれません。その必要性は東宝の関係者もわかっていたようで、映画公開直前になって、以下のような「2分でわかる空海」という映画鑑賞前の解説動画がアップされました。
これを見ておくだけで、かなり映画に対する理解度が変わってきますので、まだ行く前であれば是非チェックしてみてくださいね。
▶映画「空海」謎解きのヒント!
2.映画「空海-KUKAI-美しき王妃の謎」主要登場人物・キャスト
空海(染谷将太)
引用:「空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎」予告 - YouTube
チェン・カイコー監督が、映画「寄生獣」での染谷将太の演技をひと目見て気に入り、オファーをかけたのだそうです。撮影が始まるまで9ヶ月間、中国語を猛勉強して習得したプロ意識はさすが。留学前、すでに中国語がペラペラだったという空海のエピソード通り、映画内ではオール中国語で通しています。「悟りに近い」僧侶役のため、抑制的な演技が求められる中、微妙にアクセントを付けることで、飄々とした空海像を演じることに成功しています。演技、上手でした。
白楽天[白居易](黄軒/ホアン・シュアン)
引用:「空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎」予告 - YouTube
ここ最近、人気急上昇中の中国の若手俳優。日本では未公開の中国映画で活躍してきましたが、2017年のハリウッド大作「グレートウォール」や、主演を勤めている、2018年公開予定の「ミッション:アンダーカバー」など、日本でもホアン・シュアンの作品が映画館で見れるようになってきていますね。
阿倍仲麻呂(阿部寛)
引用:「空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎」予告 - YouTube
2018年は、本作に加え、「祈りの幕が下りる時」「北の桜守」「蚤とり侍」など、メジャー配給作品公開が上半期に集中。映画館の予告編で2度見た後、本編にも出て来るなど、俳優業は充実一途であります。共演した楊貴妃役の張榕榕は、阿部寛のことを知っていたようで、アジア圏では国際的な知名度も上がってきているようですね。
白玲(松坂慶子)
引用: [映画『空海―KU-KAI―美しき王妃の謎』主題歌] - YouTube
本作への出演が決まる前は、60歳を迎えたことで、女優業を引退してハワイで余生を送ろうかと考えていたそうです。そんな折、チェン・カイコー監督からの声がかかったことで、再び女優業への情熱が戻り「生涯現役」を決意したとのこと。映画出演は、2015年の日本・ベトナム合作となった「ベトナムの風に吹かれて」以来3年ぶりです。2作連続で外国との合作映画への出演となったのは、さすが大物俳優です。
楊貴妃(張榕榕/チャン・ロンロン)
引用:「空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎」予告 - YouTube
もともと、西方の異民族の血が入っていたと言われる楊貴妃ですが、今回演じている張榕榕は、フランス人と中国人のハーフなのです。誇り高く、高貴でいろいろな葛藤を心のうちに秘めた抑制的な演技は、楊貴妃のイメージ通りでした。
その他、超大作映画らしく、宮廷を中心に多数の登場人物が入れ替わり立ち替わり出てきます。特筆すべきは、本作の中国人女優の美しさ!楊貴妃役の張榕榕を始めとして、出演者全員が容姿・スタイルとも抜群でした。是非映画館の大画面で確かめてみて下さい!
▼その他の主要登場人物たち
引用:「空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎」予告 - YouTube
3.途中までの簡単なあらすじ
9世紀初頭の古代中国、唐の都・長安は、世界中から人が集まる世界一の都だった。そんな唐の都で、ある日、怪事件が起きた。宮中の警備を担当する「金吾衛」の責任者である陳雲樵の妻・春琴が、人間の言葉を話す黒い化け猫と遭遇したのだった。春琴は、化け猫の影響で、精神に異常をきたしていった。
一方、日本から遣唐使の一員として、「密教」の教えを学びに来ていた若き留学僧・空海は、ある日、皇帝・徳宗の奇病を祈祷で調伏するため、その日宮中へと招待された。しかし、空海が祈祷を始める間もなく、皇帝は謎の変死を遂げてしまう。現場に赴いた空海は、すぐに皇帝の死が幻術によるものと見破り、化け猫の足跡を見つけたが、役人たちはこれを「病死」として片付けた。これに対して唯一疑問を抱いたのは、皇帝お付の記録係の役人だった白居易だった。しかし、彼の主張は取り入れられず、白居易は役人を辞めてしまう。
その後、空海と白居易は再会した。密教の教えを学びに来たが、密教の総本山・青龍寺の門戸が開かずに挫折していた空海と、絶世の美女・楊貴妃の悲劇を描いた長編の詩「長恨歌」の執筆に行き詰まっていた売れない詩人・白居易は、互いの境遇が似ていることもあり、すぐに打ち解けて懇意になっていった。
空海と白居易は、行動を共にする中、幻術で人を惑わす露天の西瓜売り・瓜翁と出会ったり、唐で随一の妓楼と言われた胡玉楼にて、宮中の警備を担当する「金吾衛」の責任者である陳雲樵の部下達が、化け猫に変死させられたりする事件を目撃したりする。
一連の変死事件を調べに来た役人は、正式に空海と白楽天に事件の調査を依頼するのだった。また、空海は蠱毒の術をかけられ、半死状態に陥った故玉楼の人気芸妓・玉連を法術で回復させることに成功した。すると、その一部始終を見ていた陳雲樵に、妻・春琴を救って欲しいと懇願された。
月夜の晩、白楽天と陳雲樵の屋敷へ赴いた空海は、屋敷の屋根の上で、何者かに取り憑かれ、李白の詩を諳んじる春琴を発見した。それを幻術と見破った空海は、白楽天とともに王宮の書庫で皇帝の変死事件との関係性を調査する。そこで浮上したのが、数十年前に悲劇の死を遂げた楊貴妃と変死事件の関わりへの疑いだった。
そして、陳雲樵の屋敷を再訪した二人は、ついに春琴に取り憑いていた化け猫と対面し、化け猫が、楊貴妃の死と深く関連することを確信した。再度聞き取り調査を行う中、二人は楊貴妃や玄宗皇帝の側近として、日本から遣唐使として来ていた阿倍仲麻呂が、当時の一部始終を日記として残していたことを知った。仲麻呂の日記には、玄宗皇帝と楊貴妃が唐の都・長安で過ごした最後の華やかな日々が綴られるとともに、その後、反乱を起こした安禄山に追われ、楊貴妃が悲劇の死を賜るところまでの一部始終が記されていた。そして、そこには楊貴妃の死について、驚くべき真相が描かれていたのだったーーー。
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4.映画のレビュー(感想・評価)
日本人にとっては、非常にわかりづらい映画となった、その3つの理由とは?
本作は、日中合作での映画作品とはいえ、事実上は中国作品なのであります。原作との絡みで数名の日本人キャストが起用されているものの、空海のバディ役は、橘逸勢から白楽天へと変更された他、オール中国ロケ、全編中国語での収録、監督も中国人です。
原作としてベースになっている夢枕獏「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」は、完全に中国風にアレンジされ、中国人のための映画になっていました。
そのため、非常に日本人にとってはわかりづらく、見終わった後にモヤモヤした感覚を残す作品となってしまったと思われます。それには、以下の3つの理由がありました。順番に見ていきます。
理由1:「楊貴妃」や同時代の歴史事実についての説明が省略されている
本作で、日本人の観客が置いていかれた大きな要因は、阿倍仲麻呂の日記を紐解く回想シーンに入ったストーリー後半部分で、一体何が起こっているのか非常に把握しづらかったことです。字幕での最低限の説明すらなく、前提知識として中国の歴史に対する一定の知識なしでは何が起こっているのか把握しづらい展開がずっと続きました。
例えば、バブリーな「極楽の宴」という宴席の場で、酔っぱらいが詩を書いたり(李白)、靴を脱がせたり(李白・高力士)、異国風味のおっさん(安禄山)が踊ったり、その翌日に戦乱が起こったり(安史の乱)、何の説明もなしに次々歴史上の登場人物が現れたり(楊国忠の生首、玄宗皇帝に楯突く陳玄礼)、白楽天が作っている「長恨歌」の説明が一切なかったり・・・。
これは、恐らく中国人にとって、楊貴妃やその同時代に起こった様々な出来事っていうのは、日本人に取っての「関ヶ原の戦い」「本能寺の変」と同じぐらい、普遍的で説明不要な一般常識になっているからだと思われます。
私達が、歴史モノドラマを見る時、馬上でオッサンが「敵は本能寺にありーーーー」と叫んだ時、「あぁ、これは明智光秀が謀反を起こしているところだな」とか、誰かが恨めしそうに「おのれ猿めがぁぁ!断じて許さん!!!」とお城の中でギリギリやってるシーンを見たら「石田三成怒ってるな」とすぐにわかりますよね。
これと同じことで、本作のメインターゲットとなっている中国人の中高年にとっては、楊貴妃の悲劇をめぐる歴史的な事実関係は説明不要の一般常識なのでしょう。
でも、ほとんどの日本人にとって、「楊貴妃」の亡くなった場所や、安禄山の反乱、楊貴妃を題材にした有名な漢詩(白楽天「長恨歌」や李白「清平調詩」)は一般常識ではないわけです。だから、何の説明もないとかなりの消化不良になっちゃうと思うのです。
理由2:日本語吹替しか用意されなかった日本での劇場公開版
本作の予告編は、吹替ではなく、中国語版に字幕が付く形で提供されました。せっかく染谷将太がオール中国語で頑張っていると聞いたので、まず1回目は字幕で見に行こう・・・と思っていたのですが、いざ公開されてみると、なぜかオール吹替となっており、字幕が選べませんでした・・・OTL
仕方なく吹替版で見に行ってみたのですが、微妙に感情表現など、画面中の人物とズレている箇所も散見されましたし、字幕がないので、固有名詞がわかりづらいのです。
例えば、阿倍仲麻呂の中国名の通称は、「朝衡(晁衡)/ちょうこう」というのですが、いきなり別の人物が阿倍仲麻呂を指して「ちょうこう!!」って叫んでも、なんのことかわからないのですよね。同じく、玄宗皇帝が、楊貴妃に向かって「ぎょっかん!!」と叫ぶシーンも、楊貴妃の愛称が「玉環(ぎょくかん)」と言われていた事実を知らない日本人にとっては、「え?今なんて言ったの?」みたいな感じになってしまうのです。
このあたりは、字幕翻訳時に一定の情報量は落ちてしまうデメリットを甘受したとしても、字幕版なら文字情報として画面で読めるので、「固有名詞わからない問題」は本来回避できていたのかなと思いました。
理由3:政治・仏教思想色が完全に脱臭された芯のないストーリー
映画・小説原作とも、唐の都・長安を舞台として、空海が化け猫による怪事件を解決する、という大枠のストーリーは共通しています。
しかし、原作で明確に描かれていた仏教哲学や東洋思想に裏打ちされた世界観や、密教僧としてきちんと描かれた空海の人物像は映画版では完全に希薄化しています。また、物語後半で再現される「安史の乱」での政治的な対立構造や楊貴妃がなぜ殺害されるに至ったかの経緯などもすべて描写が省略されていました。
まるで今の中国共産党政権での検閲を恐れたかのように、政治色・宗教色が不自然なまでに殺菌脱臭され、物語の核心を化け猫の引き起こした愛憎劇に帰してしまったストーリーからは、大衆娯楽作品以上の「何か」が全く感じられませんでした。
確かに、チェン・カイコー監督が語った「儚い夢のような幻想的な美しさ」は十二分に表現されています。贅を極めた豪華絢爛な「極楽の宴」の翌日、一転して反乱によって都を追い出される展開は、まさに生者必滅、無常の世の中そのものであります。だからこそ、栄華を極めた一瞬の煌めきが妖しく映えるのでしょう。それは十分わかります。
ただ、それ以外に一体この映画で何を表現したかったのか。これだけの壮大なセットと150億円の制作費をかけてまで表現したかったのが、「化け猫の夢」では寂しすぎるような気がしました。今の共産党政権下では、ギリギリここまでしか表現し得なかったのでしょうか。
それでも何より素晴らしかったのは壮大でゴージャスな映像表現
散々批判から入ってしまいましたが、それでも、本作は劇場へ足を運んで見にいく価値が十分あったと思います。それは、ハリウッド並みの予算と規模感で徹底的に作り込まれた美しい映像表現の数々です。
中国襄陽市の郊外に、まるでテーマパークのような長大なスペースを用意して、6年間かけて実際に長安の都を再現してしまう壮大さは、中国でなければ絶対に実現できなかったはずです。空海と白楽天が長安の都の様々なスポットを駆け巡るシーンでは、CGをほとんど使わず、ほぼオールロケで撮影されたというのも驚異的です。
引用:[映画『空海―KU-KAI―美しき王妃の謎』主題歌] - YouTube
僕が特に感銘を受けたのが、ラストシーン近くの「青龍寺」のお寺の中のシーンです。お寺に入ると、通路には迫力満点の数体の「明王像」が両脇に控えています。通路を進んだ奥にあるお堂のご本尊として、実物大で製作された5m以上の大仏が安置されており、度肝を抜かれました。これ作るだけで何億か絶対にかかってるはず・・・。
この壮麗な美術・セット一つ一つが、ちゃんとした時代考証を経て制作されているのも素晴らしいです。極彩色で彩られた様々なシーンでも、きちんと東洋人が手がけたデザインセンスに裏打ちされているため、いわゆるハリウッドが作った「嘘くさい」映像美ではなく、ちゃんと本物感があるのですよね。
まるで、古代版ディズニーランドの中を垣間見ているような本作。大味なストーリーや違和感の残る吹替えなど、いろいろ言いたいことはありますが、この圧倒的な映像美を見せられて、まぁ、いいかな・・・(笑)と思ってしまいました。
最大限ストーリーを楽しめるように中国の歴史についてある程度予習した上で、円盤を待つのではなく劇場版の大スクリーンで極彩色で彩られた圧倒的な美術表現に酔いしれるのが、本作の楽しみ方の一つだと思います。
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5.映画「空海 美しき王妃の謎」に関する10の疑問点~伏線・設定を徹底考察!(※強くネタバレが入ります)~
ストーリーや設定について、本作をより深く理解するために要点となりそうなポイントについて、考察や情報をまとめています。内容上、映画を1度見終わった人向けのコンテンツとなりますので、ここからはネタバレ要素が強めに入ります。予めご了承下さい。
疑問点1:空海は、中国(唐)に何をしに来ていたのか?
引用:[映画『空海―KU-KAI―美しき王妃の謎』主題歌] - YouTube
空海は、唐の都・長安にある密教のメッカ・青龍寺にて、「密教」の教えを学ぼうとして、留学僧として遣唐使船で唐の都・長安に来ていたのでした。史実上では、空海は梵字(サンスクリット語)をマスターした後、青龍寺へと入門し、大阿闍梨・恵果和尚からわずか半年で真言密教に関する伝法灌頂を授かります。そして、唐へ来て2年後、日本へと帰国して真言宗を開始します。
本作では、唐に来たものの、なかなか青龍寺が門戸を開いてくれず、半分いじけて(?)帰国しようかと悩んでいるという設定がちょっとかわいかったです。
疑問点2:白居易とは誰なのか?彼の残した「長恨歌」とは?
引用:「空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎」予告 - YouTube
白居易(白楽天)とは、9世紀中国・唐にて活躍した歴史上の大詩人とされた人物です。その代表作として、楊貴妃の悲劇的な死について歌った「長恨歌」(ちょうごんか)という漢詩が特に有名です。本作の中では、一旦完成した「長恨歌」で描かれた楊貴妃の「死」について、その真相が間違っている、として化け猫=白龍から書き直しを命じられていましたね。
疑問点3:陳雲樵の勤めていた「金吾衛」とはどんな役職なのか?なぜ陳雲樵が化け猫に狙われたのか?
引用: [映画『空海―KU-KAI―美しき王妃の謎』主題歌] - YouTube
陳雲樵は、「金吾衛」という皇帝の住む宮廷一帯を警護する要職を、先祖から三代に渡って世襲し、引き継いできました。いわば、ちょっとした特権階級だったわけです。本作では、陳雲樵が、要職にありながらも、風俗で浮かれ騒ぐダメ役人っぷりが誇張されて描かれていました。平和ボケした危うさというか、その後に勃発する安史の乱を予兆させるような存在として、うまく描けていたと思います。
彼が化け猫に襲われたのは、彼の祖父である陳玄礼こそが、化け猫が愛した楊貴妃の死に関わる直接的な原因を作った存在だったからです。(疑問点8でその理由を詳述)
疑問点4:「極楽の宴」で李白が高力士の背中に書いていた詩とは?
「極楽の宴」の宴席に途中から現れた楊貴妃を見て、その美しさに感動した李白は、酔った勢いで、その場で即興にて楊貴妃を称える漢詩を詠みました。これが「清平調詩」と呼ばれる有名な詩です。
ちなみに、史実では「極楽の宴」の席上ではなく、楊貴妃と玄宗皇帝に、酔ったまま興慶宮の庭園「沈香亭」へと呼び出され、牡丹が咲き誇る庭に遊ぶ楊貴妃の美しい姿を見て即興で作った、と伝えられています。
疑問点5:李白はなぜ「極楽の宴」の翌日都を追い出されたのか?
引用:[映画『空海―KU-KAI―美しき王妃の謎』主題歌] - YouTube
李白は、その詩人としての才能を高く買われ、宮廷内お抱えの詩人として、玄宗皇帝に徴用された時期がありました。しかし、何事にも縛られない「自由」を愛した李白は、しばしば宮廷内で礼儀を失した振る舞いに及ぶことも多かったようです。
「極楽の宴」では、自分より高い位にある皇帝の側近・高力士に筆と墨を持ってこさせ、高力士に靴を脱がさせた上、紙面ではなく、高力士の服の背中の部分に即興で詩を読みました。
こうした李白の一連の非礼な振る舞いを見て不快に感じた皇帝は、李白を追放するよう命じたというのが映画内でのストーリーでした。
史実では、「酔って高力士に靴を脱がせた」ことにより、高力士に不興を買った李白は、高力士の讒言で、長安を追い出されてしまったというエピソードが残っています。「極楽の宴」で、靴を脱がせるシーンは、こうした史実上のエピソードを変形して取り込んだものだったのです。
疑問点6:阿倍仲麻呂は、なぜ玄宗皇帝と楊貴妃の側にいたのか?
引用:[映画『空海―KU-KAI―美しき王妃の謎』主題歌] - YouTube
奈良時代、716年、遣隋使(当時、まだ「唐」ではなく「隋」の時代だった)として唐の都・長安に渡った阿倍仲麻呂ですが、科挙(役人になるための試験)に合格し、そのまま唐で役人となります。仲麻呂は、中国名を「晃衡」(ちょうこう)と言い、当時の玄宗皇帝のお気に入りとなり、当時の外国人官僚の中では最高位となるなど、宮廷内で出世していったのです。
映画内では、玄宗皇帝のほぼ側近のような扱いでしたが、確かに安史の乱が起きた際、玄宗皇帝らと共に都を離れているため、楊貴妃の死について一部始終を見ることができる立ち位置にいたとされても、おかしくはないと思われます。
疑問点7:阿倍仲麻呂の奥さんとはどんな人物だったのか?
その過程で、仲麻呂は現地で妻をめとりますが、これが原作・映画内では「白玲」という女性として出てきました。(史実では名前はわかっていません)
映画内では実は仲麻呂は楊貴妃に惚れており、一旦唐から日本へと帰ろうとするも、大好きな楊貴妃にもう一度会うために長安に戻った・・・という凄い展開になっていましたね。奥さんは、仲麻呂の死後、読まずに燃やせと言われた仲麻呂の日記を読んでしまい、その文面から彼の気持ちが自分ではなくずっと楊貴妃に向いていたことを知ったという展開も驚きでした(笑)これは確かに奥さん可哀想です^_^;
ちなみに、史実では、入唐して30年経過し、後続の遣唐使として唐へ渡ってきた吉備真備らと共に、一旦日本へ帰ろうとしますが、日本へ帰る船が難破してしまい、ベトナムへと流れ着いてしまいます。そこから、結局仲麻呂は日本へ帰ることを断念し、再度長安へと戻って、亡くなるまで玄宗皇帝に仕えたのでした・・・
疑問点8:玄宗皇帝は、なぜ唐の都・長安を追い出されたのか?何が起こっていたのか?
引用:[映画『空海―KU-KAI―美しき王妃の謎』主題歌] - YouTube
唐の都・長安では、楊貴妃の兄・楊国忠が宰相として実権を握っていました。これを快く思っていなかった西方の異民族出身・安禄山は、とうとう挙兵し、反乱を起こしてしまいます。安禄山は、第二の都・洛陽を落とし、そのまま長安へと攻め上って、長安を占領したのです。
反乱兵に取り囲まれる玄宗皇帝と楊貴妃
引用:「空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎」予告 - YouTube
この安禄山の反乱によって、玄宗皇帝や楊貴妃は、長安を追われて蜀(成都)へと落ち延びていったのです。その途上の馬嵬駅(ばかいえき)という場所で、楊貴妃を巡る悲劇が起きたのでした。
疑問点9:なぜ楊貴妃は殺されなければならなかったのか?黄鶴が楊貴妃にかけた幻術・尸解の術とは?
引用:[映画『空海―KU-KAI―美しき王妃の謎』主題歌] - YouTube
都を脱出し、西方の都・蜀(成都)へ落ち延びる最中、馬嵬駅(ばかいえき)にて、さらに玄宗皇帝を悩ます事件が起きます。それは、今回の反乱のすべての元凶である楊貴妃を殺さなければ、玄宗皇帝にこれ以上仕えることはできない、という重臣・陳玄礼からの直訴でした。
玄宗皇帝にとって最愛の寵姫であった楊貴妃でしたが、自らの命と皇帝の権力保持のため、楊貴妃を殺害することで、陳玄礼の要求を受け入れたのでした。
映画では、ここで幻術士・黄鶴が、陳玄礼に検死させるため、「尸解(しかい)の術」という術を使い、楊貴妃を仮死状態にしたまま石棺の中へ入れて、将来ほとぼりが醒めた頃に再度蘇らせられるようにしました。しかし、術のかかり方が完全ではなかったため、結局楊貴妃は石棺の中で仮死状態が解けて、苦しみながら蠱毒が体内に回り、今度は本当に死んでしまったのでした。
疑問点10:ラストシーン・結末の考察~恵果の正体とは?最後に白居易が橋の上から投げ捨てたものとは?
恵果の正体は露天で幻術を操る瓜翁だった・・・
引用:[映画『空海―KU-KAI―美しき王妃の謎』主題歌] - YouTube
阿倍仲麻呂の日記から楊貴妃の死を巡る真実を知り、化け猫の正体が玄宗皇帝お付きの幻術士・黄鶴の息子・白龍だと知った二人は、かつて極楽の宴が行われた宮中の廃屋で、丹龍とともに白龍(化け猫)の成仏を見届け、事件は一件落着します。
その後、白居易と別れた空海は、青龍寺から招かれ、入門を許されます。空海は、大阿闍梨・恵果和尚と対面しますが、実は恵果は丹龍であり、かつ都の露天でスイカを売っていた瓜翁であったことを知るのでした。(凄い歴史改変でした)
また、楊貴妃の死についての一部始終を目撃した白居易は、「長恨歌」を巡る自身の楊貴妃へのもやもやした思いを整理することができたのでした。そして、彼は宮中から盗み出して以来、大切に持っていた楊貴妃の髪が入った巾着袋を投げ捨てたのでした。(国宝級のアイテムを捨てるなんて言語道断ではありますが・・・)
6.まとめ
本作は、確かに日本の映画ファンにはいろいろな意味でハードルが高く、何の心の準備もないと、かなりの確率で肩透かしを食らうかもしれません。化け猫が主役で、空海は実質なにもしない語り部・狂言回しですから。
しかし、日本でもトンデモ伝説が数多く残る空海のことですから、多少のアラは目をつぶりつつも、現代の中国に再現された美しい長安の都を大画面で楽しむのが良さそうです。個人的には美しい映像表現の数々を迫力満点の大スクリーンで見れたので満足しました。どうせ見るのであれば、DVDや配信ではなく、映画館の大画面をオススメします!
それではまた。
かるび
7.映画をより楽しむためのおすすめ関連映画・書籍など
映画パンフレットの購入はオススメ!
本作は、壮大なセット・極彩色で彩られた美術、衣装・幻想的なVFX/CGなど、映像表現の美しさが際立っていました。その一方で、多数の登場人物が現れて、目まぐるしくストーリーが展開していく難しさもありました。
特に印象的だった映画内での美しい映像表現や名シーンの写真を非常に多く掲載する一方で、登場人物をわかりやすく整理し、空海や歴史についてきちんと整理してくれている本作のパンフレットは、なかなか痒いところに手がとどくような堅実な作りになっています。使われている紙の質感も良いし、保存版として思い出のためにとっておけるクオリティでした。おすすめです。
▼映画内の名シーンがカラー写真で多数掲載されている
▼登場人物がわかりやすく整理されているのは嬉しい
▼空海の生涯を解説したページ。読み応えあった!
ネット上でも、Amazon等で買えるようになっているみたいなので、念のためリンクを貼っておきますね。購入、おすすめです。
原作の大長編 夢枕獏「沙門空海唐の都で鬼と宴す」
夢枕獏が17年かけて完成させた、文庫本4冊で約2000ページとなる超大作。映画とは違い、主人公は空海と、その相棒である橘逸勢(たちばなのはやなり)ですが、歴史事実を極限まで改変し、政治・宗教色が薄いファンタジーに仕上がった映画とは違い、空海と橘逸勢の会話は師匠と弟子の仏教問答みたいですし、全編を通じてほぼ史実に近い形でストーリーが進行していくため、普通に読み進めていると中国の歴史や仏教思想の基礎知識が自然に身についてくるおまけつき(笑)。何度も掲載雑誌が変わったせいか、地の説明文に冗長な部分もありますが、基本的には読みやすく、起伏のあるストーリーのおかげで、飽きずに2000ページ読破できます。映画と並行して是非原作世界を楽しんでみて下さい!
読みやすい「マンガ版」も出ました!
こちらは、原作ではなく映画のストーリーに準拠したコミカライズ版となっています。全2巻で完結予定ですが、映画公開された2月末時点では、上巻のみのリリースとなりました。史実についての説明が大幅省略されている映画の内容でわかりづらい部分は、マンガで落ち着いて読むことで理解が深まることもありますよね。
オススメの空海マンガ:おかざき真里「阿・吽」
平安初期、日本にそれぞれ天台宗・真言宗という密教系宗派を開いた最澄・空海の二人を主人公として描いた伝記マンガ。映画「空海」とは直接関係はありませんが、空海の生涯や人となりをわかりやすく描いている傑作です。一コマ一コマ非常に丁寧に描かれた絵は幻想的で美しく、非常に中毒性があります。これはおすすめ!